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2016年6月15日 (水)

「不徳」の知事は「不要」

 舛添知事が遂に辞表を提出した。代わりの知事選挙は7月31日か8月7日になるようだ。これで、新知事の候補に各党は誰を推挙するか、7月10日の参院選にどう影響するかが大きな焦点となる。

 舛添問題は、塾頭にとって国政にどういう影響があるかどうかが最大関心事で、舛添問題の「小悪」などどうでもよかった。前にちょっと触れたが、彼が政界に入る前、テレビ討論で同席したデーブ・スペクターの温厚かつ常識的発言に上げ足をとり、さも見下したような態度をとったのを見た時から、思い上がりの強い性格で人間的に問題があるなあ、と感じていた。

 一連の彼の知事になってからの疑惑は、それぞれ辞任しなければならないような大それたものではない。公私混交はよくないが、事実を隠したりあまりにも姑息ないいわけをしたりで、庶民から見れば見え見えだと思われても仕方がない。

 依頼した弁護士から不適切とされたようなことには、「不徳の致すところで……」という言葉を繰り返して逃げようとした。それなんだ、君には「徳」がない。「セコイ」という言葉もたびたび登場した。いくら法に触れなくても、「徳」のないような人が首都を代表するようでは困るのだ。

 君は最後まで自身の「資質」の問題だ、ということに気が付かなかったようだ。まさに「不徳のいたすところ」である。

 最後に最近検索訪問が多くなった過去記事「国を滅ぼす正義」の中からその一部を再録し、参考に供する。

▽以下は、城山三郎(1927~2007)の文章を、谷沢永一『百言百話』中公文庫の中で山本夏彦の『藪から棒』の一部として紹介したものである。

 ――「リベートや賄賂というと、新聞はとんでもない悪事のように書くが、本気でそう思っているのかどうかわからない。

 リベートは商取引にはつきもので、悪事ではない。ただそれを貰う席にいないものは、いまいましいから悪くいうが、それは嫉妬であって正義ではない。だからといって恐れながらと上役に訴え出るものがいないのは、いつ自分がその席に座る番が回ってくるか知れないので、故に利口者はリベートをひとり占めにしない。いつも同役にすこし分配して無事である。会社も気をつかって交替させ、同じ人物をそこに置かない。

 我々貧乏人はみな正義で、金持ちと権力ある者はみな正義ではないという論調は、金持ちでもなく権力もない読者を常に喜ばす。タダで喜ばすことができるから、新聞は昔から喜ばして今に至っている。これを迎合という。

 城山三郎著『男子の本懐』は、宰相浜口雄幸と蔵相井上準之助を、私事を忘れて国事に奔走した大丈夫としてえがいている。

 当時の新聞は政財界を最下等の集団だと書くこと今日のようだった。それをうのみにして、若者たちは政財界人を殺したのである。

 汚職や疑惑による損失は、その反動として生じた青年将校の革新運動によるそれとくらべればものの数ではない。血盟団や青年将校たちの正義はのちにわが国を滅ぼした。汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼすのである

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コメント

ちょっと2年前の都知事選を見たら、次点が元日弁連の宇都宮健児氏、3位が細川護煕氏、4位が今問題になっている田母神氏だったんですね。

舛添氏以外の候補者も、あまりパッとしない候補者だったんですね。

投稿: 玉井人ひろた | 2016年6月15日 (水) 15時19分

各党が新知事候補に誰を持ってくるか、興味津々です。

大物と言えば、震災後の事実上の都知事である後藤新平帝都復興院総裁を思い出します。初代満鉄総裁や大臣も経験している一方、ある事件で入獄したこともあるという、「セコさ」の対極にある「大風呂敷」が有名です。

投稿: ましま | 2016年6月15日 (水) 15時49分

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