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2016年5月

2016年5月31日 (火)

沖縄をめぐる大きな誤解

 沖縄県うるま市の女性暴行死体遺棄事件は、元米海兵隊員によるもので、これまでも繰り返し同様な事件が起きている。その都度、再発防止、綱紀粛正と併せ、地位協定の見直しが叫ばれてきた。

 「沖縄に基地が集中しすぎることは問題だが、基地は必要。南部集中を緩和するとか補償を上積みするとか、地位協定の適切な改訂などに政府が誠意を尽くすこくにより解決すべき……」などというのが本土住民の感覚ではないか。

 本土マスコミを含め、ことの本質を全く理解していない。地位協定というと、簡単な手続き問題ぐらいにしか考えていないのではないか。「地位」は、英語のステータスといったほうがわかりやすい。ステータスシンボルといえば、特別の人が身につける高級時計とか、ホテルの特別室のようなことを思い出す。

 つまり、一般とは違う特権階級だけに許される「特権」が「地位」という言葉に代わっているのだ。日本が開国した時、アメリカをはじめ来日外国人には「治外法権」が認められた。犯罪を犯しても日本の法律では裁けない特権的地位である。これは日本が清国と戦い、国のステータスが認められるまで続いた。

 今でも、大公使館や在日外交官には、外交特権が認められている。その国を代表する施設であり、人物だからである。外交ナンバーをつけた車が違法駐車をしていても簡単にそれを動かせない、などという話もある。

 軍隊というのは、警察・消防・一般市民とは違うステータスを持っている。これは、なにも日本に来て威張っているからではない。アメリカ本土にいても同じだ。軍隊、殊に海兵隊は敵地に乗り込んで人を殺すのが商売だ。これを普通の法律では裁けない。

 軍人の犯罪・軍紀違反は軍が独自に裁く。それは一般的に「軍法会議」の名でよばれる。通常、有罪でも軍務や士気にに支障をきたすことのないよう軽い判決となることが多い。軍隊でない自衛隊には、この制度がない。

 アメリカが地位協定改定に消極的だというが、当然である。世界各地の基地、米本土内にも影響することなのだ。大体、独立国内に外国基地が半永久的に存在するということ自体が異常なのである。

 沖縄ばかりではない。公務中の米軍人・軍属など、基地外の行為であっても日本側に捜査・逮捕・拘留の権限が及ばない。米側と協議した結果、「特に残忍な基地外の犯罪については米側の好意で例外とすることもあり得る」という、恩に着せたような合意があるだけだ。

 アメリカの大統領が変われば、地位協定ではなく、もっと根本的な日米安保体制の再検討・再構築が課題となるということに、今から対応策を考えておかなければならない。集団的自衛権やアベノミクスといったピンとはずれの自画自賛しかできない現政権では、日本の将来がこれからどうなるのか心配になる。

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2016年5月30日 (月)

先が見えない

 29日東洋経済ネット版で証券アナリストが書いている。

伊勢志摩サミットが終わった。祖父が長崎で被爆した筆者としては、サミットより、オバマ大統領の広島訪問の方が、個人的には感慨を覚えるが、ほとんどの方が、特に経済政策面では、サミットで大いに成果があったとは感じにくいのではないだろうか。

 新聞論調は、読売の社説が日本経済に危険な要素があるという首相の説明をなぞっただけという例外をのぞくと、G7そのものには成果が見られなかったという説明が、ほとんどマスコミを支配している。

 今日30日、毎日新聞と日経新聞の世論調査が発表された。内閣支持率が3から5ポイント上がっているという結果だが、毎日には面白い数字が上がっている。

 伊勢志摩サミットで首相が議長としてリーダーシップを「発揮したと思う」が52%、「思わない」が34%で、前者の内閣支持率は69%にのぼり、そうは思わないと答えた層の不支持率が59%であったということである。

 リーダーシップがほとんど見られなかったというマスコミ論調と逆の結果だ。しかし、オバマ大統領の広島訪問を良かったと思うが90%にのぼっている点を見ると、世論というのは、映像化されないサミットの議論やそのとりまとめには関心が向かず、繰り返し報道される伊勢や広島への首相の案内だけをリーダーシップととらえているのであろう。

 それがあからさまに、支持率に反映するのである。同じ調査で、参院選に必ず行く60%、多分行くが28%、合計で88%いかない2%――、信じられますか?。世論調査の結果が本当なら安倍内閣が倒れることは絶対にありえない。

 しかし、選挙は水もの。すでに、消費税率や衆参同時選挙をめぐり、安倍、麻生、谷垣そして公明党などの間で、与党間不一致が表面化、これから何がおこるかわからない。こういった先の見えない混とんの時代に、軍隊が存在しないということは救いのひとつである。

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2016年5月28日 (土)

伊勢志摩サミット評価

 安倍首相にプラスのポイントをつけるのは、当塾開設以来初めてのことである。それは2点ある。

 ひとつは、主要国の首脳を伊勢神宮に案内したことである。塾頭は、当初「国家神道」へのテコ入れか、と警戒したが、テレビカメラで見る限り各国首脳は、古代遺跡を見物に来たようなリラックスした表情だった。

 日本の神社は靖国しかない、というような印象を持つ外国人は少なくない。日本の原点が、2000年の前から質素、清楚で五穀豊穣・平和共存を祈る場であったことを、知ってもらうことは意義深い。

 もうひとつは、オバマ米大統領の広島訪問を先導したことである。今月13日付のエントリに「ヒロシマ訪問を喜んでいないのは多分日本政府らしいですよ」とのコメントがあったが、たしかに現地での大統領、首相の発言は、核兵器廃絶の具体的提案がなく、がっかりさせるものだった。

【大統領発言・部分】我が国のように核兵器を持っている国は恐怖の論理から自由になり、核兵器のない世界を目指す勇気を持たなくてはなりません。私が生きているうちに、この目標を達成できる事はできないかも知れませんが、たゆまない努力が破滅の可能性をすくなくすることはできます。

【首相発言・部分】核兵器のない世界を必ず実現する。その道のりがいかに長く、いかに困難なものであろうとも、絶え間なく努力を積み重ねていくことが今を生きる私たちの責任であります。

 それでも大統領の主語は「I」なのに首相は「We」であった。ここに、両国の立場が端的に表現されている。しかし、米大統領の広島訪問は世界から大きく注目を浴び、71年目に原爆を見直す機会を作ったことは大きい。またオバマの予想以上の長い演説が、原爆より「反戦」に向けられていることに塾頭は途中で気が付き、その点では意を強くした。

 中国の「日本に免罪符を与えるものでない。日本は南京に来て首相が謝罪しろ」とか、「オバマは、広島にある韓国出身犠牲者の碑も慰霊し、謝罪・補償をするべきだ」などという韓国内の声とは全く次元が異なることを、どれだけの人が読み取っただろう。

 オバマは、そういった水準にある一部の米国内世論にも、ここから訴えかけているのだ。

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2016年5月27日 (金)

「きもい」

 「沖縄の人の気持ちに寄り添って……」とは、安倍首相の言葉だ。これを聞いて塾頭は「キモイ」という若者言葉が頭に浮かんだ。なんとなくぴったりくる。舛添都知事には「セコイ」がよく使われる。ほかにやや古いが「ダサイ」や「ヤバイ」などがある。

 すべて最後が「イ」だ。接尾語だよ、と言われればそうだろうけど。かつては文語的に「し」も使われた。「高し」「寒し」などだが「キモし」では意味が通じない。逆に「し」が抜けると違う意味になる言葉もある。

「うれシイ」→「うれイ」、「くるシイ」→「くるイ」などなど。「凄い」美人とか「スッゲェ」なども若者言葉だったが、いつの間にか定着した。

  「キモイ」日本語はなくなってほしいが、それでなくても難しい日本語。美しい日本語がなくなっていくとどうなるのだろう。

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2016年5月25日 (水)

共産党支持の限界

 日米安保の一部改訂があっても、基本的には維持すべきという点と、自衛隊は必要不可欠という点で、塾頭と共産党で政策判断に差があることは言うまでもない。しかし、どうしても越えられない敷居があることも事実だ。

J-CASTニュースで、次のような記事を見つけた。

民進党の参議院議員、有田芳生さんがご立腹だ。しんぶん赤旗の1面に有田さんらのトークセッションの写真が掲載されたのだが、写真キャプションで他の政治家の名前が紹介される一方、有田さんの名前はなく、「1人おいて」と省かれてしまったからだ。

抗議を受けたしんぶん赤旗は公式ツイッターに謝罪文を掲載し、ウェブ版では有田さんの名前を追加した。実はこれ、「単純ミス」ではないようで...(以下略)

 時効と言ってもいい古い経験だが、塾頭にもこんなことがあった。

 ①地域の住民運動に顔を出したら大勢の参加者があった。共産党も加わっているという話だったが、次回にはその顔ぶれがすっぽり抜けている。上の機関決定で参加しないことになっという話だった。

 ②文士なども加わる全国的な会だが、その地域会合に顔を出した。開会前からところどころで仲よさそうなグループ同士が私語を交わしている。どうやらバス旅行かなにかの話のようだ。求められ発言はしたものの、その視線から「どうやら場違いの所へ来たのかな」という感じがした。

 つまり、組織・機関決定最優先で一旦決めたことは容易に変えない。その点保守的で硬直的面がある。団結力が強いのはいいが、それがお仲間意識につながり、時として排他的になりがちなところがある。

 前掲の『赤旗』の件は、そんな現象のひとつではないか。国政選挙で野党共闘の実を上げようとしている点は、おおいに買いたい。しかし、こういった体質の改善が進まなければ、画餅に終わる可能性があることも指摘しておきたい。

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2016年5月24日 (火)

争点なければ勝ち目もなし

 民進党の参院選・選挙公約を今月末までに、ということをどこかで見たが、今のところその気配が全くない。衆参同時選挙になるかどうか、見通しがつかないということもあるだろうが、政治日程その他、すべて政府与党ペースの中でしか動けないような同党のありかたが、支持率低迷や小林節氏の「国民怒りの声」推進につながているのだ。

 熊本地震で、「活断層の真上には原発の主要建屋を設けない」などという基準が科学的に安全を担保するものでないことがわかった。同党の「30年代には原発ゼロ」を「運転再開と新設ゼロ」に政策転換するチャンスだったが、その気はなさそうだ。

 沖縄・辺野古の基地移転も、元海兵隊員の婦女暴行殺人事件、政治利用ととられるのはまずいが、島民の怒りの大きさをもって政策変更を改めて提議することが不可能とは言えないだろう。当塾で繰り返しているが、それを決めた時点と世界情勢や米軍の軍事戦略が変わっている。岡田党首は「工事の中断を……」と会見で言っているが、中断している最中のことだ。

 民進党が掲げる争点は、去年秋強行採決された新・安保法制の白紙撤回だけで、ほかには何があるのだろうか。

 憲法については、自民が争点化を避けようとしているし、与党が言うように党内の不一致から具体的な対案が示せないでいる。3月末の維新の党合流時に作った政策基本合意では、安保政策について

• 日米同盟を深化させるとともに、アジア太平洋地域との共生を実現し、国際社会の平和と繁栄に貢献する。安全保障については、専守防衛立憲主義とを前提に、現実主義を貫く。

としている。そのまま、自民党案としてもおかしくない。しかも、最後にもってきた「現実主義を貫く」はひどい。せっかく「専守防衛立憲主義」を前提にしているとはいえ、前提は前提、安倍首相の「平和主義」と同じ言い回しだ。

 福祉政策などについて「パクられた」「抱きつき」などと泣き言をいっても始まらない。国民から見た時、与党との争点は「なに?」という印象だ。繰り返しになるが、小林節氏のいう「国民怒りの声」は民進党にも向けられていることを肝に銘じてほしい。

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2016年5月23日 (月)

中東関連ニュース③

 熊本地震と原発、舛添醜聞、沖縄元海兵隊による強殺、いずれも日本の政治をひっくり返ってもおかしくないが、政府与党はそれをできるだけ小さく、できればなかったことにしたいといった様子丸見え。野党も倒閣の迫力などどこかに置き忘れてきたようだ。そこで、今回もやむを得ず世界大変化に繋がりそうな、国際・中東マターとする。

 この題で最初に書いたのが、ISが飛び火しそうな候補として、リビア、エジプト、アフガン・パキスタンであった。前回、リビアやエジプト機テロなどを書いたが、今度は最後の懸念、アフガン・パキスタン関連のニュースにする。

 タリバンの宗教指導者・マンスール師を、アメリカの無人攻撃機が移動中の車を射撃、死亡させたというものだ。本来、宗教指導者というのは軍事目的ではないはずだが、イスラム圏では国家を超越した存在で、すべてこれに従わなくてはならない。

 9・11テロを指揮したとして、アメリカがアフガニスタンに在住していたウサマビンラディンの身柄引き渡しを要求した相手がタリバン政権であった。最初は迷っていた気配もあるが、それに拒否する決定を下したのが、当時の宗教指導者・オマル師である。

 米軍などが侵攻を開始し、国土の大部分を制圧するのにそれほど時間はかからなかった。ビンラディンは姿を隠し、アメリカは北部山岳の洞穴などまで探すが見つからず、最後は2011年にパキスタンで米軍に発見され逮捕・殺害される。

 オマル師もそれ以上に動静がわからず、カリスマ性のあるなぞの人物視されていた。2015年に至り、2年前にすでに死亡していることが判明するのである。

 それに比べ、マンスール師は米軍にすっかり把握されており、乗った車まで追跡されている。普通なら、主教指導者を殺害すれば猛反発を受け、アメリカが手を引くに引かれなくなるはずだが、マンスール師にそんな権威は備わっていないのだろう。

 タリバン内部で権力闘争があり、これまで宗教指導者を決められなかったという話もある。それならば、アメリカも放置しておいた方がよかつたと思うのだが、CIAの情報力と、無人機攻撃の能力を誇示することはできた。

 この攻撃もパキスタン領内で行われたが、パキスタンには「パキスタンタリバン運動」という別系統の過激組織があり、国軍のコントロールも利いていない。18日から米ロを含めた4か国和平会議が開かれているが成功せず、さらに混迷を深めるようなら、この地域で過激派のIS化が進むことになりそうだ。

 (参考)
http://www.sankei.com/world/news/150916/wor1509160007-n1.html

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2016年5月22日 (日)

中東関連ニュース②

 前回、世界情勢の急激な変化についてのべたが政治では、今なお中東の変化が大きい。欧米では、アメリカの大統領選やイギリスのEU脱退に対する国民投票がどうなるか、劇的な変化があるかどうか注目しなければならない。

 中東では、アメリカとイランの和解、シリアでのロシアの主導権、それらと相まってアメリカの介入手控えや撤収気運などが大きかった。一方、ISが守勢に立たされ、最近のニュースの露出度は大幅に減った。

 今月9日に「中東関連ニュース」という題で書いたが、そこで「塾頭はISの飛び火する先として、リビア、エジプト、アフガン・パキスタンが要注意だと思っている」と書いた。

 その後、リビアについては、ナイジェリアなどに勢力を持つボコ・ハラムがISに合流などという報道もあるが、その実績は示されていない。また、エジプトは、フランスからエジプトに向かう民間機が地中海に墜落したことが分かった。

 飛行機墜落は、日を追うにつれ爆破テロの可能性が強くなっている。そうであればエジプト機への爆弾テロは、シナイ半島上空以来2度目となる。前回はISのシナイ半島の分派が直ちに犯行声明を出したが、今回は今のところ沈黙している、

 もしISの犯行なら、そうした方が有利だと考えているのだろう。つまり、本拠をぼやかすことで恐怖心をあおり、かつ空爆などの集中攻撃を避けるというわけだ。その方が「信者のあるところ、国境をこえてどこでもIS(国)があり得る」という彼らの理念にも沿っている。

 前回以降の注目すべき地殻変動は、エジプト同様、地政学的に重要な位置を占めるトルコだ。シリアのアサド政権を支持するロシア軍機撃墜などで当初はニュース面をににぎわしていたがが、クルド人を巡って同国の議会が機能を喪失しかかっているということである。

 AFPや時事通信を総合すると、トルコの国会で多数派のイスラム系与党が、クルド系政党の議員を念頭に、国会議員の不逮捕特権がある憲法を改正し、逮捕を可能とする提案をした。その結果、376人の多数で可決し、クルド系議員140人が捜査対象になるとされる。

 これは、クルド系がいうようにまさにクーデターの発生で、国を割るような内乱に発展してもおかしくない。クルド人は「国土を持たない唯一の民族」といわれ、下記のように中東各国にいろいろな差別の中で暮らしている。

 宗教は、イスラム・スンニ派系が多いが人種や言語はイラン人に近く、居住区域も分散している。現存する国家の問題だけでなく、クルド問題を解決しなければ、中東に真の和平をもたらすことができない。

トルコ 約1140万人 
イラン 約480~660万人
イラク 約400~600万人
シリア 約90~280万人

 その、トルコ・イスタンブールで明日から「世界人道サミット」が初めて開催され、紛争や災害問題が討議される。トルコの対応の中味が議論されるのかどうか、注目されるところだが、上記の報道同様、日本の政府・マスコミの着目度は低いだろう。

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2016年5月21日 (土)

「価値観」革命

 これまでたびたび取り上げてきた、安倍首相の「価値観外交」のことではない。国際環境がこの1、2年、さらにいうなら10年前とすっかり変わっており、首相のいう価値観が通用しなくなってる。ここでは、それとは違う大衆レベルの価値観の変化について述べたい。

 「卑怯」「義侠心」「憐憫」「謙譲」などという、日常生活上の倫理規範についてである。日本に存在したのは、まず中国伝来の儒教の五徳、すなわち「仁・義・礼・智・信」がある。そこから武士道にとりいれられ、さらに明治の教育勅語にまで至る。

 それを言うと、ウヨからは「また中国礼賛」、サヨからは「戦前復帰の保守反動」と言われそうだ。一方、聖徳太子が17条憲法の冒頭に「和を以て尊しとなし」を持ってきたことなど、オリジナリティを感じさせるものがあり、最近の「おもてなし」流行もその線上にあるのだろうか。

 その価値観に、革命的な変化が生じている。その変化は日本だけでなく、世界全体に、史上かつてない速さで波及し、社会主義の伝統が残る国、イスラム教世界、あるいは未開とされる発展途上国の別を問わず世界全体を覆っているように見える。

 ひとつの例をあげて見よう。テレビで見た知識だが、井上晴美というタレントが、熊本の自宅が全壊し、幼児を連れて知人宅を転々としている体験を、本人のブログに書いたところ、被災を売り物に使って人気を煽っているとか、一般人のように避難所へ行けなどという、心無い書き込みが日に100件を超え、本人も泣いているという。

 無名投稿だが、ペンネームやアドレス変えたりしているので、実際は6件程度になるらしい。公共機関の爆破予告などをネットでするのもそうだが、個人に向けたもの、特にこのようなケースは、愉快犯では済まされぬ公序良俗に対する挑戦だ。

 かつては、そういった行動をセーブする、冒頭に書いた「価値観」をみんなが共有していた。それをネット特有の情報文化が破壊した。人智の及ばないところで自由に動き出す人工頭脳の跳梁である。

 「自由」は、そもそも西欧文明を基盤とした価値観である。イスラム法も社会主義政治も、経済では自由主義に追随するしかなかった。コンピュータ技術もインターネットも、行き着くところを知らない自由な発想が支配する世界である。

 この自由を悪用しているのは、前述のような個人ユーザーだけでない。本家本元のポータルサイトですら、ユーザーの座敷に勝手に上がってきてソフトや更新を強制したりする。それで被害を与えても知らん顔だ。

 これまで、情報の収集、選択、論考およびその波及にまで責任を担ってきたマスコミも、ネット文化の後塵にさらされ、一敗地にまみれている現状をいかんとする術も持たない。いかにも深刻な事態である。

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2016年5月17日 (火)

大手を振るう怪しいカネ

 ブログをやっていても、喜怒哀楽に関わるものは、記事にしやすい。一番気分が悪いのは、「見苦しい言い逃れ」であり、どう書いても後味が悪い。オリンピック招致のために、日本の招致委員会が(堂々と)使った2億3千万円と、すでに書いた、舛添知事のはした金濫費僻である。

 ことの真相は、周辺情報だけですでに素人でも自明の理として結論がでている。ただ、マスコミは、「法」の判断がないと断定しないという習慣があるので、なにか「後味の悪さ」だけが後を引きずっている。

 舛添の方は、異様ともいえるバッシングに都議会自民党の右派がかかわり、朝鮮人学校の敷地斡旋に動いている知事を追放を謀っているという噂を前回書いたが、中国に関しても『孫文』に関する著書を持っているなど、中国をシナと呼ぶ元・石原知事とはま反対の舛添だ。その点が追求されることは、今後もあり得ないだろう。

 オリンピック招致の方は、昨16日、衆院予算委員会で招致委理事長だった竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長が弁明した。その金の振込先や、関連しそうな人脈など各紙が絵解きで解説しているので、ここで触れない。

 要は、得体がはっきりしない企業に、コンサルタント料として支払い、その費用は開催地決定権のある国際委員会(IOC)へのロビー活動であるとしている。IOC委員は115人だから、一人当たりでは、ピッタリ200万円となる。

 もちろん全員がロビー活動の対象ではなく、特定の委員か有力者が対照だろうから、それを説得費に充てたというとすると、額は膨大となり、コンサルタント社の取り分をひいても飲食費では多すぎる。何に使われたとしても買収、贈収賄以外に説明がつかない。

 そんな怪しいカネと支払先にJOCが、疑いもせずにどうして振り込んだかというと、電通のリコメンドがあったからだという。ウーン――、天下の電通がここでもからんでいたか……。こうやって、フェアープレーが金科玉条のスポーツがカネまみれになる。

 もうオリンピックは、毎回ギリシャだけで開催することにするしかない。

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2016年5月16日 (月)

合流注意

 野党の選挙対策の話ではありません。

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 外来種の草花のことです。このところ、種の時期を迎えるポピーがやり玉にあがっています。つい最近まで、種ではなく花屋さんから苗で、などと言われ、庭をにぎわしていました。

 それが、今や道端・道路に追いやられ、というより、大量のこまかい種が、ところ構わずわずかな土のあるところに領土を広げているのです。滑走路を作ったりはしませんが、最近は、はっきり迷惑がられています。

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 「花の時期が終わったら引っこ抜きましょう」などと目の敵にされ始めました。考えてみると、そもそも外来種でない純血動植物など、探す方が無理なようです。島国日本は、まだまだ少ない方なのかも知れません。

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2016年5月14日 (土)

舛添バッシング

オバマの広島訪問に対しての報道が多いだけでなく、扱い方がやや異様だからだ。アメリカが、原爆投下を謝罪するのかどうかかどうかといった見地で取り上げる記事ばかりが目につく。

 これは、前回の「オバマの広島行き妨害」で書いた中味の一部分である。「異様」と思ったのは塾頭だけかと思ったら、同感するとのコメントもいただいた。それと前後して感じていたのは、「舛添バッシング」の異様さだ。

 中には「海外視察に行くのに飛行機はファーストクラス」、滞在先のホテルは「最高グレードの部屋を……」。一国の首都の代表だ。そんなことあたりまえではないか、なんでそんなことまでほじくって、と思っていた。その執拗さはまだまだ続く。

 周辺県知事の声、というのを拾っていた。「ちょっとやり過ぎ」とか「額が多すぎる」という批判の声が圧倒的だとするものだ。これは、報道の正しさを裏付けようとしているのだろうが、きたないやり方だ。問われる方は、マスコミが期待する応えに反する答えをするはずがない。そんなことをして、痛くもない腹をさぐられたり、火の粉が飛んできたら大変だ。

 広島とオバマの場合もそうだった。街の声として被爆者や身内が亡くなった人を選び「オバマが謝罪はしないと言っているが、お気持ちは」という質問だ。これも、誘導質問となる可能性を承知の上、記事を補強する材料にしている。

 塾頭は、政治家の好き嫌いを言うのはできるだけ避けている。だけど舛添氏は前から好きではなかった。もう昔といってもいい頃だが、舛添氏、デーブ"・スペクター氏その他でテレビ討論をやっていた。「日本兵は天皇陛下万歳と言って戦死を……」というスペクター氏の発言を捉えて、「あなたはそれを見たことがあるのか、見てもいないことを……」と罵声をあげたのが舛添氏だ。

 このブログでは、第一次自民党改憲案の策定責任者が舛添氏だったが、一流大学出の秀才がいてこの程度か、と批判したことがある。支持するどころか早くやめてもらいたい人の一人である。プロ並みの政治分析をするブログ・「日本があぶない」で「桝添おろしがスタートか……」という記事が出た。

 公費の乱用や都政の私物化など、舛添以上に目に余った石原慎太郎知事に声を潜めていたマスコミことにくらべ、舛添バッシングの異様さが格別だと書いている。その理由として示唆されているように、朝鮮人学校への配慮に対する抵抗とか、オリンピック関係の開発利権がらみの権力争いだったとすれば、これも言論操作の一環で日本の民主主義にとって末期的な症状と言わなければならない。

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2016年5月13日 (金)

オバマの広島行き妨害

 歴史の「歪曲」「ねつ造」そして「歴史認識」云々に続けて「謝罪」とくる。我国に対してお隣の国々からよく言われる常套句だ。

 一部にそう言った国粋的言辞を為す人がいることは確かである。それらを「歴史修正主義」と呼ぶ。つまり、主流ではない意見を全体であるかのように言いつのられると、少数派を勢いづけるだけでまっとうな善隣関係が築けなくなるということだ。

 公正な目で見て日本の歴史研究レベルは高い、修正主義は退けられる傾向にある。だから政治的動機で検証を抜きにした感情論だけをぶつけるのは、双方にとって百害あって一利もない。もういい加減にやめてほしい。

 こういったことを書きだしたのは、オバマの広島訪問に対しての報道が多いだけでなく、扱い方がやや異様だからだ。アメリカが、原爆投下を謝罪するのかどうかかどうかといった見地で取り上げる記事ばかりが目につく。

 原爆投下当時から世間を見ている塾頭だが、投下したアメリカに謝罪せよ、などという世論が巻き起こったという話は、精査してはいないがこれまでに一度も聞いたことがない。

 広島・長崎の平和記念式典などで「原水協(共産党系)」「原水禁(社民党系)」などの運動体は今でも耳にする。水爆も加わっているのでわかるように、1954(昭和29)年3月、アメリカによるビキニ環礁での水爆実験が成功し、日本漁船が被曝したのちのことである。そもそもは、杉並区の主婦なよる実験禁止の署名運動が発端であった。

 さらに上記の革新2勢力の分裂が「ソ連の実験は人民解放のためだからいいが、アメリカは帝国主義目的だから駄目」などという不真面目な理由だったことを見ても、実験禁止を主目的としていたことが明白だ。

 ビキニについては、たしかにアメリカに対する抗議や反発、責任を問う声があった。そして、同じ頃流行した歌声運動で「原爆許すまじ」の歌が広く歌われた。また、広島の死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれている。
 
 これらには、主語、目的語がなく、当時からいろいろな議論があった。しかしこれは、「日本人として」、「人類は」と解釈するのが妥当である、という方向で収斂していった。

 では、戦後間もない頃からそれまではどうだったかといえば、戦争で国民に多くの残酷な犠牲者がでるのは当たり前だという考え方だ。国際法上は違法なのだが、近代戦では避けて通れない。塾頭を始め国民は皆そう思っていた。

 敗色が強くなった頃、原爆のような特殊兵器開発があり得ることは子どもでも知っていた。日本が早く発明して使えるといいなあ、と念願した。犠牲者を最小限度とするためではなくて、戦局好転に一縷の望みを託したからである。

 日本が発明すれば、当然それを使ったのだ。だから、アメリカの責任だとか、謝罪などという考えはでてこない。日本が発明できずに負けた、というごく自然な道理だった。当時ですらなかった議論を70年もたってからむしかえし、「謝罪を」などという文化は、日本にない。

 核廃絶を――という人類の崇高な願の前に、謝罪するしないを故意に問題化するのが、アメリカ共和党の右派であるという点、そうしてオバマの訪問を妨害しようとするのが、お隣の国々にあるという点は憂慮せざるを得ない。 

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2016年5月11日 (水)

「国民怒りの声」旗揚げなるか

 当塾では、先月来「もうあかん!、民進党」、「拝啓、岡田克也さま」など、7月の参院選になんとか安倍軍国志向内閣に打撃を与えるため、野党の奮起を促してきた。その危機感はサッパリ伝わらず、「民進党」を新設したものの、支持率は下がっても上がる気配がない。

 そこへ、憲法学者・小林節氏が業を煮やして「国民怒りの声」という選挙用の政治組織を立ち上げることを発表した。反安倍路線を目指す国民が、政府与党でなければ、どこへ投票すればいいのか戸惑っているところだ。

 国民の怒りは、政府与党だけでなく決定打が打てない野党にも向けられていた。その手がかりになるのか?という期待・関心は大きいはずだ。ところが、大手マスコミは気味の悪いほど冷淡な扱いしかしなかった。

 基本政策は、下記の7項目だが、憲法以外には2~3項目を”など”としてあげるだけでその他の政策についての紹介が全くない。7項目は、ネットで探し当てるしかなかった。このような場合、比較的くわしい情報を流すのが「産経ネット」である。

 果せるかな、10ページにわたって質疑応答の内容を伝えており、大いに助かった。反戦塾としては、何らかの意見感想がなくてはならない重要なテーマだ。詳細がわからないので、発表後直ちに記事にすることができなかった。

【7項目】
1、言論の自由の回復(メディア、大学への不介入)
2、消費税再増税の延期と行財政改革
3、辺野古新基地建設の中止と対米再交渉
4、TPP不承認と再交渉
5、原発の廃止と新エネルギーへの転換
6、戦争法の廃止と関連予算の福祉・教育への転換 / 改悪労働法制の改正等により共生社会の実現
7、憲法改悪の阻止

 この中で、2と4は経済政策がらみなので反戦塾としては「中立」としておこう。辺野古基地建設中止と、原発廃止は当塾でもたびたび展開してきた持論だが、民進党は口を濁している項目だ。また、社共は、自衛隊の存続・役割に前向きになることができない。

 その、後段の部分について、7項目ではわからないが、産経の記事の中で次のように言っている。

「私の改憲案については、いま言っても無視されるわけだ。だが、問われたから答えるが、1、二度と再び侵略戦争をしない。これは日本の信用につながる。2、独立主権国家だから、間違っても他国の軍事力によってわれわれの運命を決めさせられたくはない。どこかの国が(日本を)侵略対象にした場合、堂々と自衛戦争をする。3、そのために自衛軍は持つ。それから自衛軍を用いて国際貢献はする」

 「ただし、その条件として国連の安全保障理事会の決議をもってこい、と。つまり、自民党案でいくと、法律の定めるところにより海外派兵できることになっている。これでは政権を持っているものは法律をつくれるから、憲法の規範性がない。同時に『アメリカ親分』の命令で行けてしまう。ただ、私の改憲案では『アメリカ親分』の命令で世界のケンカに介入する気はない。そういう案だ」

 この発想は、塾頭の考えと一致する。ただし自衛「戦争」とか、自衛「軍」という用語の使い方は、法律学者らしからぬ粗雑な言い方で、国連憲章や憲法9条の法文との整合性がなくなる。「軍」とは、警察行為とは別の特別な戦争組織を指すことであり、今まで通り「自衛隊」でいいではないか。

 いずれにしても、小林氏の思惑通りに事が進めば、比例区はここにしようかな、という気にはさせる。

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2016年5月10日 (火)

1億総グルメ社会

 テレビは、ついているからぼやっと見ていることの多い塾頭である。別に統計を取っているわけではないが、他を圧しているのがグルメ番組。それ以外のドラマなどでもものを食っていたり、盛り付けを見せたりするシーンの多いこと。いつ見ても出てくる。これを評して「食傷気味」という。

 中でも飽きずに繰り返されるのが、「行列のできる○○の店」企画。そして、並んでいる客に注文するメニューの券をあらかじめ配ったりしている。その券がないと席についても目的のものは食べられない仕組みだ。

 そういえば、塾頭にもそんな経験があった。70年近く前だ。店の周りに列を作る。店に入っても「券」がないと飯が食えない。「外食券」と称する。主食の配給制度が解けず通帳とか切符のかわりに「外食券」の交付を受ける。

 行列のできる店は、外食券食堂といい、要所要所にあった。ただ、焼き魚とお新香の付いた定食がいくらだったかは覚えていない。

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2016年5月 9日 (月)

中東関連ニュース

 繰り返し書いているように、アメリカの中東離れは決定的だ。見放されたようなイスラエルだが、ここでは、PLOやイスラム同胞団の中にIS化現象があり若者の自爆テロが続発している。そして、イスラエル内部の政治情勢も右派が主導しているものの、依然として混とん状態だ。

 中東のことは、中東内部で決着をつけるというのは、まだ遠い先の夢物語にしか過ぎない。ISはロシアを含む囲い込みで、このとろかつての勢いがないように見える。塾頭はISの飛び火する先として、リビア、エジプト、アフガン・パキスタンが要注意だと思っている。

 そんな時、アフガンで「バス炎上、73人死亡」というニュースが入ってきた。「どの勢力が衝突?」と思ってよく見たら、単にバスとタンクローリーの衝突事故だった。

 2016年5月8日
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/jiji-2016050800248/1.htm

 【ニューデリー時事】アフガニスタン南部ガズニ州で8日、バス2台が石油を運搬するタンクローリーと衝突して炎上し、政府当局によれば、少なくとも乗客ら73人が死亡、数十人が負傷した。負傷者の多くも重度のやけどを負っており、死者はさらに増える恐れがある。州政府によると、事故が起きたのは首都カブールと南部カンダハルを結ぶ高速道路。乗客の多くが焼死した。

 アフガンでは、イスラム武装勢力が主要道路を走る車やバスをたびたび襲撃している。バスの運転手はそれを避けるためにスピードを出し、危険な運転をする傾向があるという。

 テロリズムも、難民も、世界各国の人種差別・右傾化の傾向から原油安まで、すべて中東に関連がある。そんな中で、ロンドン市長にムスリムの労働党候補が当選した、というニュースがなにかホッとした気持ちにさせる。

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2016年5月 7日 (土)

安保法制→ゴミ箱行

 アメリカでは、これまで続いてきた中東介入から手を引こうという方向付けが、トランプ、ヒラリー両大統領候補、オバマ大統領共に一致した。このようなことは15年前の9・11、さらにさかのぼればイラン革命以来なかったことだ。サウジアラビア、イランとの関係もこの1年で劇的に変化した。

 アメリカは、本土以外にある唯一の原子力空母の母港・横須賀がインド洋に近く、発進基地とした。トランプ氏は「そんなこと俺に関係ない」というだろう。滑稽なのは、ホルムズ海峡が機雷封鎖されたら、とか後方支援がどうのなどといって、集団的自衛権に血道をあげ、日米同盟の効用をまくしたてた安倍首相の漫画が、このところどこかへ行って見えなくなったことである。

 沖縄の海兵隊も、そもそもはベトナムのジャングルを想定した恰好な訓練場であった。普天間、辺野古の存在価値もだんだん低下している。冷戦思考にこだわっているのは自民党だけではなく、民進党の中にもチラホラするのが日本の特殊現象だ。

 日米安保条約は、基本的にあった方が好ましい。しかし、米軍基地があれば、対中国への抑止力となるという「人質論」はお粗末だ。同時に攻撃の的にもなり、米国内にも疑問視する意見がある。それがなくなれば、即、国土が蹂躙されるというシナリオは、ゲームでさえ成り立たない。近代装備を持ち、質の高い自衛隊の存在を無視するものだ。

 今、最も必要なことはこういった世界情勢の変化を見極め、日本の安全保障と世界平和の実現に向けて何が一番得策かつ有効かということを問い直すことだ。政治は全くこれに答えていない。

 だから、アメリカのトランプ提言が目新しく映るのだ。再びいう。「トランプ氏優勢、大歓迎」!。日本の目を覚ましてくれ!。

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2016年5月 6日 (金)

キラキラネーム

 昨日は子どもの日。最近日本で流行るもの「キラキラネーム」のことだ。中国では、名前でなくラ苗字の方がネット上で話題になっているという。「レコードチャイナ」によると「我孫子」「大串」などのほか、「鼻毛」、「醤油」、「牛腸」、「新妻」、「龍神」、「上床」などをあげている。

 後半は日本人でも「エッ、本当?」といいたくなるが、高校生の頃、牛腸さんという美人の同級生がいから、まんざらでたらめとも言い切れない。同じ漢字文化圏だからこその話題だが、漢字をほとんど追放してしまった韓国・朝鮮では、本人の名前を漢字で書けないという人も出てきているようなので、こういったことは話題にならない。

 「経済」など、日本製造語が中国に逆輸出した例はたびたび聞くが、漢字にはアルファベットなど音標文字にない文字が持つ歴史的・文化的厚みが、1文字で表現できるという利点がある。文字の習得はむつかしいが、共通の話題が持てることは、なににつけてもプラスになる。

 やや脇道に逸れるが、スポーツ界で活躍した野球の金田・王・張本など、朝鮮・中国姓の1字からその出身がわかるし、スケートの村主(すぐり)、テニスの錦織(にしごり)選手など、遠い先祖が日本にやってきた子孫だな、という想像もつく。

 そしてキラキラネームの子供達。大抵結構難しい漢字を使って音、訓おかまいなしに我流で読ませてしまう。これでは、ルビが振ってなければ学校の先生が困るだろうなと思うが、音が先にあって漢字の方がルビに当たるのかな、とも思う。

 明治時代は、女性の名前は仮名か平仮名が多かった。当時、キラキラ名をつけるのは、相撲取りの四股名ぐらいで、今の部屋の名前を一字入れたような特徴のない四股名よりは親しめる。塾頭の推薦はエジプト出身の「砂嵐」で、出身と彼の土俵ぶりそのものだ。

 いずれにしても、名前は親の愛情がにじんでいるようなものがよく、意表を突く奇抜なものや、親の独善的”ノリ”だけで選ぶことは敬遠した方がいい。その子が入学する時、年ごろになってプロポーズするような時、相手や本人が困るようなことのないようにしたいものだ。

 

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2016年5月 5日 (木)

宇宙があるかぎり

宇宙があるかぎり

すかべての感覚ある生き物がいるかぎり

そのときまで、私もいられますように

そして世界の不幸が消えてなくなりますように

Dscf2808_2 これは、8世紀のインドの師、シャンティデーヴァの『菩薩行入門』にある詩で、『ダライ・ラマ 世界平和のために』で紹介されました。

 8世紀どころか、公害や戦争の絶えない21世紀の今こそ、人類の願いとしなければならない教訓ではないでしょうか。

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2016年5月 4日 (水)

トランプ氏優勢、大歓迎

米大統領選の共和党候補者指名争いで、獲得代議員数が2位だったクルーズ上院議員(45)が3日(日本時間4日午前)、選挙戦からの撤退を表明し、実業家のトランプ氏(69)が同党の指名を獲得することが確実な情勢となった。同日に行われたインディアナ州予備選で同氏が大勝し、クルーズ氏が選挙戦の継続を断念した。(朝日新聞デジタル)

 アメリカの大統領選まで、まだ間がある。その間に日本の参院選がある。トランプ氏に大統領になってほしくないが、日本の基地が何のためにあるのか、なんで、安倍自民が集団的自衛権など持ち出して、自衛隊の存在を憲法違反にするような法律を押し通そうとするのか、よく考えてみるいい機会を与えてくれるからだ。

 誰が大統領になろうと、このところ、米対中ソ対立激化より、日本を置き去りしてでも協調路線の方に舵を切る。そんな日が遠からずやってきそうな気運になっている。

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2016年5月 2日 (月)

価値観・憲法・国旗

 どこかに、「人類共通の価値観である人権尊重を無視するISなどイスラム強硬派……」などという趣旨のことが書かれていた。別にアメリカの大統領候補のトランプ氏が言ったわけではない。むしろそれに批判的なジャーナリストだったと思う。

 別にISでなくても、イスラム教徒の普遍的価値観は、唯一の神「アッラー」であり、コーランにつきる。「価値観外交」というのは、安倍首相が言い始めたのかどうか知らないが、キリスト教徒に次ぐ16億人のイスラム教徒が人類でないわけがない。

 北朝鮮や中国に対して「人権擁護」の要求を突き付ける、というが、彼らには彼らなりの人権についての位置づけがある。優先されるべきものとして党、人民が先にくる。これを国旗で見ると面白い。革命の赤旗に星やハンマー、鎌で示される。

 ISは黒地に白で「神は偉大なり」と書いてあるだけ。愚像崇拝的要素は全くない。フランスを始め、ロシアを含めて三色旗が多い。これには、平和とか自由などの個人的理念やモットーが示されることが多く、欧州的価値観を示しているともいえる。

 イギリスと旧大英帝国の版図では、同じデザインが使われるが、ニュージーランドでは、変更案が否決されたとか。アメリカはズバリ、各州の数を星で表し、国歌は「星条旗よ永遠なれ」で国家主体の旗。

 日本は、70回目の憲法記念日がやってきた。平和、権利、自由満載の憲法である。どっちかというと、明治憲法同様、ヨーロッパの流れを継いでいる。そして旗は日の丸。大きな白地は平和、東洋に始まる日の出。単純かつ自然な表現だ。

 決して、某他国のように同じバッジをつけたり、国旗掲揚を強制されるような旗ではない。また、狭量な価値観に閉じこもるような姿も似合わない。憲法記念日を機に、日の丸を見直してみたい。

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2016年5月 1日 (日)

前方後円墳のなぞ(その3)

 当塾に、「前方後円墳の向き」という検索が頻繁に来訪する。古墳の形状や埋葬方法、副葬品など、共通点を探る研究は多い。また、拝所があり、鳥居が向いている”方”を”前”となし、円墳の”後”あたるという説が有力である。

 しかし、それがどっちを向いているかについては、360度好き勝手で、同じ場所にあってもばらばらなのである。古墳マニアの塾頭も以前から不思議に思っていたことだが、これに納得のいく”説明をした研究はなぜか目にしたことがない。2011年に「前方後円墳のなぞ」と題した記事を書いたが、去年にもその続編を書いた。
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-999a.html
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-2219.html

 塾頭の想像は、墳丘に必要な土盛りをするため周辺の土を掘る。その後は環濠のようになるが、墳丘の傾斜部分が雨で流されるのを防ぐため大量の石を張る。日本書紀には、それを大勢の人を動員してリレー式に運んだということも書いてある。

 すると、環濠の1か所はつないでおかなければならい。また祭祀や礼拝などに行くためにもつながっていた方が便利だ。だから、一番墳丘に近い通りやすい位置に向けて前方部が残ったのではないかと考えた。

 今でもこの考えは変わらないが、最近、被葬者の生誕日時に合わせて、今の「九星気学」的発想で向きを決めた、というのを見た。しかし、これは否定できる。なぜならば、弥生時代に続く前期古墳時代は、そもそもそういった暦などなかったからだ。

 その頃の古墳が集中する、奈良県大大和、柳本、纏向地区の古墳も向きはばらばらだ。その図をみているうちに、改めて別の事に気が付いた。

 最古の巨大古墳・箸墓は隣に大きな池はあるが環濠はない。また、全くない古墳もある。渋谷向山古墳は、自然の岡を円墳として利用しており、ことさら環濠を掘って土を積む必要がない。しかし現状では水面の高さを区切った形の濠が存在する。事実、後の灌漑用水利や調整池の役割を持たせるために改修したという記録もある。

 どうやら、今見る形は、造成当時と同じ景観とはいいきれないようだ。今はなくても創建当初はあったという古墳もあるだろう。そして、後方部は、円墳と同じ高さとし、縁者を葬ったり副葬品を埋葬するなど通路とは違う役割を持たせているところもある。

 それから、3重の濠をめぐらした大山古墳(現仁徳陵)のような最大規模の古墳は、応神朝の頃朝鮮から多くの土木技術者が渡来して築造を可能にした、などの説がある。しかし日本の弥生時代、すでに吉野ケ里や唐古遺跡のような集落全体を囲む巨大な防護用環濠を作る技術を持っていたのだ。

 その際の外部とのつながりや方向をどうやって決めたのか、作った人に聞いてみないと分からない。

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