« 「原発は無理」決まり!! | トップページ | 田中原子力規制委員長の傲慢さ »

2016年4月18日 (月)

「歴史認識」には善悪不要

 「歴史認識」という言葉が今ほど多用された時代はあっただろうか。塾頭も数えきれないほど使っている。最近、何気なく見た本棚に「歴史認識」とは何か、と題した新書があった。

 買ったのは間違いないが、読んだ記憶がない。買っておいて忘れるなどという悠長なことができない塾頭だ。そこで読み返してみたが印象に残るよう中身がない。これが「歴史認識」とは何かを考えなおす動機になった。

 結論は、「歴史認識」などというものは世に存在しないということだ。仮にあるとすれば、それは人の数だけ、つまりAさんはAさんの、BさんはBさんの歴史認識があるということで「正しい歴史認識」などはないのだ。

 仮に、民族解放戦争は「善」、侵略戦争は「悪」などの結論を最初に置いた思考回路は、「歴史認識」などと言えるものではなく、歴史に名を借りた政治宣伝か、我田引水以上の道具として使っているに過ぎない。アメリカには、原爆投下を「善」と信ずる人が少なくないのを見ても判る。

 日中・日韓でよく持ち出される「歴史認識」が善悪二元論で、最初から結論づけられているようなものであれば、歴史認識の名に値しないし、外国から強要されるべき性格のものでもない。現に、中韓の主張する「歴史認識」には、正しいとは言いかねる表現が多く含まれている。

 仮に正しいい歴史認識というものがあるとすれば、どういったことだろう。ひとつは、同時代を体感し、世間の空気をよく知っているということだ。古い時代で体感できない場合や、個人の能力を超える広範な知識を得るためには、歴史書以外にそれなりの史料を収集する努力が必要になる。

 それが、それまでに得ていた知識に合っており、さらにいくつかの補強資料を見つけると、あたかも同時代に生きているような気分になるものだ。その反対の資料が出てくれば、「この時代も複雑で多様性があるのだな」という判断が得られる。

 現在、「歴史認識」を云々する人は、どこまでそれをふまえて言っているのだろうか。大学の時代は「唯物史観」全盛の時代で、大いに啓発を受け、特に近現代史は、ワンパターンの歴史認識に陥りがちであったが、自ら独自の問題で資史料を目にすることにより、それだけではないという考えを持つようになった。

|

« 「原発は無理」決まり!! | トップページ | 田中原子力規制委員長の傲慢さ »

歴史」カテゴリの記事

コメント

「歴史認識」て、簡単に言うとその人の主観が介入する歴史の見方ですよね。それは絶対に違ってしまいます。

国家間でやってもらいたいのは「史実認定」ですよね。

投稿: 玉井人ひろた | 2016年4月19日 (火) 21時56分

言いたいことが抜けていました。

まさに「史実認定」です。ヒットラーのユダヤ人狩りと惨殺は「史実認定」されているから、国際紛争にならないのでしょう。

投稿: ましま | 2016年4月20日 (水) 08時20分

史実認定ということであれば、戦前の日本をナチスドイツに置き換えれば、ヒトラー総統によるユダヤ人仮と虐殺」という史実こそが、中国や韓国にしてみれば、「南京大虐殺や大日本帝国軍性奴隷問題」という前科こそが、日本政府が、自ら公式に認めたうえで、これに対しては、誇りをもって、日本政府が素直に認め、中国や韓国に対して、遠慮することなく、どんどん馬鹿にされることになろうとも、どんどん涙を流し続けながら、謝罪をすることこそが、第一歩であり、もう二度と、なかったこととは一切申しませんから、ということで中国や韓国が納得してもらうようにすることこそが、フランスが韓国をロールモデルとするならば、ドイツやイタリアにとっても、反論の余地はどこにもないことは当たり前のことだし、日本にとっても当たり前のことですよね。
アメリカを戦前の日本に置き換えれば、イギリスにしてもアヘン戦争の前科などで、中国にしてみれば、どんどんイギリスがコケにされることになろうとも、反論の余地はどこにもないことは、アメリカにとっても、日本にとっても、ドイツやフランス、イタリアにとっても当たり前のことだし、ましてや戦前の日本にしても、これと同様の前科がある以上、国際社会前回からすれば、この日本国だけが、容赦なくどんどんコケにされることになろうとも、反論の余地はどこにもないことは、アメリカにとってもイギリスにとっても当たり前のことだということにこそ、逆手にとれば、日本をコケにして頂く分には、どうぞ遠慮することなく、どんどんコケにして頂いて構いませんし、二度と全人類にご迷惑をおかけすることもなく、そっと静かに幸せに暮らして参りますので、この代償として、日本経済は沈没dさせることになろうとも惜しくはありませんし、大企業に対しては、容赦なく、どんどん税金や社会保険料をちょうしゅうすることを誇りとして、国際社会に見せつけることで、日本の財界に対しては、グローバル競争には、どんどん敗北する道を選択するならば、どうぞ遠慮することなく、どんどん涙を流し続けながら、どんどんものすごい痛みをかぶり、どんどんものすごい過酷な負担をすることもまた誇りとして、¥店うt家rてうぃただくならば、天皇陛下と共に、そっと静かに暖かく見守って参りますので、これ以上に利益を損なうことがなければ、これに対してのみ、涙を流しながらも深く感謝をして応えて頂ければ、もうこれだけで十分ですから、どうぞ遠慮っすることなく、意欲も熱意も喪失させたところで、これもまた一時的なものである以上、幾ら涙を流し続けながら、どんどん敗北し続けて、そのままひっそりと幸せに暮らしていけるようになることを、具体的目標に置き換えて、自らが、どのような行動をとればよいのか、ということを、この転機を乗り越えるための第一歩として下さいますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます、ということで応えていくというのはいかがでしょうか。

日本がドイツをロールモデルとするならば、韓国もまたフランスをロールモデルとすることで、韓国にしてみれば、北朝鮮に対して、良いロールモデルとして示していくことで、北朝鮮もまた、これを受け入れて、共に仲良く幸せに暮らすことが出来るように、お互いに涙を流しながらも、深く感謝をしあいながら、仲良く円満に和解できるようになれば、日本としては、中国やロシアと共に、そっと静かに暖かく見守っていくことにすれば、東アジアの平和と安定に大きく貢献することになるのならば、これこそが憲法9条にノーベル平和賞のお墨付きを賜るにふさわしいものであることは、いうまでもないことだし、全人類からのご褒美として賜ることになれば、これに対しては、誇りをもって深く感謝をして、この恩義に報いて恩返しをしていくことにより、国際社会全体の多極化の莫れの中に、今度は日本が、自らが名誉ある孤立化をして、ひっそりと適応させて没落させていくことにより、イギリスに対して恩返しをしていくことにすればよいのではないでしょうか。

投稿: asa | 2016年4月20日 (水) 16時33分

本文は読みやすいよう1000字以内にしていますので、コメントはそれ以下とし、要点を絞っていただければ幸いです

投稿: ましま | 2016年4月20日 (水) 17時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/65038333

この記事へのトラックバック一覧です: 「歴史認識」には善悪不要:

« 「原発は無理」決まり!! | トップページ | 田中原子力規制委員長の傲慢さ »