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2016年2月 2日 (火)

満州を知る

 去年の天皇誕生日にあたり、天皇は記者会見で、「満州事変に始まる戦争の歴史を学び,今後の日本のあり方を考えることが極めて大切」と述べられた。塾頭とほぼ同年代のである天皇は、小学生のころから、日頃「満州」という言葉に接し、身近に感じられているはずである。

 天皇がそのようなことをするはずがないが、なにか安倍首相に対する当てこすりのような気がしてならない。というのは、祖父・岸信介が官僚として満州国にわたり、辣腕をふるったことでも知られているからだ。

 経済5か年計画を作り、当時関東軍参謀長だった東条英機とも昵懇の間柄だった。戦中、東条首相のもとで入閣も果たし、戦後は戦争犯罪人容疑で逮捕されたが、アメリカが冷戦激化を前に、裁判の決着を急いだことなどで免訴となった。

 「運が良かった……」、これは岸自身が言っている言葉である。また、計画経済推進などで「革新官僚」に位置付けられたが、商工官僚であり、満州事変そのものには責任がなく、自責の念はなかったであろう。

 安倍首相がややもすると歴史修正主義に偏りがちなのは、その影響があるのかもしれない。日清・日露戦争が終わり、日本は一応大陸からの脅威にささされることはなくなったのだ。しかし、第一次世界大戦後の帝国主義的植民地拡張排除の機運に反して、大陸侵攻を目指した。

 そのあたりを、熟知熟考しないと再び戦争→敗戦のいまいましい時代がやってくる。満州の知識がないのは左右を問わない。また、戦争を知らない世代だけでなく知っていても、「満州」という国名ひとつでさえ、まだ整理がついていない。その例をあげておこう。

 大林太良・生田滋『東アジア民族の興亡』日本経済新聞より引用

21ページ
 中国東北部――かつて日本人が誤って「満州」と呼んでいた地域のうち、内モンゴル自治区に含まれる地域を除く部分、およびロシア領の沿海州など、旧清朝時代にその支配下なある地域を指す。

261ページ
 ヌルハチは李成梁の庇護を受けて建州衛の諸部族を着々と支配下に収め、一五八八年には建州衛を統一した。彼はこの時国名をマンジュ国と定めた。マンジュというのはマンジュシュリ(文殊菩薩)からとった名称だということである。

 「満州」というのは、この「マンジュ」に漢字をあてたものである。日本人は第二次大戦まで中国東北部のことを満州と呼んでいたが、中国人はこの地域を必ず「東北」と呼んで「満州」とは呼ばない。これは「満州」が「夷狄」の側から見た名称だからである。もっとも「満州国」という名称には一種の合理性がある。「満州国」の執政、そして皇帝となったのは溥儀であって、彼は満州族の立てた清朝の最後の皇帝だったからである。

 261ページの方が詳しいが、21ページの「日本人が誤って「満州」と呼んでいた」というのと符合しない。中国人が嫌うからといつて、「日本人の誤り」にすることはない。蒙古、チベット、ウイグル族などを含め、5族協和といって辛亥革命後も通用していた中国の発想なのだ。

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