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2016年2月 6日 (土)

環境権を見直す

 ただし、公明党発の「自然環境権」加憲論ではない。それは、「文明環境権」「政治環境権」「生活環境権」の三つであり、まだあるのかもしれない。

 唯一の神を守り、古い戒律を守り、国境を否定する――、これはISの「文明環境権」である。ただし、異教徒、異文明人は惨殺してもいい、という文明を、断乎拒否する権利も、文明環境権である。

 一般的な文明環境権は、風俗・習慣・歴史・芸術などをさす。ただ、それらを固定、凍結させて発展・進化を一切止めてしまうのは、われわれの求める「文明環境」ではない。また、「これが我々の守るべき文明である」と、決めつけて強制するのも非文明の極みである。

 「政治環境権」、これは立憲主義、民主主義、国民の平和と安全、そして参政権などの権利を保障する政治環境を保つ権利である。これは、現憲法を維持するということを意味していない。底流は、聖徳太子の17条憲法、明治天皇の5カ条のご誓文、明治憲法以来受け継がれていることだ。

 「生活環境権」は、上二つの環境権と密接不可分であるというより、その原点であると言ってもいいかもしれない。経済的な問題はもとより、自然環境や健康など生活するうえで守らなければならない権利がすべて入るだろう。

 以上、ある朝寝床で考えたことである。

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コメント

2~3年ほど前からささやかれ出していますところの「自然権」というのが、法の根本である気がします。

投稿: 玉井人ひろた | 2016年2月 7日 (日) 08時39分

〇〇の考え、休むに似たり――sleepy、でした

投稿: ましま | 2016年2月 7日 (日) 10時56分

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