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2016年1月 2日 (土)

朝鮮併合評価の甘さ

 昨年最後のエントリーを「慰安婦問題の合意」としました。その参考になるかと思って買ってきたのが『「歴史認識」とは何か』という新書です。本年最初のテーマは、そこからいただきました。団塊の世代というのでしょうか、戦後生まれの政治学者・大久保昭氏に江川紹子さんが疑問に思うことを、一問一答形式で編まれた本です。

 その中味は、右とか左ということではなく、史料や情報を詳しく分析し政治的要素を抜いた歴史を教養として持っていなければならない、ということのようです。本の帯には、大きく「自虐でも独善でもなく」とあります。

 その趣旨は全く同感で、本塾がこれまで書いてきたことと一致することが少なくありません。最近歴史認識の議論となったなかで、東京裁判やGHQの占領政策、それに慰安婦問題の見方などについては、殊にそうです。

朝鮮を狙うロシア

 ところが、塾頭の意見・認識と相反する記述が出てきたのです。まず、その部分を引用しましょう。

◆日本が何もしなくてもロシアが朝鮮半島を植民地化しただろう、という議論ですが、この理屈で日本の植民地支配を正当化するのは、あまりに破廉恥な開き直りではないでしょうか。こういう議論をする人は、日本の過去に負の側面があることを認めるのは「自虐史観」だといい、日本民族の誇りを強調するのですが、それではこうした議論を真面目に外国でできるかどうか、よく考えた方がいい。こうした議論はおよそどの国でも、どの社会でもあきれられ、自らを辱めるものでしかないと思います。

 「破廉恥な開き直り」など、相当露骨で感情的な言い回しです。それが、まさに「歴史認識」とは何かをあらためて考え込む結果となったのです。というのは、日本が大陸侵略や植民地化、いわゆる帝国主義的野心をむき出しにし始めたのは、第一次大戦後で、日露戦争までは西欧、特にロシアとイギリスが狙う朝鮮を含めた清国での勢力圏争いで、日本が火の粉を浴びないようにするのが精いっぱいだったという史実を無視していることです。

 明治以前の歴史認識はどうでもいいというわけにはいきません。幕末から日清・日露両戦争に至る間のイギリス・ロシア・清国・朝鮮といった北東アジアをめぐる国際環境と、日本帝国出現という歴史認識の上に立つ必要があります。それがないと上述引用のような誤解されやすい結論になってしまうのです。では、その歴史とは……。

 次がペリー来航により開港した1858年以後の、日韓周辺をめぐるロシアとイギリスの動きです。

・1859年(安政6) ロシア艦6隻、箱館入港
・1860年(万延1) ロシア、清国領沿海州を第2次アヘン戦争仲介の代償として獲得
・1861年(文久1) イギリス、フランスが対馬を占領するという風評を受け、ロシアが先手を打つという口実で3月に対馬に上陸、抵抗する島民に死傷者が出たが8月に英艦2隻の圧力を受けて退去。

・1864年(元治1)英・仏・米・蘭、下関砲撃
・1876年(明治9)、日鮮修好条約により「朝鮮国は自主の邦で日本国と平等の権を保有」と規定したのにもかかわらず、日清戦争まではひたすら清国の権威にすがった。
・1885年(明治18) イギリスの東洋艦隊が、突然対馬海峡に面した朝鮮領・巨文島を不法占拠した。要塞工事を行って2年後に退去したものの、宗主国・清国を通じた抗議は、この間無視されていた。

 日清・日露戦争前後の詳述は避けますが、朝鮮内にも、自立する、あくまでも清を頼りにする、ロシアを頼る、日本に協力する、など色々な勢力があって相争い、混とんとしていました。その中で日本派が最も弱く、清が日清戦争に負けた1895年以降、宮廷は急速にロシアに近づきます。

 幼王・高宗の義母で絶大な権力を持つ閔妃は露公使と結び反日クーデターを起こします。これに対して、1895/10/8にソウルの日本人壮士(大陸浪人)と朝鮮人有志が、大院君(高宗の生父)を擁してクーデターを試み閔妃を襲って殺害するという、日本にとって恥ずべき事件が起きます。背後には日本公使や日本軍の一部もかかわっていました。

 また、翌年2月には、朝鮮国王と世子を露公使館に移してそこで公務をとらせるという、独立国としては前代未聞の事態が起きます。ここまで見て、日本は、ロシアのやることを黙って見ていればいい、と誰が言えましょう。

・日清戦争後の対韓政策は、みるも無残な失敗であった。ロシア公使館に遷幸した韓国国王は、その後一年、ロシア側の生け捕りになったも同然で、この間に日本の勢力を抑えるため、さまざまの利権が欧米資本に譲渡されたが、日本は指をくわえて傍観するほかなかった。

・34(1941)年末、小村外相が閣議に提出した日英同盟にかんする意見書
「若し時勢の推移に一任せば、満州は遂に露の事実的占領に帰すべきこと疑いを容れず、満州既に露の有とならば、韓国亦自ら全うす能わず(以下略)」

 以上2件は『日本の歴史22』隅谷三喜男・中公文庫)に掲載されています。さらに「スラブ研究」の論文の一部を加えておきましょう。

(1900年)7月19日、これによりパヴロフとイズヴォリスキが各自秘密に日本に提示したのは、軍隊派遣を理由とした韓半島の勢カ圏分割案であった。イズヴォリスキはすぐ伊藤博文と青木周蔵外相に、山県-ロバノフ協定を基にして韓国を二分して守備兵を派遣することを提議した。パヴロフも林権助駐韓日本公使を通じて、韓半島北部の防禦はロシアに委ねる代りに日本軍を韓国の西岸仁川に上陸させ、日露勢力圏下での秩序保全のために東京で交渉することを提案した。

 ロシアは日本に敗れて弱体化した清国に対して露骨な侵略を開始し、満州を勢力圏に入れます。そして朝鮮への野望を隠そうともしませんでした。日清戦争で割譲を受けた遼東半島は、露・仏・独の三国干渉で手放さるを得なくなりました。

 朝鮮を半分でも譲れば、次は日本へ、という心配がないとは誰も保証できません。日露戦争は行き着く先として当然予想されるものでした。

植民地支配どころかガードに手いっぱい

 力の差は歴然としていたのに、この戦争に日本が勝ってしまったのです。しかし、ロシアの方は、「負けた」という気があまりありません。樺太の北半分を委譲した程度で、賠償にはほとんど応じようとしませんでした。

 帝国主義的侵略や植民地獲得戦争が好ましくないということが定着したのは、第一次大戦後です。日本にそのようなことをする力がないということは、その当時、為政者が一番よく知っていたのではないでしょうか。

 では、なぜ日韓併合という選択をしなければならなかったのでしょうか。日露戦争が終わって、朝鮮は外交を依存する国が日本以外になくなったのです。日本は保護国的な役割を担うことになりました。

 その役割について、反対する国はどこにもありませんでした。しかし、独立を害するような方向に強く反発する勢力は健全でした。1906年に韓国・全羅北道で抗日挙兵があり、以後各地に広がる気配がありました。この当時韓国統監であった伊藤博文は、朝鮮の国情・民情に対する知識も深く、日韓併合には消極的だったと思います。

 史料にも、経済界は、朝鮮は綿織物以外に市場としての魅力がとぼしく、利権として得た京釜鉄等もはかばかしい成果があがっていない、むしろ韓国が外国に依存した借款を肩代わりするマイナスが大きい、という意見があったようです。

 それが急転直下、併合に至ったのは何故でしょうか。塾頭は、1907年6月、ハーグ平和会議に韓国皇帝が密使を派遣、日本の侵略を訴えたこと、明治の元勲の第一人者で韓国総監から枢密院議長となった伊藤博文が、ハルビン駅頭で韓国人テロリスト安重根の銃弾で死亡した二つの事件が影響しているのではないかと想像しています。

 いずれも日本のプライドが、国際的に大きく傷つけられたと感じ、それを回復するためには、併合という強硬手段しか選択肢がないと焦ったのかも知れません。また、閔妃・大院君といったワンマン統率者がいなくなり、国内統一が難しくなりました。

 清やロシアとの戦争に勝った日本は、朝鮮の治安の維持や法秩序維持に責任がありす。今のように国連のPKOなどない時代です。これを放棄することもできません。ほかに何か方法がないかといわれても思いつきません。だから各国は、機会均等の原則が満たされ、韓国が安定し解放されるのならあえて併合という措置に反対しないということだったのでしょう。

 しかし結論は、日韓併合は間違いなく失敗だったのです。歴史に「若しか――」が許されないことを十分承知の上でいうと、日本は併合ではなく、軍隊や警察の強化でもなく、逆に引き上げを検討すべきだったと思います。

 未開国でない、韓国および韓国人にその能力がないとは決していえません。過去、大陸や日本の侵攻を受け、これを跳ね返した歴史は枚挙にいとまありません。問題は、明治以来の数十年で、日韓双方に相互不信がすっかり根付いてしまったことです。

 日本側の反省点は、朝鮮蔑視と人種差別です。その端的な現れが、関東大震災の際の朝鮮人襲撃デマが蔓延したことでも証明されます。

 歴史認識をただす、ということは以上のような史実を日韓双方で確認し合い、共通の基盤に立って合意できる共通点をさぐり合うということではないでしょうか。

 その点で冒頭に掲げた本の記述は、画竜点睛を欠く、というより正しい「歴史認識」を遠ざけるおそれさえあります。また「植民地支配」という表現も、ことの本質を見誤らせ、議論を単純化させる恐れがあり、この本の企画にとって「残念だ」と言わざるを得ません。

付録(国名について)

 上記本文では、朝鮮と韓国という国名が混在していますが、ここで整理しておきます。
▽1392年→朝鮮国(高麗国を滅ぼした李成桂が古代にあった「朝鮮」の名称をを復活)
▽1897年→大韓帝国(宗主国・清の影響から離れたためか国王は地位を「皇帝」に改めた)
▽1910年→朝鮮(日韓併合により、日本はもとの地域名「朝鮮」に統一した)
▽1948年→大韓民国(日本敗戦後独立・李承晩大統領)
      →朝鮮民主主義人民共和国(日本敗戦後独立・金日成首相)

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コメント

日韓併合は侵略だった
近隣諸国に多大な迷惑をかけた
南京大虐殺はあった
従軍慰安婦は性奴隷だ
とにかく日本は悪かった

という歴史認識しか持っていない人が、
「正しい歴史認識」を力説しても、なんの説得力もありませんよ。

いい加減、現在の価値観で過去を批判するのを止めなさい。しかも日本ばかりを。

>歴史認識をただす、ということは以上のような史実を日韓双方で確認し合い、共通の基盤に立って合意できる共通点をさぐり合うということではないでしょうか。

また得意の話し合いですか。
歴史認識を話し合いで解決できるわけがない。
現にここで、同じ日本人であるあなたと私の間でさえ、同意できていない歴史認識が多々あるのに。

ましてや相手は中国韓国ですよ。
絶対にできないし、すべきではない。
どうせ日本が譲歩した時しか同意できないのだから。

歴史認識が国によって違うのは当たり前です。
ジョージ・ワシントンは、イギリスではただの反逆者ですよ。

中国韓国相手には、一切譲歩しないのが一番いいのです。

投稿: makoto | 2016年1月 4日 (月) 04時46分

makoto さま
早々とありがとうございました。

感想。

中国・韓国は相手にしない……のご意見で、「国民政府を相手にせず」という1938年の近衛声明を思い出しました。

その裏で毛沢東らと連絡もしてます。あなたのお好きな安倍首相も中韓と話し合いしたくてしょうがないし、アメリカもおすすめ。

ただ、トランプさんはあなたと似てます。イスラム教徒とテロリストの区別、国と国民の区別かつかないという点です。

そういうのを「反知性主義」というのだそうです。

投稿: ましま | 2016年1月 4日 (月) 09時17分

トランプと僕ちゃんが?
似てませんよ。
まあ、頭の怪しいところくらいですかね。
あと、資産に関しては似てるかも。

安倍首相が好きだなんて言いましたっけ。
1回も言っていませんが。
あなたはいつもそうだ。
人が言ってもいないことをさも言ったかのように書いて、人を批判したり自分の意見に説得力を持たせるのです。
何回も指摘していますが、治らないようですね。

だいたい中国韓国に毅然とした態度で接することができない、靖国にも参拝できないような弱腰外交しかできない首相が好きになるわけがない。

好きな政治家、今はいませんね。
前は、石原慎太郎が好きでした。

投稿: makoto | 2016年1月 4日 (月) 09時57分

共和党大統領レースのトップを独走するトランプ氏ですが、
『フセインやカダフィをアメリカが殺さなければISISが暴れることはなかった』など、
誰もが思っている真実をマスコミで言うことで大喝采を浴びているのです。
一般のアメリカ人ですが、『トランプ以外の他の候補は誰一人、口に出さない』事実をよく知っているのです。
暴言のトランプ氏を、日本の妄言ネットウヨと比べるのは失礼ですよ。

ただ阿呆だから全部間違っているとも言えず、
実はグローバルスタンダードでは『国家は基本的に謝罪しない』のです。
その例外的な『謝罪する国家』が今の日本であり、これをネットウヨが不満に思っている。
日本が無理やり『謝らされている』と思っているのですが、この部分だけなら正しいのです。
ただし、『悪い日本』は自虐史観などではなくて、日本が第二次世界大戦に負けたからに過ぎない厳しい現実世界に気が付かない。
負けたから『悪い』と決定されたのです。
もしも日本が勝っていれば世界は逆になっていた、
今頃は東京の一番目立つ場所に東条英機の銅像が建てられていて、教科書でも偉人として記述されている。

投稿: 宗純 | 2016年1月 4日 (月) 10時54分

宗純さま

前掲書にはこうあります。

  東京裁判が「勝てば官軍」の「勝者のさばき」だったという受け止め方。これは強かったし、その後も根強く残ります。これは当然だし、ある意味で健全な批判精神のあらわれです。

 以前、「勝てば官軍」と言ったら叱られました。多分「負けても官軍」といいたかったのでしょう。

投稿: ましま | 2016年1月 4日 (月) 13時46分

スティーブ・ジョブズのことをホモだと決め付けたり、9・11を「記念日」と嬉しそうに書いたりする、いつもトンデモ発言をなさっている宗純さんですか。

あなたが左により過ぎているから、私のようにグローバル・スタンダードの中道の人間がウヨクに見えてしまうのでしょう。


ましまさん

「勝てば官軍」。こんなに正義をないがしろにする言葉はありません。
負けたことで去勢された犬みたいに世界に尻尾を振っておべっかを使っているその姿勢が情けないと気がつきませんか。

投稿: makoto | 2016年1月 4日 (月) 17時11分

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