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2016年1月24日 (日)

伊藤博文とイスラム

Dscf2696_2  貧弱な塾頭の本棚を眺めたら「イスラム」を題名に掲げた本が6冊あった。これに「コーラン」を入れると7冊である。ついでに「アメリカ」または「米」が題名になっている本は、8冊でイスラムが1冊負けている。

 共和党の大統領候補・トランプ氏が「イスラム教徒は入国禁止にしろ」と言ったことがアメリカでも問題になっているが、本をいくら積んでみても塾頭には、「これが真実だ」というものが見えてこない。

 これは、塾頭の能力もさることながら、イスラム教の純粋性、アメリカの多様性がそうさせるのかもしれない。だから、そのその時々において断片的な取り上げ方を試みるしかなさそうだ。(逃)

 最初は、1月3日の毎日新聞東京朝刊社説に載ったエピソードから紹介する。

 1909年、韓国統監だった伊藤博文は、ロシアから来たイスラム教徒のアブデュルレシト・イブラヒムを別荘に招いた。遠来の客からイスラム教の話を聞き、一緒に「アラーの他に神はなく(預言者)ムハンマドは神の使徒なり」と朗唱もした。イスラム教徒にとって大切な「信仰の告白(シャハダ)」である。

 元宰相が入信したわけではないが、イスラム教の話に感じ入った伊藤は「なんということ! 承服できないことは一つもない。これは大変気に入った」「私もたえずこうしたものを追求してきました」と語ったという(イブラヒム著「ジャポンヤ」第三書館)。伊藤が暗殺される数カ月前のことだ。

 日本人には、明治時代からイスラム教とどこかで波長が合うのか、入信する数少ない人々がいる。以前書いた塾頭の友人だったカメラマンもその一人である。

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