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2016年1月

2016年1月30日 (土)

Do you know 安保(補)

 当塾では、1月18日から5回連続で「Do you know 安保」を連載し、その中で、去年安倍内閣が、憲法にも日米安保条約にも違反している安保特例法11本を、議事録もない委員会決議をもとに通したことについて、その元凶が、国会承認のいらない日米当局者が決める「ガイドライン」にあることを指摘した。

 これについて、後になって専門家の解説を引用するのも変な話だが、『世界』2月号の、軍事評論家・前田哲男氏の「三つの同盟と三つのガイドライン」で、まとめた記事があったので、以下、要点を述べ補充させていただく。

(前略)日米安保にもとづく「軍・軍連携」のありかたとは、ガイドラインが方向を指示し、国内法がそれを裏書きする関係なのであって、その逆ではない。大状況はアメリカのアジア太平洋戦略をもとに想定される。憲法とは異世界の<鬼っ子>的文書といえる。

 このように、安保条約下の日米軍・軍連携においては、つねにガイドラインが<主体>であり、国内法が<客体>であることを知り、そのうえでガイドライン協議が、第二次安倍内閣の「集団的自衛権行使容認」表明を機に始動、戦争法案づくりと同時並行(むしろ先行)しつつ進んだ推移に照らすと、戦争法制の本質を理解するには条文解読だけでなく(ガイドラインの側)からの視線が不可欠となる。両者は異体同心というべき――片方は法律に向かい、もう一方は軍隊用マニュアルとして活用される――文書であるからだ。

 (中略)定義と条文には、条件法、接続法による迷宮のような修辞がほどこされ、難解複雑な言い回しで、真の意図を隠している。そこから国会答弁のみでは、(閣僚間の食い違い、たび重なる訂正発言もあって)「重要事態」や「存立危機事態」など両法に規定された新事態は「例外的」だと受けとめる見方も可能になる。じっさい首相以下の答弁者は、そう印象づけようと努力した。「成立しても使えない」という(おもに集団的自衛権全面解禁論者からの)意見さえあった。

 (中略)本来、戦争法案をめぐる国会論戦は、一五年ガイドラインをあわせ鏡にして<法案の後ろ姿>を国民にしめしながらなされるべきであった。その機会は逸したが、しかし「戦争法廃止」や「白紙化」をもとめる今後の運動にあっては、ガイドラインの精読が決定的に重要となる。(後略)

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2016年1月29日 (金)

甘利大臣辞任

 塾頭が小躍りして喜んでいる、と思うでしょう。
「はずれ!」。

 今どき稀に見る大物大臣だった。TPP――、国内の農水産業者の反対をものともせず、難物の米議会筋を蹴散らし、利害が一致しない小国をなだめてまとめあげる手腕のすごさ。

 アメリカの顔色をうかがい安倍首相に意見も言えない外務官僚の比ではない。これほどこみ入ったテーマに外交成果をあげるなど立派なものだ。多分、英語はペラペラなんだろう。合意文書に日本語はないそうだ。

 それに、下心満々の有象無象がみやげ物に熨斗をつけてやってきても「よきに取り計らえ」とばかりすべて役人任せ。「100万?1000万?。小さい小さい」。知っていても知らんふり。下着どろ大臣などとは全然スケールが違う。

 その大臣が辞めるとは、国家的損失だ。後任に「金目でしょ」大臣がつく。

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2016年1月28日 (木)

自虐ポスター

「民主党は嫌いだけど、民主主義は守りたい。」。
 民主党は夏の参院選に向け27日発表したポスターで、こんな自虐的なキャッチコピーを掲げた。枝野幸男幹事長は記者会見で「安倍政権に不安や疑問を持ちながら、民主党に対しても批判的な方はいる。全員に共通するメッセージはなかなか難しい」と苦心ぶりを明かした。
  (1/27・時事通信)

 これでは駄目だ。「解党的出直し」「立憲連合方式」「リベラル新党」「オリーブの木構想」……なんでもいい。「勝つ」、「安倍政権にとって代わる」という気迫が全く感じられないのだ。

 塾頭は、安倍内閣の支持率が上向きのこと、アメリカではトランプ氏が共和党でトップの人気がある大統領候補であること、ロシアのプーチン支持率が90%もあること、フランスでもオランド大統領支持が急上昇していること、これらは何故だろうと考えた。

 すべて「強さ」の演出だ。民主党のポスターに「守りたい」はあっても「攻め」がない。「嫌いだけど」は、マイナスイメージを増幅するだけ。これは、プロに依頼して作ったポスターだろうか。だとすれば、そのプロは与党支持者に違いないというより、それを公表するセンスの方が疑われる。

 強がりは、なにも右翼政治家の特許ではない。オバマ大統領が候補だったとき叫んだ「Yes! I can」がいかに力強く響いたかを振りかえればわかる。

 このポスターでは、「他党に乗り換えよう」という支持者がが必ず出てくるだろう。

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2016年1月27日 (水)

中東はイランが主役に?

 去年から今年にかけての中東の現象は、塾頭の数十年にわたる常識をひっくり返してしまった。過去、中東の主人公はエジプトでありサウジアラビアであった。イスラム全盛時代の中心地であるイラクは、アメリカの侵攻で壊滅したが、いずれもイスラム教徒の9割を占めるというスンニ派の支配地だった。

 サウジは、イスラム教徒にとって巡礼に特別の意味を持つメッカ・メジナの聖地を領内にかかえ、全イスラム教徒の保護者という立場でシーア派巡礼者も受入れる穏健かつ権威ある王国であった。また、世界最大の石油埋蔵量を誇り、アメリカの独占石油資本と密接な関係を結び、OPOECの盟主として原油価格をほしいままに操った。

 Dscf2709_2冒頭に書いた激変のもとはふたつある。今、世界の金融を揺り動かしている原油安とISの出現がどうしてもからんでくる。写真はNNNからのものだが、遂にここまできたか、の感を深くした。キリスト教とイスラム教の握手をイラン大統領が演じてみせたのだ。

 中東紛争のもともとの震源地はイスラエル・パレスチナ問題だ。かつて中東の多くを植民地化していた英仏もさることながら、国民に有力なユダヤ人を抱えるアメリカは、イスラエル寄りにならざるを得なかった。

 ホメイニ革命で、大使館を占拠されたことのあるアメリカは特にイランに反感を持ち、ここが核兵器を持つことが、イスラエルを脅かす最大の脅威になるとした。だから、北朝鮮をほっておいてもこっちの方を優先させ、6か国協同してほぼ核兵器開発阻止に成功した。

 これにより、もともとイランよりのシーア派人口が多いイラクとシリアでは、スンニ派であるISを、ロシアが後ろ盾になっているアサド政権とアメリカが支援するイラク現政権が挟撃し、これにイランが主導的役割を加担する形勢となった。

 ISにとって、支配地を失うということは、過激思想としてアルカイダとともにテロを競い合うという形は残っても、世界から若者を集めて支配地拡大を計るというスタイルは後退することになる。そこで微妙になるのがイスラエルにとって本当の脅威はどこなのか、ということである。

 まず、シーア派を代表するイランとスンニ派の本山を自認するサウジの間で起こった切迫した対立である。穏健なサウジ国王は代が替り、副皇太子が国防相をにぎると、ペルシャ湾をはさんだ両国の間には硝煙の匂いが立ち始めた。

 イエメンで両国が支援する軍事組織の対立があり、去年はサウジ軍が相手組織を空爆までした。また、サウジがシーア派宗教指導者処刑し、イランの同国大使館が焼打ちにあって、国交断絶に至るということにもなった。

 コーランを忠実に守るということでは両者に違いがない。むしろ、イスラム教の純粋性が抜き差しならぬ宗派対立を生んでいるように見える。前にも書いたことだが、コーランをはじめイスラム教はアラビア語でそれを唱え、理解しなければならない。したがって塾頭如きがその教義に立ち入ったり比較したりすることは不可能だ。「どっちが世俗的か――」、これにも答えが出せない。

 唯一の違いは、イランには選挙で選ばれた大統領がいるが、宗教指導者の上に立つことができない。これに比べるとスンニ派各国は、王制または共和国だが国を動かすのは、共和国では軍を握った独裁者が多かった。

 ところが、信者はスンニ派の方が古典的教義を重視し、シーア派は、宗教指導者の現代的解釈に従うという傾向が強いように塾頭には感じられる。その点、スンニ派国の王様や独裁者は、教義尊重をうたいながら、国際間や、国民の間の世俗的要求に妥協することで、国権の維持を図ったのではないか。

 OPECが石油を武器に使っていた頃、プリンスオイルとかプリンスマネーという言葉が横行したことがある。産油国の王族(一夫多妻制なので王子の数は極めて多い)は、原油を現物支給される。国で原油輸出を禁止しても、王子からは闇ルートで買い手に引き合いがあるのだ。

 また、イスラエルと対決する過激派には王子マネーが最近まで流れていたようだ。イスラム教には、富める者が貧者に喜捨する義務がありそれを怠ると背教となる。スンニ派国家は、教義は別として、国を保つためにはエジプトのようにイスラエルと国交を結んだり、アメリカと友好関係を保つことも、政権を維持するためには必要なことだった。

 そういう報道は表向き無いが、アメリカは、王子マネーなどでイラクなどのスンニ派過激組織が駆逐できないことに業を煮やし、イランを立てる方に宗旨替えをしたのではなかろうか。ISは、そもそも神ではない王とか国家の権威を認めていない(そのISが「国」を称するのは矛盾だが世俗的な国家と区別している)。

 原始的な教義をかかげるISに魅力を感じ、スンニ派の若者が兵士として加わるケースが多いことも欧米としては懸念材料だろう。ユダヤ教徒と同列に置かれる異教徒・カトリック法王と握手するイスラム教シーア派の代表が、画期的な光景に写るのは、その故でもある。

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2016年1月25日 (月)

琴奨菊と宜野湾市長

 両方とも塾頭の支持する人が勝てばいいな、そうすれば今日一日は気分よく過ごせるのに……と思ってた。ところが、宜野湾の方は負けてしまった。琴奨菊の出身地柳川は、塾頭が仕事とは全く関係なく訪れた九州の最初の観光地であり、けいこ場のある千葉県松戸市は隣の市である。

 日本人が優勝したのは10年前というから、小さい子にとっては初めてということになる。国技で日本人が優勝できないというのは、やはり気になっていた。ただ、白鵬も稀に見る大横綱だ。再びその勇姿を見たい。

 宜野湾市の方だが、当選した市長は、辺野古移転に賛成しているわけでもないので、今後の沖縄全体と本土の反対姿勢が維持発展すれば、自民党がはしゃぐほどの事ではないだろう。

 毎日新聞の出口調査によると、投票者の支持政党の2%が公明党で、自民党支持者より高い90%が現市長の佐喜真氏に投票したという。

 全国の政党支持率から見ると半数以下の支持率だが、それだけ同市では公明党支持者が少ないのか、半数以上が棄権に回ったのか、そこまでは新聞に書いてない。ちょっと、気になるところである。

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2016年1月24日 (日)

伊藤博文とイスラム

Dscf2696_2  貧弱な塾頭の本棚を眺めたら「イスラム」を題名に掲げた本が6冊あった。これに「コーラン」を入れると7冊である。ついでに「アメリカ」または「米」が題名になっている本は、8冊でイスラムが1冊負けている。

 共和党の大統領候補・トランプ氏が「イスラム教徒は入国禁止にしろ」と言ったことがアメリカでも問題になっているが、本をいくら積んでみても塾頭には、「これが真実だ」というものが見えてこない。

 これは、塾頭の能力もさることながら、イスラム教の純粋性、アメリカの多様性がそうさせるのかもしれない。だから、そのその時々において断片的な取り上げ方を試みるしかなさそうだ。(逃)

 最初は、1月3日の毎日新聞東京朝刊社説に載ったエピソードから紹介する。

 1909年、韓国統監だった伊藤博文は、ロシアから来たイスラム教徒のアブデュルレシト・イブラヒムを別荘に招いた。遠来の客からイスラム教の話を聞き、一緒に「アラーの他に神はなく(預言者)ムハンマドは神の使徒なり」と朗唱もした。イスラム教徒にとって大切な「信仰の告白(シャハダ)」である。

 元宰相が入信したわけではないが、イスラム教の話に感じ入った伊藤は「なんということ! 承服できないことは一つもない。これは大変気に入った」「私もたえずこうしたものを追求してきました」と語ったという(イブラヒム著「ジャポンヤ」第三書館)。伊藤が暗殺される数カ月前のことだ。

 日本人には、明治時代からイスラム教とどこかで波長が合うのか、入信する数少ない人々がいる。以前書いた塾頭の友人だったカメラマンもその一人である。

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2016年1月22日 (金)

Do you know 安保⑤

 在日米軍基地の面積で7割超が沖縄に存在するということに、本土の人間は、
 「そりゃあ大変だ。しかし、土地を貸している人は多額の地代が入るし、基地の存在で生計を立てている人も多い。辺野古の海の自然が破壊されるというが、美しい自然はほかにもたくさんあり、それで観光資源が損なわれるという程ではない。日本の安全が保たれるのであれば、多少のことは我慢してほしい」――
という感覚を持っていないか。

 独立国の1%に満たない土地でも外国軍基地ができ、兵士がわがもの顔で振舞ったらどうなるか。ウサマビンラディンは、湾岸戦争でサウジに駐留した米女性兵士の行動に目をそむけ、9・11テロの動機とした。また、イラクの復興支援をうたった自衛隊基地も、地元武装勢力の標的になった。

 日米安保条約と同時に締結された協定に、「日米地位協定」というのがある。そこでは、米軍人の犯罪は、協定17条で身柄が米側にあれば起訴まで米側が拘禁すると定める。日本側捜査に支障が大きく、95年の沖縄の少女暴行事件で協定改定の要求が強まったが、両政府は運用改善で対応。「殺人または強姦という凶悪な犯罪」で日本が起訴前に身柄引き渡しを求めれば米側は「好意的考慮を払う」ことで合意した。

 また、公務執行中の犯罪執行中と認定されれば第一次裁判権が米側にあり、交通事故を起こしても基地内に逃げこめば容疑者の捜査もできない。沖縄国際大学構内にヘリコプターが墜落した際は、現場を封鎖し、警察・消防・学校関係者などの立ち入りを禁止した。

 米兵による事件、事故が多い沖縄では「治外法権」(仲井真弘多知事)との批判が根強いが、両政府は改定でなく運用改善での対応を重ねているだけで、アメリカは他国のケースに影響を及ぼすという理由で譲歩する気配はない。

 したがって、どこの国でも外国軍の存在を嫌うのは当然だが、日本ではそれを理由にテロで報復するということはしない。政府は「辺野古移転が住宅に囲まれた普天間飛行場の危険を回避する唯一の解決策」というが、全県あげての反対運動の本質は、全く違うところにあることを理解していない。

 このシリーズで「日本は米国の属国」と書いてきた。その用語は、毎日新聞の15日付「特集ワイド」が見出しに使っている。そこから抜粋したものをこのシリーズのしめくりとしたい。

ある在日米国人男性が最近製作した映画が静かな話題となっている。タイトルは「ザ・思いやり」。日本が負担する在日米軍駐留経費、いわゆる「思いやり予算」について「なぜ日本はそこまでするのか」との素朴な疑問を投げかけるドキュメンタリーだ。市民グループなどが各地で自主上映会を開いている。

 この予算は1978年、金丸信防衛庁長官(当時)が「思いやりというものがあってもいい」と発言、基地従業員の人件費の一部62億円を負担したのが始まりだ。その後、施設整備費や光熱水費なども加わり、現在は5年ごとに額を大きく見直している。2011〜15年度は年平均1866億円を支出。日本政府は昨年、16〜20年度分の減額を求めたが米側は受け入れず、逆に総額で130億円増の同1893億円で決着した。

 映画では、基地内のリゾートマンションのような住宅から、学校、教会、ゴルフ場、銀行、ファストフード店に至るまで、米兵が快適に暮らすための数々の施設が日本の税金で整備されていると説明する。そして、米カリフォルニアの街頭で「この事実、どう思う?」とインタビューを敢行。「(在日米兵)1人当たり1500万円? ワオ!」「国際開発に使え。その方がより平和的だ」。問われた米国人やフランス人、インド人らは驚いたり、自分のことのように憤ったりする。

 監督した英語講師のリラン・バクレーさんは、製作の動機をこう語る。「米軍厚木基地(神奈川県)の近くに16年住んでいますが、数年前、米兵のぜいたくな生活のために日本の税金が使われていると知って驚いたんです。東日本大震災の被災地には、隣家のくしゃみが聞こえるほど壁の薄い仮設住宅に住み、ストレスを抱えている被災者がいるのにどうして? 日本は米国の属国ではないのだから、この矛盾を考えてほしい」

 なお、同特集によると、02年の各国の米軍駐留に対する支援額計上は次のとおりで、光熱費まで払う国はなく、アフガン出兵の際の周辺国に設けた基地など、逆に迷惑料を払っている。

・日本    44億1134万ドル
・ドイツ    15億6392万ドル
・韓国     8億4311万ドル
・イタリア   3億6655万ドル

 安倍内閣は70年間一度も憲法を改正しなかったという。しかし、10年に1度見直す機会がある日米安全保障条約は、55年間そのまま。日本の安全と民主主義が破壊されつくされようとしていることに、国民が本気で怒らないと、いつか来た道をたどってしまうことになりかねないのだ。

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Do you know 安保④

 不測の事態がおきても、日米同盟により、在日米軍が日本を守る、あるいは核の傘の抑止力が働く、という考えと、日本は同盟国だが、それがアメリカの利益に反すると判断されれば、利益の方を優先させる、という相反する見方があるということを前回書いた。

 塾頭の観察によると、「アメリカ信頼組」は感情優先の反知性型と国際環境に立った理知型に大別できる。前者では、こんなことを言う。まず冷戦思考から抜けない人。ロシアや中国が共産主義革命を輸出し世界制覇をしようとしているので、アメリカは日本を資本主義の防波堤と見なし、それを阻止するというものだ。

 今やこれらの国は、自由経済抜きにして存在できなくなり、また、アメリカから見てももかけがえのない市場になってる現実を見ない、ガラパゴス現象といえそうだ。次に、アメリカは「善」、中国、北朝鮮は「悪」で割り切る劇画的善悪二元論。その場合、「善」が必ず勝つことになっている。

 後者は複雑だが、アメリカの本音が現れていないということだけ挙げておこう。

 アメリカは、中東で展開した世界戦略をアジア・太平洋にシフトするということが盛んに言われた。これをもって、日米同盟強化と即断する向きがある。しかし、現実はどうか。対イランとの関係改善は進み、あれほど関係が深かったイスラエルとサウジアラビアは、裏切られた、という感じを持っている。

 アジアに移すといっても「沖縄は中国に近すぎて危険だから、米軍配置はグァム、オーストラリア、米国内に配備した方がいい」という、米国内の意見があることも承知しておかなければならない。はっきり言って辺野古などどうでもいいのだ。

 また、ペリーが来航して開国してから、太平洋戦争の数年をのぞき日米関係は概して友好的と言ってよかった。東京裁判や、新憲法を正義に反する、といって目をむく右翼さんは別として、寛容な措置で国家再建に寄与した占領軍に、塾頭などは感謝している。

 こうしたことは別にして、最近の日米関係を政治的に取り仕切ってきたアメリカのスタッフを「知日派」といって評価している人がいる。彼らを親日家と見るのは見当違い。米国語では、ジャパンハンドラー(日本を飼い馴らした人物)ということになっている。

 その中でも、リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーン、ジョセフ・ナイ、カート・キャンベルなどが有名で、アーミテージは「ショウ・ザ・フラッグ」と言ってイラク戦争に加担を迫った人物ということで有名だ。彼らは、大統領が変わっても影響力を保っており、日本の政界でも無視できない存在になっている。

 自民・民主を含め、彼らに牛耳られることはない、と言い切れる政治家はどれだけいるのだろうか。久間元防衛大臣が「偉そうに言う……」とこぼしていたというのを何かで見た。

 知日派が尊大なのではない。日本政治のトップ、外交官僚のトップがひたすら「核の傘」のもと、抑止力となるべき米軍基地、軍事力の存続を懇願しているからなのだ。

 これで思い出すのは、李氏朝鮮の末期、事大主義(大に仕える)・事大党が優勢で最初は清、後にはロシアに頼って国を滅ぼしたことである。塾頭は、集団的自衛権解禁は、日本にとって最も危険であると信じている。

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2016年1月21日 (木)

Do you know 安保③

 前回を書き終えたところで、イラクやインド洋まで自衛隊が行ったのは、別に安保の集団的自衛権を発動したのではないから、「極東の範囲」にこだわることはない、という反論があるのではないか、と思った。

 その通り。軍艦への洋上給油、輸送機による米軍兵員輸送など、相当すれすれの事をやってきたわけだが、その当時は「集団的自衛権の行使はできない」という法制局の解釈があり、米軍との共同作戦とまでは言えなかったのかも知れない。

 とすると、その程度の事をするためなら、何も集団的自衛権を解禁する必要はないことになる。安倍政権の目標は、日本の施政権が及ばないところで米軍と共同作戦をとる、米軍の軍事行動の一部を肩代わりする、これしかないではないか。

 米軍は、戦争をするための「軍隊」である。9条のしばりもないから軍事活動に遠慮はいらない。一緒に仕事をしている自衛隊が、「ここから先は違憲になるので帰ります」などと言えるわけがない。それを無視して着々と進めてきたのが、前回書いた一連のガイドラインなどである。

 なぜ、そんな方向へことを進めるのか。中国が軍事力を着々と強化し、尖閣列島を狙い、南シナ海を支配しようとしているからか、北朝鮮が水爆実験をし、日本に向けた弾道ミサイルを配備しているからか。これを防いでくれているのが在日米軍の存在――日本国民はそう思い込まされている。

 逆に、アメリカにとって日本は属国、いざとなれば捨てられるのだ、という考えもある。その大きな違いが、最近ようやく議論され始めた。政治やマスコミの世界では、日本の安全のために欠かせない論点なのになんとなく及び腰であった。

 次回はこのことに触れてみたい。

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2016年1月19日 (火)

Do you know 安保②

 前回の宿題、憲法9条や日米安保条約があるのに、どうしてペルシャ湾やイラクまで行けてしまうのか、であるが、塾頭の一夜づけでは到底不可能だということが分かった。

  ペルシャ湾は極東でないが、公海に投下された機雷を除去しないと邦人に危害がおよぶので、自衛のため、イラクは復興支援のため、非戦闘地域でそのに任に当たる国際協力に該当するという名目だ。

 前回見た適用地域は完全に無視し、条約の他の部分の都合のいいとこだけつまみ食いしている格好だ。中には、「極東」の解釈は、世界情勢の変化に応じて変化し、中近東を含むアジア全体と太平洋まで含むという解釈や、「極東」というのは地理的概念でないという発言まで出てきた。

 ちょっと、むちゃくちゃ過ぎないか。庶民はそう思う。日米安保は国会承認を得ている。そしてイラク特措法は時限立法として成立した。このような「極東」無視はどこから生まれるのか。それは安保条約以後に、《条約》が次々にこしらえられているからだ。その犯人は、

・交換公文
・協定
・ガイドライン(日米防衛協力のための指針)
・ツープラスツー(日米安全保障協議委員会)

などなど。役人と役人が国と国の取り決めをすれば約束事、つまり「条約」の変更と同じ効果を有することになってしまうのだ。

 これらは国民の意志が反映されていないが、憲法第三十二条二項による[内閣の権限]「外交関係を処理すること」に入るのだろうか。協定には「秘密協定」も含まれており、その他の事でも秘密扱いになっていることをばらせば、特定秘密保護法で処罰される。

 こんな国の存亡にもかかわる怖いことを、安倍首相と自公にゆだねていいのだろうか。

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2016年1月18日 (月)

Do you know 安保①

 「アンポ反対!」と言って祖父・岸信介にたしなめられた幼児・安倍晋三くんが、総理大臣となり、突然「集団的自衛権行使は合憲」と言いだして騒ぎになったのが去年の1年だった。

 幼児・晋三くんは「安保」の何たるかを知らないで言ったのだ。それなら現在の大人なら知っているかと言えば、塾頭を含めはなはだ心もとない。今年は宜野湾市長選が来週24日にあり、夏には参院選挙がある。遅きに失した感はあるが、最低限度の勉強はしておこう。

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約
 占領を終えたあと、冷戦の影響もあって占領軍の撤兵が遅れ、期限の定めのないいわゆる旧安保があった。これを、期限を10年とし今の条約に改訂したのが、岸・元首相の先導による、いわゆる「60年安保」である。

 あまり知られていないが、この条約には「集団的自衛権」という言葉がちゃんと入っている。そのくだりを「前文」から抜粋する。

 国際連合憲章の目的及び原則に対する信念並びにすべての国民およびすべての政府とともに平和のうちに生きようとする願望を再確認し、

 両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、
 
 両国が極東における国際の平和及び安全の維持に共通の関心を有することを考慮し、(以下略)

 この、自衛または集団的自衛権を行使できる範囲が、その後段ではっきりとしばられており、続く第3条、第4条、第5条で憲法順守義務とともに繰り返し出てくるのである。地球の裏側へ行ったり、ホルムズ海峡の機雷除去や遠くで戦争をしている米軍の兵站や輸送に当たってもいいとはどこにも書いてない。

 左翼政党の中には、安保条約、自衛隊の存在自体が違憲だとする議論がある。ともかくここまで55年間改訂されずに続いてきた条約である。地域限定のいわゆる「極東条項」あればこそ、ぎりきりセーフとしてきたのだ。

 歴代法制局長官が「集団的自衛権の権利はあるが行使はできない」としてきた解釈がある。それを「あるのを使えないという理屈はおかしい」と言って、閣議決定でひっくり返し、法改正にまで及んだことについて、政府推薦の学者を含む大部分の専門家が、憲法違反とした理由はここにある。

第三条 締結国は、個別的に及び相互に協力して、継続的かつ効果的な自助及び相互援助より、武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、維持し発展させる。

第四条 締結国は、この条約の実施に関して、随時協議し、また、日本国の安全又は極東における国際の平和及び安全に対する脅威が生じたときは、いずれか一方の締結国の要請により協議する。

第五条 各締結国は、日本国の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであるこしを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

 第三条「武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力」は、日本にとっては自衛能力であり、自衛隊がそれを担う。第4条に「極東」、第五条には「日本国の施政下にある領域」という地理的概念が現れる。

 第五条は、日本の領土・領海・領空であり範囲がはっきりしている。ここには米国人がたくさん住んでおり、米軍基地もある。従って「集団的自衛権」の発動は、当然と言えば当然となる。

 第四条の「極東」は、日本以外の地域における「国際の平和」が含まれる。政府の統一見解は、極東の範囲を「大体において、フィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域であって、韓国及び中華民国の支配下にある地域もこれに含まれている」とした。

 「中華民国の支配下」というのは台湾を指しており、これが、在日米軍の行動範囲と読めないこともない。しかし、その行動は「事前協議」の対象となるが、極東ではないペルシャ湾に米軍が出撃しても、「所属部隊の通常の移動」としてしまえばそれまでである。これまで協議をしたということを聞いたことがない。

 それでは、自衛隊のイラク派遣や空輸協力など、安保とかけ離れたことがどうして実施可能になったか、在日米軍基地に付随する地位協定などは、次の課題としたい。

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2016年1月16日 (土)

ヘイトスピーチ抑止条例の愚

 ヘイトスピーチ(憎悪表現)と呼ばれる人種差別的な街宣活動の抑止策を定めた全国初の条例案が15日夜、大阪市議会で自民党以外の賛成多数によって可決、成立した。塾頭はこの条例制定に反対である。

 塾頭が自民党に同調するのは、開塾以来これが初めて。また、橋下前市長が嫌いだからでもない。前々回の「韓国・中国&言論と法」を書いていて、つくずく言論の自由を守るため、何が必要かを考えたからである。

 条例では、特定の人種や国籍に対して、とか、危害を加わえるような発言内容などの制限を設けているが、「法」で規制すること自体が問題なのだ。公権力に一旦このような武器を与えると、自らに不都合なデモやシュプレーヒコールを弾圧する道具に使えるからだ。

 60年安保のデモでは、「岸を殺せ」などのシュプレーヒコールがあった。また「○○市長は△△人」というのも駄目だろう。そういった反社会的なヘイトスピーチは、良識ある市民の顰蹙を買うし、やがて世論で閉じ込められる。

 東京でも大阪でも、すでにそうなっている。「しかし、条例があった方が――」という人はいるだろうが、甘い。権力が自らの意志を通そうとすれば、法に手を加えたり、デモ隊にスパイをもぐりこませてヘイトスピーチを誘導させたり、お手盛りチェック機関を設けたりするのは朝飯まえ。

 言論は言論で世を律していくのが、民主主義の根幹であり、正道である。

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2016年1月15日 (金)

お稲荷さん

「伊勢屋、稲荷に、犬の糞」というのは、江戸の町中の至る所で見かけるものの謂いである。塾頭の家の近くにも民家の庭に稲荷の祠と地元を総括する小社があった。民家の方は、当主が亡くなり、家族が引っ越しをするに当たり、不動屋さんから「そのままでは、たたりを恐れて売却できない」と言われ、周到な手続きを経て遷座してもらったようだ。

 関東では、都心に近い赤坂・豊川稲荷と、笠間焼きで有名な茨城県の笠間稲荷が大社として有名だ。その笠間に小正月を前に初詣してみた。お稲荷さんといえば、赤い鳥居と白狐がマーク。キツネは油揚げが好物とあって、お供え物の定番は油揚げだ。 

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 さて写真は、昼食に寄った門前の和食店で注文した「いなりずし」である。なんとキツネの顔をして出てきた。これが神の使いである。キリスト教やイスラム教が宗教だとすれば、これは宗教だろうか。まさにアイドル扱いそのもの。

 自爆テロなど相次ぐ報道の中で、日本は「平和でいいなあ」とつくずく思ってしまう。

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2016年1月14日 (木)

韓国・中国&言論と法

 韓国の世宗大教授・朴裕河女史の著書『帝国の慰安婦』が、元慰安婦などから計2億7000万ウオン(約2650万円)の名誉棄損を理由とする損害賠償訴訟を受け、13日に9000万ウオンの賠償支払いを命ずる判決が地裁から出された。

 書籍の中に、慰安婦と日本軍が「同志的関係にあった」としている記述が、判決理由になっているという。裁判の内容はよくわからないが、一般的に言えば、その表現が慰安婦全体にとって虚偽であったとは言えないように思う。

 過去に一度触れたが、フィリピンかボルネオの前線で終戦となり、部隊がばらばらになった敗残日本兵が、一人の慰安婦とジャングルで出会い、逃避行を続ける連載小説をかつて読んだことがある。

 かき集めた食料を鉄兜を鍋にして女性が調理し、毒蛇のいるジャングルを何日も彷徨し、ワニのいる川を女性を背負って渡り、体力の限界を感じた頃、青い海と砂浜が目に飛び込んだ。そして、帰国への望みがかなえられると、互いに涙し抱き合って喜んだ、というような内容だ。

 塾頭に軍隊経験はないが、この小説には感激した。「姓奴隷」的存在がなかったとは言わないがそれが全部のような表現は、日本の男性が侮辱されているようで納得ができない。朴女史は控訴するそうだが、そのような著書が名誉棄損になるようでは、韓国の裁判所のレベルが疑われても仕方がない。

 女史に有利な証言は減っていくだろうが、まだ皆無ではない。どうか、逆転勝訴してもらいたいものだ。日韓が角を突き合わせていればいいと言う時代は、もう卒業してほしい。こういった美談もあるのだ。
 
 片や中国である。14日付毎日新聞・コラム「木語」に金子編集委員が面白いことを書いている。「強力機関」という言葉がある。これは、中国は共産党・中央宣伝部のもとにある権威あるメディア「環球時報」でも使う、れっきとした中国語だそうである。

 香港にある銅鑼湾書店関係者の何人かが集団失踪したという事件があり、香港では中国当局による拉致と見て、10日には6000人のデモにまで発展した。ところが、その環球時報社説に「強力機関は法律を忌避できる」、だから香港住民の失踪事件はなにも関係ない――、といったことが載った。

 これは、法的に言論の自由があっても、「特高のやることだから仕方ないでしょう」という戦時の日本に似ている。つまり、基本的人権は無視できる公権力の存在を、自らさらしているわけで、近代民主主義国家、法治国家であることを否定しているようなものだ。

 さすが中国事情に詳しい金子編集委員も、これには驚いている。そして、党中央宣伝部の劉雲山党中央政治局常務委員と習金平主席の間に権力闘争があり、習政権の足元を揺さぶろうとする故意の曝露ではないか、という観測までしている。

 中国の剛腕ぶりの反面には、こういった弱点もあるのだ。

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2016年1月11日 (月)

安倍流「朝三暮四」

 安倍首相は、参院選で自民党に加え現与党の公明、さらにおおさか維新、泡沫政党まで加えて改憲可能の3分の2議席にするという皮算用をしているそうだだ。議会解時など議員不在時に大災害が起きた場合の非常措置など、「お試し改憲」という声もあるが、どの新聞も首相の野望が9条にあることをあからさまにしている。

 「頭隠して尻隠さず」そのまま、首相の真意を知っている国民の大半は自民への投票を敬遠するだろう。お試し改憲と言っても、上の案など、なんとなく「非常事態宣言」、「戒厳令」などがちらつく、物騒なものだ。

 たとえ選挙に勝ったにしても、公明党は、現・自民党改憲案では到底賛成しないだろうし、「環境権」加憲だけを出してくるだろう。おおさか維新は、地方自治体権限強化だ。他の野党も、当塾改憲案のように、集団的自衛権を制限する「武力行使を目的とする公務員の武器持ち出し禁止」案でも出したらどうだ。

 参院選に改憲公約は、マイナス要因にならないかと思えるのに、お試し改憲では、各党の思惑がばらばら、9条改憲などまとまるはずがない。こうして、今年の干支、猿にとっては失礼だが、「猿知恵内閣」が消えてなくなることを願い、成人の日を祝いたい。

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2016年1月 9日 (土)

危機の日常化

 ウクライナの危機、ISの跳梁、法律無視の日本政権、中国南シナ海制圧へ、トルコ、ロシア機撃墜、それは去年のことだ。年が明けて10日もたたないのに、イラン・サウジの国交断絶、シーア派・スンニ派、ムスリム同士の正面衝突。北朝鮮が無警告水爆実験――。

 一触即発で、大戦争になりかねない武力ひけらかしゲームが続く。緊張の朝鮮半島38度線も何事もなかったように日が明けた。事が起きない方がいいに決まっている。大戦が去って71年、平和をことほぐ気分とは言えない白けた気分の日々が続く。

 差別あり、抑圧あり、虐殺あり、難民あり、恒常化した貧困、地球温暖化や大気汚染におののく庶民。その裏で何兆もかけたゲームをもてあそぶ「国家」の存在。そうではない「国と組もう」という、当塾の看板も色あせた。

 そこから抜け出せる日は、いつかくるだろう。それまで塾の門はいつもあけておく。

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2016年1月 7日 (木)

続・朝鮮併合評価の甘さ

 2日付で「朝鮮併合評価の甘さ」を書いた。結論として日本はロシアに勝ったのだから、朝鮮併合など急がず、逆に警察、軍の撤退をほのめかして自立独立を促したらどうだったか、と書いた。「歴史に若しもはない」という前置きをしたがが、書きながら「現実無視の空想論」と言われても仕方がないな、と思っていた。

 帝国主義戦争全盛時代は、クラウゼヴッツの『戦争論』ではないが、戦争は国家の仕事でもあった。戦争は国民に多くの犠牲を強いる。国民は、勝っても負けてもその結果が犠牲に見合っていない、という不満を持つ。

 そのため、次の戦争が準備されるのだ。21世紀になった今もなお、右翼の一部にはそれを信奉する者がいる。そして、「正義のため」「平和のため」の戦争が本当にあるのだと思っている。「歴史に若しも」に劣らぬ愚論が「物のたとえ」を使うことである。

 幕末から日清戦争までを言うとこうだ。

 「隣家では家族のまとまりが悪く、戸締りもいいかげんだ。遂には家の鍵を泥棒に渡してしまうこともあった。隣にそんな物騒な家があっては物騒だ。不審者を追い払ってはみたものの、その癖は治らない。そのため、こちらで鍵を作って家の中に入り、見張りもすることにした。

 しかし、そんなことをすると、物がなくなったりするとこちらが疑われる。また、家族の中から出て行ってほしいと言う声も出る。それならば、しっかりした鍵を用意して泥棒に入られないようにすることを約束してもらわなければならない。それを促すためにも併合などせず、早期撤兵計画を進めた方がよかった。

 もちろん、日本自体が戸締りをしっかりしておかなければならないことは、言うまでもない。韓国へも泥棒を近づけないように見張る必要がある。それをしないで、日本の好戦論者、拡張主義者が日露戦争勝利の勢いに乗って、それゆけどんどんとばかり併合を進めてしまった。

 いわんこっちゃない。やっぱり日本が泥棒だということにさせられた。こんなことを考えたのも、アメリカのアフガン・イラク侵攻からいまだに手が引けず、IS空爆などで先の見通しもつかなくなったことや、ロシアのウクライナ対応などを見ているとどこか重なるからだ。

 以上は、塾頭の好き勝手放言である。朝鮮民族の方に不快感を持たれるようなところがあれば、平にご容赦を。o(_ _)o

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2016年1月 6日 (水)

世の中「逆転」!

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 資本代表、労働者代表に”賃上げ”催促。
顔がこわばっているのが連合・神津会長、笑顔が日銀・黒田総裁(毎日新聞)。

【追加】北朝鮮、水爆実験⇒「逆転」ではないが、世間知らずの「時代錯誤」もいいところ。

 イランは開発やめた。パキスタン・インドは核競争やめた。米ロに続く第3核保有国。おめでとう!!。

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2016年1月 4日 (月)

ホルムズ海峡

 イラン・サウジアラビア断交!!。

 これは大変!。ホルムズ海峡封鎖、機雷敷設、原油途絶、日本存亡の危機……、安倍首相からあれほど繰り返し説明された心配――、誰もしてませんよね。

 マスコミは、怠慢じゃないですか?。

 5日付朝日新聞デジタルでは「サウジとイラン、対立激化の背景 2国とも計算ずくか」と言っているが、人の生き死にと国家の名誉がかかると、そうばかりとは言えないことがあるのです。ロシアが仲介に立ったりすると、アメリカが焦りだします。中東の火種は、当分つきっぱなしのようです。

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2016年1月 3日 (日)

”梅”開花宣言

早すぎsign03。(千葉県市川市)

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ちなみに、去年の当塾宣言は1月23日付でした。

下の写真は去年から咲いているという菜の花。もう散りそう……。

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2016年1月 2日 (土)

朝鮮併合評価の甘さ

 昨年最後のエントリーを「慰安婦問題の合意」としました。その参考になるかと思って買ってきたのが『「歴史認識」とは何か』という新書です。本年最初のテーマは、そこからいただきました。団塊の世代というのでしょうか、戦後生まれの政治学者・大久保昭氏に江川紹子さんが疑問に思うことを、一問一答形式で編まれた本です。

 その中味は、右とか左ということではなく、史料や情報を詳しく分析し政治的要素を抜いた歴史を教養として持っていなければならない、ということのようです。本の帯には、大きく「自虐でも独善でもなく」とあります。

 その趣旨は全く同感で、本塾がこれまで書いてきたことと一致することが少なくありません。最近歴史認識の議論となったなかで、東京裁判やGHQの占領政策、それに慰安婦問題の見方などについては、殊にそうです。

朝鮮を狙うロシア

 ところが、塾頭の意見・認識と相反する記述が出てきたのです。まず、その部分を引用しましょう。

◆日本が何もしなくてもロシアが朝鮮半島を植民地化しただろう、という議論ですが、この理屈で日本の植民地支配を正当化するのは、あまりに破廉恥な開き直りではないでしょうか。こういう議論をする人は、日本の過去に負の側面があることを認めるのは「自虐史観」だといい、日本民族の誇りを強調するのですが、それではこうした議論を真面目に外国でできるかどうか、よく考えた方がいい。こうした議論はおよそどの国でも、どの社会でもあきれられ、自らを辱めるものでしかないと思います。

 「破廉恥な開き直り」など、相当露骨で感情的な言い回しです。それが、まさに「歴史認識」とは何かをあらためて考え込む結果となったのです。というのは、日本が大陸侵略や植民地化、いわゆる帝国主義的野心をむき出しにし始めたのは、第一次大戦後で、日露戦争までは西欧、特にロシアとイギリスが狙う朝鮮を含めた清国での勢力圏争いで、日本が火の粉を浴びないようにするのが精いっぱいだったという史実を無視していることです。

 明治以前の歴史認識はどうでもいいというわけにはいきません。幕末から日清・日露両戦争に至る間のイギリス・ロシア・清国・朝鮮といった北東アジアをめぐる国際環境と、日本帝国出現という歴史認識の上に立つ必要があります。それがないと上述引用のような誤解されやすい結論になってしまうのです。では、その歴史とは……。

 次がペリー来航により開港した1858年以後の、日韓周辺をめぐるロシアとイギリスの動きです。

・1859年(安政6) ロシア艦6隻、箱館入港
・1860年(万延1) ロシア、清国領沿海州を第2次アヘン戦争仲介の代償として獲得
・1861年(文久1) イギリス、フランスが対馬を占領するという風評を受け、ロシアが先手を打つという口実で3月に対馬に上陸、抵抗する島民に死傷者が出たが8月に英艦2隻の圧力を受けて退去。

・1864年(元治1)英・仏・米・蘭、下関砲撃
・1876年(明治9)、日鮮修好条約により「朝鮮国は自主の邦で日本国と平等の権を保有」と規定したのにもかかわらず、日清戦争まではひたすら清国の権威にすがった。
・1885年(明治18) イギリスの東洋艦隊が、突然対馬海峡に面した朝鮮領・巨文島を不法占拠した。要塞工事を行って2年後に退去したものの、宗主国・清国を通じた抗議は、この間無視されていた。

 日清・日露戦争前後の詳述は避けますが、朝鮮内にも、自立する、あくまでも清を頼りにする、ロシアを頼る、日本に協力する、など色々な勢力があって相争い、混とんとしていました。その中で日本派が最も弱く、清が日清戦争に負けた1895年以降、宮廷は急速にロシアに近づきます。

 幼王・高宗の義母で絶大な権力を持つ閔妃は露公使と結び反日クーデターを起こします。これに対して、1895/10/8にソウルの日本人壮士(大陸浪人)と朝鮮人有志が、大院君(高宗の生父)を擁してクーデターを試み閔妃を襲って殺害するという、日本にとって恥ずべき事件が起きます。背後には日本公使や日本軍の一部もかかわっていました。

 また、翌年2月には、朝鮮国王と世子を露公使館に移してそこで公務をとらせるという、独立国としては前代未聞の事態が起きます。ここまで見て、日本は、ロシアのやることを黙って見ていればいい、と誰が言えましょう。

・日清戦争後の対韓政策は、みるも無残な失敗であった。ロシア公使館に遷幸した韓国国王は、その後一年、ロシア側の生け捕りになったも同然で、この間に日本の勢力を抑えるため、さまざまの利権が欧米資本に譲渡されたが、日本は指をくわえて傍観するほかなかった。

・34(1941)年末、小村外相が閣議に提出した日英同盟にかんする意見書
「若し時勢の推移に一任せば、満州は遂に露の事実的占領に帰すべきこと疑いを容れず、満州既に露の有とならば、韓国亦自ら全うす能わず(以下略)」

 以上2件は『日本の歴史22』隅谷三喜男・中公文庫)に掲載されています。さらに「スラブ研究」の論文の一部を加えておきましょう。

(1900年)7月19日、これによりパヴロフとイズヴォリスキが各自秘密に日本に提示したのは、軍隊派遣を理由とした韓半島の勢カ圏分割案であった。イズヴォリスキはすぐ伊藤博文と青木周蔵外相に、山県-ロバノフ協定を基にして韓国を二分して守備兵を派遣することを提議した。パヴロフも林権助駐韓日本公使を通じて、韓半島北部の防禦はロシアに委ねる代りに日本軍を韓国の西岸仁川に上陸させ、日露勢力圏下での秩序保全のために東京で交渉することを提案した。

 ロシアは日本に敗れて弱体化した清国に対して露骨な侵略を開始し、満州を勢力圏に入れます。そして朝鮮への野望を隠そうともしませんでした。日清戦争で割譲を受けた遼東半島は、露・仏・独の三国干渉で手放さるを得なくなりました。

 朝鮮を半分でも譲れば、次は日本へ、という心配がないとは誰も保証できません。日露戦争は行き着く先として当然予想されるものでした。

植民地支配どころかガードに手いっぱい

 力の差は歴然としていたのに、この戦争に日本が勝ってしまったのです。しかし、ロシアの方は、「負けた」という気があまりありません。樺太の北半分を委譲した程度で、賠償にはほとんど応じようとしませんでした。

 帝国主義的侵略や植民地獲得戦争が好ましくないということが定着したのは、第一次大戦後です。日本にそのようなことをする力がないということは、その当時、為政者が一番よく知っていたのではないでしょうか。

 では、なぜ日韓併合という選択をしなければならなかったのでしょうか。日露戦争が終わって、朝鮮は外交を依存する国が日本以外になくなったのです。日本は保護国的な役割を担うことになりました。

 その役割について、反対する国はどこにもありませんでした。しかし、独立を害するような方向に強く反発する勢力は健全でした。1906年に韓国・全羅北道で抗日挙兵があり、以後各地に広がる気配がありました。この当時韓国統監であった伊藤博文は、朝鮮の国情・民情に対する知識も深く、日韓併合には消極的だったと思います。

 史料にも、経済界は、朝鮮は綿織物以外に市場としての魅力がとぼしく、利権として得た京釜鉄等もはかばかしい成果があがっていない、むしろ韓国が外国に依存した借款を肩代わりするマイナスが大きい、という意見があったようです。

 それが急転直下、併合に至ったのは何故でしょうか。塾頭は、1907年6月、ハーグ平和会議に韓国皇帝が密使を派遣、日本の侵略を訴えたこと、明治の元勲の第一人者で韓国総監から枢密院議長となった伊藤博文が、ハルビン駅頭で韓国人テロリスト安重根の銃弾で死亡した二つの事件が影響しているのではないかと想像しています。

 いずれも日本のプライドが、国際的に大きく傷つけられたと感じ、それを回復するためには、併合という強硬手段しか選択肢がないと焦ったのかも知れません。また、閔妃・大院君といったワンマン統率者がいなくなり、国内統一が難しくなりました。

 清やロシアとの戦争に勝った日本は、朝鮮の治安の維持や法秩序維持に責任がありす。今のように国連のPKOなどない時代です。これを放棄することもできません。ほかに何か方法がないかといわれても思いつきません。だから各国は、機会均等の原則が満たされ、韓国が安定し解放されるのならあえて併合という措置に反対しないということだったのでしょう。

 しかし結論は、日韓併合は間違いなく失敗だったのです。歴史に「若しか――」が許されないことを十分承知の上でいうと、日本は併合ではなく、軍隊や警察の強化でもなく、逆に引き上げを検討すべきだったと思います。

 未開国でない、韓国および韓国人にその能力がないとは決していえません。過去、大陸や日本の侵攻を受け、これを跳ね返した歴史は枚挙にいとまありません。問題は、明治以来の数十年で、日韓双方に相互不信がすっかり根付いてしまったことです。

 日本側の反省点は、朝鮮蔑視と人種差別です。その端的な現れが、関東大震災の際の朝鮮人襲撃デマが蔓延したことでも証明されます。

 歴史認識をただす、ということは以上のような史実を日韓双方で確認し合い、共通の基盤に立って合意できる共通点をさぐり合うということではないでしょうか。

 その点で冒頭に掲げた本の記述は、画竜点睛を欠く、というより正しい「歴史認識」を遠ざけるおそれさえあります。また「植民地支配」という表現も、ことの本質を見誤らせ、議論を単純化させる恐れがあり、この本の企画にとって「残念だ」と言わざるを得ません。

付録(国名について)

 上記本文では、朝鮮と韓国という国名が混在していますが、ここで整理しておきます。
▽1392年→朝鮮国(高麗国を滅ぼした李成桂が古代にあった「朝鮮」の名称をを復活)
▽1897年→大韓帝国(宗主国・清の影響から離れたためか国王は地位を「皇帝」に改めた)
▽1910年→朝鮮(日韓併合により、日本はもとの地域名「朝鮮」に統一した)
▽1948年→大韓民国(日本敗戦後独立・李承晩大統領)
      →朝鮮民主主義人民共和国(日本敗戦後独立・金日成首相)

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2016年1月 1日 (金)

謹賀新年

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               申 年
見ざる、聞かざる、言わざるの逆でいきます。

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