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2015年12月25日 (金)

大岡裁き

 「お上に盾つく不届きもの。数々の証拠もござる。申し開きあいならぬ。早々と観念せぬか」
 「は、はーっ。恐れ入りましてござります。包み隠さずすべて白状いたします」

 これが江戸時代の捕り物帳、お白洲での決まり文句だった。ところが最近はどうも違う。「恐れ入りました」などとは最後まで言わない。証拠を突きつけられても「知らぬ存ぜぬ」で押し通すか、前後矛盾するようなことでも平気で言い否認し続ける。

 裁判で情状は悪くなると思うが、「うまくすれば無罪になる」とでも思うのだろうか。あるいは、取り調べの可視化などが言われている世相がそうさせるのだろうか。
 
 全国に報道されることもあまりないが、千葉県八千代市長が公文書改ざんの疑いでもめている。その公文書とは、昨年10月1日に行われた定例部長会の議事録のことで、疑惑が発生してからすでに1年以上もたっている。

 その間の経緯の詳細は複雑怪奇で、ブログで正確に記述することは至って困難だ。かいつまんでいうとこうなる。(東京新聞・毎日新聞の地方版を参照)

 その部長会で、職員から事業仕分けに対する非難発言が出た。それに関連したものかどうかわからないが、市民から会議録の開示請求が出る。開示は1月後の11月に出た。

 ところが、当初9ページあったものが4ページに書きなおされたものであることがわかり、開示内容を不服として市民が異議申し立てをした。

 それに対して、本年3月の市議会で、部長会にも出席していた秋葉就一市長が追求を受ける。そしてj9月29日,八千代市情報公開審査会が、提示されたものは、公文書と認めず,改ざんが 「秋葉就一市長の主導で行われた」と組織ぐるみの違反行為と断定した。

  引き続き100条委員会で、市長の証人喚問や、市職員の参考人招致がおこなわれ、その概要が22日に公表された。

 それらの中から拾うと、こんな証言が出てくる。

・市職員「市長が鉛筆書きで削除や加筆を指示した」
・市長「会議録は他と同じように要点筆記ではないのか」
・職員「指示と捉えて要約作業に作業に入り、6ページまで短くした」
・職員「更に記述の削除や加筆の指示で4ページ会議録に近いものが作成されるに至った」
・市長「(9ページ快記録は)未完成という趣旨の回答があった」
・職員「そのような説明をした職員はいない」

 なお、3月の議会で,本来開示すべき9ページの会議録は「廃棄された」と答弁したが,市総合企画課でコピーが見つかっており、これも開示要求の根拠になっていた。

 やましいことがなければ改ざんする必要がない。お白洲の裁きに陰りはない。これは一地方の悪代官の話だろうか。中央でも必ず起こり得るのが昨今の政府・官邸だ。役人をないがしろにし、情報操作で切り抜けようとすると、天罰は間違いなく下る。

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コメント

改ざんは、文字通り密室の故意でしょうから複雑になるんでしょうね。

ところで、江戸時代の裁きどんなに証拠が有っても「やりました」と言う自白が無いと裁けない=無実になったそうですので、史実に近くなったと言った方が良いかもしれませんね。

投稿: 玉井人ひろた | 2015年12月25日 (金) 22時04分

本当は、集団的自衛権の法制局の解釈変更、こ法制局で議論されたという公文書がなく、違憲を聞かれた翌日「意見なし」という回答があった、という件も書きたかったが、ひどすぎて書けませんでした。

投稿: ましま | 2015年12月26日 (土) 09時24分

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