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2015年12月 1日 (火)

兵隊になれない兵隊

 前回、「戦争遺跡に冷淡な行政」でかつての軍都千葉県市川市に唯一残る煉瓦造倉庫を取り上げた。幸い、周辺は風光に恵まれ、また利用できる建物もあって、その一帯に存在した旧・陸軍病院の貴重な史料を展示公開することができる。これらは再び戦争の愚を繰り返さない人類の貴重な歴史的遺産ではないか。

 以下は、当塾の古いエントリーも利用しながら、再編集するものである。

2005年12月5日付

戦争と精神障害

 アメリカのイラン帰還兵のうち、6人に1人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)など精神的な問題をかかえ、パニックに襲われたり幻覚に悩んだりしていると伝えられる。過去、日本が戦った戦争ではどうだったのだろう。

 2005/12/5付毎日新聞は、元軍人ら84人が今も入院という記事をのせている。それによると、1937年(日中戦争開始)から1945年度にかけて障害を負った大半が国府台陸軍病院(現国立精神・神経センター国府台病院、千葉)に送られ、その数は1万人以上に達していたが、戦後は各地の病院に転院し、また死亡、退院などで数が減ったものの、現在でも各地の病院合計で84人が退院できず、通院している元軍人らも59人いるという。

(中略)なお、上記のような療養者は、もともと軍人として不適性だったとして、恩給の対象から除外されていたという。したがって、社会復帰もままならぬものがあっただろう。

 (追記)最近のアメリカからの報道によると、現在、イラク・アフガンなどで多用されている無人機による空爆は、アメリカ国内にいる軍人が朝、子供に手を振って出勤、職場につくと映し出された映像に向き合ってゲームさながらの銃爆撃に精出す。

 これがPTSD発症の原因となり、戦場にいるのと変わりないことになる。最近は、この業務を民間委託しだしたというから、米国自体が抜け出せない深みの中で病んでいるとしか言えない。テロとの戦争はこうしたことの繰り返しで、日本は、海外派兵さえしなければいいということにはならなくなる。

2006年8月25日付

いまなお未復員

 雑誌『世界』2006年9月号で、埼玉大学名誉教授・清水寛氏(障害児教育学)が、この件に関する追跡を「死に行く“未復員”兵士たち」としてレポートしている。また、同氏編著で『日本帝国陸軍と精神障害兵士』が近日不二出版から刊行されることになったという。その紹介もかねて上記レポートで引例された資料の一部を採録させていただく。

●国府台陸軍病院での軍医による問診への陳述(歩兵上等兵、31歳、精神乖離症)
 「河北省ニ居タ時(略)隊長ノ命デ付近ノ住民ヲ七人殺シタ/銃殺シタ/ソノ後恐ロシイ夢ヲ見、自分ガ正規兵ニ捕レタリ部落民ニ捕ハレタリ/又殺シタ良民ガウラメシソウニ見タリスル/頭ノ具合ガドウモ悪ク不眠トナッタ(略)/山東省デ部隊長命令デ部落民ヲ殺セシコトハ自分ニモ同ジ様ナ子供ガアッタノデ余計嫌ナ気ガシタ」

2007年Ⅰ月26日付

逃亡兵

 ここに記すテキストは、(映像略) 近刊、清水寛・編『日本帝国陸軍と精神障害兵士』不二出版、によるものである。貴重な研究書であることは言をまたないが、戦争をテレビやアニメを通じて理解しようとする戦後世代にとって、神風特攻隊など美化とは縁のない、裏側にひそむ生への執着や不条理に目を向けさせる好書である。

 明治35(1902)年は日露戦争の前、雪の八甲田山で演習に参加した兵隊が210人中199人凍死した年である。この年「陸軍懲治隊」という特殊部隊ができた。目的は「知的能力の低さもあって、軍令・軍率違反を犯した兵士」を「懲罰と教化」するためである。

 後に「陸軍教化隊」と名を改め(1923)たが、海軍も含めた「軍専用刑務所」とさして変わるところがない存在だった。同隊に編入された兵士の約60%は、はじめての犯罪が入営後に起きており、そのうちの80%近くが逃亡あるいは離隊にともなう犯罪であった。同書はその誘因事例を次のように原資料から引用している。

①「家庭関係」(「父死亡のため家事整理に窮す」「姉が娼妓なることを一般に知らるる」等)
②「妻(内縁の妻を含む)に関するもの」(「妊娠せる妻を処置するため」「妻子生活難のため」等)
③「情婦に関するもの」(「情婦を慕ふ」「情婦の変心を憤る」等)

④「酒色に関するもの」(「上等兵、古参兵其他上官に誘惑せられ遊郭に遊ぶ」等)
⑤「飲酒に関するもの」(「外出先にて飲酒酩酊す」等)
⑥「諸種の原因に依り遅刻し処罰又は古参兵の虐待を恐れ自暴自棄となりたるもの」

⑦「上官より叱責せられ、或は其叱責を恐れ、若は不平を感じたるもの」(「官給品を紛失す」等)
⑧「私的制裁に関するもの」(「古参兵の叱責厳酷」等)
⑨「軍隊生活嫌忌に関するもの」(「学術科劣等にして軍隊に見込なしと感ず」「身体虚弱にして演習其他激務に堪へず成績不良」等)

⑩「前科あるものヽ猜疑心に因るもの」(「前科の記入しある軍隊手帳を恥づ」等)
⑪「不良行為の発覚を恐れたるもの」(「飲食の代に官給品又は他人の時計等を入質す」等)
⑫「悪友の誘惑に因るもの」(「軍隊生活を忌める戦友に勧めらる」等)
⑬「其他」(「特殊部落民たることを苦悶す」等)

2007年Ⅰ月27日付

思想要注意兵

 前回エントリーの「逃亡兵」で、逃亡したきっかけを13項目も列記したが、「精神障害」と直接結びつくものはない。しかし精神状態の診断等で精神医学者との連携は緊密に行われていたようである。姫路に設置された陸軍懲治隊における1911年の調査では、50人中44人が「病的異常者(狭義ノ精神病ナラズ)」で残り6人が健常者としている。そして、病型として「痴愚」「魯鈍」「変質者」などに分類し、入隊者の多数が「家庭教育が劣悪」で不就学など「学歴」に問題あり、というとらえ方になっいてる。

 このなかで1人だけ特異のケースが上げられている。以下参考図書より引用する。

 氏名は、「○川○寿」、1888年1月生まれ、原籍は神奈川県、所属は近衛砲兵3聯隊。当時23歳6ヵ月の青年兵士である。懲治隊に収容されるまでの犯罪行為は、「横領及軍用物破壊一[回]」であり、「懲罰」を2度受けている。犯罪の動機については記載なく不明。高等小学校を卒業している。

 その小学校時代の勉学状態については、「勉強心アリテ進歩モヨシ」とあり、「現時ノ智力」の欄には、「頭脳明晰記憶良 文章家ナリ」と記されている。しかし「気質」欄には、「怜悧 尊大ニシテ敬意ヲ欠ク」とある。

 記入者がこの懲治卒に抱いている印象・評価とは別に、厳しい軍紀に屈せず、昂然と自らの信ずるところを貫こうとする一人の青年兵士の姿が彷彿としてこないであろうか。

 当人の「入営前ノ不良行為」に関する記載の全文は次の通りである。「一六歳頃ヨリ雑誌講義録等ヲ講(ママ)読シ社会主義ヲ鼓吹スルニ至ル」、「社会書義者幸徳一派ト気脈ヲ通ジ過激ナル言ヲナス」。

 こういった「思想要注意兵」の年を追っての記録は不明だが、「教化隊」に改名された後も含めて8名あったとされる。この例でもわかるように少年時代からマークされていた者が徴兵され(懲罰的に前線に配属されるなどという噂もあった)、原隊から教化隊へとフダ付きのままたらい回しされたものだろう。

 教化隊では、「容易に改悛の状なく、一般に悪影響を及ぼす虞あるものは、一般教化兵と全く隔離する等、特殊の取り扱いをする」という方針のもと、各室に便所・洗面所を設け、相互の交通・談話ができないようにしたという。非常に好待遇のように見えるが、次の同隊の記録をどう読んだらいいのだろう。

 思想対策、即要注意者の索出、不純思想の感染防止及左傾者の善導、策動防止等は、当隊独特の教育取締及施設で概ね目的を達することが出来る。

2007年2月 1日 付

戦争神経症

 前掲書『日本帝国陸軍と精神障害兵士』が、「戦争神経症」や国府台陸軍病院とどう結びつくのか。患者総数約1万余名うち約6%が痴愚、魯鈍などと分類される知的障害患者で、約42%の精神分裂症が第一位、以下ヒステリー、外傷性てんかん、精神衰弱そして知的障害の順となっている。

 当然、米軍のイラク派兵などで問題にされている心的外傷後ストレス障害(PTSD)という分類はなく、戦争によるトラウマ関連の研究もなかったように見える。その裏には「皇軍の精鋭に精神障害者などいない」という建前と、兵士自身にも「こわさ」とか「おびえ」は、口が裂けてもいえなかった事情もありそうだ。

 しかし太平洋戦争激化にともなう入院患者の増加もあり、「戦時神経症」の名で追跡調査がはじまったが、特に「平時」の症例と異なる対症療法があったわけではなかった。その中に、中国戦線で上官の命により多数の住民や、自分の子と同じ年頃の子まで銃殺したことに対する自責の念が起因、という記録も残されている。

 戦争神経症は、目黒克己氏の調査によると、第二次世界大戦での精神障害の中で戦争障害の占める割合は、日本21%、ドイツ23%、米国63%であるという。また、国府台病院では、終戦直後に患者の病像に変化が見られ、約29%が早期恢復を示したという。同書はさらに訴える。

 戦後初期、戦傷病者は「未復員者給与法」によって療養の給付を受けた。その後、援護法制は変わったが戦傷精神障害元兵士の多くは「精神病」にたいする偏見・差別もあって、精神的・社会的にいわば<未復員>状態が続いたようである。2005年3月末現在、「戦傷病者特別援護法」等による入院精神障害者は全国で84人(平均年齢80代半ば)である。

 上記のように<未復員>状態に置かれたまま、遂に祖国に戻れなかった韓国・朝鮮の元兵士・軍属そしてBC級戦犯もいた。また、徴兵ではないイラク派遣自衛隊員も、表面化しないだけで決してらち外あるわけではない。「戦争神経症」は過去の話でなく、まさに現在の問題なのである。

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