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2015年11月30日 (月)

戦争遺跡に冷淡な行政

Dscf2660 千葉県市川市はかつて軍都であった。塾頭自宅敷地も練兵場址である。しかし、現在はその片りんを見ることすらできない。そこに現れたのが県の血清研究所跡地にあった、かつて弾薬庫だったらしい煉瓦造倉庫1棟である。

 この存在については、以前当塾で紹介したことがある。フランス積、漆喰目地という工法で、東京駅や横浜の赤レンガ倉庫より古く、明治17・8年頃に建造されたらしいということが、今年7月、煉瓦にある刻印で改めて明らかになった。

 煉瓦建築の推移を知る上で、建築史に残す貴重な存在であることがわかり、世界文化遺産となった富岡製糸場のにある建物に匹敵する位置を占めている。しかし、この前の南京虐殺や、長崎の軍艦島などに見られるように戦争や軍隊に関連する物は、取り上げにくい面がある。

 その一方、広島原爆ドームやアウシュビッツ強制収容所の例がある。「反戦」を文化遺産・記憶遺産として前向き・積極的にとりあげてもいいはずだ。なぜそうなるか?。塾頭には特別の思い入れがあるからだ。

 塾頭が市川に移り住んだ時、兵役途中で病を得て終戦時には地方の陸軍病院にいた叔父が、「市川といえば国府台病院、あそこにだけは入りたくない」と言ったのを覚えている。ほかの、軍隊経験のある会社の先輩なども、市川というと、陸軍国府台病院を口にした。

 「あそこに入ると出られなくなる」ということ聞いたような気もするが、その理由はわからなかったし、塾頭もたいして気にかけていなかった。それが、陸軍で精神科が置かれているのはここだけ、ということに関係ありそうだ、ということが分かってきたのは、このブログを始めた2005年末ころからだ。

 それから、断続的に関連する記事を書いてきたが、11月29日に、「赤レンガをいかす会」主催の年1度だけ開催される見学会(写真右上)に参加し、予想以上の見学者が詰めかけていたこと、行政が保存利用に関する方向に動いていないこと、病院は、赤レンガ倉庫が造られた「陸軍教導団(下士官養成機関)」当時から設置されていたこと、などを知った。

 精神科を置いた陸軍病院は、戦後そのまま、国立国府台病院に引き継がれ、国立精神・神経センター国府台病院の名称も、2008年に国立研究開発法人国立国際医療研究センター国府台病院と名を変えた。そして近代風に増改築され(写真)、もと陸軍・精神病院の痕跡を残すものは何もなくなった。

 陸軍病院の実態を示す過去記事にリンクするのは煩雑になるので、整理して以後に続けたることにしたい。

Dscf2663

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反戦・軍縮」カテゴリの記事

コメント

それで思い出すのは、事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所は日本軍の飛行上跡だということですね。

投稿: 玉井人ひろた | 2015年11月30日 (月) 20時12分

軍の飛行場は普天間じゃないけど、近くに住むのは危険だと思ってました。

そして敵から攻撃の対象になる。しかし爆弾の2~3発も滑走路に落とせば使えなくなる。

そうすると、原発が一番怖いですね。

投稿: ましま | 2015年11月30日 (月) 20時34分

マスコミはフクシマの原発事故は大きく報じた。
ところが、その原発を建設する以前に特攻隊基地だった事実は報じない。
鹿児島の知覧を有名なのに、対照的に
現場には今では小さな石碑が一つ残るだけ。
オリンピック関連で国立競技場の跡地は報じるが、(72年前の)10月21日の学徒動員の記念日の方は,
今年はマスコミは何もなし。
学徒動員72周年を沈黙していた。
トンデモナイ国立競技場のデザインが原因で白紙撤回されたが、なぜか旧競技場は早々と取り壊した。
取り壊す前の国立競技場ですが、動員学徒の慰霊碑が競技場前に設置されていたが撤去されてしまう。
政治ブログですがマスコミ報道とは一線を画し、大手の一般マスコミが敬遠して報じないことこそ報じることが大事でしょう。

投稿: 宗純 | 2015年12月 2日 (水) 09時50分

たいしたPRもしていないのに、年を追って大勢の見学者があることだけは救いです。

マスコミでは、夕刊ですが東京新聞が1面トップに大見出しで扱っていたのに、むしろ驚きました。

投稿: ましま | 2015年12月 2日 (水) 10時46分

上記の東京新聞ついて、この次の次のエントリー「誰も知らない戦争の影」で「金木犀」さまから詳しいに内容のトラックバックをいただいています。ぜひご覧ください。

投稿: ましま | 2015年12月 3日 (木) 08時51分

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