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2015年9月30日 (水)

転んでもただで起きない

『今昔物語』塾頭流直訳

信濃守藤原陳忠御坂峠転落事故

 今は昔、信濃守藤原陳忠という人があった。任国での任期が終わったので上京の途中、御坂峠にさしかかった。荷物をのせた馬、お供の乗る馬数知れず続く中で、信濃守の乗った馬が架け橋の端にある板を後ろ足で踏み折り、守は乗ったままさかさまに転落した。

 底は測りきれないほど深く、守の生還は期待すべくもなかった。(中略)そのうち、大勢の人によって籠を下し吊り上げられるのが見えた。見ると守は片手で縄を掴み片手には3房程の平茸をしっかり持っている。

 橋の上まで上げ、座ったところで郎党どもと共に喜び合った。そして「そもそもこれは何の平茸にございましょうか」聞くと、守の答えるには「落ちていく中で馬は先に底へ落ちていき、我も驚いて落ちていく途中木の枝の茂っているところがあった。その枝を掴んでなお落ちると下に大きな木の枝があり、それを踏んで大きな枝の股に取りついた。

 それを抱きかかえていると枝に平茸が多く生えているではないか。見捨てるには惜しい。手当たり次第にとって、まずかごに入れたのだ。まだ残っていないかと見るとまだまだある。

 これをとらないのは「大損だ」という気持ちでいっぱいだと守が言った。郎党共は「ご損などとおっしゃる時ではないでしょう」と大笑いになった。すると守、「馬鹿をいうではない。お前たちだって宝の山の前で、それをむざむざ見捨てて帰ったらどういう心地がするか考えろ。受領(任国に赴任している国守)は”倒ル所ニ土ヲ掴メ”というではないか」といった。

 そこで、送ってきた守の代理を務める現地代表の御目代、心の中では憎々しい奴だと思いながらも「まさにその通りですね」などといって一緒に笑った。

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コメント

落語の「愛宕山」みたいな話ですね。

投稿: AMADEUS | 2015年10月 5日 (月) 12時11分

米朝とのかかわりがあるのでしょう。久しぶりにこの落語を聞きました。

長い間京都の清水の舞台から飛び降りるすじだと勘違いしてました。

御坂峠はそれよりはるかに遠い古代のはなしですね。愛宕山との違いはその身分の落差でしょうか。

投稿: ましま | 2015年10月 6日 (火) 08時48分

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