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2015年8月18日 (火)

老子曰「反戦は左」

 当塾を「左」とか「右」に位置付けたコメントをいただくことがある。別にどっちでもいいのだが、中国の古代、春秋の名著『老子』には、武器をとらない君子は「左」を上席とするという一文がある。
 
 武器、つまり槍は右に置いて、とっさの場合、何時でも手に取れるようにするためだろう。それならば、「左」という位置づけ、甘んじて受けなければ――(笑)。

 夫兵者不祥之器→武器は不吉な道具
 物或悪之→誰もがこれをにくむ
 故有道者不処→道を知る人はそこにいない
 君子居則貴左→君子は日ごろ左を上席とす

 用兵則貴右→武器を用いるならば右を貴ぶ
 兵者不祥之器→武器は不吉な道具
 非君子之器→君子の道具にあらず
 不得已而用之→やむを得ず用いるなら
 恬淡為上→執着せず恬淡とするのがいい

 勝而不美→勝っても美ではない
 而美之者→しかるにこれを美とする者は
 是楽殺人→これ人を殺すを楽しむなり

 夫楽殺人者→殺人を楽しむものは
 則不可以得志於天下矣
 →すなわち以って志を天下に得べからず。
 (以下略)

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コメント

「兵者」は孫子では「戦争」と訳され、老子では「軍隊(army)」または「武器」と訳されていますね。

それはともかく、高貴・身分の高い人も平時には左を上席にするが、同じ人も戦争になると右を上席にすると老子が言うように、右も左も区別がつかないのが今の現状でしょう。

そもそも、分けること自体がおかしいと思いますね。

ちなみに、武士は客人や知人と対峙するとき、礼儀として刀は帯から取って、自分の右手に置きます。
これは、直ぐに刀が抜けない右側に置くことで「敵意が無い」ことを表すものです。

投稿: 玉井人ひろた | 2015年8月21日 (金) 19時25分

追記

ちなみに武士は槍も右に置きます。

これも刀と同じく逆手となる右に置き、直ぐに槍を使えない状態にすることで、敵意がないことを示す礼儀です。

投稿: 玉井人ひろた | 2015年8月21日 (金) 19時29分

日本の古典では、兵士・武器・戦争いずれも「いくさ」ですね。「区別できない」というのが人間本来の感覚かもしれません。

さや当てをしないよう武士は左側通行。車は左、人は右、自転車は右または左。

右も左も区別がつかない現状、老子の頃のようにはいきませんね。(*^-^)

投稿: ましま | 2015年8月21日 (金) 20時47分

江戸時代初期のころ、ヨーロッパから来た宣教師が、日本はどこへ行っても往来で人々は綺麗に左側通行をしていて驚いたそうです。

そのころのヨーロッパでは、人々は好きな側を歩き、対峙すると直ぐに喧嘩が始まるのが常識だったそうで、宣教師は日本の方が進んでいると思ったそうです。

ところで、自転車は軽車両なので左側通行です、逆走の右側通行は許せない私です(coldsweats01

投稿: 玉井人ひろた | 2015年8月22日 (土) 08時05分

せっかくの勉強ついで、「ケメ子の……」というブログにくわしいのが載っていました。

リンクさせていただきます。
http://car-rider.jp/weblog/%E8%B1%86%E7%9F%A5%E8%AD%98/%E3%81%AA%E3%81%9C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E5%B7%A6%E5%81%B4%E9%80%9A%E8%A1%8C%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B%EF%BC%9F/

投稿: ましま | 2015年8月22日 (土) 08時29分

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