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2015年8月

2015年8月31日 (月)

新学期 

 今日は8月最後の日。最近は夏休みを終え新学期が近づくと中学生の自殺が増えるそうだ。宿題ができていない?、いじめが気になる?――、そんなことが引き金になるのだろか。塾頭はその時代、生まれてこのかた絶えることのなかった戦争が終わり、兵隊にとられたり、志願したりで死ぬこともなくなったのだ。

 折から新聞に連載された小説「青い山脈」をむさぼるように読んだ。初めて手に入れた言論の自由、青春の自由を謳歌するのに精いっぱい。やっと与えられたこの先の人生を断つことなど、考えられなかった。

 自殺したのは、すこし年上になるが東大生でアプレ(戦後)エリートを演じた『二十歳のエチュード』の著者・詩人の原口統三や、闇金融「光クラブ」を操った成金・山崎晃嗣などがいる。だが、戦争の影響があったにしても彼らとは次元が違う。

 給食制度などなかった時代、米の作柄がどうなるかが最大の関心事だった。「クリスマス用豆電球の輸出が活況を呈している」などというニュースが報じられると、「これて小麦などが買えれば配給が多くなる」と喜んだものだ。

 しかしこの季節、なんとなく落ち込む気分になるのはわかる。輝く太陽のもと、どう有意義な夏休みを過ごすか、それなりに希望を膨らませる。その夏が過ぎて秋風になく虫の声は、子供の心にもなんとなくものさびしいものだ。

 まさかそんなことではねー。深刻な心の葛藤を救うのは親なのか先生なのか友達なのか、塾頭にはわからない。受験戦争がからんでいるとすれば、教育行政にかかわりがあるのかも……。ブログを操っていても、スマホ全盛時代を理解するには程遠い。

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2015年8月30日 (日)

10万人集会

 今日、全国的規模では100万人が集まるという。10万人国会デモは、60年安保の際の5月14日に行われ、さらに19日には33万人が徹夜で国会を包囲した。

 安倍首相は、祖父を見習い、こんなことは歯牙にもかけないだろう。しかし、国民の意思表示はしなくてはならないし必要だ。塾頭も通勤距離の範囲だから行けなくはない。

 ただ心配なのは、これまでのデモでも警察の過剰警備が目立ち、主催者側から再三抗議しているという。そういえば、岸首相が警察官職務執行法(警職法)を国会提出したのは、2年前の1958年10月だった。

 その要旨は、大衆運動取締りのため、職務質問・所持品調べ、土地建物への立ち入りなど警官の権限を大幅に拡大強化する法案だ。当時、「オイこら」警察の復活だ、と騒がれたものだ。

 今回、仮に最寄り地下鉄駅の封鎖などがあるとすれば、年も考えて地元集会を選んだ方がいいかな、などと思っている。

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2015年8月29日 (土)

戦争は70年前ではない

 【ベルリン時事】国連難民高等弁務官事務所は28日、地中海を渡って欧州に到着した難民や移民希望者が年初からこれまでに30万人を超えたと発表した。
 過去最多だった昨年の1年間の総数21万9000人を大きく上回っている。
 ギリシャに約20万人、イタリアに約11万人が押し寄せた。ギリシャには主にシリアやイラク、アフガニスタンからの移民らが入っている。地中海での死者・行方不明者は約2500人。

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  ヨーロッパを目指す難民は、これまでアフリカの地中海沿岸、チュニジア、アルジェリア、リビア、エジプト、さらに遠く中央アフリカ・ナイジェリアなどから海路すし詰めの船ででイタリアに向かう記事が多く、何百人単位の海難事故もたびたび報じられた。

 今度は財政危機の後のニュースがギリシアに集まった。主にシリアやイラク、アフガニスタンからの移民らが入っているという。海路は危険なのでアルバニアなどいくつもの国境検問所などを突破してドイツへ向かう。このうち無事目的地に着けるのは何人いるのだろうか。

 彼ら彼女らが子供かかえて出発した祖国は、戦乱に明け暮れするイスラム教の国であろう。そしてその服装などから見ても多分イスラム教徒である。しかし、その国から発信されるニュースの、タリバンでも、アルカイダでも、IS国メンバーでもない。そして逃げ行く先は、人道支援と称して空爆を繰り返しているアメリカやサウジアラビアでもない。

 難民として逃げ出せない市民が何百倍、何千倍もいるはずだが、その実態が報じられることはあまりない。日本の戦中・戦後とは比較できないほどの市民が、今、死線をさまよっているのだ。

 ドイツのメルケル首相は「富裕国のドイツはこれら難民を受け入れなければならない」と言った。「偉い!!」。治安維持という名目で、弾薬を送り込み、給油し危なくないところで後方支援をしたがっているどこかの国の首相とでは、月とスッポンだ。情けない。

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2015年8月27日 (木)

「在日」

 以前、ネトウヨなどが、社会党の土井たか子さんを「在日」とはやしたてたのを書いたことがある。気に入らない意見に反論できないと誰彼となく「在日」にされてしまう。

 一時はやったへイトスピーチと同根であるが、塾頭はこれを規制しようとか、法的にどうのというのは、賛成しかねる。というのは、「在日」であることは多分正しいからである。日本人のおそらく大半は、天皇家をを含め朝鮮や中国にそのルーツがあるからだ。

 特に韓国については、慰安婦問題、歴史問題など、どう書くにしてもわが身にはねかえってくるような気がして書きにくい。かの国のおばさんにも困ったものだが、ヘイトスピーチを法律で、というのも、恥ずかしい話で、常識的な世論で十分抑え込むことが可能であろう。

 歴史問題でもそうだ。本来はよく知り合っている同士なのだから話は合うはずだ。ただ、そこへ国が入ればまとまるものもまとまらなくなる。NGOで気長にやるしかない。ベースになるのは相手に対する尊敬の念である。

 塾頭はかつて、小学生時代同級生に尊敬すべき朝鮮人の友人がいたことを書いた。しかし、反対に一般的には朝鮮人を蔑視する風潮があり、親の口真似をしてからかう怪しからん奴が同級生にいたことも事実だ。

 「チョーセン、チョーセンと言ってパカにするな。おなチ飯食うトこ、ちカう」朝鮮人は濁音が苦手でそれをからかうのだ。当時、同じ飯というのは米飯のことだとばかり思っていたが、イスラム関連の本を読んでいて、ちょっと違うかな、と感じたことを書いておく。

 「汝より前にわし(神)が世に遣わした使徒たちも、みなめしを食い、市場を歩き回っていたものだ」(コーラン25章、22節)

 神は唯一神のアッラーで、使徒とはアブラハムとかキリスト、そしてムハンマドなどをいう。朝鮮人はムスリムではないが、神のもと、すべての人間に差別はないのだ、という人種差別を超えた理念からきているのかもしれない。これを理解できないということは、へートスピーチ規制同様、やはり恥ずかしい話だ。

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2015年8月26日 (水)

千載に悔いを残さぬよう

20150830
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主催 戦争をさせない1000人委員会・市川
    九条の会 市川
    「安保法制」に反対する県議(3人)・
    市議(14人)の会

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2015年8月24日 (月)

「安倍嫌い」

 ”「安倍嫌い」を考える”。これは、『新潮45』 2015年9月号の目玉記事につけられたタイトルである。買って読む気はさらさらないが、集団的自衛権論争や安保法制化をめぐる論議などから受ける安倍首相への感情が、内閣支持率の上で無視できなくなっている、という観察ならわからないわけでもない。

 塾頭は、掛け値なしの「安倍嫌い」である。その理由は、満州事変に生を受け中2で敗戦。社会人となるまで戦中・戦後を必死に生き抜いてきた塾頭にとって「戦後レジームの脱却」などと得意顔で言われると、人格のすべてを否認されたような嫌悪を覚えるからだ。

 理屈ではなく感情だ。好きになれと言う方が無理。許せるはずがない。もっとも首相が信奉する右翼のブレーン・八木秀次麗沢大教授から、そのフレーズは封印したほうがいいと言われたようだが、70年談話の歯切れの悪さと同様、信頼感には程遠い。

 集団的自衛権行使が憲法違反という大方の専門家の意見を、無理な理屈で押し通そうとする。理屈に理屈を重ねるからどうしてもほころびが出てくる。その理屈に従わぬ者をを見下すような独断、大衆はそれに感情的な反感を覚えるのだ。

 世間は活きている。理屈は死んでいる

 この勝海舟の『氷川談話』にある言葉を、谷沢永一は安保改定のあった年に、『百言百話』中公新書の中で次のように解説している。

 政治は幾重にも錯綜した利害関係を、広く見渡して調節する高度の技術である。絶対に公平で万人のことごとくが、納得し得る解決が本来あり得ない以上、政治の採決は各方面から怨みを買うであろう。それら不満の矢を全身に浴びつつ、なお次の機会へと望みを繋がせる対応は、各方面から人格的な信頼感を集め得ずしては不可能であろう。理屈をもって社会を律したがる人物を、世間の誰れもが決して信用しないのである。

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2015年8月23日 (日)

大爆発、天津と枚方

 天津で大爆発のニュースは、いまだに断片的に続いている。原因や影響など真相が厳しい報道管制のもと明らかにされていないせいもあるだろう。

 思い出したのが大阪・枚方の陸軍火薬倉庫大爆発である。塾頭は、この爆発音を約30Km離れた兵庫県大庄村・武庫川河畔で聞いた。

 軍の火薬庫だということはやがてわかったが、詳しくは軍事機密。自然、触れることもはばかられるような雰囲気があった。

 そこでWikipediaに聞いてみる。

1939年3月1日14時45分、禁野火薬庫の第15号倉庫で砲弾解体中に不意に発火し、てん薬弾に引火し、大爆発が起こった。その爆発音は京阪一帯に響きわたり、19時までに計29回の爆発を起こし、爆発による火災は3月3日の正午まで続いた。弾丸の破片は半径2キロにわたって飛散し、禁野・中宮など近隣の集落に延焼した。これにより殿山第一小学校は焼失、 又、爆発の起こった3月1日は、1989年に枚方平和の日に制定された。

被害[編集]
死亡 94人
負傷 602人
家屋の全半壊 821戸
被災世帯 4425世帯

京阪電気鉄道京阪本線も降り注いだ砲弾破片などで送電線・電車線・電気供給施設が破損して運転不能となる。3月4日午後8時に運転再開するも、光善寺駅から牧野駅までの駅の再開は同月6日までずれ込んだ。

 天津の方は、CNNによると23日現在、この爆発では少なくとも114人が死亡し、69人が依然として行方不明になっている。枚方の方は、1909年にもダイナマイトの自然発火で1495戸が被災するという事故を起こしているので天津に決して負けてはいない。

 天津は、決して中国の特殊事情と言えないのだ。

【24日・追加】

 天津の死者は、共同電で123人、行方不明50人となったが、山東省・湽博(しはく)市で化学工場が大爆発、1人死に9人が負傷したという新報道。負けじと日本も24日未明、相模原の米軍施設で夜空を焦がす大爆発、死傷者はないようだが原因は不明という。

 日常茶飯事になってしまったのか?。( ゚д゚)

【さらに追加】

 今度は川崎の日鉄住金鋼管。あきれてものが言えない。こういう場合、各現場は要員交代の際、訓示があって「今日は臨時点検・訓練を実施」というのが過去の慣例だったが、今はないのか。原発がこの調子なら空恐ろしい。

 

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2015年8月22日 (土)

平和な国の「戦争法案」

 今、世界で戦場のようになっているのはどこだろう。塾頭の独断と偏見であげてみた。日本がいかに平和か。集団的自衛権などあさっての話に聞こえる。ほかにやること、できることがあるはずだ。(カッコ内は干渉・介入国、項目最後の一字は、帰=帰属問題、民=民主化運動、体=体制、宗=宗教対立、人=人種問題、領=領土門題)

▽ウクライナ→親ロシア派×ウクライナ政府軍(ロシア×NATO特にアメリカ)帰
▽シリア→アサド大統領×IS、クルド族、反政府軍(ロシア、中国、イラン、トルコ×アメリカなど)民・体・人・宗・帰
▽イラク→政府軍×IS(イラン、アメリカ、サウジ、ヨルダンなど×IS)宗・帰
▽イエメン→政府軍×シーア派武装組織(サウジ×イラン)宗
▽パレスチナ→ガザ地区×イスラエル(イスラム系各国×アメリカなど)帰・宗
▽アフガニスタン→政府軍×タリバン(主にアメリカ×タリバン)

 以下、テロ(テ)発生のほか、小競り合いや内乱の心配も。

▽フランス→宗・テ
▽イタリア→宗・テ
▽アメリカ→宗・人・テ
▽レバノン→宗・テ
▽朝鮮半島→帰・体・領
▽中国→帰・宗・テ・民・領(海上)
▽ロシア→宗・テ・帰
▽タイ→民・テ・宗
▽ミャンマー→宗・テ
▽フィリピン→宗・テ
▽インドネシア→宗・テ
▽インド→宗・領・テ
▽パキスタン→(アメリカ×タリバン・アルカイダなど)宗・領・テ

▽アフリカ→宗・民・テ・人(南ア等をのぞくほとんどの国。以下各国の詳細は省略するが、旧宗主国フランスがかかわっているケースが多い)
▽ナイジェリア
▽マリ
▽スーダン
▽ケニア
▽エジプト
▽リビア
▽チュニジア
▽アルジェリア
その他

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2015年8月20日 (木)

「軍軍間の調整所」

 この言葉は、共産党が入手した統合幕僚監部の内部文書にあった。国会で問題にされたが、一般のマスコミはほとんど伝えていない。「軍軍」は自衛隊と米軍のことを指している。

 外国から自衛隊を「軍」と見なされても、国民や政治家は、憲法に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」としているので「軍」というのを避けてきた。だから、自民党が考える改憲案では「隊」ではなく「防衛軍」とする。

 英語では「隊」も「軍」も言葉は同じ、という人がいるがここは日本だ。その違いをはっきりさせておかなければならない。

 自衛隊には人を救う任務はあっても殺す任務はない。護身用・防衛用武器は持つが攻撃用武器は持たない。頼まれてもいないのに領土・領海・領空など域外へ出ていくことはない。軍法会議や戒厳令など、特別扱いされる法律を持っていないなどだ。

 ところが、日米安保条約があって、ある想定のもといろいろな訓練をする。当然のことだ。安保条約には双方の憲法を重視すると書いてあるのだが、現場では同じような機材を用い手順に従って緊密な協力をする。

 米軍にしてみれば訓練は当然軍事訓練として行う。マニュアルも当然そうなっている。「日本は”隊”ですから」などと言っていたら訓練にならない。自衛隊員は、すでに自らを「軍」と呼んで抵抗を感じなくなっているのた。

 だから自民党防衛族や安倍首相も、その線で、集団的自衛権を追認し安保法制を出してきている。礒崎陽輔首相補佐官が「法的安定性は考えなくてもいい」と言ったのは、すでに「軍軍関係」が出来上がっている実態を指したものだろう。

 後方支援のつもりが、「軍軍関係」のもと、そこへ敵が来たので「私はここから一足お先に」といって米軍を見捨てることなどできるはずがない。それは、防衛大臣や安倍首相が決めることとするアホくささ、法案の違憲性については、まだまだ追及が足りないと思う。

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2015年8月18日 (火)

老子曰「反戦は左」

 当塾を「左」とか「右」に位置付けたコメントをいただくことがある。別にどっちでもいいのだが、中国の古代、春秋の名著『老子』には、武器をとらない君子は「左」を上席とするという一文がある。
 
 武器、つまり槍は右に置いて、とっさの場合、何時でも手に取れるようにするためだろう。それならば、「左」という位置づけ、甘んじて受けなければ――(笑)。

 夫兵者不祥之器→武器は不吉な道具
 物或悪之→誰もがこれをにくむ
 故有道者不処→道を知る人はそこにいない
 君子居則貴左→君子は日ごろ左を上席とす

 用兵則貴右→武器を用いるならば右を貴ぶ
 兵者不祥之器→武器は不吉な道具
 非君子之器→君子の道具にあらず
 不得已而用之→やむを得ず用いるなら
 恬淡為上→執着せず恬淡とするのがいい

 勝而不美→勝っても美ではない
 而美之者→しかるにこれを美とする者は
 是楽殺人→これ人を殺すを楽しむなり

 夫楽殺人者→殺人を楽しむものは
 則不可以得志於天下矣
 →すなわち以って志を天下に得べからず。
 (以下略)

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2015年8月17日 (月)

「平和安全法制」という不真面目

 「アメリカの戦争にも付き合おう」という安保法制化を、安倍内閣は「平和安全法制」という。「なんと不真面目な」と思うのだが、まだ、政府の言い分をもっともだ、と感じている人が少数ながらいることも事実だ。

 アメリカのウイルソン大統領は「戦争を終わらせるため、なくするためのやむを得ない措置として参戦する」といって第一次大戦参加を平和目的とした。第二次大戦について、昭和天皇は「東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄與スル」という詔勅を発している。

 逆に言うと「平和」という言葉こそ胡散臭いものはないと心得たほうがよさそうだ。もう一つ付け加えておこう。アメリカと集団的自衛権を深化させれば戦争になっても勝てるし思っている人達だ。

 戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、そしていまだに後を引いているアフガンやイラクでの戦争。大勢の人命を失い戦費を費やしているが、結果として戦後70年間、勝ったと結論付けられそうな戦争は、ほとんど見当たらない。

 その失敗の後始末をどうつけるかに迷っている最中だということに、政府も気が付いていないか、またはそのふりをしているだけだ。まあ、安倍体制をそのまままかしておける政権でない、ということだけは、日本国民として自覚しておく必要がある。

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2015年8月15日 (土)

「安倍談話」

 人間というのは、ここまで心にもない事を言えるものかと、思わず首相の顔を見つめてしまった。戦後70年の首相談話、こんなものは出さないでおくのが一番良かったのではないかというのが塾頭の結論である。

 この内容をほかの人が言ったら、自虐史観、東京裁判史観、反日、ブサヨなどと、幼稚な安倍首相信者からあらん限りの悪態をつかれただろう。立場上そこまで踏み込めない応援団の産経新聞や櫻井よしこ氏などは、評価し支持する立場だ。

 安保法案に反対するマスコミは概して批判的なトーン。しかし賛否いずれも用語がどうの、主語がどうの、村山談話と比較してどうのという枝葉末節の話ばかりで全体としては、庶民に判断のしようがないものだ。

 困っているのは中国・韓国も同様、公式の反応を示すのに時間がかかっているようだ。喜んでいる人がいるとすれば公明党の山口さんぐらいだろう。両方に顔を立て、党や創価学会内部の離反を避けられそうになったからだ。

 当塾で安倍路線について「潮目がかわりつつある」と書いたのは6月11日だが、安倍首相の談話にそれを押し戻す意図があったとすれば半ば成功かもしれない。その一方で、談話が「戦後レジームの脱却」の方針を放棄した宣言ともとれるのだ。

 憲法学者の大部分が集団的自衛権行使の憲法違反を指摘した事実は重い。これを公明党や野党がどう処理するか、凋落を続ける内閣支持率がどう動くか。そう大きな変化はない、と見るが、国民の戦いの正念場は8月15日が終わってからだ。

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2015年8月14日 (金)

みかじめ料

  ご存じ、「みかじめ料」は暴力団用語だ。繁華街の飲食店などから月ぎめで徴収する。客がトラブルを起こしたりすると、「こわいお兄ちゃんが来るよ……」という「抑止力」になるならと、店側でも支払う。もちろん違法な取引だ。

 集団的自衛権がやりたくて安保法制を進めるアベ自民党だが、金科玉条とし法案最大の効用にしているのがこの「抑止力」である。「みかじめ料」とどれほど違うのだろう。暴力団の都合で必ず助けに来るとき限らない。もし来たら来たで割りましを取られないとは限らない。

 たとえが悪ければ「ごめんなさい」だが、「抑止力」とは国連憲章や憲法9条でいう「武力による威嚇」はどう違うんだろう。「核抑止力」は、「いうことを聞かぬとこれだぞ!」と見せつけるげんこつだ。国連憲章でも憲法でも、武力による威嚇は武力行使すなわち戦争と同列に置いている。

 安倍首相は、「戦争法案」だというと、「レッテルはり」と文句を言い、「平和法案」といいかえるが、福島瑞穂ちゃんのいう方が当たっている。たとえが悪いというけど、「隣の離れが火事で……」などのたとえより、よっぽどまともに思うのだが。

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2015年8月12日 (水)

文民統制見直し?

 憲法66条2項にある「総理大臣や閣僚は文民でなければだめ」規定。塾頭はアベ総理大臣出現まで当たり前のことだと思ってた。塾頭の「文民」の解釈は「制服を着ない人」。だから自衛隊員のほか警察・消防・海上保安庁、もちろん幼稚園生もだめということ。

 昔の本に「軍人は武器を持ちたがる。新しい武器を手にすると使ってみたくなる」と軍人出身の著者が書いていた。そして、予算がほしいため盛んに危機を訴え、自作自演の破壊行為をして、敵の仕業に見せかけることまでする。

 これが満州事変の始まりだが、あとでそれを知った政府は秘密にしてしまう。そして手柄をあげれば勲章まで出すのだ。また、軍部が気に入らない内閣には、陸海軍大臣候補の推薦をしないという手で、総辞職に追い込むことまでやってのけた。

 文民統制は、当然のこととして疑わなかった塾頭だが、アベ総理大臣になって「ハテナ?」になってしまった。軍事おたくの元長官や制服経験者よりぐんと前のめりなのだ。

 軍事知識があれば恥ずかしくて持ち出せないような火事のたとえ話などを連発し、恬として恥じるところがない。やはり幼稚園生は閣僚にしてはいけないということだ。

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2015年8月11日 (火)

『高松宮日記』

昭和十六年八月十日 佐伯曇、南の方に出たら晴、雲は低いが視界とてもよし。
 〇九三〇「長門」にいつたら、今日は中止とか予定通とかいつてゐたが、やることになる。少しおくれて、一一三〇頃出港。第一航空戦隊の雷撃教練の時に、「長門」の真前で衝突(ソレは見なかったが)してバラバラとなり墜落するのを見た。おちて一機は黒烟と焔を海面にかなり長く残して沈む。死体四、ヂキに揚げた。あまり小さくバラバラになったので、艦上攻撃機とfc[戦闘機]かと思つた。後に「加賀」「龍驤」の艦上攻撃機がブツかつたのだとわかる。殉職六名なり。惨。
 
 高角砲射撃(一三三〇頃)、主砲射撃(一七三〇頃)、副砲(二〇〇〇頃)、予定通乙種戦闘射撃行はる。夜間雷撃(照射中)も行はる。

 高松宮は、昭和天皇の弟で当時海軍中佐。日記は太平洋戦争開戦4か月前。宮は、天皇に燃料不足などをあげて開戦に反対の旨具申。天皇は驚いて東条などを召し、事情を聴いたといわれる。

 また、サイパン陥落などで制空権を奪われても海・空軍軽視の作戦を変えず、独裁色を強める東条の暗殺計画にも関与したとされる。

 つまり、天皇の終戦判断の裏に、戦争の現実を知る身内の意見が全く影響しなかったとは、言えない感触がこの日記からうかがわれる。

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2015年8月 9日 (日)

正体見たりアベ・ヒトラー

7日夜の自公幹部の会談では、首相が安倍談話の原案と談話に関する有識者会議「21世紀構想懇談会」の報告書を示しながら、公明の山口那津男代表と井上義久幹事長に内容を説明。自民の谷垣禎一幹事長や菅義偉官房長官も同席した。(中略)

原案には過去の大戦に対する「反省」は盛り込まれていたが、「植民地支配と侵略」については、必ずしも明確な位置づけではなかった。このため、公明側は「なぜ日本は反省をするのか。その対象を明確にしないと伝わらない」と主張し、「侵略」という文言もしっかりと位置づけるよう求めた。(朝日新聞デジタル)

 終戦後70年は数日後に迫った。安倍首相談話は、14日に明らかになるまでわからないが、アベ色を鮮明にし、それをどの程度盛り込めるかが注目点である。太田国交大臣がサインできるようなものにするため、麻生副総理がなだめて、最低限の表現で我慢せざるを得ない内容になるだろう。

 麻生はこういう。「国会が終わるまで言っちゃいかん。言いたければ終わってからにしろ」。

 これは、礒崎陽輔首相補佐官の安保関連法案に対し「法的安定性は考えなくてもいい」と言ったことや、自民党武藤貴也衆院議員が「『戦争に行きたくない』という極端な利己的考え」などと言ったことに対するものだ。

 安倍のバックボーンにあるものは『美しい日本へ』などで知られているが、政策運営にどう反映させるか未知な部分があった。ある心理学者によると、前述の若手アベ応援団を含め、記憶力に抜群の能力を発揮する一方、他を顧みず不用意な発言をしがちで、後ろ盾となる権威者などにたしなめられると、あっさりひっこめるという性癖を持っていると分析している。

 それが最近、国会討論や日頃の言動を見ると安倍首相の本性がだんだん見えてくるようになった。最近の例をとってみよう。

 中谷防衛大臣の説明では、後方支援として運搬供給できる物資に核ミサイルも入るという。理由は、弾薬つまり消耗品だから法律上は可能、というわけだ。首相と野党との間で次のような応酬があった。

 首相「非核原則があり核拡散防止条約に調印している日本でそのようなことするわけがない。絶対あり得ない」
 野党「それならはっきり法文に書いて出しなおしたらどうか」
 首相「野党はないことをあたかもあるように宣伝する。首相である私が言うのだから、ない事は絶対にない」

 つまり、憲法より法律が上、法律より時の総理が上だと言っているのだ。戦前でも軍隊の下剋上というのはあったが、こんな暴論はなかった。かつて、麻生副総理が「ナチスのやりかたを学んだらどうだ」といったらしいが、揶揄や冗談めいた発言かと思っていたが、どうやら本心だ。

 理想的と言われた民主的ワイマール憲法には手を付けず、全権委任法を作ったのはヒットラーだ。自民党内に「文化芸術懇話会」という若手応援団を組織、百田某など極右作家を呼んで言論封殺を呼びかけたり、基本的人権を目の敵にしたする動きは、まさにヒットラー・ユーゲントそのものである。

 大東亜戦争は、そのナチスドイツと同盟することで、まさかのことがまさかでなくなった例だ。70年前のことを忘れていいはずはない。そうならない手はあるのか。

 終戦記念日前後に内閣支持率が発表されるだろう。またいくつかの地方選もある。自民推薦候補を落選か、ぎりぎりの線に追い詰める。そういったことの重なりで、公明党や創価学会を動揺させ、自民党内の良心派に決起を促す。そして参院での審議が進まず、60日ルール適用ということになれば、廃案ということもあり得る。

 10年前の今頃、小泉首相は郵政民営化で突如解散という奇手を打った。しかし衆院で過半数を持つ現在の自民にその必然性はない。安倍延命には、公明党を引き留めるため、廃案が最も良策となる可能性もあるのだ。

 いずれにしても、老若男女各層に高まってきた反戦機運、野党の連携、アベ独裁体制のほころび露呈で、国民の力が示せる。これが戦前の日本と違う点だ。

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2015年8月 7日 (金)

産経新聞の存在価値

 安倍首相の私的諮問機関「21世紀構想懇談会」が「戦後70年談話」に関する報告書を出した。サッと目を通しただけだが、消化不良のようなところはあるものの、概ね正鵠を得ている。しかし、メンバーが首相のお友達とは言えないまでも、「お仲間」に偏っている点があって、中国・韓国は批判の手をゆるめないだろう。

 新聞各紙がどう評価するか、例に各紙が揃って出した社説の見出しを拾って見た。

読売:70年談話懇報告 首相も「侵略」を明確に認めよ
日本経済:報告書の歴史観を首相談話に反映させよ
朝日:戦後70年談話―和解へのメッセージを
毎日:「和解」に資する談話を
産経:戦後70年談話 首相は「過去の断罪」排せ

 ハプニングは、読売で、日頃は「お上には反せず」論陣を張るが、これは兵卒として中国戦線の経験もある渡邊恒雄主筆(ナベツネ)の意向だろう。同紙をはじめ5大紙のうち、4紙が足並みをそろえる中、ユニークなのが産経だ。

 まず、日本の民主主義、言論の自由のため慶賀すべきだ。次に安倍路線の鏡のような役割を果たしていることも評価したい。外電、とくに中国・韓国の報道や国内右翼の主張・観点など、他紙では見られない記事がある。

 昨日の「お気の毒な安倍首相」との関連で、その例を記事見出しからあげておこう。

慰霊の心置き去りに 原爆ドーム横で「安倍は出ていけ!」 原水爆禁止運動は社共の主導で政治闘争化
(産経ニュース)

 塾頭は、安倍首相のショボクレた浮かない顔が目立ったと書いたが、実はこれを見たからに違いない。そんなことは、他のマスコミでほとんど見ることができなかった。そもそも、原爆忌は、東京・杉並区の婦人運動にはじまり、左翼が主催するところととなって、ソ連の核をめぐって社共が分裂、原水協・原水禁の2団体が別々の大会を開くなどの歴史も書いてほしかった。

 産経新聞を蛇蝎のように嫌う塾頭だが、他紙には載らないこのような記事はどんどん取り上げてほしい。

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2015年8月 6日 (木)

お気の毒な安倍首相

2015_08060005 広島原爆の日、珍しく記念公園の実況中継を見ていた。その中で気が付いたのが、安倍首相のショボクレた顔だ。最初席に座っているときに気が付いた。首相は、時々目を閉じ、飲み過ぎと暑さがこたえる、と言った顔つきだ。

 国会中継、記者会見などでは決して見られない。最初、悲惨な原爆被爆者に思いを馳せ、哀悼の意が顔に現れたのかなと思ったが、外国人や市民参加者、被爆者代表、誰一人そんな顔をしていない。

 市長をはじめ市民代表者などほかの参加者は、生き生きとした核廃絶への決意をみなぎらせている、といった表情だ。そうだ、意に沿わない行事に無理につきあわされ、「早く終わらないかなあ」と思うときの顔がこれだ。

 参院の委員会では、闘志満々。最後は数に物言わせるという自信があるから、決して針の蓆ではないのだ。それが、これからは長崎、70年談話、8月15日のおことば、と続く。

 この間、お仲間応援団も下手に動けない。その顔を見て、安倍さんって意外に正直なんだなあと思い、お気の毒な週間につくづく同情したくなった。

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2015年8月 4日 (火)

仙台市議選で感じる

 前々回は70年前の《今》、そして前回のエントリーでは、71年前から70年前にかけて「日本が負けるらしい」という井戸端会議の噂が存在したことを書いた。草の根の感触が日本の命運を左右するようなことがあるか、という意味で下記毎日新聞記事(8/4・東京)を引用する。

  仙台市議選(2日投開票、定数55)で自民党が最多の16議席を確保したものの2候補が落選し、共産党が大きく得票を伸ばしたことが永田町に波紋を広げている。安保関連法案の国会審議が影響しているとみられ、公明党からは「逆風になっている」との声が上がった。
      
 自民系候補は前回、全5選挙区でトップ当選したが、今回はゼロだった。投票率は前回(40.03%)を下回る35.83%だった。「平和安全法制で逆風になっていると認めざるを得ない」。公明党の井上義久幹事長は3日に首相官邸で開かれた政府・与党連絡会議でそう強調した。

 公明党は同市議選で前回より1議席増やしたが、低投票率もあり得票数は減らした。公明党幹部は「投票率が低迷しても共産党は得票数を増やしている。安保法制をきっかけに都市部の浮動票を共産党に奪われている」と分析した。別の同党幹部は「地方で苦労して選挙している中、政府が足を引っ張っている」といらだちを隠さなかった。

 一方、共産党は全5選挙区のうち3選挙区で同党候補がトップ当選を果たした。山下芳生書記局長は記者会見で「戦争法案に反対する候補が当選した。安倍政権は世論の批判の表れとして重く受け止めるべきだ」と強調した。

 同党候補のトップ当選は1989年の政令市移行後初めて。同党は全5区に前回選と同じ現職7人を擁立し全員が当選した。得票率は前回の10.9%から14.2%に伸ばした。

 民主党も前回選の7議席から2議席増やし、全員当選した。安住淳・衆院議員(宮城県連代表)は「安保法案に対する拒否感が民主と共産に流れたのでは」と指摘した。【横田愛、山内真弓】

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  すぐに喜ぶべき現象かどうかはわからない。右の市選管作成のグラフをみてほしい。都市部住民の選挙離れは深刻だ。今回の結果は、中央の安保関連法案がなければ、より低い投票率で、根強い保守顔役的議員と一定の組織票を有する議員が当選したはずだ。

 安保関連法案に強く反対する市民が、来年の国政選挙を待ちきれず、市議選で意向表明しようと棄権を避けた結果がこれではないか。ということは、この先投票率低下に歯止めがかからないとすると、より少数の意見で議会が牛耳られる可能性も払拭できない。

 現に小選挙区制の衆院にはその傾向がある。戦後70年と安保法制論議はいい機会である。今国会で、決まろうと決まるまいとにかかわらず、戦争に関する国民的議論がますます高まることを期待する。

 礒崎首相補佐官や、デモ参加者を『戦争に行きたくない』という自己中心、極端な利己的考え方と非難する自民党の武藤貴也衆院議員など、高学歴で若手の議員が安倍周辺を固めている限り、油断ができないのだ。

 武藤発言も、安倍首相が「戦争法案」ではないという弁明がごまかしであることを、逆に証明してしいるようなものだ。磯崎氏のいう「軽率発言」満載の国会議員を許しておいて、どうして「国民の生命の安全と平和を守る」ことになるのだろうか。

 戦争と平和、基本的人権、人種・宗教・歴史・国際法・外交そういったことに無知蒙昧な輩は一国も早く国会にいられないようにするため、何ができるか。議論を高め、投票率を高めることはその第一歩なのである。

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2015年8月 3日 (月)

なめられている国民

 8月3日、13時から参院の安保法制化特別委員会で礒崎陽輔首相補佐官に対する参考人質疑が行われた。委員による質問は、民主党福山哲郎議員1人、与えられた質問時間はわずか15分だけである。

 冒頭の陳述は「私の軽率な発言で審議に多大なご迷惑をお掛けしたことを国民、与野党におわびする」である。お詫びすることは、法的安定性を考えないことでなく軽率な発言についてだった。

 お詫びの対象は、参院審議と与野党で、国民とも言ったようだが塾頭には聞き取れなかった。もっとも中継したのは参院のネット中継だけで、NHKは矢張りパス。どうせ国民には伝わらないと高をくくっているのだろう。

 前々回の記事のように、こんな大問題が政治に深刻な影響をあたえることなく舞台が回っていくのを、だまって見過ごしていいわけない。

 71年前から70年前にかけて、大本営発表をよそに井戸端会議で「どうも戦争は負けらしい」といったひそひそ話が始まり、原爆投下を「新型爆弾」と称し隠ぺいしようとしていたのが、直ちに体験したことのない惨状として伝わって15日の玉音放送となった。

 福山議員の列挙した礒崎補佐官や安倍首相の語録。その一致点と食い違い。これからも国会で何度も繰り返して辞任や更迭に追い込むことになる。今回の喚問をその序幕と考えよう。

 「安倍首相。なめちゃいかんよ!」

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2015年8月 1日 (土)

70年前の《今》⑪

6月22日 御前会議(最高戦争指導会議)・出席者=首相・外相・陸相・海相・参謀総長・軍令部総長。
 天皇自ら召集し、戦争の終結についても検討するよう要望

7月26日 ポツダム宣言で日本の無条件降伏を要求。
 ポツダム会談出席者は、米トルーマン、英チャーチル、ソ連スターリンで、ソ連はまだ対日参戦しておらず、宣言に名を連ねた中国蒋介石は、国内事情で参加できるような環境下になかった。

7月28日 鈴木首相、記者団にポツダム宣言黙殺を表明。

8月6日 広島に原爆投下(年末までの死者推定14万人±1万人)
8月8日 ソ連、日本に宣戦布告。北満州、北朝鮮、南樺太、千島に侵攻。
8月9日 長崎に原爆投下(年末までの死者推定7万人±1万人)
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8月10日 午前2時30分、御前会議。ポツダム宣言受諾を決定。
 国体維持の条件だけで受諾賛成派=東郷外相、米内海相、鈴木首相の3人と、軍隊の武装解除・戦犯の処刑は日本側で行う、保障占領は行わないなどの条件を上げる決戦派=阿南陸相、海津参謀総長、豊田軍令部総長の3人に分かれ、木戸内大臣が議長的な立場で「最後は天皇の聖断をあおぐ」というシナリオ通りに進み、受諾を決めた。なお、国体護持の条件についてアメリカに再確認することにした。

8月13日 アメリカからの回答が不明確であるとし、決戦派が巻き返しを狙って最高戦争指導会議開催。
8月14日 前日の会議の紛糾をうけて再度の御前会議となる。「聖断」によりポツダム宣言受諾を最終決定。
8月15日 玉音放送。

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