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2015年8月 1日 (土)

70年前の《今》⑪

6月22日 御前会議(最高戦争指導会議)・出席者=首相・外相・陸相・海相・参謀総長・軍令部総長。
 天皇自ら召集し、戦争の終結についても検討するよう要望

7月26日 ポツダム宣言で日本の無条件降伏を要求。
 ポツダム会談出席者は、米トルーマン、英チャーチル、ソ連スターリンで、ソ連はまだ対日参戦しておらず、宣言に名を連ねた中国蒋介石は、国内事情で参加できるような環境下になかった。

7月28日 鈴木首相、記者団にポツダム宣言黙殺を表明。

8月6日 広島に原爆投下(年末までの死者推定14万人±1万人)
8月8日 ソ連、日本に宣戦布告。北満州、北朝鮮、南樺太、千島に侵攻。
8月9日 長崎に原爆投下(年末までの死者推定7万人±1万人)
Dscf2411

8月10日 午前2時30分、御前会議。ポツダム宣言受諾を決定。
 国体維持の条件だけで受諾賛成派=東郷外相、米内海相、鈴木首相の3人と、軍隊の武装解除・戦犯の処刑は日本側で行う、保障占領は行わないなどの条件を上げる決戦派=阿南陸相、海津参謀総長、豊田軍令部総長の3人に分かれ、木戸内大臣が議長的な立場で「最後は天皇の聖断をあおぐ」というシナリオ通りに進み、受諾を決めた。なお、国体護持の条件についてアメリカに再確認することにした。

8月13日 アメリカからの回答が不明確であるとし、決戦派が巻き返しを狙って最高戦争指導会議開催。
8月14日 前日の会議の紛糾をうけて再度の御前会議となる。「聖断」によりポツダム宣言受諾を最終決定。
8月15日 玉音放送。

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