« 「一国のみでは」の虚妄 | トップページ | 法的安定性 »

2015年7月27日 (月)

滑空班

 21日、調布飛行場で離陸直後のセスナ機が墜落し、乗員と近隣住民8人の死傷者を出した。痛ましい事故である。「原因は?」という報道を見ているうちに、戦時中の部活「滑空班」の体験を思い出した。

 当時の中学には、部活として滑空班・柔道班・剣道班の3つしかなかったように思うがよく覚えていない。飛行機は小学生時代から関心が深かく、小遣いは『飛行少年』と『航空少年』を交互に買って読んでいた。

 それもあって、中学では迷わず滑空班を選んだ。駆け足に始まる体力づくりと、号令のもと一糸乱れぬ動作と協力という、軍事訓練の一環のようでもあった。教官は英語の先生で、グライダーは文部省型と朝日型の2機があり、われわれは機体の軽い文部省型の方を使った。
 
 搭乗訓練は17人(多分?)一組で行い、Y字形のゴムの綱をひっぱる左右7人づつの係、、滑走に入るまでグライダを水平に保つため翼端を持っている係1人、グライダーの最後尾についている固定紐を掴んでいる係1人、それに搭乗者1人からなる。

 訓練の模様はこうだ。
・向かい風となる校庭の一角角にグライダーを据え、係はそれぞれ所定の位置に立つ。
・搭乗者が左前10メートルあたりに立つ教官に敬礼、訓練種目などを告げて許可を求める。
・注意事項などを復唱、駆け足で操縦席にもどり安全ベルトを着け、方向舵(尾翼)に足をかけ操縦桿を握る。
・操縦桿は、前後に動かすと昇降舵(尾翼)、左右に動かすと補助翼(主翼の後辺部)が動く。そのため、手の甲を操縦桿につけ前後左右が同時に作動しないような握り方をする。

・号令によりゴム綱係は、Y字形の綱の左右をそれぞれ持つ。「目標、前方のモミの木」などの指示でその方向へ一斉に綱を引っ張る。その際、歩調が合わなかったりひとりでも違った方向に引っ張ると、ゴムの力で全員撥ね戻されることがある。

・「放せ」の号令で、翼端係、固定係は手を離す。後尾につけた紐は校庭に打ち込んだ杭にひと巻し、1回交差しただけで片手でも持っていられる。
・あとは、搭乗者が教官に終了の報告、講評などを受け、残ったものは機体その他をもとの位置に戻し、それぞれの持ち位置をひとりずつ交代する。

 最初は「地上滑走」だけで空は飛ばない。塾頭は地上滑走を3回ほどやって2年生になったらいきなり、「5メートル直線滑空」と言われた。地上5mの高さで飛ぶわけだ。

 普通は3年生になってからと思っていたのに早い。操縦桿は決められた位置で、前後に動かすな、と教えられる。ただ左右の傾きは瞬間的に感知して補助翼を動かす。その際、機首が左右にぶれないよう方向舵も動かすわけだが、操縦動作は地上滑走と同じ。ただ、風によっては稀に失速することもあった。

 3年生は勤労動員ですでに学校にいなかった。そしてその夏、終戦となったのである。神風特攻隊の搭乗申告まで行かなくてよかった。戦後、2機のグライダーは校長の指示で火にかけられた。

 翼日、朝礼で校長は「勢いよく燃え上がる炎を見て、残念で残念で、涙もでませんでした」と訓示した。あとで生徒の中に「涙もでないのなら、きっと喜んでいたのに違いない」と茶化した者がいた。

 その校長はやがて、公職追放を受け新任の教頭と交替した。

|

« 「一国のみでは」の虚妄 | トップページ | 法的安定性 »

ニュース」カテゴリの記事

戦中・戦後」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/60911071

この記事へのトラックバック一覧です: 滑空班:

« 「一国のみでは」の虚妄 | トップページ | 法的安定性 »