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2015年7月26日 (日)

「一国のみでは」の虚妄

 5月14日、新たな安全保障法制の関連11法案の閣議決定を受け、安倍晋三首相は同日夕刻、首相官邸で記者会見した。「日本と世界の平和と安全を確かなものとするための『平和安全法制』を閣議決定した。もはや一国のみで自国の安全を守ることはできない」と法案の意義を強調した。(朝日新聞)

 安倍首相は、法曹界などの圧倒的な違憲の指摘に業を煮やしたのだろう、衆院の議論が法律論に偏しているので参院は政策論でお願いしたいようなことを言っている。「一国のみでは」が賛成論者の常套語としていまだに通用しているのは、民主党の党内不一致という足元を見られているせいではないか。

 揚げ足取りになってもいい。以下のようなことを指摘し政策論争の起爆剤にすべきだ。

 戦乱の絶えなかったヨーロッパで、スイスはどの国とも同盟を結ばず、一国のみで自国の安全を守り抜いた。中立の場を提供するなど、世界中に認められ、世界に多くの貢献をしている。

 第一次世界大戦は同盟国間で戦端が開かれ、第二次大戦は日独伊三国同盟が引き金となった。ソ連のアフガン侵攻、アメリカによるベトナム戦争、いずれも集団的自衛権を口実とした。

 そんな歴史的事実を上げるだけでいい。そもそも、日本は「国連」という世界を覆う「集団的安全保障」に加盟しており「一国のみ」の状態ではないと言えばいい。

 「国連憲章が、個別の自衛権、集団的自衛権を認めており、日本国憲法に、それを認めない、という記述はない」。

 これも賛成論者が使いたがる幼稚なレトリックだ。国連憲章を通読したことがあるのだろうか。集団的安全保障を定めた条文の最後の条に、「全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」、とあるるだけで、別に自衛戦争を合法化し奨励しているものではない。

 また、当初の原案では憲章に「自衛権」の記入がなかった理由、それが挿入されたいきさつ、そして、第一次大戦や第二次大戦の反省に基づいた歴史がこれらに刻みこまれている点などを指摘し、戦争に向けた安易な引用をいましめるべきだ。

 中国、朝鮮半島、東シナ海を含む北東アジアの軍事的脅威の増大は、否応なしに日本の国家の安全保障について深刻な議論を呼び起こすことになる。しかし、現在の日本にはどの選択肢を選ぶべきかという心構えが、残念ながら存在していない。

 国連からも、世界各地の紛争地域に派遣されるPKO部隊に日本も参加してほしいという要請は今後も繰り返し出てくるだろう。その要請は今のところ、国民世論を分裂させる外圧として存在し、憲法9条の改正も含めて、国民の間で合意ができていない。

 この現実を考えると、今後の国際社会での日本の進路はますます難しい。簡単に答えを出したいと願う人たちは、軍備をもっと増強し、日本のプレゼンスを高めたいと願うだろう。

 しかし重要なことは、日本が戦後、国連に加盟した時からずっと学んできた国際協調社会で生き抜くためのノウハウをできるだけ発揮することであり、国民にわかりやすい外交目標を提示し、国民の過半数から支持される外交スタイルにかえることなのである。

 以上引用した現状分析と指針は、現在のことではない。なんと、13年前、当時国連事務総長室法務担当官であった川村亨夫氏が『国連発・ニッポン改造論』(ダイヤモンド社)で、国連内部から警告していたことなのである。

 そして、日頃外交上手と言われる国のように、自国と対敵する国をなくす努力をすべきであり、長期的なグローバルな戦略を持つ必要がある、と同氏は説いている。

 安倍路線は全くこれに逆行するものであり、高速を逆走する車のようだ。幸いにして、多くの国民が暴走に気づきはじめており、一刻も早く止めさせなければならない。

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