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2015年7月 5日 (日)

世界遺産は妥協を排せ

 韓国からいちゃもんがついて、「明治日本の産業革命遺産」の登録審査が持ち越されることになった。百済遺跡地区の申請が、日本などの賛成で認められたあと、双方の歩み寄りをひっくり返すような要求があったようだ。

 従軍慰安婦問題と二重写しになるパターンだ。登録欲しさに下手に妥協すると、戦時中に労働者を強制連行したことを公認することになるからだ。本塾は、この申請で松下村塾を入れていることが、史的に見てこじつけにすらならないような不自然さがあることを指摘したことがあるが、申請そのものについては特に意見がない。

 前にも書いてきたことだが、戦時中は、朝鮮人に対し「皇民化政策」があり、国の政策として人種差別は強く戒められていた。当時、公然として使われていた用語「人的資源」に朝鮮人を加えたいという理由があったにしてもである。

 小学生であった塾頭の友達李君は、食用蛙釣りがうまく放課後を待ちかねてよく遊んだ。張君は習字がうまく、いつも5重丸ぐらいついて張り出されていた。先生は俺よりうまいと頭を掻いていた。決闘(喧嘩)があっても、人柄から見て朝鮮人の子の方の肩をもつ級友の方が多かったりした。

 そんなことから、国の政策・挙国一致に反する強制連行や性的奴隷売春があったとは信じられないのだ。しかし、塾頭は現場を見たことがない。したがって絶対なかったとも言いきれない。戦争というものは、平常の神経、特に前線では判断が麻痺し狂ってしまうからだ。

 強制労働は、塾頭自身が体験している。これもかつて書いたことだ。中学生になってから学科の授業がそのうちなくなった。松根油用の根っこ掘り出し、これは女学生にも個数の割当があったようだ。暗渠排水工事、これは泥田を掘り下げ、泥を背丈より高いところまであげる重労働。

 ほかに田植えや山林開墾・ソバ畑化などもある。これらに報酬をもらった覚えは一度もない。正直なところ、白米の炊き出しを無制限に受けたり、カレーライスにたっぷり鶏肉が入ったりすることもあったので、楽しみでもあった。

 言いたいことを曲げてまで、世界遺産にこだわることはない。これを奇貨として集団的自衛権などでなく、世界への発信力をまともなものにする努力をしたらどうだ。

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コメント

先日の女子挺身隊訴訟の三井重工への賠償命令判決といい、この件といい、どう考えても仲良くなるべき国ではないでしょう。

こんな国を「仲良くしなければならない国」なんて言ってるましまさんの気がしれない。

仲良くなれるのは、こっちが徹底的に譲歩して、彼らが望むものを何でも差し出した時だけでしょう。

天皇の謝罪はもちろん、竹島については何も言わない、従軍慰安婦については銅像を世界各国に日本の税金で何百体も建て、、、、、

仲良くならないのが一番。

投稿: makoto | 2015年7月 5日 (日) 13時05分

子供の喧嘩に本気で付き合ってはいけません。

投稿: ましま | 2015年7月 5日 (日) 18時01分

こうやってすぐに「大人の対応をすべきだ」って言うんですよね、左寄りの人は。

子供じゃないでしょう。
子供だなんて相手に失礼ですよ。
それで、「仲良くしなければいけない」。
自分の言ってることが矛盾しているとわかりませんか。
わからないでしょうね

投稿: makoto | 2015年7月 6日 (月) 02時32分

あの~……、これはアベ政権=政府の立場らしいですよ。

投稿: ましま | 2015年7月 6日 (月) 06時40分

あのねぇ、安倍政権が、韓国がやっている数々の非道に、「子供のけんかに本気で付き合ってはいけない」って言ったんですか?

まさか、言ったとして、それを引用したのは、ましまさんもそう思ってるからでしょ?

安倍総理が大嫌いでいつも悪口言いまくりのくせに、都合のいい時だけ、あの「安倍政権の立場」だからと、自分の意見に説得性を持たせようとそれを引用するなんて、こういうのを下種の極みとでも言うんでしょうね。

投稿: makoto | 2015年7月 6日 (月) 07時40分

日本の今回の世界遺産登録ですが、
欧米のマスコミでは、
『日本の“奴隷島”“強制労働島”が世界遺産に指定された』と報道されているのですが、
これには十分な根拠があり、英文では強制労働を安倍晋三の日本政府が認めているのです。
ところが菅官房長官はすぐさま、『強制労働ではない』と発表する支離滅裂ぶり。
朝鮮日報など韓国のメディアは『英文のほうが正式文章だ』と日本政府の姑息な言い訳を一蹴した。
ユネスコの世界遺産登録欲しさに、韓国の無理筋の言い分を聞いた安倍晋三ですが、これ以上の売国的な自虐行為も無いでしょう。

投稿: 宗純 | 2015年7月 7日 (火) 15時39分

炭鉱労働が過酷な環境の下で行われていたことは事実で、世界に共通することです。日本人炭鉱労働者も戦後は最も強い「炭労」を組織しました。

軍艦島などは逃げ場がなく、余計、奴隷的環境だったと思います。しかし、徴用の対象になったことが強制ととられているようで、日本人とどいう区別があったのかなかったのか、企業側でも調査・発表してほしいです。

投稿: ましま | 2015年7月 7日 (火) 18時16分

 韮山反射炉が世界遺産になったのは良かったと思います。
 江川太郎左衛門英龍(1802-55)と言う人は大変な先覚者で,この時点で日本を共和政の国にすることを考えていたようです(林青梧「江川太郎左衛門」読売新聞社1986.09.30.刊pp.215-224)。
 ここで共和政の国になっておれば,1945年の憂き目はなかったものを,と韮山の人間としては返す返すも残念です。

投稿: 弥勒魁 | 2015年7月 8日 (水) 11時01分

今度の世界遺産申請がどういう基準・いきさつでなされたのか知りませんが、韮山は維新前の近代化志向ですでに国指定の史跡に指定されており、それなりに有名です。

明治の近代化とは結びつきません。ここだけ独立して、あるいは維新前の近代化の一環として指定された方がもっとよかったように思います。

投稿: ましま | 2015年7月 8日 (水) 11時36分

 私が引用した書物の,引用した部分に何が書いてあるかと言うと,1853年のペリーの来航で幕閣があたふたと策が決まらないでいるときに,江川太郎左衛門は,ジョン万次郎を通訳に,ペリーと直接交渉で,日本を共和国にする策を練るために,国内では守旧派がうるさくて駄目だから,カリフォルニア州辺りに,策を練るための土地を租借できないか?と言っています。
 林青梧という作家は,もう故人ですが,注目すべき作品が多い。
 英龍は1855年1月に過労のため早世しますが,子息も家臣も地元の人間も,共和政実現に精一杯努力しました。
 1944年4月に私が入学した学校は韮山国民学校共和分教場であり,その跡地は現在伊豆の国市立共和幼稚園になっており,私が会長を務める老人クラブの名前は「共和老人クラブ」です。
 実は,日本国になる前の倭国も,少なくとも506年までは共和政の国だったのではないでしょうか?

投稿: 弥勒魁 | 2015年7月 8日 (水) 21時01分

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