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2015年7月14日 (火)

70年前の《今》⑩

◆高見順『終戦日誌』より(当用漢字に転用

七月六日
 昼近く、また空襲警報。(中略)
 店でF氏が、鎌倉はたとえ戦禍を被らなくとも、食糧に窮し、餓死の危険性があると力説した。食料のある平野に今のうちに逃げておいた方がいいというのだ。――もちろんその方がいい。安心だ。だが鎌倉を離れて、居食いは出来ない。金のある者が結局生きのびるのだなと思うのだった。

 以後鎌倉には連日日夜を問わず空襲警報が発令され、高見は「死」とどう対応するかを毎日日記に書きつづける。ちなみに、高木はこの年、30歳代後半である。

七月十一日
 ――手がかりは掴めた。手ごたえがある。生の問題。
 問題を掴んだのだ。問題が与えられたのだ。生の充実感ぐらいで、生そのものを掴んだなどと早まってはならぬ。しかし、たしかに手がかりは掴めた。

生命を信ずるのだ。今日の生命を。刻々の生命を。
――生命の躍動と燃焼を。
そこに生がある。
未来を考えない。信じない。今日の生の充実のみ信ずる。
そこに私の生がなくてはならない。(以下略)

 前に一度採録したことがあるが、この年の二月の日記を掲げておこう。徴兵される若者のやけくその叫び声だ。わずか半年足らずで、高見も死に向き合わざるを得なくなったのがこの年だ。

二月二日
戸を開けると雪景色。
 昨日もそうだつたが、電車が通ると、時に車輪の音にまじつて、バンザーイ、バンザーイという声が聞こえる。海兵団に入る若者が窓から叫んでいるのだ。外の道を誰も通つてなくてもそう叫んでいるのだ。海軍の言葉でいえば「娑婆」――「娑婆」にそうして別れを告げているのだ。

 これも再録になるが、後に厚生省が発表したこの年の平均寿命を掲げておく。仮に敗戦が2年遅れたら、塾頭も寿命以下の命だっただろう。

平均寿命
         男    女
昭和10年  49.9才  49.6才
   20    23.9   37.5
   22    50.1   54.0
   42    68.9   74.2
厚生省調べ『図でみる生活白書昭和43年版』

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