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2015年6月 7日 (日)

70年前の《今》⑨

 沖縄失陥が時間の問題となり、対ソ交渉が打診されていた六月初め、陸軍および迫水内閣書記官長・秋永月三総合計画局長らの手によって「今後採るべき戦争指導の基本大綱」が作成され、本土決戦機運を急速に高めた。

 この案は、方針として「七生尽忠の信念を源力とし、地の利人の和を以て飽く迄戦争を完遂し、以て国体を維持し、皇土を保衛し、征戦目的の達成を期す」と、高い調子で本土決戦を歌うものであった。(外務省編『終戦史録』、『日本の歴史』中公文庫・所載)

 戦争指導方針は、6月8日の御前会議で決定されたが、そう打ち出しておいて対ソ、対支交渉を有利に進めようとする下心があったらしい。前回述べたように、天皇はすでに前月、講和やむを得ずと考えており、次の22日の御前会議では、時局収集に向けた御前会議が開催されるのである。

6.5(高見順『敗戦日記』)
 ○ 萬緑
 もう緑が珍しくない。
 つまり、――食料にならんからさ。

 ○ 食料品屋で
 なんにもありません。ハエ叩きならありますが。

6.6 ブラジル、対日宣戦

6.23 義勇兵役法公布。本土決戦に備え、男15~60歳、女17~40歳の者を国民義勇戦闘隊に編成。

6.25(高見順『敗戦日記』)
 ラジオの大本営発表で沖縄の玉砕を知る。玉砕――もはやこの言葉は使わないのである。(注=「玉砕」のかわりに「最後の攻撃を実施せり」)

7.6 ノルウェー、対日宣戦

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