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2015年5月22日 (金)

新聞論説陣の危うさ

 毎日新聞の西川恵客員編集委員は、安保関連法案について限定的ながら容認する論陣を張る。今日(5/22)のコラムではこんなことを書いている。

 戦争を知らない世代は、戦争の惨禍をより客観的に、距離を置いて見られる立場にある。なぜ無謀な戦争を起こしたのか。なぜ日本人の多くが支持、もしくは消極的にせよ認めたのか。敗色濃くなってもなぜ反対が起きなかったのか。戦争体験がなくても、教訓を含めて振り返れる。加えて我々が民主主義社会にあることも戦争への抑止力である。民意を無視して政府は存立し得ない。

 西川氏は、戦争を知らない世代らしいが、戦争を知る世代の塾頭が、日々掲げるブログについて客観性に欠けるように受け止められるとすると、はなはだ心外で撤回してもらいたいような気がする。塾頭は西川氏の持つ疑問と向き合って、20年前に戦争と歴史に関わる著述を手がけ、10年間ブログを続けてきた。

 揚げ足取りをするつもりはないが、後段でフランス人歴史家の持論、「現代史において戦争を開始した国で、自国を徹底的に破壊されて敗れ、民主主義になった国は、二度と戦争を起こさない」との説を紹介し、民意を無視して政府は存立し得ないという楽観論を説く。

 徹底的に破壊されて敗れた沖縄、その明確な民意を無視して戦争ができる国の基地を辺野古に作ろうとしている政府が、どうして存立しているのだろう。新聞人としては、戦前の新聞の戦争責任に目を向けるのが先で、受け売りの楽観論を説くようでは、鼎の軽重を問われても仕方がない。

 

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コメント

原爆を含めて、戦争がB29や艦載機による空爆だけだった本土と、
空爆にプラスして艦砲射撃と地上軍の侵攻による民間人を巻き込んだ地獄の地上戦を経験した沖縄では、矢張り戦争経験に大きな差が有るのでしょう。
同じ沖縄県でも、集団疎開でのマラリアで八重山諸島では3600人もの死亡者を出しているが、がそれでも沖縄本島の様な地上戦の経験が無い地方では、前回の知事選で自民党候補が勝っている。
間違いだらけの、この論説委員のコラムですが、一部では良いことも言っているのですね。
第一次世界大戦後に『ドイツが正しかった』とのヒトラーが支持された理由とは、
WW1ではドイツ全土が戦場になったWW2とは大違いで、
ドイツ軍の戦場は国外であり、ドイツ国内では地上戦を行っていないのです。
その意味では日本本土と同じで、地上戦を経験していないことが、決定的影響して戦争の本当の恐ろしさが理解出来ないのでしょう。

投稿: 宗純 | 2015年5月22日 (金) 15時28分

宗純さま
コメントありがとうございました。

地上戦があって負けた国で民主主義国家とはどこを指すのでしょう。

考えてみたけどわかりません。

いずれにしても、学者の仮説を金科玉条にするのはジャーナリズムからはずれる、と思うのですが。

投稿: ましま | 2015年5月22日 (金) 18時30分

以前朝日新聞の2月20日の記事”戦争のリアル戦後70年第2部”平和のために戦争を学ぶ という記事で腰砕けにされた記憶が消え去らぬ中、再び同じ思いを感じついコメントさせていただきました。

毎日新聞の筆者がこの認識状態ということは、いよいよ終末に近づいていると私は思ってしまいます。

素人が書く文章ならともかく影響力の強い大新聞の玄人が書く文章としては余りにも軽過ぎると思わざるを得ません。
がしかし、ご本人は故意にこの文章書いているのではなく、真剣に書かれたものですから余計に恐く情けないのです。

頼りにしていた毎日新聞ですが・・・・

戦争肯定者の回し者ならまだしも、本気で平和を願っている(と思いたい)人の書いた文章だからこそ恐ろしいのです。

この文章で逆に今後の日本が予測出来てしまう。
もうあと戻りすることはないような気が致します。

悲観し過ぎですか?


投稿: | 2015年5月24日 (日) 10時17分


茸 さま
コメントありがとうございました。

「戦争の悲惨さを知っているから戦争に反対」するわけではありません。地球より重いはずの人の命を鴻毛の軽さに例え、国家権力に奉仕するのが美徳だとするまやかしを知っているから反対するのです。

 そのまやかし最たるものが「平和のための戦争」という発想です。塾頭得意の戦時歌謡で言うと、♪東洋平和のためならば なんで命が惜しかろう――、でしょう。

 最近、元・外交官とか元NHKニューヨーク支局長などという人の発言で「インテリジェンス」という言葉がはやり出しました。もともと知っていた知性とか教養という意味のほかに「諜報機関と情報」という意味を含めています。

 こういう知識は広いようで全く狭い識見しかないという印象を持っています。つまり「あまり信用できない」ということです。茸 さまが危機感を持たれるのは当然ですが絶望には及ばないでしょう。草の根感覚、女性本能、そういったものが地力を発揮すればいいのです。

 大阪の住民投票や沖縄の一致した民意など、大いに期待し応援しようではないですか。

投稿: ましま | 2015年5月24日 (日) 20時41分

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私たちの親またはその上の世代はあの無謀な戦争を止めることができなかった.「なぜ止められなかったの?」と親や祖父母に問い掛けた人もいるだろう.危険が迫って来た時にはすでに言論の自由はなく,何よりも国民に事実を知る手だてもなかった.しかし今は違う.言論を理由に逮捕されることはない.大手メディアはともかく,その気になればインターネットで幅広い情報を得ることが出来る.だからもし日本が再び侵略者となることを止められなかったとしたら,あるいは国際紛争から戦争への道を遮断できなかったとすれば,現在の成人世代の責任... [続きを読む]

受信: 2015年5月31日 (日) 23時24分

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