« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »

2015年5月

2015年5月31日 (日)

地震雲??

 5/30。横浜市で孫の運動会。

Dscf2373

 快晴の空に異様な巻雲。尻尾のさらにうしろには、真っ直ぐ3本の雲が南西方向に延びている。

 地震・噴火・安保法制国会、このところ何か不安な世相続き。

 何かの予兆かな……。

 この直前のお弁当時間に小さなつむじ風が起き、せっかくの心づくしのお弁当が砂まみれ。しかしこれは雲に関係なさそう。

 ところが、帰りの電車が夜8時半頃、到着駅寸前でストップ。 

小笠原沖で30日に発生したマグニチュード(M)8.5の巨大地震。2011年3月の東日本大震災(M9.0)以降、最大規模となる地震は、東京−青森の距 離にも匹敵する深さ590キロという極めて深い場所で起きた。最大震度5強。

 それは、後で知ったこと。くわしい情報のないまま、約1時間車内缶詰。終バスにタッチの差で乗り遅れ、タクシー代負担の実損被害を被る。

 これだ!!。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年5月27日 (水)

続・中東の「迷子」アメリカ

 前回参考にしたCNN情報の関連報道があったので紹介します。今度は共同通信です。

【ワシントン共同】バイデン米副大統領は25日、イラクのアバディ首相と電話協議し、過激派組織「イスラム国」との戦いについて、米国がイラクを全面的に支援すると再確認した。ホワイトハウスが発表した。

 「イスラム国」がイラク中部ラマディを制圧したことについて、カーター国防長官がイラクは「戦意を見せなかった」と発言、イラク側が反発したのを受け長官発言の修正を図ったとみられる。

 バイデン氏は、イラク部隊がラマディを含む各地で払った「膨大な犠牲」と示した「勇敢さ」を認識していると伝えた。

 アバディ氏は「なぜそんなことを言うのか驚いている」と不快感を示していた。

2015/05/26 09:34の共同通信
http://www.47news.jp/CN/201505/CN2015052601001155.html
です。正直にいうと、昨日も今日もそのもとになったのは毎日新聞です。小さな記事ですが、ネットと違って一覧してすぐ目につくところが新聞の利点です。それも、各地に自前の支局を置く巨大メディアより通信社頼みのメディアの方が多彩ですね。

 昨日のCNN報道に対する、いわば当事国政府の正式見解です。これを見て、塾頭は「ああ、前回の報道内容はやはり真相なんだな」と判断する材料になりました。マスコミにいたことも海外勤務の経験もありませんが、新聞の情報を集める仕事はしていました。

 ただ、一つ二つの情報ではとても断定はできません。続いて出る情報の積み重ねで本当の姿が見えてくるものです。そういった点、国内情報の方が潜入観念に禍され、かえって真相が見えにくいということもあるのかも知れません。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年5月26日 (火)

中東の「迷子」アメリカ

 アメリカの大手通信社CNNはこう伝える。

ワシントン(CNN) イラク中西部の要衝ラマディがイスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)に制圧されたことについて、カーター米国防長官は「イラク軍に戦う意志がなかったことが主な原因」との見方を示した。24日放送のCNNの番組で語った。

カーター長官は「イラク軍の部隊は戦う意志を全く示さなかった」と述べ、「兵員の数が敵を下回っていたわけではない。むしろはるかに勝る状況だった」と指摘した。

ラマディが先週陥落してから、米政権当局者が公の場でこれほど強い言葉を口にしたのは初めて。

 軍事関連報道としては、あまり聞いたとのない内幕暴露だ。「勝てるのに戦意がないから負けたのだ」という弁解、アメリカが教育・訓練に励んだイラク兵の事だ。アメリカとイラクのかかわりを1980年から追うとこうなる。

①国境紛争などに端を発したイラン・イラク戦争は、ホメイニ革命でアメリカ大使館を占拠された恨みを持つアメリカは、社会主義的独裁者フセインの支配するイラクをかげで支持し、軍事的な支援もしていた。

②停戦後、イラクの軍事力は強大化し、パレスチナ問題を抱えるイスラエルにとつて脅威となる一方、石油鉱脈争いなどを理由にイラクはクエートに侵攻、アメリカが最大利権を有するサウジアラビアに迫った。湾岸戦争となり、アメリカなど多国籍軍がイラク軍を押し戻した。

③アメリカのブッシュ政権は、イラクが大量破壊兵器を隠し持っているというニセ情報で国連決議のないまま再度イラクに侵攻。隠れていたフセイン大統領を:刑死させ、イスラエルにとって最大の脅威を取り除いた。しかし大量破壊兵器は発見されず、その後の作戦目的を「自由と民主主義を定着させるため」に切り替えた。

④民主的?に国政選挙をしたため、国民の多数を占めるイスラム・シーア派の政権ができた。オバマは公約により軍隊を漸次撤退させた。その後民主化は、チュニジアでアラブの春と呼ばれる独裁政権転覆にはじまり、リビア、エジプト、イエメン、シリアと続いたが定着したところは1国もなく、シリア、イエメンでは果てしない内戦が続くことになる。

⑤そこへ起きたのがイスラム国(IS)の勃興だ。民主的?なイラクは分断され、アメリカに「助けてくれ」ということになった。一方、イランは同じシーア派だからスンニ派のイスラム国に勝たせてはならない。スンニ派の盟主・サウジアラビアは、イスラム国が王制に反対する過激派だから潰さなければならない。こうして、敵も味方も入りまじり、訳が分からなくなった。

⑥アメリカは、イラク救援でイランと共通目標ができ、核で話し合う糸口もできた。イスラエルが盛んにやきもちを焼くが、それだけ聞いていたのでは身が持たない。内心は、早く出口を探して中東から抜け出したい気持ちだ。

 冒頭の引用にもどる。

 「カーター米国防長官閣下、戦う意志がなかったのは、本当はアメリカじゃないの?」

 今日から安保法制化の議論が国会で始まる。ホルムズ海峡が機雷で封鎖されたらどうのこうの……。なんと能天気なことよ。←自虐史観。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月23日 (土)

いじめにあう国

 前々回「日本への誤解を放置するな」と題して、イルカの追込み漁に対する理不尽な日本への圧力について書いた。和歌山県知事は、これに対し「いじめだね」というコメントをしたようだが、前記事でも書いたように「歴史認識問題」や「従軍慰安婦問題」でもいじめのような現象を排除できないでいる。

 そこへもってきて、今回は定期的に開かれる核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、日本から提案した広島・長崎への訪問による理解を深めるという提案が拒否されるなど、これまで、核保有国と非保有国の対立はあったものの、漸進的で前向きな決議に初めてストップがかかった。

 今回は、アフリカが期待した非核地帯にイスラエルと背後にいるアメリカなどの対立もあって合意できる問題がなく、議長提案の声明も出せないという、異様な状態で幕を閉じることになる。

 日本提案については、中国の横やりが入って頓挫してしまったのだが、産経新聞は次のように報じている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150522-00000570-san-int

NPT再検討会議の最終文書案で、被爆地の広島、長崎への訪問を世界の指導者に促す文言は復活しなかった。日本は巻き返しを図ったものの、「歴史認識」をからめて攻勢に出た中国に押し切られた格好だ。一方、最終文書案は、主要争点をめぐって核保有国と非核保有国との“溝”が埋まらないまま議長裁量で各国に提示され、決裂やむなしとの悲観論が大勢を占めた。

 「歴史の歪曲(わいきょく)だ」「日本は戦争の被害者の立場を強調している」-。核兵器の惨禍を世界に訴えようと、「被爆地訪問」実現を求めた日本側に対し、中国の傅聡軍縮大使が今月中旬、「過去」を持ち出して日本を批判したことは、議場の各国代表団を驚かせた。

 今年は中国にとり、「抗日戦争と反ファシズム戦争勝利70周年」。今夏に安倍晋三首相が戦後70年談話を出すことも念頭に置いた牽制(けんせい)だったとはいえ、日本には予期せぬ“冷や水”となった。

 本塾は今年から副題を「戦争したい国より戦争しない国と組もう」に変えた。それは、この先の日本のあり方として、これまでのアメリカ一極主義から国連の多数派を形成するような多極主義への転換と、国際間でその主導的役割を果たすこと、つまり、本物の「積極的平和主義」の国になることを主張したかったからだ。

 その具体的なイメージは、1998年に実現した「新アジェンダ連合」に求められる。当初の参加国はブラジル、エジプト、アイルランド、南アフリカ、スウェーデン、ニュージーランド、スロベニア、メキシコの8カ国であった。

 こういった国は、国連で活動の場を与えられた多くのNGOやカナダその他非同盟各国の協力を得て、核拡散防止や非人道的兵器禁止などに実績を上げつつあった。国連決議で核保有国や日本など同盟関係国の反対、棄権などがあっても100を超える国連加盟国の意思を示すことで、常任理事国などに無形の圧力になっているのだ。

 そういった意味で、今回のNPT会議の不成功は、塾頭の落胆にそのままつながった。広島、長崎をはずす意図は中国のいじめからだ。いじめっ子は中国・韓国が多いがそれだけではない。

 いつ全体に広がるか油断がならないのだ。最近では、韓・中・台などの日本食品に対する放射能疑惑による輸入制限、世界遺産制定への反対などがある。アメリカからは、ロシアと仲良くするとイジメルぞという脅しもある。

 イスラエルはかつてのヨーロッパでのユダヤ迫害から、現在ではアラブ、そしてこれからはアフリカからもイジメの対象になるだろう。庇いきれないオバマの苦悩は続く。

 日本もこれ以上のイジメラレっ子にならないために、どうすればいいか。下のイラストは、
www.ijimetotatakaou.com/html/taisaku/taisaku_top.html
からのものだが、その対策として次の3つを冒頭に挙げている。居丈高になって先生を頼っても解決しない、国策にも取り入れるべきだ。

◆つまらなくする
◆いじめる理由を消す
◆聞こえてきた悪口を消す

Dscf2360

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年5月22日 (金)

新聞論説陣の危うさ

 毎日新聞の西川恵客員編集委員は、安保関連法案について限定的ながら容認する論陣を張る。今日(5/22)のコラムではこんなことを書いている。

 戦争を知らない世代は、戦争の惨禍をより客観的に、距離を置いて見られる立場にある。なぜ無謀な戦争を起こしたのか。なぜ日本人の多くが支持、もしくは消極的にせよ認めたのか。敗色濃くなってもなぜ反対が起きなかったのか。戦争体験がなくても、教訓を含めて振り返れる。加えて我々が民主主義社会にあることも戦争への抑止力である。民意を無視して政府は存立し得ない。

 西川氏は、戦争を知らない世代らしいが、戦争を知る世代の塾頭が、日々掲げるブログについて客観性に欠けるように受け止められるとすると、はなはだ心外で撤回してもらいたいような気がする。塾頭は西川氏の持つ疑問と向き合って、20年前に戦争と歴史に関わる著述を手がけ、10年間ブログを続けてきた。

 揚げ足取りをするつもりはないが、後段でフランス人歴史家の持論、「現代史において戦争を開始した国で、自国を徹底的に破壊されて敗れ、民主主義になった国は、二度と戦争を起こさない」との説を紹介し、民意を無視して政府は存立し得ないという楽観論を説く。

 徹底的に破壊されて敗れた沖縄、その明確な民意を無視して戦争ができる国の基地を辺野古に作ろうとしている政府が、どうして存立しているのだろう。新聞人としては、戦前の新聞の戦争責任に目を向けるのが先で、受け売りの楽観論を説くようでは、鼎の軽重を問われても仕方がない。

 

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2015年5月21日 (木)

日本への誤解を放置するな

. 追い込み漁のイルカ調達を動物虐待に加担するものとして、WAZA(世界動物園水族館協会)から資格停止措置などの圧力を受け、これに屈した日本動物園水族館協会(JAZA)が調達停止を受け入れることにした。

 これについて、同協会は記者会見で見解を述べている。(時事通信

 「いったい、追い込み漁のどの部分が残酷なのか」。日本動物園水族館協会(JAZA)の荒井一利会長は20日夕、追い込み漁によるイルカ調達禁止を発表する一方、国際社会からの批判に疑問を呈し、「協会が追い込み漁や捕鯨文化を批判しているわけでは決してない」と強調した。
 東京・霞が関の環境省で午後6時から開かれた記者会見。海外メディアを含む60人以上の報道陣が詰め掛け、関心の高さをうかがわせた。
 
  荒井会長は「追い込み漁は残酷な手法ではないと一貫して主張してきたが、残念ながら理解してもらえなかった」と納得がいかない様子。世界動物園水族館協会(WAZA)に対し、「どこが残酷なのか具体的に指摘してほしいと何度も申し上げたが、回答はなかった」と無念さをにじませた。

海外メディアから「今回の問題で日本が失ったもの、得たものは」と問われると、「イルカの入手が困難になり、日本の水族館にとって極めて不利になった。一方で国民の関心が非常に高いことも分かったので期待に応えたい」と話した。

 納得がいかなくても大勢に順応する。従軍慰安婦をイルカと一緒にするわけではないが、同協会は、除名されても実情を曲げずに主張し続けてほしかった。文化の違いとかという事とは別に、日本人の残虐性を自認してしまうことになる。

 それが先方の文化なのだ。イルカショーは何度も見たが、飼育員、訓練員が日本人独特の動物に対する細やかな愛情が、完璧な演技や美しさを醸し出しているのだと思う。ライフルで狩猟をすることがハイソサエティ の趣味で、馬に鞭を当てて駆けっこをさせるのが国技の国とは違う。

 従軍慰安婦の方はもっと複雑だ。日本人男性には、あたかも「性奴隷」といった女性虐待の属性があるような海外認識が定着してもやむを得ない、というような、日本からの発信力の弱さがあることだ。

 その点は、西欧と異なる誇るべき文化がある。女性を保護したり高めたりしてきた長い歴史、その中ですべて証明できることなのに、それができずにいる。発信力ゼロの塾頭としては、歯がゆいばかりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月20日 (水)

集団的自衛権?無理だって!

 自衛隊は軍隊でない。したがって人を殺せば一般の法律、殺人罪が適用される。それを遠い海外まで行って、人殺しの使命を負ったアメリカ軍と一緒に仕事をしようというのだ。法律を10本作ろうが11本作ろうがどだい無理なのだ。

 憲法違反になることを、ならないようにと理屈をひねくりまわし、法律にしようというのだから、一般の人はもとより、プロにもよくわからない。戦争を知っている人だったら、まず、こんな法律は作らないだろう。

 まず、後方支援は戦争でないと思い込んでいるようだ。遠い戦場で勝利するためには、武器弾薬の補給だけではない。食糧、衣類、医薬品、燃料、水そして兵員・医師などの交代要員を送り込まなければならない。後方支援イコール戦争行為は、先の戦争でも常識だった。

 長い補給路のどこかで待ち伏せしてこれを絶つことができれば、前線にどんな強い部隊がいてもたちまち干上がってしまう。昔は陸路に頼ったため、荷物を運ぶという弱点をついてこれを襲うのが効果的だった。今は航空機か艦船だが、これとても大きな空港とか港を確保していなければ無理だ。

 敵が長距離ミサイルを持っていれば、その積出港や補給基地まで狙われる時代になったことも忘れてはならない。今度の法律に「重要影響事態法案」というのがある。「重要影響事態」とは、そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態、だという。

 これでわかる人がいれば、超能力者か虚言癖のある人だ、と以前書いた。したがって、質問する方も答える方も「実例をあげて」ということになる。すでに滑稽極まる実例がいくつか挙げられているが、起きてもいないことで、想像を何万件あげても当てはまるケースなどでてくるわけがない。

 だから、野党は次から次へと例をあげ、別々の回答者を指名すれば必ず不一致がでてくるだろうからそこを突けばいい。次に後方支援には国会承認が必要だが、緊急の場合は事後承認でもいいことになっている。

 戦争ではないというが、支援を受ける方、例えばアメリカは戦争と思っている。一旦行動を起こしておいて、途中で議会の同意が得られないのでやめました、などと言えるだろうか。アメリカがそれで負けてしまうようなことになれば、同盟国に対する致命的・対敵的裏切りになり、議会は承認せざるを得なくなる。戦争とはそういうものだ。

 「戦闘地域」には行かないことになっている。しかし、これについても全く同じことがいえる。戦闘地域などの範囲は誰にも決められない。法的には防衛大臣の判断ということになっているが、現場の状況は、小泉元首相の迷答弁ではないが「そんなことは私がわかるわけがない」のだ。

 だから、「自衛隊の部隊等の長またはその指定する者」の判断で戦闘行為が予測されると判断されれは逃げて帰ってもいいことになっている。戦闘行為を前にした同盟軍に、「危ないからここから帰ります」などと言えるだろうか。アメリカ軍は集団的自衛権に基ずく同盟国の仲間だと信じている。

 また、逃げるということは攻めるより困難を伴い、敵の標的になりやすい。元・佐藤ひげの隊長に自民党案を聞いてみたい。「あなたにそんなことができますか?」と。戦争は、議会で作った法文でするものではない。まったく別の世界なのだ。塾頭が隊長でも、そんなことができる自信がない。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2015年5月19日 (火)

平和!平和!平和ヽ(´▽`)/

 安保関連法案は今月下旬国会で審議入りする雲行きだが、与党は、委員会を我が国および国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」と称する特別委員会とし、略称を「平和安全特別委」とするよう提案している。

 福島瑞穂さんいう所の「戦争法案」をペンキで隠し、「平和・安全」に書き換えようという事だ。「頭隠して尻かくさず」でいかにも子供じみている。「これが国会だろうか」と思うと情けなくなる。新法案「国際平和支援法」と10本の現行法改正は、「平和」コールで通ると思っているのだろう。

 ためしに、新法案だけで「平和」がいくつ出てくるか数えてみた。標題などを含め、13条の法案に20回もでてくる。「平和」を言えば戦争もOKというのは、100年も前から使い古された手であることを知らないようだ。

 ウイルソン大統領が第一次大戦に「戦争を無くするための戦争」と位置づけて参戦したり、タフト前大統領が「平和強制連盟」(平和のためなら戦争で強制するとも読める)を提唱したりした。国際連盟や国連発足をリードしたのもアメリカである。

 そのアメリカがこの70年間、全くかかわっていない戦争があっただろうか。ちょっと考えただけではでてこない。「領土問題には介入しない」といって、尖閣についても冷たい反応をしていたアメリカ、それならフォークランド島でイギリスとアルゼンチンが戦った戦争はどうだっただろうと思って調べてみた。

 なんと、イギリスのために軍艦や飛行機まで出して「後方支援」に精だし、日本へもアルゼンチンへの経済封鎖に協力するよう言ってきた。日本は、国連の非難決議には加わったものの経済制裁は断った。時の総理大臣は鈴木善幸である。

 国際平和支援法が通ったならどうなるだろう。アメリカは当然協力を言ってくる。海上給油艦や船舶臨検などだ。
 ――我が国が国際社会の一員としてこれに主体的かつ積極的に寄与する必要があるもの(以下、「国際平和共同対処事態」という。)――
 ならば、まさに地球の裏側でも戦争に参加できるのだ。理屈などいくらでもつけられる。

 安倍首相なら、多分適用第1号にしただろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月18日 (月)

「橋下維新」崩壊へ

 なにがともあれ、よかった。

 「今の日本には独裁が必要」と言った同じ口から、今回の市民投票敗北を受けて「日本の民主主義を相当レベルアップしたかと思う」などと、ウケねらいのメチャメチャ発言で政治を玩具にするしか能のない男が、国政の舞台から去っていくのだ。 

 幼い頃、大阪市のすぐ隣に住んでいた塾頭だが、もしかして大阪特有の東京対抗意識から、大阪のシンボル的な政治家を消したら大変だという、橋下戦術の罠にかかるので゜はないかと心配していた。

 しかし、テーマが”都”構想だとか、政策として安倍首相や菅官房長官にすり寄りを見せるなど、中央におもねるような主張は大阪らしくない、とも思っていた。これで大阪の選挙民が表層的な人気だけでは動かないことが証明できたわけだ。

 大阪人は人気に乗りやすいが、さめるのも早い。それでいて価値判断に厳しく、計算高い。「橋下維新」も、結局石原慎太郎の太陽の党と同じ運命をたどることになるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2015年5月17日 (日)

分列行進

♪鉄砲かついだ 兵隊さん
足並そろへて歩いてる とっとことっとこ歩い てる
兵隊さんはきれいだな 兵隊さんは大すきだ

 恒例の「戦時歌謡」ではなく、童謡だ。小学校に入るとすぐ教わる。母親から聞きおぼえた歌は、

♪雨降りお月さん雲の中
お嫁に行くときゃ誰とゆく
ひとりでからかささしてゆく

などで、相当趣が違う。ここからは戦火のにおいが全くしないどころか、大正のにおいがする。

D0130303_222514961 ところで前の歌だが、TVでこのところ多くなった礼典用軍事パレードの画像を見て思い出した。同時に「ぶんれつ行進」という言葉も、さて「ぶんれつ」?、「分裂」じゃないし字が思い出せない。「分列行進」に行き着けるまでやや時間を要した。

 そこで、疑問が一つ。

 自衛隊も鉄砲は肩に担いでいる。ところが欧米は銃を横に構えて行進する。すぐ銃口を向けられそうで物騒な感じだ。銃社会のアメリカは、警官のパトロールでもそうするのだろうか。ソ連軍兵士だった金日成の伝統を継ぐ北朝鮮もそうだ。

 日本だけ孤立している……?。古い観念にとらわれず、これも変えたらどうですか?。安倍さん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月16日 (土)

ジャーナリズムの死滅

  言葉としての「ジャーナリズム」には、マスコミとかマスメディアに存在する報道機関としての物理的・総体的機能を言う場合と、その取り上げ方や解釈の仕方、さらには評価・批判に至るまでの、指導的役割、すなわち精神的・個別的な姿勢をさす二面がある。

 本棚の中に他の辞書類と共に『現代用語の基礎知識』自由国民社1992年版というのがあった。古くてもかつては、重宝して使ったものだが、ネット検索全盛時代になると、本棚スペース確保には、その分厚さで廃棄の最有力候補となる。

 とり出して、なんとなくパラッと開いたまん中あたりのページで目に入ったのが、「◆ジャーナリズム」だった。以下、その記事の後半部分である。

 ジャーナリズムは、無数に生起した出来事の中から、民衆の次の行動決定のために必要な事実をピックアップして、できるだけ早く、できるだけ広く伝えることが要求される。また、民衆が自らの置かれている状況を十分かつ的確に認識できる条件が、国民全員に与えられている必要がある。この点からジャーナリズムは権力の言動を厳しく監視することが第一の責務であり、その行使を行う者がジャーナリストと言い得る。

 そこで言い換えるならば、ジャーナリズムとは民衆ののために「いま伝えねばならないことと、いま言わねばならないことを、いま、一刻も早く広めること」ということができる。

 辞書を見て感激してしまったのは、これが初めてである。安保法制が生煮えのまま議会にかけられ、政府自民党のNHK、民放等への干渉・圧力が云々される今日、23年前の常識が常識でなくなったのである。ちなみに、ネットの辞書、早わかりの類を見渡してみたが、「人それぞれ」的な記述だけでジャーナリズムの神髄を突くようなものは、さらに見当たらなかった。

 茶色に変色しかかった同書、捨てていいものかどうか、急に迷ってしまった塾頭である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月14日 (木)

わかりにくければ悪法

 法律というのは、難しいですよね。だけど弁護士さんや裁判官など司法試験に受かった人で首をかしげるようでは困ります。見ていたTV番組で、安保法制化について専門家の先生も「これから勉強してみます」と、苦笑いしてました。

 今日、安倍首相が会見して閣議決定した中味を、会見で説明することになっていました。それで「わかった」という人がいれば、超能力者か、うそをついているかのどっちかでしょう。よい法律とは、スラスラと誰の頭にも抵抗なく入って行くような法律です。よい法律は音律にかなっており、読んでも気持がいいものです。

 その意味で、現行憲法もよい法律といえましょう。アメリカから強制されて翻訳調という人がいますが、当時の案文作りのベテラン、法制局第一部長佐藤達夫氏などが渾身の努力をもってGHQと掛け合って仕上げたものです。

 だから、これほど長く国民に親しまれてきたのです。誰でもわかる法律はみんな守ります。そうでない分かりにくい法律は、勝手な解釈がまかり通って守られず、国民がさんざんな目にあいます。ドイツには、ワイマール憲法という民主主義を基本とした世界の模範となるような立派な憲法がありました。

 ところが、議会で多数を得たナチス・ドイツは、憲法はそのままにしておいて「全権委任法」という法律を作り、ヒトラーの暴走を許してしまうのです。つまり、その時点で国民の意に反し、憲法は踏みにじられてしまうのです。

 日本帝国憲法も、伊藤博文など元勲と言われる人たちがイギリスなどの優れた議会制度を取り入れて、当時としては理想的な憲法を作りました。そういった元勲たちが一線からいなくなると、軍部の意に沿った勢力が憲法の条文の一部を拡張解釈し、「統帥権干犯」と称して議会や政府を牛耳るようになったのです。

 こういったことが、悲劇的結果を招いたことを忘れてはなりません。憲法と、安倍政権がねらう集団的自衛権、さらにそれにともなう安保関連新法案に大きな矛盾があるのを隠そうとするから「わかりにくい」法律になるのです。憲法どころか、首相の祖父・岸内閣による「日米安保条約」とも明らかに整合性がなく、日本の法体系がむちゃくちゃになるともいえます。

 塾頭は、法律については素人です。しかし、戦争体験者としてこれだけは言わねばならない。国民は、「わかりにくい」という理由だけで、これらの法案に反対できるのです。いや、反対しなければならない義務があるとさえ言えるでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2015年5月13日 (水)

美化された神武東遷

 ♪金鵄輝く日本の……
昭和15年(19401)に売り出された、紀元二千六百年奉祝歌の出だしである。「金鵄勲章」、軍人ならば最高の栄誉となる。人気ナンバーワンの大衆たばこ、ゴールデンバットも「金鵄」と改称された。

 金色の光を発する鴉が弓の先端に止まった弓を持つ神武天皇の絵姿、戦前・戦中の教科書、絵本その他、日本中にあふれていたのを知る人はすくなくなった。

 しかし、皇孫民族が九州から北上し、近畿大和を征服したという日本神話は、なんとなくみんな知っている。塾頭も改めてその原典である『古事記』『日本書紀』を精読したのは、おそらく40代になってからだった。

 それまでは、それを実際に見ることなく聖典化したり、天皇美化のための伝説集と決めつけることしかしなかった。しかし読んでみるとなかなか面白い。そのいずれでもない素朴な味わいに富んでいるからだ。

 塾頭は素朴さから、むしろ歴史の真実がその中から拾い出せるのではないかと思うようになった。神武東遷は、それがあった、なかったでいまだ定説がない。ここでそれには触れないが、両書を見ると、弥生時代にあったやや汚い戦争の中味をよく反映しているようだ。

 弥生時代の遺跡が戦後多く発掘され、山地集落や環濠住居址、弓矢、剣などの武具、遺体の状況などから「倭国大乱」の時代があったことは疑いない。神武東遷の大和征服に関する記事を見ても、紀元節(現・建国記念日)唱歌のように、♪草も木もなびき伏しけん大御代を……、のようなことはひとことも書いてない。

 そもそも、これは侵略戦争だったのだ。『日本書紀』はっきりそう書いてある。

 塩土の老翁(伊弉諾の命の子)に聞きき。曰ひしく、『東に美(よ)き地あり。青山四周れり。其の中に亦、天磐船に乗りて飛び降る者有り』といひき。余謂ふに、彼の地は、必ず以て大業(あまつひつぎ)を恢弘(ひらきの)べて、天下に光宅(みちお)るに足りぬべし。

 戦争の模様は、事細かく書かれている。どの戦争もそうであるように、「聖戦」には程遠い。大阪湾から上陸した緒戦では、神武の実兄が「毒矢」つまり生物化学兵器で戦死し、敗退する。そこで謀略を練り、熊野から山を越え、背後から襲うことにする。

 スパイがいたり、裏切り者を利用したり、落とし穴や宴会に誘い込んでだまし討ちにしたりで、きたない戦争の連続だ。金の鴉や鏑矢など、光や音で威嚇する新兵器もふんだんに使われる。勝ちを制すると侵略を受けた方の前支配者、土民などを懐柔し、婚姻政策などを駆使して大和王朝を定着させていく。

 こう読めるのが両書で、戦前の皇国史観や右派の万世一系史観にはない人間味にあふれる素朴な記述にひきこまれるのである。

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2015年5月11日 (月)

寄らば大樹のもと

矮小に甘んじるどっかの国そっくり

Dscf2358

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月10日 (日)

政治劣化と戦争

 高木惣吉は海軍軍人である。昭和12年、第一次近衛内閣で米内海軍大臣の大臣官房調査課長として仕え、戦後初の東久邇宮内閣では、再び米内海軍大臣のもと内閣書記官長をつとめた。最後の階位は、少将であった。

 日米開戦前から、海軍の非戦派として陸軍に対抗し、戦中は敗退の責任をとらない東条首相退陣工作に黒子として奔走、実現させたキーマンだったが、歴史の表舞台に立つことはなかった。東条独裁当時にも、抹殺される危険をかわし、目的を遂げることができたのは、皇族軍人に協力者がいたことや近衛などの知遇を得ていたこと、そして、学界などの陰で支えるブレーンに恵まれていたこともあるだろう。

 開戦直前の昭和16年11月、高木は海軍のブレーントラストとして、京都大学に足場を築くことを目的に京都を訪れた際、、史学教授・鈴木成高博士らに次のような談話を残している。やや長くなるが、川越重男『かくて太平洋戦争は終わった』から引用する。

(前略)『支那事変の不始末は許されないことで、国民の皆様に対して申し訳なくお詫びの言葉もありません』と頭を下げながら、支那事変批判、陸軍批判が鋭い語調で述べられた。支那事変の最中に真正面からこんなに痛烈に事変を批判されることなど予想もしていなかったので、一同はびっくりすると共に、高木さんが我々を信頼しての発言であることに気付き、その懐の深さに打たれた。対米外交についても、軍事機密に関する内容などにも触れながら、その緊迫した情勢を詳しく述べられたあとで『世界のトップリーダー達は、スターリンにしろ、チャーチル、ルーズベルトにしろ、またヒトラーにしろ、背後に哲学と思想を持っている。日本の指導者にはそれがない。唯神がかりの独善主義を振り回すだけである。自国民すら説得できない独断論、独善論でどうして世界を動かす戦争ができるのでしょうか。ひとりよがりの皇国史観でなく客観性を持つ世界史観をぜひ教えていただきたい』と熱意をこめて切望された。

 私達が、まさにそうあってほしいと思っていることをズバリといってのけられたので、ここ数年のモヤモヤがふっきれた思いで爽快感があふれた。支那事変をもてあまして、軍民ともに自信をなくし沈黙しきっている中で、右翼の強がりだけが空まわりして、これからどうなることかと考えている矢先だったので、海軍の考えを聞いて救われたという、実感を、その時はじめて感じた。(後略)

 文中のスターリンは失脚し、ヒトラーは自殺に追い込まれた。いずれも、独裁者に祭り上げられ、自らを失ったためだ。さらに、背後にあった哲学と思想が結果を招いたと言えなくもない。塾頭はここで哲学と思想を「知性」と「悟性」に置き換えてみたい。現在の政治が当時より進んでいると言い切れる人がどれだけいるだろう。

(註)
知性 ①物事を考え,理解し,判断する能力。人間の知的能力。「豊かな-の持ち主」「現代を代表する-」②感覚によって得られた素材を整理・統一して,新しい認識を形成する精神のはたらき。
悟性 〘哲〙①広義には,論理的な思考を行う能力・知力を指していう語。知性。②カント・ヘーゲルでは,さらに理性とも区別される。㋐カントでは,理念の能力である理性と異なって,感性に受容された感覚内容に基づいて対象を構成する概念の能力,判断の能力をいう。
(以上、大辞林 第三版より).

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月 8日 (金)

アメリカ占領政策への誤解

 塾頭が長い間、このブログに書いてきたことだが、右、左を問わず戦後の占領政策にある種の偏見があることを、当時、中・高校生だった体験を通して感じていた。その最たるものが、「押し付け憲法論」と日本人の受け止め方である。

 戦後70年で盛んな議論がなされているが、占領時代を熟知し、日本駐在大使を務めたこともある東洋史学者・エドウィン・O・ライシャワー氏の著書(国広正雄訳)『ライシャワーの日本史』、にある下記の一文が、塾頭の考えにもっともフィットしているので掲げておく。

 アメリカの対日政策は、きびしいがしかし建設的なものであった。この方針の基本となった認識は、復讐と報復をもくろめばいたずらに憎悪と不安を長引かせてしまうしいう自覚、さらに、啓発的な改革をすすめてこそ、はじめて日本は世界平和のかく乱者からその信奉者へと変身するだろうという考え方であった。アメリカはこうした考え方をもとに、アメリカ民主主義の諸制度を日本に移植しようと試みるかわりり、日本人が過去に達成していた民主的な制度、とりわけ「大正デモクラシー」の時代に不完全ながらも育成したイギリス型の議会制度を生かして改革を図ることにしたが、これはまことに賢明な策であった。

追記 8日昼のTV番組で政治評論家・伊藤敦夫が、イギリスの選挙に関連し、日本の戦後2大政党は、イギリスがお手本のようなことを言っていたが、ライシャワー説が正しい。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2015年5月 7日 (木)

花盛り交代の時候

花盛り後退自公⇒交代の時候

Dscf2356


Dscf2353

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月 5日 (火)

安倍首相によいしょか→松下村塾

 「明治日本の産業革命遺産登録候補」のひとつに?。その頃すでに死んでいる人、吉田松陰のどこが関係あるの?。むしろ攘夷の方で有名。以下は、Wikipediaより。あとで訂正はしているが、慰安婦や高島炭鉱どころじゃないよ、朴槿恵(パククネ)さま。

 『幽囚録』で「今急武備を修め、艦略具はり礟略足らば、則ち宜しく蝦夷を開拓して諸侯を封建し、間に乗じて加摸察加(カムチャッカ)・隩都加(オホーツク)を奪ひ、琉球に諭し、朝覲会同すること内諸侯と比しからめ朝鮮を責めて質を納れ貢を奉じ、古の盛時の如くにし、北は満州の地を割き、南は台湾、呂宋(ルソン)諸島を収め、進取の勢を漸示すべし」と記し、北海道の開拓、琉球(現在の沖縄。当時は半独立国であった)の日本領化、李氏朝鮮の日本への属国化、満洲・台湾・フィリピンの領有を主張した。

 これは、言われる前に取り下げた方がよさそう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年5月 4日 (月)

安倍内閣支持層は9条改正に反対?

 塾頭は、マスコミで行う世論調査にあまり信を置かない方だ。以下に見るように質問の仕方などで数字にばらつきがあり、直ちに判断の材料にはならないからだ。憲法改正に賛成か反対かについて、ほぼ賛否が拮抗しており、わずかのポイントの差で、一喜一憂することに意味はない。 
  
憲法改正に    賛成  反対   調査日
----------------------------------------
共同通信     46.7   42.3   4/29 4/30
産経新聞・FNN 40.8   47.8   4/25 4/26
NHK        28    25    4/17~4/19
朝日新聞     43    48     3月(郵送)
毎日新聞     45    43    4/18 4/19
 (毎日新聞以外はハフィントンポストによる)

 ただ、朝日とNHKでは、2014年から反対が増加して賛成とほぼ拮抗する傾向になっていると分析されているが、最も改憲に熱心と思われる産経系の調査が7ポイントの差で改憲反対が多いのが目を引く。公正を期して調査に手を加えていないという証拠であるのかも知れない(笑)。

 もう一つ、毎日新聞は記事の中で、9条に関しては、主要政党の支持層でいずれも「改正すべきと思わない」が「思う」を上回ったとしており、さらに安倍内閣支持層では、9条を「改正すべきだと思う」40%、「思わない」42%、になった書いている。

 これは驚いた。安倍支持者でも9条改正には過半数が反対という数字に、塾頭は、何度も目を疑って確かめた。一喜一憂するわけではないが、これまで選挙で自民党に投票する人は、すべて自民党改憲案に賛成なのだ、という「大いなる錯覚」にとらわれ過ぎていたようだ。

 日米安保ガイドラインはもう約束してしまった。福島瑞穂さん称する「戦争法案」も、多数を誇る与党で通されてしまうだろう。そうすると、9条改憲の筋道が見えてくる。こんな悲観に惑わされないでいいのだ。

 連休明けに、自民党の若手「ハト派」議員らが勉強会を設立する。「歴史修正主義的な過剰なナショナリズムを排し、保守の王道を歩む」と設立趣意書に掲げ、穏健な保守こそ自民党の歩むべき道だと訴えていく構えだ。

 名称は「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」。衆院当選2回の国場幸之助氏、武井俊輔氏(ともに岸田派)、石崎徹氏(無派閥)が発起人代表を務める。ただ、この手の勉強会は、雲散霧消することが多いので過大な期待は持てない。

 本来なら野党第一党である民主党に期待すべき所だが、それができないなら、世論の力で自民党の内部改革を促すしかない。それが決して不可能ではない――という事を世論調査から読んだのだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年5月 2日 (土)

浄土は太平洋に

 先月の25日から4回連続で「大平洋のない日本史」を書いたが、日本史ではペルー来航以前、太平洋が意識の外に置かれているような書き方をした。歴史ではないが、その時、和歌山県・熊野にある補陀落(ほだらく)寺の仏僧渡海伝説が頭の隅をよぎっていた。

 井上靖は、同寺住職・金光坊が、寺伝に従って極楽浄土を求めて太平洋へ乗り出す死出の旅の前後を、小説に書いている。時代は、室町時代半ば、文禄8年(1565)のこととしている。この年、スペイン人がフィリピンを占領しているが、日本人の頭に太平洋の極楽浄土はあっても、フィリピンは念頭になかっただろう。

 補陀落寺は、往古から観音浄土である南方の無垢世界補陀落山上に相対するといわれ、そのために補陀落山に生身の観音菩薩を拝し、その浄土に往生せんと願うものが、この熊野の南端の海岸を選んで生きながら舟に乗って海に出るようになっのである。(出所:井上靖『日本の文学』中央公論社、以下同様)

 そういった慣習が始まったのは貞観11年とされ、大津波で東日本大震災と比較される貞観地震の起きた年であった。以来、補陀落渡海の行われる年は、なぜか自然災害が多い年と重なっているという。

 別に、それが行われる時期や人に決まりがあったわけでなく、金光坊の前の住職が3代続いて61歳で渡海したことがあって、何となく補陀落寺の住職はその年の11月に渡海するものだといった見方が世間において行われるようになっていた。

 金光坊自身は、先輩の渡海を幾人か見送っており、その高潔な人柄や信仰心の厚さ、渡海へのるぎない信念にあこがれを持ち、自分もいずれそういった境地に立てるという事を誇りにさえ思っていた。

 そして、やがてその日その時が近づいてきた。金光坊は、はっきり言って、依然として補陀落渡海する心用意が何もできていない自分を感じていた。しかし、街の衆や各地方の信者の敬慕・信仰は一気に高まり、賽銭を投げる人、戒名を書いて渡す人などで街を歩くことすらできない有様であった。

 当日がやってきた。慣例通り小さな舟に乗せられ、頭から木箱をかぶされて船底に釘打ちされる。いやでも応でも観念せざるを得ない。外海まで舟をこいできた船頭も去った。その夜、嵐がやってきて舟は翻弄され、金光坊は箱をけ破り海に投げ出された。

 夜の明けた頃、金光坊は板子一枚に掴って、綱切島に漂着した。夕刻、送ってきた僧侶たちにが再び舟を用意してきた。若い僧が師の唇から経文ではない何か他の言葉が漏れているらしいのを見てとり、自分の耳を師の口元に近づけた。

 しかし、聞きだすことができず、矢立の筆と紙を差し出した。震える手で綴った文字もやっと判読できるようなものだった。最後の悟りであり、救命の心情を吐露したものである。

 蓬莱身裡十二棲、唯心浄土已心弥陀
 求観音者 不心補陀 求補陀者 不心海

 僧侶たちは長い相談をしていたが、再び急ごしらえの箱が金光坊の上にかぶせられ、舟は潮の中に押し出された。金光坊が多くの信者を裏切る姿は、見せられなかったのである。その後、生身の渡海例はなくなった。

 たったひとつの例外がある。それは、金光坊の最後の心境を聞き取ろうとした若い僧、清源上人の13年後の姿であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月 1日 (金)

70年前の旋律

 前回の「70年前の今⑧」を書いたのち、「さて、その頃オレはどうしてたんだろう?」と思った。天皇の回想と一緒では<畏れ多い>ので、一日おいて書く。

♪おお止み難き若人の
怒りは燃えて振る鎚に
敵撃滅の響きあり
ああ受け継ぎし尽忠の
思いぞたぎる鍬取りて
いざ決戦をしのびなん
学徒我ら学徒我ら
すめら御国と共に生きん

 塾頭恒例の戦時歌謡。歌詞は覚えているものの、誰の作詞、作曲か知らない。題名もわからない。ここに紹介したいのは、歌詞もさることながら、そのメロディーだ。勇ましいどころか、悲痛、絶望その中で逆らえない運命を呪っているようでさえある。

 「70年前の今の」旋律として、そのまま時代にピッタリなのだ。ネットなどで復元方法をご存知の方は、是非聞いてみていただきたい。この歌は、中学の講堂で国語の先生による歌唱指導で知った。

 すでに去年からまともな授業はされていない。したくとも教室は軍隊用の糧秣などで山積みになり入れない。3年生以上の上級生は勤労動員で関東方面に行っている。われわれ下級生は、地元で農作業、松根油用根っこ掘りなどの力仕事だ。

 だから、雨の日にこういった歌唱指導などがあった。たまに艦載機らしい敵機が来たようだが、田舎はのんびりしたものだった。勤労奉仕で大歓迎だったのは、田植えの手伝い。田に入るとふくらはぎにヒルが吸い付き、ひはきはがすと血が流れた。

 ヒルがいる田んぼは地味がいいのだ、と農家に教えられ、昼にはみがきたてたような、真っ白なご飯が山盛りで食べられた。最もきついのが、農地改良のための暗渠排水工事。自分の背丈より高いところへ泥土を投げあげるのだ。

 次いで松の根っこ掘り、木を中心に直径2mほどの所を唐鍬(トンガ)と円匙(エンピ→スコップをこう言いかえた)で穴を掘った。しかし乾留してもガソリンの代わりにはほど遠く、実用にはならなかったようようだ。ほかに山地開墾、防空壕掘りなど。

 滑走路建設で、戦利品のブルドーザーを始めて見た。木の根も1日かかるところこれだと一発だ。街でひそかに流れていたように、「だから日本は負ける」などとも思わなかった。こういったことは、前にも書いた。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »