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2015年5月 1日 (金)

70年前の旋律

 前回の「70年前の今⑧」を書いたのち、「さて、その頃オレはどうしてたんだろう?」と思った。天皇の回想と一緒では<畏れ多い>ので、一日おいて書く。

♪おお止み難き若人の
怒りは燃えて振る鎚に
敵撃滅の響きあり
ああ受け継ぎし尽忠の
思いぞたぎる鍬取りて
いざ決戦をしのびなん
学徒我ら学徒我ら
すめら御国と共に生きん

 塾頭恒例の戦時歌謡。歌詞は覚えているものの、誰の作詞、作曲か知らない。題名もわからない。ここに紹介したいのは、歌詞もさることながら、そのメロディーだ。勇ましいどころか、悲痛、絶望その中で逆らえない運命を呪っているようでさえある。

 「70年前の今の」旋律として、そのまま時代にピッタリなのだ。ネットなどで復元方法をご存知の方は、是非聞いてみていただきたい。この歌は、中学の講堂で国語の先生による歌唱指導で知った。

 すでに去年からまともな授業はされていない。したくとも教室は軍隊用の糧秣などで山積みになり入れない。3年生以上の上級生は勤労動員で関東方面に行っている。われわれ下級生は、地元で農作業、松根油用根っこ掘りなどの力仕事だ。

 だから、雨の日にこういった歌唱指導などがあった。たまに艦載機らしい敵機が来たようだが、田舎はのんびりしたものだった。勤労奉仕で大歓迎だったのは、田植えの手伝い。田に入るとふくらはぎにヒルが吸い付き、ひはきはがすと血が流れた。

 ヒルがいる田んぼは地味がいいのだ、と農家に教えられ、昼にはみがきたてたような、真っ白なご飯が山盛りで食べられた。最もきついのが、農地改良のための暗渠排水工事。自分の背丈より高いところへ泥土を投げあげるのだ。

 次いで松の根っこ掘り、木を中心に直径2mほどの所を唐鍬(トンガ)と円匙(エンピ→スコップをこう言いかえた)で穴を掘った。しかし乾留してもガソリンの代わりにはほど遠く、実用にはならなかったようようだ。ほかに山地開墾、防空壕掘りなど。

 滑走路建設で、戦利品のブルドーザーを始めて見た。木の根も1日かかるところこれだと一発だ。街でひそかに流れていたように、「だから日本は負ける」などとも思わなかった。こういったことは、前にも書いた。
 

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