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2015年4月26日 (日)

大平洋のない日本史②

 アメリカの南北戦争は、1865年に終わった。日本が慶応と改元した年である。アメリカ政府は、早速、「グアノ島法」(リン酸肥料となる海鳥糞採取が目的)を作り、西海岸から太平洋へと目を向けた。

 翌々年にはロシアからアラスカを買収、そこから首飾りのようにアジアの方へ伸びるアリューシャン列島も手に入れた。戦中、日本軍が占領したアッツ島、キスカ島などが反撃を受け、全員戦死して「玉砕」という言葉を生んだ2島を含んでいる。

 また、アメリカはベーカー島など多くの島でグアノ採掘をはじめ、1867年には、ハワイよりさらに西の無人島であったミッドウェー諸島なども領有した。明治改元前にすでに主権拡大競争が始まっていたのである。立憲君主国で、議会まであったハワイを1898年に併合したことは、前回述べた。

 日本はどうだろう。伊豆諸島の続きとして無人島であった小笠原諸島に江戸幕府は目をつけた。1861年に咸臨丸を派遣、開拓に乗り出した。しかし幕末の混乱から中断、明治政府が1875年になってこれを復活させ、翌明治9年に内務省の所管として諸外国に再領有を通達した。

 民間で海洋開発ブームが起きたのは、八丈島と小笠原の中間にある小島・鳥島からである。目をつけたのは八丈島の大工玉置半右衛門であった。繁殖のため島全体が真っ白になるほどやってくるアホウドリである。

 玉置は、労働者を雇ってこれを撲殺させ、羽毛をむしり取って欧米に輸出した。これで巨万の富を得たことにより、財界有名人の仲間入りを果した。鳥島は、漁師の少年・中濱万次郎が遭難漂着、アメリカ人に救出されて後に奇跡的に帰国を果し、日米交渉の幕府通訳として活躍したことでも知られている。

 また、乱獲や大噴火があって同島のアホウドリも絶滅の危機に瀕したが、こうした開発熱は、太平洋はおろか、後述する今中国の進出で話題になっている東・南シナ海にまで及んだ。今回は、日本の最東端・南鳥島(マーカス島)でアメリカと対峙することになり、両国間でつばぜり合いがあったことを述べておこう。

 マーカス島は、大航海時代の1543年、スペイン東洋艦隊によって視認され、その後アメリカ船やイギリス船など多くの船により視認されている。マーカスという名は、アメリカ人宣教師の名からとったものだという。しかし、小さく価値のない島としてかえりみられなかった。

 それが後に次のような経過をたどる。

 1889年、アメリカ商船の船長、ローズヒルが上陸。帰国後アメリカ政府に島の発見と所有権確認を要請。
 1896年、三重県の貿易商水谷真六が偶然発見、上陸。政府の許可を得ずにアホウドリの捕獲を開始した。
 1897年、水谷は、「島嶼発見届」を内務省に、東京府に「借用願」をそれぞれ提出。

 1898年7月1日、閣議を開き、マーカス島は他国が占領したという形跡もなく、すでに水谷が労働者を導入し、家屋を建設、羽毛採取が行われていることをもって「国際法上、所謂、占領の事実がある」とみとめられるとして東京府の所管に決定。

 ところが、上記決定後4年目に大事件が起こる。最初に書いたローズヒルがグアノ会社を組織し、事業開始のためハワイを出港したと、アメリカの新聞イブニング・スターが報じたのだ。以下は、を前掲書(『『アホウドリを追った日本人』)を引用する。

この新聞報道を受けて駐米全権公使の高平小五郎は、外務大臣の小村寿太郎に宛て緊急電報を打電した。アメリカ政府にわが国の南鳥島領有について説明するため、至急、その経緯を通報してもらいたい、さらにハワイを出港したローズヒルにも同様の説明が必要であるとして、すぐに海軍の軍艦一隻を南鳥島に派遣するよう求めたものであった。

 この要請は直ちに行動に移され、海軍きっての最速艦笠置が横須賀を出港した。この軍艦はアメリカから購入した新鋭艦で、ローズヒルの帆船より一足早く着き、目的に沿って日本政府の領有決定に至った経緯などを説明した。

 そして、紛争を回避し、外交交渉にゆだねるようにという在日アメリカ公使からの書簡も手渡した。ローズヒル一行はやむを得ずハワイに帰港、高速性能を持つアメリカ製軍艦のおかげで、かろうじて日本政府は南鳥島防衛に成功したのである。

 憤懣やるかたないローズヒルは、アメリカ政府に所有権を主張し、法的手段や400万ドルの賠償金を要求するよう訴えた。同政府は、これを拒否した。これについて再び前掲書を引用する。

アメリカ政府は島の発見だけで占有を主張することは無理があり、国際法上、先に占拠する「先占」が領有には有効であることを認識していた。駐米全権公使の高平小五郎は、事件発生当初の段階で、たとえローズヒルのマーカス島発見届の提出があっても、アメリカ政府が正式な手続きを行っていないばかりか、同島でアメリカ人が事業を行ったという事実もないことから、アメリカ政府が南鳥島問題に干渉することはないと明言している。

 どうです。帝国主義全盛の時代とはいえ、これが1世紀半も前の世界の良識なのだ。今の日中両国政府、特に領有権問題では中国にその片りんすら見えない。

 「它山之石  可以攻玉」 、他山の石、以て玉を磨くべし。中国古代の格言だ。

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