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2015年4月 9日 (木)

腹腔鏡手術と医の倫理

 群馬大付属病院や千葉県がんセンターで腹腔鏡手術が失敗して死者が多数出たことは、ニュースとしてやや旧聞に属する。再発防止がいろいろ取りざたされているが、その中で、はてな?と思うのは「患者に対するインフォームド・コンセント(説明と同意)が不十分」ということである。

 実は、塾頭、一昨年この手術で結腸がん摘出に成功した体験者である。自分ががん患者になると予測したわけでなし、そういった手法が医術の進歩により可能になった程度の知識しかなかった。

 もちろん医師の説明は受けた。印象はこの方法のメリットだけしか頭に残っていない。全身麻酔を受けるのだ。どんな手術だって不測の事態については説明を受け、承諾のサインもする。仮に、医者の説明がこの手術の失敗例は全国平均で何%、この病院ではそれより高い何%などという説明があればやめようかな、と思うかもしれない。

 素人の患者は、医者の判断に全幅の信頼をおくしかない。ことに緊急を要するものなら他の医師や病院の意見を聞く暇もなければ、どっちの意見が正しいか、など判断する能力もない。そのほかに、項目として「医師の倫理向上」という対策があった。

 これは、具体的にはどうするのかわからなかった。ありました。苦労の末種痘導入に成功したことで有名な、緒方洪庵の12章の訓えである。時はまさにちょんまげ時代、まるで今回の事件を見ていたのではないかと思えるような内容だ。そのくだりを次の3章だけ拾って見た。

一、医の世に生活するは人の為のみ、をのれがためにあらずということを其本旨とす。安逸を思わず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の質廟を復活し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず。

一、其術を行ふに当ては、病者を以て正鵠(的の真ん中の黒い丸)とすべし。決して弓矢とすることなかれ。固執に僻せず、漫試を好まず、謹慎して、眇看細密(わずかのことでも見逃さない)ならんことをおもふべし。

一、治療の商議は会同少なからんことを要す。多きも三人に過ぐるべからず。殊によく其人を択ぶべし。

(百瀬明治『「適塾」の研究』より。カッコ内は塾頭注)

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コメント

緒方洪庵といえば、ドラマ「仁」で武田鉄矢が演じていましたね。まさに「医は仁術」のドラマだと思いました。

勉強はできても徳のない人に、命を預けなければならぬ現代医療の限界を感じます。

病院に行っても、患者の顔を見ないでパソコン画面ばかり凝視して、キーボード打つ早さは長けている医師たち。
プライドばかり高く、患者や家族への高圧的な態度。彼らへの不信感は、現代医療への不信感に重なってきます。

このように思うのも、運が悪かったせいか、多分、私が他の人達より医師から嫌な思いばかりさせられてしまったためかもしれません。
本当は、そんな医師ばかりでないことを願っています。

投稿: 金木犀 | 2015年4月10日 (金) 13時38分

緒方洪庵は、その後徳川幕府の奥医師になったので、同じ「塾」経営者でも、山口県出身の松下村塾・吉田松陰とは違い、当分もてはやされないでしょう。

緒方の適塾出身には長州の大村益次郎がいますが、塾頭の嫌いな人物のひとりです。語録は「上医は国を医し、その次は人を医す」です。

投稿: ましま | 2015年4月10日 (金) 14時50分

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