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2015年4月

2015年4月30日 (木)

70年前の今⑧

 鈴木貫太郎(海軍大将)内閣が成立したのは4月7日。海軍の切り札だった戦艦大和が沈没した日でもある。5月7日にはドイツが無条件降伏し、昭和天皇が無条件降伏やむなしと考えるに至ったのは5月頃と思われる。(『昭和天皇独白録』文芸春秋、より抜粋)

首相推薦の重臣会議
 東条広田は畑を推し、平沼近衛岡田若槻は鈴木[貫太郎]を推した。阿部は朝鮮総督で東京に居なかつた。東条は鈴木が首相になると、平和になりはせぬかと懸念してゐた、木戸はこの際鈴木がよいと云ふので、鈴木に大命を降下した。

 鈴木は却々(抑々=そもそも、か:塾頭注)引受け相にないと云う事だつたが、私がすゝめたら承知した。

陸軍大臣の任命
(前略)話は溯るが、小磯内閣成立(東条内閣→小磯内閣:塾頭注)成立の時、陸相推薦の為、陸軍三長官会議を開いた。

 梅津が山下[奉文]、阿南の二人を推薦した処、東条は山下の果断が東条人事を覆すことを恐れて、之に反対し、自分が留任すると云ひ出した。

 梅津は東条の前首相の事ではあり、小磯も困るであらうと察したので、之に反対し、杉山を陸相にすることに話を附けた。

 杉山自身は大臣になり度くなかつたけれ共、東条を退ける意味で、無理に引受けたのであある。かゝる経緯も有つたのである。(中略)かゝる事情で阿南が杉山の後を受けて鈴木内閣の陸軍大臣になつた。

沖縄決戦の敗因
 之は陸海作戦の不一致にあると思ふ、沖縄は本当は三ケ師団で守るべき所で、私も心配した。梅津は初め二ケ師団で充分と思つてゐたが、後で兵力不測を感じ一ケ師団を増援に送り度いと思つた時には已に輸送の方法が立たぬといふ状況であつた。

 所謂特攻作戦も行つたが、天候が悪く、弾薬はなく、飛行機も良いものはなく、たとへ天候が幸ひしても、駄目だつたのではないかと思ふ。

 特攻作戦といふものは、実に情に於て忍びないものがある、敢て之をせざるを得ざる処に無理があつた。

 海軍は「レイテ」で艦隊の殆んど全部を失つたので、とつておきの大和をこの際出動させた、之も飛行機の連絡なしで出したものだから失敗した。

 陸軍が決戦を延ばしているのに、海軍では捨鉢の決戦に出動し、作戦不一致、全く馬鹿馬鹿しい戦闘であつた、(略)私は之が最后の決戦で、これに敗れたら、無条件降伏も亦已むを得ぬと思つた。(五・六月で沖縄守備隊は全滅:塾頭注)

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2015年4月29日 (水)

大平洋のない日本史④

 シリーズの最後も南シナ海の話となる。90余りの小さな島や広範囲に散在するスプラトリー諸島(南沙諸島)とパラセル諸島(西沙諸島)が、今問題になっている。ここは、太平洋ではないが、中国、ベトナム、フィリピンの中間に位置する南シナ海域の要衝を占める位置にある。

 現在、中国大陸から各国沿岸に沿って舌状に線を引き、その内側に散在する小島に中国が3000メートル級の滑走路や大型船が停泊可能な港湾も建造するなど、海域全体の制覇を目論んでいるとして警戒されている。

 G7の懸念が伝えられ、米太平洋艦隊のハリス司令官は「砂の万里の長城を築いている」と表現し、そしてASANも昨日の首脳会議で懸念の声明を出した。

 これらの島々に目をつけたのも、鳥の羽毛からリン鉱開発に鞍替えしたかつての日本の山師(海師?)どもである。ここは、サンゴ礁が多く、船が近づきにくいなどの困難はあったが、優良なリン鉱に恵まれていた。

 設立されたリン鉱会社は、島のひとつに桟橋を建設、倉庫や鉱夫宿舎を設け、1922年(大正11)年に1133トンを生産、翌23年には9790トンに増加した。しかし、肥料業界の不況などにより1929年(昭和4)の4913トンを最後に採掘を中止し、機材を置いたまま全員この海域から引き揚げた。

 その後釜を狙ったのが、ベトナムを植民地としていたフランスである。フランスは、1933年にスプラトリー諸島領有の宣言をした。これに対し日本政府は、リン鉱会社の占有を盾に強く抗議し、1939年にこの群島を台湾高雄州へ編入した。さらに日本海軍がパラセル諸島(西沙諸島)なども占領、南シナ海全域を支配した。

 こう見てくると、中国の今の行動は不法・暴挙と言いきれない面がある。元来無人で無主の島々を占有し、それを認めて法的に管理したのは、日本統治下にあったといいえ台湾の当局である。ベトナムやフィリピンには、そういった経緯がない。台湾が中国に復帰したからには、それを継承する権利がある、という考えである。

 もっとも、これは塾頭の理屈であり、中国がそう言っているわけではない。それをいうと、日本の帝国主義、侵略行為を認めてしまうことになるからだ。日本が敗戦で後始末をせずにこの地域を単に放棄してしまったことが、いまここに尾を引いているのである。

 領有権問題は、国際法で解釈するしかいい知恵がない。かつて、無人島なら誰が行ってもよくそこで得られる利益には誰も文句を言えない、いわば人類に共通な入会権であるような時代があった。それが国家の成立で、移住とか各種の利権が絡むようになると、領有権の問題が起きる。

 資源や環境の問題もある。一切無所属というわけにはいかない。しかし、それを軍事基地化してはいけない。いままで領有問題で戦争になったケースは多々あるが、話し合いで円満解決したこともまた少なくない。どちらがいいか、これからは冷静に考えた方が勝ちという時代になりつつある。

 これで、このシリーズを終了するが、日本史に太平洋の記述を、ということでここまで来てしまった。アメリカを中心とした乱獲捕鯨、アメリカ、スペインの戦争とフィリピン、ドイツと対戦して日本が得た南洋の委任統治、ビキニ環礁の水爆実験と日本漁船の被曝など、テーマはほかにも沢山ある。

 その中にある教訓が、これから役に立つ日が必ず来ると思わなければならない。

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2015年4月28日 (火)

大平洋のない日本史③

2015_0423c0003_3  琉球王朝を消滅させ、沖縄県としたのが1879年(明治12)、まだアホウドリブームはなかった。沖縄県は版図を確認する意味もあったのだろう、沖縄本島西側の尖閣諸島と東側、大東島諸島など無人島の探検をおこなった。

 尖閣諸島は、沖縄本島南端の糸満村漁民などからかねて認識されていた。県の調査では、あらためてアホウドリの数の多さに驚き、「海鳥の生息のためにあるような島々」と報告している。その結果もふまえ、県は山縣内務卿あてに「沖縄県管轄の標札」を上申した。

 それから、アホウドリブームが本格的になり、同諸島での事業を試みるものが次々に現れた。労働者の置き去り事件なども起き、その管理に手を焼いた沖縄県は1893年まで3回にわたり、「標札」建設の願書を提出している。

 これを閣議にかけたのが1894年(明治27)12月、日清戦争中で緒戦には勝利したが、まだ清国降伏が見えているとまでは言えない時期である。決定は1月に持ち越されたが、決定が延びたのは領有権が清国にあることを意識していたからで、「清国が戦争に敗れ、抗議できないような状態のもとで日本が掠め取った」とする中国側の主張は、考えられなくはないが相当無理な解釈だ。

 講和会議が下関で開かれ、台湾割譲などが決まったのが4月だが、この際も尖閣の話はでていない。清国の全権はベテランの李鴻章で日本側をうならせるほどの力量があった。話は違うが、竹島を島根県が編入した頃の外交権をほぼ失っていた韓国とは、同一視できない。

 以後、はじめて領有権を主張しはじめたのが、75年もたった1970年のことである。そればかりか、同島近辺で遭難した中国漁民の救援活動に対する在日領事館の感謝状など、日本の領土であることを示す先方の資料が豊富にある。

 戦後、どうして突然それを言いだしたか。日本では、国連による1968年の海底調査の結果、東シナ海の大陸棚に石油資源が埋蔵されている可能性があるという推定に触発されたものだとされている。

 その間、中国の当局は、清国、中華民国、中華人民共和国および台湾政権へと変化した。日本も敗戦、占領期、沖縄の復帰などの変化がある。しかし、「日本は日本、中国は中国」という主体に変化はない。

 話を戻すが、敗戦国の清は日本に抗議もできない弱体国になったのだろうか。塾頭はかねがねこれに疑問を持っていたが、やはりそんなことはない、という事実を前掲書(『アホウドリを追った日本人』)の中から見つけた。

 それは日清戦争が終わって台湾が日本領になった後の1901年のことである。南シナ海の台湾に近いブラタス島(東沙島)は、標高が低く面積も狭いので無人島のままであった。そこへも、アホウドリを求める日本人が手をのばした。

 最初に探検隊を派遣したのは、前回紹介したアホウドリ成金、玉置と水谷である。玉置は東京府知事に探検報告書を提出したものの、事業には至らなかった。そこへ出てきたのが御用商人西澤吉冶で、最初から機材や労働者をつぎ込み、西澤島と称して多角的に事業をはじめた。
 
 これを知った清国海軍は軍艦を派遣、事態は深刻化した。日本世論も過激化し、読売新聞は「理由もなく占領を放棄すべきではない」などと報道した。両国は外交交渉に入ったが、台湾に付属しない同島は古来清国領であり、西澤の事業は関知する所ではないとする清国側の主張に分があることは、動かせなかった。

 こうして、東沙島の清国領であることを認め、この事件は西澤の投資額の一部を補償するというような形で日本側が撤退することになった。孫文革命の直前にあって弱体化したとはいえ、清国にはまだこれだけの外交力がある。中国が尖閣に75年も抗議できなかったというのは、不思議な話である。

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2015年4月26日 (日)

大平洋のない日本史②

 アメリカの南北戦争は、1865年に終わった。日本が慶応と改元した年である。アメリカ政府は、早速、「グアノ島法」(リン酸肥料となる海鳥糞採取が目的)を作り、西海岸から太平洋へと目を向けた。

 翌々年にはロシアからアラスカを買収、そこから首飾りのようにアジアの方へ伸びるアリューシャン列島も手に入れた。戦中、日本軍が占領したアッツ島、キスカ島などが反撃を受け、全員戦死して「玉砕」という言葉を生んだ2島を含んでいる。

 また、アメリカはベーカー島など多くの島でグアノ採掘をはじめ、1867年には、ハワイよりさらに西の無人島であったミッドウェー諸島なども領有した。明治改元前にすでに主権拡大競争が始まっていたのである。立憲君主国で、議会まであったハワイを1898年に併合したことは、前回述べた。

 日本はどうだろう。伊豆諸島の続きとして無人島であった小笠原諸島に江戸幕府は目をつけた。1861年に咸臨丸を派遣、開拓に乗り出した。しかし幕末の混乱から中断、明治政府が1875年になってこれを復活させ、翌明治9年に内務省の所管として諸外国に再領有を通達した。

 民間で海洋開発ブームが起きたのは、八丈島と小笠原の中間にある小島・鳥島からである。目をつけたのは八丈島の大工玉置半右衛門であった。繁殖のため島全体が真っ白になるほどやってくるアホウドリである。

 玉置は、労働者を雇ってこれを撲殺させ、羽毛をむしり取って欧米に輸出した。これで巨万の富を得たことにより、財界有名人の仲間入りを果した。鳥島は、漁師の少年・中濱万次郎が遭難漂着、アメリカ人に救出されて後に奇跡的に帰国を果し、日米交渉の幕府通訳として活躍したことでも知られている。

 また、乱獲や大噴火があって同島のアホウドリも絶滅の危機に瀕したが、こうした開発熱は、太平洋はおろか、後述する今中国の進出で話題になっている東・南シナ海にまで及んだ。今回は、日本の最東端・南鳥島(マーカス島)でアメリカと対峙することになり、両国間でつばぜり合いがあったことを述べておこう。

 マーカス島は、大航海時代の1543年、スペイン東洋艦隊によって視認され、その後アメリカ船やイギリス船など多くの船により視認されている。マーカスという名は、アメリカ人宣教師の名からとったものだという。しかし、小さく価値のない島としてかえりみられなかった。

 それが後に次のような経過をたどる。

 1889年、アメリカ商船の船長、ローズヒルが上陸。帰国後アメリカ政府に島の発見と所有権確認を要請。
 1896年、三重県の貿易商水谷真六が偶然発見、上陸。政府の許可を得ずにアホウドリの捕獲を開始した。
 1897年、水谷は、「島嶼発見届」を内務省に、東京府に「借用願」をそれぞれ提出。

 1898年7月1日、閣議を開き、マーカス島は他国が占領したという形跡もなく、すでに水谷が労働者を導入し、家屋を建設、羽毛採取が行われていることをもって「国際法上、所謂、占領の事実がある」とみとめられるとして東京府の所管に決定。

 ところが、上記決定後4年目に大事件が起こる。最初に書いたローズヒルがグアノ会社を組織し、事業開始のためハワイを出港したと、アメリカの新聞イブニング・スターが報じたのだ。以下は、を前掲書(『『アホウドリを追った日本人』)を引用する。

この新聞報道を受けて駐米全権公使の高平小五郎は、外務大臣の小村寿太郎に宛て緊急電報を打電した。アメリカ政府にわが国の南鳥島領有について説明するため、至急、その経緯を通報してもらいたい、さらにハワイを出港したローズヒルにも同様の説明が必要であるとして、すぐに海軍の軍艦一隻を南鳥島に派遣するよう求めたものであった。

 この要請は直ちに行動に移され、海軍きっての最速艦笠置が横須賀を出港した。この軍艦はアメリカから購入した新鋭艦で、ローズヒルの帆船より一足早く着き、目的に沿って日本政府の領有決定に至った経緯などを説明した。

 そして、紛争を回避し、外交交渉にゆだねるようにという在日アメリカ公使からの書簡も手渡した。ローズヒル一行はやむを得ずハワイに帰港、高速性能を持つアメリカ製軍艦のおかげで、かろうじて日本政府は南鳥島防衛に成功したのである。

 憤懣やるかたないローズヒルは、アメリカ政府に所有権を主張し、法的手段や400万ドルの賠償金を要求するよう訴えた。同政府は、これを拒否した。これについて再び前掲書を引用する。

アメリカ政府は島の発見だけで占有を主張することは無理があり、国際法上、先に占拠する「先占」が領有には有効であることを認識していた。駐米全権公使の高平小五郎は、事件発生当初の段階で、たとえローズヒルのマーカス島発見届の提出があっても、アメリカ政府が正式な手続きを行っていないばかりか、同島でアメリカ人が事業を行ったという事実もないことから、アメリカ政府が南鳥島問題に干渉することはないと明言している。

 どうです。帝国主義全盛の時代とはいえ、これが1世紀半も前の世界の良識なのだ。今の日中両国政府、特に領有権問題では中国にその片りんすら見えない。

 「它山之石  可以攻玉」 、他山の石、以て玉を磨くべし。中国古代の格言だ。

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2015年4月25日 (土)

太平洋のない日本史①

 本塾恒例の、戦時歌謡からテーマに入る。

♪海の民なら 男なら
みんな一度は あこがれた太平洋の 黒潮を
共に勇んで 行ける日が
来たぞ歓喜の 血がもえる
(太平洋行進曲・昭和14年)

 「のらくろ」より古い「冒険ダン吉」という人気マンガもあった。小学生そこそこのダン吉が海の冒険で、南の島に漂着、王様になるという筋だ。腰みのひとつの裸で、王冠をかぶった可愛い姿で活躍する。

 日本人を海洋民族と定義し、海洋資源の宝庫に囲まれなどという概念は、開発利益獲得を追い求める当時の民間人が主導したものだ。明治中ごろから昭和にかけて、まさに冒険ダン吉の夢の時代が存在したのである。

 最近、中国が尖閣列島をうかがい、海軍が海峡を抜けて太平洋で訓練し、漁民は大挙して小笠原近海まで来てサンゴを密漁する。日本にとっては、なにか庭先を荒らされたような気がするだろうが、抜け落ちた太平洋の日本史をしっかり持っておく必要があるのではないか。

 塾頭は、日本史は先史時代から現代までなじんできたつもりだが、海外といえば東の方ばかりで太平洋がすっぽり抜け落ちている。その面で啓発を受けたのが、最近刊行された平岡昭利『アホウドリを追った日本人』岩波新書(2015/3/20)からである。その中から知らなかった史実も含め書き進めてみたい。

 日本史上太平洋関連の大事件はペルーの艦隊来航・開国要求が最初で、開国後になって冒険ダン吉の時代、第一次大戦後の南洋委任統治、日本では、あえて「大東亜戦争」といった太平洋戦争があり、直近では天皇・皇后のパラオ諸島訪問があった。

 太平洋戦争は、戦史としてのまめられたものはあるだろうが、太平洋という面としての観察はあまりないように思える。沖縄戦の位置づけを含め、自虐史観だとか東京裁判史観などを越えた巨視的な史観が有ってもいいのではないか。

 最初に年表を手繰っていて気がついたのだが、アメリカのハワイ併合(1898)から、日韓併合(1910)まで、わずか12年しか隔たっていない。日本の東と西でおきたことを対比する議論はあまり聞いたことがないが、その結果をどう評価するのか。韓国以上に露骨な「植民地支配」だつたハワイは、今でもアメリカ領が続く地上の楽園だ。戦争に勝ったか負けたかでこれだけの差がある。

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2015年4月24日 (金)

日米ガイドラインが曲者

 前々回「瑞穂ちゃん頑張れ!!」を書いた。安倍首相が福島瑞穂氏の国会質問で、「戦争法案」と表現したことに安倍首相がいちゃもんをつけた件だ。

 塾頭もそうだがフツーの人なら、自衛隊イラク派遣の際もそうだったけど、集団的自衛権にしろ安保法制化の議論にしろ、「これって、憲法違反じゃないの」と思う。フツーの人だけでなく、専門家にだってそう考える人がすくなくはない。

 それを通してしまう曲者が法律ではなく、「日米ガイドライン」なのだ。日本語では「日米防衛協力の指針」という。これが27日に決まってしまうのだ。これまで、いろいろ議論もされてきた、世界中どこでもできる後方支援(弾薬輸送なども含まれる)や、アメリカ向け大陸間ミサイルの撃墜など、憲法9条をどう逆立ちして読んでも、許されないことをしようというくだりがある。

 アメリカでは、2+2(日米双方の外務・防衛担当閣僚)が中味を確認して成文化する。そして、連休中に訪米する首相が首脳会談でオバマに会い、これを確認するわけだ。

 もちろん、日本でも国会で法制化しなければ効果を発しない部分がある。政権側ではこんな風に言うに決まっている。

 この中身は、時間をかけて日米両政府で検討を重ねてきたものだ。そして、両国首脳が確認し合ったものだ。日本の国内法よりズット重みがある。もちろん憲法違反にならないようこまかいところに留意しているが――と。

 ちょうど16年前の今日だが、民主党の枝野幸男氏が、その公式政策発信サイトでこのように言っている。

ガイドラインというのは政策判断として非常に難しい問題で、なかなか悩ましいテーマです。私はいつも明確に話をしたいと思っているのですが、は今日は歯切れがわるく聞こえるかもしれません。

 要するにガイドラインは必要だが、あらゆる事態を想定することは困難で、不明確になっていることがまだまだある。という趣旨である。つまり民主党では国会でこれを阻止しきれないという告白だ。鳩山元首相が「学べば学ぶにつけ」と言って、普天間県外移設を投げ出したのに似ている。

 そうすれば、何を頼りにすればいいのか。これら法律が憲法違反だとする最高裁判決を出してもらうしかない。しかし、これまでの例から見て最高裁が希望するような判決を出すとは限らない。

 また、違憲判決が出たらでたで、安倍首相は「だから憲法を改正しましょうよ」というにきまっている。選挙が如何に大切かということである。

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2015年4月23日 (木)

安倍つぎはぎ語録

 このところずーっと首相発言をくさし続けている。決していい気分はしないので、そろそろ打ち止めにしたいのだが、国の将来にもかかわりかねないと思うと、詮索しつづけるしかない。しかし、褒めておきたいこともある。

 「過去の首相談話をそのまま繰り返す考えはない」、当然だ。 まして、外国の注文通りに首相談話を出す国がどこにあるだろうか。韓国の駐日大使は、村山談話なある「侵略」「植民地支配」「反省」3つのキーワードが必要だとし、韓国外交部も、今回おわびの言葉がないと批判しているようだ。

 中国の習主席とは、22日のアジア・アフリカ会議(バンドン会議)60修記念首脳会議を機会にやっと会談にこぎつけた。そこで首相が行った演説の中味に触れ、1955年のバンドン会議で採択された国際紛争に関する2原則「侵略または侵略の脅威、武力行使によって他国の領土保全や政治的独立をおかさない」という点と、第2次大戦への「深い反省」を表明したようだ。

 首相は、かねて「侵略の定義は国際的にも学問上も定まっていない」という主張だったはずだ。だから自分の言葉としてではまずいから、60年も前のバンドン会議で定めた原則から引用し、つくろったのだろうか。そして大戦への反省も言っているが、なにを反省するのかもはっきりしない。

 お詫びをしないので、もしかして「戦争に負けたことを」反省しているのかも知れない。これを福田元首相や山口公明党党首が言ったのなら、まだ素直に受けとられるだろう。靖国神社の春の例祭に、「内閣総理大臣安倍晋三」とでかでかと書かれた真榊献納し「あれは私費によるもの」というが、それなら肩書は外すべきなのだ。

 そういつた、つぎはぎだらけの安倍語録は、いずれ破たんする。中国は韓国より大人だからそこまでは言わないかもしれない。しかし、日本国民は憲法のためにも、破たんさせなくてはならない。

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2015年4月21日 (火)

瑞穂ちゃん、頑張れ!!

 以下、1週間ほど前に書いた「積極的平和主義は不当表示」の書き出しである。

 安倍首相は、国会の答弁に窮すると、「そういったレッテル貼りは……」というようなことをよく言う。そのレッテル貼りの名人は、ご自身・安倍首相をおいてない。「アベノミクス」は、自らの名を冠したレッテルだが、公的な場で口にすることをはばからない。

 1日の参院予算委員会での社民党・福島瑞穂氏の「安倍内閣が、14本から18本以上の戦争法案を出すと言われている」という発言に対しても、「レッテルを貼って議論を矮小化していくことは断じて甘受できない」と答えた。

 そこへ今度は、自民党が「不適切と認められるような言辞があった」として修正を求め、更に同党の堀井巌・予算委理事が福島氏に会って、「戦争法案」との表現を修正するように要求したという。

 福島氏はこれを断乎拒否した。当然である。朝日新聞は、「昨今の自民党の行状が目にあまる」という社説を21日付で書いた。毎日新聞も今日の記事にしている。それより前の国会で福島氏は同じ表現で発言しているが、その時は問題にされていない。

 今ごろまでこれが尾をひいているのは、多分、安倍首相の強い指示があったのだろう。本塾はかつて福島党首の時代、党消滅の危機をどうする、という個人攻撃をしたことがあるが、ここは、瑞穂ちゃんの本領を発揮して頑張り通し、あえて挑発もしてほしい。

 民主にしろ共産にしろ、そういう楢崎弥之助さんのような論客がいなくなったからだ。失言でも誤解でもない。これを取り消すということは、言論の自由・表現の自由を侵すことになる。ましては、発言の責任を問われない国会議員だ。「目にあまる」どころでない。民主主義や憲法の破壊行為そのものと言っていい。

 瑞穂ちゃんが頑張り通すことで、低調な世論に火をつけ、自民の理不尽が表面化するばかり。安倍ちゃんは返り血を浴びることになる。「矮小化」というのも、日本語を誤まって使っている。これを言いたいのなら「過大化」ではないか。

 矮小化というなら「集団的自衛権」や「積極的平和主義」の方がよほど当てはまる。いずれにしても、このところ政治の「矮小化」が極限化している。冒頭に引いた「積極的平和主義は不当表示」の安倍内閣に対する結語をもう一度使おう。

 「子どもによくある現象だ」。

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2015年4月20日 (月)

米軍、ウクライナに到着

 毎日新聞(4/20)は、AP通信を引いて「ウクライナの内務省部隊に対する訓練を目的に、米軍第173空挺旅団の約300人が17日、駐留先のイタリアからウクライナに到着した」と伝えた。

 「遠いところからご苦労さん」でいいのだろうか。当塾が例に引くメルケルさんの徹夜の努力、ウクライナ、ロシア、ドイツ、フランスの首脳による和平交渉、つまりミンスク合意を反故にしようという動きではないか。

 いろいろの報道を突き合わせてみると次のようなことだ。ヨーロッパとロシアは、これ以上の戦火拡大をなんとか食い止めたい。しかし、実際に衝突や内戦が絶えないのは、極右勢力「右派セクター」の旗を掲げ、ウクライナ政府の支持を受ける雇い兵や現地の義勇軍、片や現地ロシア人が独立をめざして蜂起した格好の武装組織と、ロシアから潜入した義勇兵による、ということらしい。

 ロシアは、正規軍の介入があるという欧米側の非難を否定しているが、国境に大軍を控えさせ、有形無形の圧力をかけているのは事実だろう。両者の違いは、アメリカやこれに同調しているというカナダやイギリスが海を隔てているのに対し、ロシアは国境を接しているということと、そこに同一民族が多数暮らしているかいないかの差である。

 塾頭は、クリミア半島で問題が起きた時、ロシアが国際世論を気にしながら控えめな立場をとっていたことから、ロシアの肩を持った。なにも「左翼」だからではない。「反戦塾」として、戦争はどうして起きるかを日頃考えているからである。

 戦争の原因のひとつに「介入」があることは、すでに何回か触れた。日本が負ける戦争に首を突っ込んだのは中国大陸への「介入」がもとだ。第2次大戦後の戦争は、ほとんど米ソが中心の「介入戦争」だつた。

 海を越えて戦争をしかけても、莫大な損害に見合う国益はなかった。アメリカもようやくそれに気がつき始めている。しかし、共和党中心にした勢力は、オバマにあくまで一極主義を維持させようとしている。

 「海を越えて武力行使をしてはならない」、これが当塾の改憲案である。安倍政権の集団的自衛権行使容認では、「地理的概念をなくし」、「国の存立を危うくする」などとの理屈はどうにでも後付けできる理由で、地球上のどこへでも他国と共同作戦がとれるようにするのとは、真っ向から対立する。

 安倍構想によれば、ウクライナまでもでかけるようなことになりかねない。いま、多くの国民に知ってもらいたいことだ。
 

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2015年4月18日 (土)

反戦塾乗15/4/18

梨の花の花言葉は和やかな愛情

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白い塔と梨の花

 最近の小鳥は、にぶくなったというか人を恐れない。カラスやキジバトはともかく、スズメでさえ20cmも離れてないところを通ったのに飛び立たなかった。あるいは「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」の類で小雀か。

 小学生の頃は、ゴムひもをY字形にして石を飛ばすパチンコ。中学生にもなると空気銃で鳥を狙った。そんな悪童がいなくなって、ややのんびりしているように見える。

 「え?、最近の悪童は友達を殺す?」。世も末じゃ。

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2015年4月17日 (金)

一極から多極の時代へ

 とうとうアメリカは孤立した。ついて行けば間違いないと信じて疑わない日本。続くと思っていたイギリス、フランス、それに有力な同志のはずのドイツも離れた。東南アジアをはじめ、韓国も中国についた。最後のよりどころオーストラリアまで参加を決め、57カ国の大陣容になった。

 気がついたら主要国で加わっていないのはアメリカと隣のカナダ、それに日本だけ。中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)のことだ。

 ウクライナ東部の親ロシア派と西欧寄りの政府軍の内戦状態は、経済制裁強化をかざすアメリカをしり目に、ドイツのメルケル首相らがロシアと交渉、停戦に持ち込んだ。中東ではシリア、イラクの内乱、そこへ突如として湧き出したのが新種の過激派イスラム国。

 手に負えなくなったアメリカは、イスラエルや湾岸王制諸国支援から、ならず者国家だったはずのイランを、中東の極として抱き込むことに変えた。足元米大陸では中南米諸国の離反をキューバとの歴史的和解で、米州機構再構築の新たな要にしようとしている。

 アメリカ自身も世界の趨勢を知っていればこそ、距離をおくものの多極化に足を踏み込まざるを得なくなった。多民族国家アメリカには世界最強の国、一極支配する国という捨てがたいナショナリズムがある。これに、共和党議員だけでなく、民主党の一部も加担してオバマの足を引っ張る。

 福田元首相をはじめ、自民党、官僚、経済界の中にもこれに気がついている人は、すくなくないようだ。安倍首相はどうしてこう能天気なのだろうか。いや、気がついていてもいまさら変えるわけにはいかず、余計に突っ張るということなのか。

 子どもによくみられる風景に似ている。

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2015年4月15日 (水)

積極的平和主義は不当表示

 安倍首相は、国会の答弁に窮すると、「そういったレッテル貼りは……」というようなことをよく言う。そのレッテル貼りの名人は、ご自身・安倍首相をおいてない。「アベノミクス」は、自らの名を冠したレッテルだが、公的な場で口にすることをはばからない。

 「積極的平和主義」、これもレッテルだ。今どきの商品は、レッテルの意味が分からなくても、中身の詳細な表示が必ずついている。首相の使うレッテルにはそれがない。首相の貼ったレッテルなら間違いないだろう、と、中を確かめないで買ってはいけない。

 おれおれ詐欺と同様に疑ってかかった方がいいのだ。首相の使う「積極的平和主義」は、このブログでも数回使ってきた。そのたびに、意味は?、中身は?ということが気になっていた。そこで調べてみると、2013年12月17日に国家安全保障会議及び内閣の閣議で決定された中に、この文言がでてくるらしい。

 もちろん研究者の間ではその前から使われている。うかつながら、塾頭の蔵書に伊藤憲一『新・戦争論、積極的平和主義への提言』新潮新書、というのがあったのを見過ごしていた。2007年9月刊行である。気がつかなかったのは、何故だろう。

 同書の帯にこうある。

”戦争のない歴史がはじまる”
 戦争観の分野でいま起っている変化こそは、人類の歴史が始まって以来最大、最重要の変化と言って、言い過ぎではないのです。あの戦争の記憶の呪縛を越えて、二十一世紀世界においておいて起りつつある戦争の意味の変化を理解しなければ、日本は国際社会の王道を進むことはできないでしょう。

 塾頭も似たようなことを言っているのはすでに御承知の通り。何ら反対する中味ではない。そして最後の章には、

 一極体制下における米国のあり得べき横暴に対して、世界不戦体制はどのような「抑制と均衡(checks and balances)」の構造を持つべきか、その制度化が意味をもつと思います。もっと国際連合の機能を強化すべきなのかもしれませんし、日本やイギリスなどの同盟国の米国に対する助言や同意の重みを増すような工夫も必要なのかもしれません。

とあり、これなど、塾頭の主張そのままといっていい。ところが、同じ章のすこし前に、”イラク戦争は「戦争」ではない”という項目を設け、例のブッシュ大統領がニセ情報でイラクに侵攻し、政権を維持していたサダム・フセインを拘留・刑死させた戦争、それを戦争ではなく、「対イラク軍事制裁」と表現している。

 これは、アメリカでさえ通用しそうもない詭弁だ。戦闘機や戦車を動員して全土を制圧、アメリカの肝いりで選挙を行った。その結果、シーア派支配の政権ができたものの安定せず、現在イスラム国(IS)との内戦でアラブ中を大混乱に落とし入れている。これを軍事制裁の成果とするのだろうか。

 同書の著者のいう「世界不戦体制」は、第一次大戦後の国際連盟、第二次大戦でできた国際連合、いずれもアメリカの主導があってできた、たしかに時の大統領のリーダーシップが大きく寄与したことは事実だ。

 しかし、そういったスキームを無視したり破ってきたのもアメリカだ。著者は、戦争が禁止されている現在、世界の平和を守るためには警官の役割を果たすための一極体制が必要、ともいう。イラク戦争を無理して「戦争」と言わない理由だ。

 世界の警察官としてのアメリカが必要ということだろう。そのアメリカにも、いろいろな人がいる。無抵抗な黒人を簡単に射殺してしまう「警官」だっているのだ。警察官が間違いを起こさないという保証は何もない。

 また著者は、「多極体制」には戦国時代再来の危険があるという。念頭に中国・北朝鮮など核保有国の増大があるということらしい。また、北方領土問題を、国家間の不当・不法な現状と定義し、

 究極的な正義を実現するかという問題こそは、不戦時代の人類の背負う最大の問題であるというべきかもしれません。不戦という言葉は、「現状肯定」と同義語ではないはずだからだです。

とする。そうすれば、どうすればいいのか。巻末にはこうある。

 いつまでも戦争時代の記憶にとらわけていて、「世界で戦争をする国にはさせません」と言い続けていては、この不戦時代の現実が見えてきません。戦争が違法化され、犯罪行為と同一視されるようになった不戦時代の現実を直視するならば、「この町は犯罪を許しません」と言って立ち上がることこそが、市民の立場であるべきなのです。

 冒頭の「帯」と見比べてほしい。巻末近くにわずかに出てくる結論と、どうしてこれがつながるのだろう。頭の悪い塾頭にはさっぱり分からない。必要な所に付箋をつけながら、しっかり読み取ろうとしたが失敗した。

 同書の著者は、日本会議の要職にあるようだから、首相の考えと無縁ではないだろう。集団的自衛権の飾りつけにしたかったのかも知れないが、それとも直ちに結びつかない。そういったあいまいさがいいのだとする論者もいるようだが、もってのほかだ。

 「積極的平和主義」の正体を知りたくて始めた作業だが、同書では到底理解できない。。羊頭狗肉というか木に竹を接いだような中身にがっかりした。レッテルと中味の違う不当表示、でないにしても、「積極的平和主義」はすでに「賞味期限切れ」というレッテルを貼っておくことにしよう。

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2015年4月13日 (月)

統一地方選と政党への影響

 投票率の低さをはじめ、昨日の選挙結果は、まず予想通りだった。国政を占うという点では、道府県議選が最も参考になる。首長選は、今回の結果を見ても、政党間の激突という構図にならないケースが多い。

 主な候補者が政党を看板に掲げて戦う地方選は、道府県議選が一番で、続けて行われる市町村議会の議員選挙も、公明、共産をのぞきあえて中央の政党を名乗らない傾向がある。狭い地域からまんべんなく票を集めるにはその方がいいからだ。

 予想通りと言ったが、やはり目立つのが民主の凋落と共産の躍進である。

民主 前回 346 今回 264 -82
共産     80      111 +31
公明     171     169 -2
(無投票当選者を含む。数は「毎日」)

 その他は、みんなの党や大阪維新の会など比較できない党はのぞき、現状維持とか善戦といっていい。共産党は衆院選に続き躍進といってもいいだろう。しかしこの先伸びるかどうかは疑問である。民主絶望組を吸収するるためには、党員中心の党から脱皮し、党名を変更するぐらいの決断が必要になろう。

 もうひとつ気になるのが公明だ。選挙準備のため国会審議の日程まで配慮し、同党独特の人海戦術が功を奏するのかと思っていた。惨敗とは言えないにしても共産党との差はショックに違いない。集団的自衛権その他、政権党へのすり寄りに支持者がNOを示したのではないか。執行部の苦悩はまだ続く。

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2015年4月12日 (日)

ブログ開設10年目

 今日12日で、ブログを始めてから10年目になる。去年の暮頃、「来年は戦後70年、このブログも10年」で、その日が来たら10年を振り返って何を書こうかなどと思っていた。

 ――どうも気が進まない。10年「反戦」の旗を掲げながら、事態は改善どころか、猛スピードで悪化している。祝ったり記念したりすることなどあろうはずがない。しかし、塾頭は楽観主義者である。塾頭が生まれた頃よりはましではないかと。

 なぜならば、主権在民の平和憲法がまだ生きている。右翼が自衛隊にクーデターを起こさせるような機運も力もない。天皇・皇后は、周りも驚くほど「反戦」行脚に精をだす。国民も過半数は9条改憲に反対だ。

 このところ書き続けているように、世界は何十年に一度あるかないかの大転換を遂げる足音がする。「年寄りに先のこと何がわかるか――」。70年、80年。激動する世界や社会をこの目で見てきたからわかるのだ。

 あと10年のうちに「反戦塾」を改題しなければならない日が来る。それを信じて小鳥のようにこれからもさえずり続けよう。――これだけしかない。

 あっそうだ!。地方選の投票日だった。

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2015年4月10日 (金)

監督責任裁判

♪1 てんてんてんまり てん手まり
  てんてん手まりの 手がそれて
  どこからどこまで とんでった
  垣根をこえて 屋根こえて
  表の通りへとんでった 
  とんでった

 2 表の行列 なんじゃいな
  紀州の殿さまお国入り……

 放課後の小学校校庭でサッカーの練習をしていた少年のけったボールが裁判になった件。
 無罪にはなったが、少年の親の監督責任が問われ、1000万を超える賠償請求で最高裁まで行った。

 西条八十作詞の上の童謡の続き(因果関係)はそんな野暮なことにはならない。殿さまに抱かれた手まりは、豊かで美しく実る紀州のみかんになったらしい、というほのぼのとした結末だ。

 サッカーボールの因果関係は次のようなものである。

1、少年のけったボールはゴールの上を越え、校庭の閉じられた約1.3mの門扉を越え、幅約2mの側溝の橋をころがって、公道に出た。

2、そこへ80代の男性が運転するバイクが通りがかり、よろけて転倒した。

3、骨折した男性は、寝たきりとなり、約1年半弱で死亡した。

 ここまでは新聞にでている。前回は腹腔鏡手術と死亡者の因果関係を書いたが、この件についても突っ込んだ情報がなく、やや疑問を感じたままだった。ところが、今日の昼前のテレビ・ワイドショーの弁護士コメンテーターが次のようなことを追加した。

4、男は入院後認知症にかかった。

5、死因はのどをつまらせて起こした肺炎による。

  現場にはいなかった少年の親との因果関係は、ますます遠い。塾頭は、70歳代で自動車の運転免許を返上した。車検や車の買い替え時期などという事情はあったが、視野がわずかに狭くなったことと、とっさの動作がややにぶくなったという自覚はあった。

 個人差や車の必要性など、一様には言えないが加害者の親の監督責任もさることながら、被害者周辺の安全運転勧告責任、加療責任、介護責任もあるのではないかと思った。被害者の正確な年齢や上の4、5が報じられないのは、個人情報ということなのだろう。

 半端な情報秘匿が、国民の判断を誤まらせることになりかねない、ということの一例になるかも知れない。

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2015年4月 9日 (木)

腹腔鏡手術と医の倫理

 群馬大付属病院や千葉県がんセンターで腹腔鏡手術が失敗して死者が多数出たことは、ニュースとしてやや旧聞に属する。再発防止がいろいろ取りざたされているが、その中で、はてな?と思うのは「患者に対するインフォームド・コンセント(説明と同意)が不十分」ということである。

 実は、塾頭、一昨年この手術で結腸がん摘出に成功した体験者である。自分ががん患者になると予測したわけでなし、そういった手法が医術の進歩により可能になった程度の知識しかなかった。

 もちろん医師の説明は受けた。印象はこの方法のメリットだけしか頭に残っていない。全身麻酔を受けるのだ。どんな手術だって不測の事態については説明を受け、承諾のサインもする。仮に、医者の説明がこの手術の失敗例は全国平均で何%、この病院ではそれより高い何%などという説明があればやめようかな、と思うかもしれない。

 素人の患者は、医者の判断に全幅の信頼をおくしかない。ことに緊急を要するものなら他の医師や病院の意見を聞く暇もなければ、どっちの意見が正しいか、など判断する能力もない。そのほかに、項目として「医師の倫理向上」という対策があった。

 これは、具体的にはどうするのかわからなかった。ありました。苦労の末種痘導入に成功したことで有名な、緒方洪庵の12章の訓えである。時はまさにちょんまげ時代、まるで今回の事件を見ていたのではないかと思えるような内容だ。そのくだりを次の3章だけ拾って見た。

一、医の世に生活するは人の為のみ、をのれがためにあらずということを其本旨とす。安逸を思わず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の質廟を復活し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず。

一、其術を行ふに当ては、病者を以て正鵠(的の真ん中の黒い丸)とすべし。決して弓矢とすることなかれ。固執に僻せず、漫試を好まず、謹慎して、眇看細密(わずかのことでも見逃さない)ならんことをおもふべし。

一、治療の商議は会同少なからんことを要す。多きも三人に過ぐるべからず。殊によく其人を択ぶべし。

(百瀬明治『「適塾」の研究』より。カッコ内は塾頭注)

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2015年4月 8日 (水)

政治家劣化は末期的

 毎日新聞の今日の社説に「国会議員の深刻な劣化」があった。本会議をズル休みして飲み歩いていたとか京都に旅行していたと言われ、維新から除名された女性議員。それに、不倫交際や病院でタバコを吸っていた現場を見咎められという、自民党農林政務官のあきれた非常識を取り上げたものである。

 今日、新聞と共に県議選の選挙公報が配達されてきた。塾頭の選挙区では、自民2人、公明、共産、維新、無所属各1の現役が立候補、民主党だけが新人を立てた。落選するのは1人だけである。

 自民の現役は、森田健作知事が音頭をとったのか全員日本会議の会員だそうだ。反戦を公報で触れたのは共産だけ。公明・共産は組織票もあり当確だろうから、新人の民主が当選し、自民のうち1人がはじき出されれば、塾頭としては最善である。

 ところが、民主党にもこんな(とんでも)記事が出た(前掲紙4/7県西北版)。

 安倍首相とのツーショット写真をビラに使ったとして、県議選の民主党公認候補を、同党県連が口頭で厳重注意したことがわかった。
 
 県連や候補者によると、ビラは県議選告示前の3月に発行。民主の公認を得たなどと記載し、安倍首相と握手している写真が載っている。支援者向けに数十部が配られたという。候補者は県内の元市議で、市議会議長を務めていた時に首相官邸を訪れ、撮影した。

 候補者は「議長という所属党派を超えた立場で仕事をしていた際の活動報告として載せたが、自民党政権に賛同しているように受け取られかねないと反省した」と述べた。

 いいわけも、省略しないよう全文を引用したが、握手はいい。それを選挙に利用できると考えた神経だ。幸い塾頭の地元候補ではなさそうだが、今日は、収賄罪で摘発され被選挙権がない無所属候補を千葉選管が受け付けてしまい、立候補取り消しになるなどのニュースがある。

 ッタク~bearing。さすがの塾頭も選挙をボイコットしたくなるよ!!。

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2015年4月 7日 (火)

井の中の蛙外交

 塾頭の情報源は、正直なところ購読している毎日新聞、インターネット、それに時たま目にするテレビしかない。新聞離れが進んでいるそうだが、素早く、世界から身近な生活情報まで一覧できる新聞の利便性は他のメディアの到底及ぶところではない。

 今日の記事は、前回と、その前編である「中国はどこまで脅威か」を裏付けるタイトルが満載の、今日付毎日新聞を紹介しよう。ぜひ当塾記事に併せてご覧いただきたい。まず、国際面。1ページだけでこれだけある。

▼イラク シーア派民兵が掠奪・放火
   塾頭注:イスラム国(IS)から奪還したスンニ派住民地区だ。民兵の正体はわからないがイラク現政権・イラン・アメリカの3者が後押ししていることは間違いない。これで、ISに対するスンニ派住民の支持とシーア派への敵意が抜きがたいものとなった。

▼「テロ国家に道を与える」 イスラエル首相強く批判
▼「一生に一度の好機」 オバマ氏外交努力に意欲
   塾頭注:いずれも、イランとの核開発問題合意をめぐる記事だ。イスラエル・ネタニヤフ首相は、CNN、NBCなど米主要テレビを使っての米議会や国民世論への分裂工作。オバマ氏は出馬の原点である核拡散防止への最初の一歩という目標を高く掲げる。いずれにしても、アメリカ・ユダヤといった地下水脈に異変を生じたと見るべきか否かだ。

▼露、進むアジアシフト 対ベトナム自由貿易圏創設へ
   塾頭注:ロシア、多極化の一例(当塾前記事参照)

▼タリバンが指導者伝記
   塾頭注:アフガンでアメリカがビンラディンと並んでテロリストの筆頭として命を狙っていた宗教指導者オマルのことで、その出自・行動は生死とともに一切闇に閉ざされていた。ISが、カリフというスンニ派絶対指導者を出してきたので、神秘性に競合関係。

▼参謀総長顧問に対露強硬派起用 ウクライナ
▼ケニア、ソマリアで空爆 大学襲撃 過激派の2拠点
▼パキスタンで初 ISがテロ声明 車の列襲う
▼イエメンの戦闘1日で53人死亡
▼首都テロ計画で17人拘束
   塾頭注:以上ですべてだが、最後はマレーシアのことで、逮捕されたうち2人は最近シリアから帰国したものという。

 ここで上がった各国、アメリカの関与がなかった国やケースはひとつもない。一極支配とはこれほど大変なのだ。

 さらに2面の「総合」欄から中国関係の記事3つを加えよう。

▼日中議会交流が再開 3年ぶりあすから
▼アジア投資銀 参加すべきだ 福田元首相「拒否理由はない」
▼日本人の脱出を中国軍艦が準備 イエメン
  塾頭注:以上のうち福田氏の明治大学における講演内容要約は、ぜひ、下記サイトで見ていただきたい。
http://mainichi.jp/select/news/20150407k0000m010096000c.html

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2015年4月 5日 (日)

続・中国の脅威

 4月1日の記事「中国はどこまで脅威か」は、最初、「一極主義から多極主義へ」という題で考えていたのを変更したものである。理由は、これではわかりにくく、インパクトに欠けるな、と思ったからだ。

 そのせいで、題の中味としては中途半端で終わってしまったようなところがあるので、つけたしておきたい。

 なぜ脅威なのか、防衛庁のサイトには次のようにある。

○3月5日、中国は、第12期全国人民代表大会第2回会議において、2014年度の国防予算を発表
【公表の概要】
・予算額は6082.3億元(対前年度比:12.2%増)
 *円換算:約12兆9317億円=我が国の平成26年度予算案んおける防衛関係費の約2.7倍
 *ドル換算:約71333億ドル=米国の2015年度国防予算(国防省要求額、暫定値)の約1/4
 ⇒中国の公表する国防費には、外国からの兵器調達の費用が含まれておらず、実際の国防費は公表額の約1.3~2倍との指摘があることに要留意

 そのあとに、海・空戦力の近代化やミサイル戦力の近代化などが写真やグラフを交えて続いている。さらに、最近に至っても尖閣列島近辺への領空・領海侵犯報道が続いていることや、かつては魚釣島上陸の秘密作戦計画などがあったことを暴露されたこともある。

 このように、南シナ海の南沙諸島などの軍事基地化と相まって中国に脅威を感じるのは当然、といった流れがマスコミを含め一般化している。しかし、日米の軍事専門家や中国ウォッチャーは、おしなべて冷静な判断をしており、政治的にはともかく軍事的な脅威にはなっていないという判断をしている。

 たとえば、12年に海軍力強化の花形として登場し、上記サイトに写真も載っている空母・遼寧の能力は、中国の陳炳徳参謀長さえも「アメリカの空母と中国のそれとは20年の開きがある」(富阪聡『中国人民解放軍の内幕』)と言っている。

 仮想敵国を設け、図上作戦を立てるのはどの国でもやっている。危機感で国民や選挙民を操ろうとする政治家の存在も当たり前と言っていい。シビリアンコントロールが完全に利いていれば、軍が偶発的なことで戦端を開き、それが拡大するという最悪のケースも避けられる。

 過去の戦争から教訓を導き出せる政治家なら、どこに歯止めを置くかを常に心得ている。それを人任せにして、早く「普通の国」になりたい願望の方が優先するような政治家は、世界でも珍しいのではないか。

 中国は最近、尖閣が中国の領土であるという主張を突出させるようなことがなくなったように見える。、中国の論理は歴史的事実に即して破たんしたものであることが次第に分かってきた。ずばり言って中国の狙いは鉱業権の共有だったのだ。

 当塾でも過去に書いたことがあるが、鉱業権の範囲はその国の大陸棚に及ぶ、という学説がある。アメリカにもそれを支持する意見がある。尖閣が日本の領土であっても、海底油田開発では中国にも権利があるというわけだ。

 通常、こういった海で利権が重複する場合、関係国の共同開発が行われるのが通例である。かつて日韓海底油田共同開発が行われ、地上基地は済州島にあった。そして、日中間でも東シナ海の共同開発について協議が行われていた。

 塾頭の記憶によると、共同開発計画は中国側が極めて熱心だったのに対し、日本側は中国の国営と違って民間に事業が委託されるため、予備調査の結果採算ベースに乗らないということから事業化に冷淡だった。

 そのうち、日本側の「尖閣に領土問題は存在しない」発言などもあり、協議は中断したままとなった。最近、中国がやや軟化し始めてきたのは、この地域に豊富な石油・天然ガスが賦存しないということが分かってきたからだともいう。

 日本が実効支配する尖閣など、狭く小さな岩礁を大きな犠牲を払って奪うメリットはあまりない。そうすれば、鉱業権・漁業権などについて双方に有利な基本的なルール作りをするということで問題は解決するはずだ。抜きがたい棘があるとすれば、歴史認識問題だけである。

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2015年4月 3日 (金)

白々しい例2つ

【その1】 
 前回の「70年前の《今》⑦」で冒頭に書いたこと――

4・1 米軍、沖縄本島に上陸開始。戦闘用艦船318隻・補助艦艇1139隻・参加兵力約50万人・上陸兵力18万3000人(6・23 日本軍全滅。軍人軍属の死者約12万人、一般県民の死者約17万人)。米潜水艦、台湾海峡で貨客船阿波丸(船体に緑十字)を撃沈、死者2044名。

 訪日した米軍制服組トップのデンプシー統合参謀本部議長が3月25日に中谷防衛相や自衛隊トップの河野克俊統合幕僚長と会談した。中谷氏は「辺野古への移設作業は着実に進める方針にいささかも揺るぎはない」と述べ、デンプシー氏も「大変重要な事業であり、取り組みに感謝したい」と支持した。

 また、河野氏とは「戦後70年の節目の年が、力強い日米関係を象徴する歴史的な年になる」との認識で一致したという。(毎日新聞 15/3/25、所載)

 沖縄県民は、米軍基地のあるところが一番先に攻撃され危険であることを知っている。「さきの戦争で尊い命を捧げた英霊に尊崇の念」などとは、一緒にしてほしくないね。

【その2】

腹腔鏡死亡、群大病院が再調査…調査委提案受け

 群馬大学病院(前橋市)で腹腔鏡(ふくくうきょう)を使う高難度の肝臓手術を受け、患者8人が死亡した問題で、病院側は2日夜、前橋市内で記者会見を開き、開腹手術の死亡問題を含め総合的に検証する委員会を新たに設置することを発表した。

 患者が死亡しているのに高難度手術が続いた理由などについて再調査し、真相究明を目指す。

 この日、東京都内で開かれた調査委員会で外部委員から調査の見直しを提案されたのを受け、決定した。今回の調査委は、病院側が先月公表した最終報告書を巡り、調査手続きや内容を巡る不備が指摘されていたため開かれた。

 調査委では問題点として、〈1〉外部委員が報告書の内容を承認した後に「過失があった」などと無断で加筆していた〈2〉執刀医ら当事者の聴取内容の詳細を外部委員に知らせなかった〈3〉検証もなく高難度手術が続けられた背景が解明しきれていない――といったことが挙げられた。
(読売新聞、 4/2)
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150402-OYT1T50165.html?from=yartcl_popin

 NHKでも「やらせ問題」の調査委員会で同じようなことをやっている。身内の調査委員会のそのまた調査委員会などという感じだ。原発や科研でもそうだった。こんなのでお茶をにごそうとする世相は、一体いつから始まったのだろう。

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2015年4月 2日 (木)

70年前の《今》⑦

4・1 米軍、沖縄本島に上陸開始。戦闘用艦船318隻・補助艦艇1139隻・参加兵力約50万人・上陸兵力18万3000人(6・23 日本軍全滅。軍人軍属の死者約12万人、一般県民の死者約17万人)。
 米潜水艦、台湾海峡で貨客船阿波丸(船体に緑十字)を撃沈、死者2044名、生存者1名。

4.5 繆斌工作につき閣内対立、小磯内閣総辞職。 4.7 鈴木貫太郎(海軍大将)内閣成立。ソ連外相モロトフ、日ソ中立条約の不延長を通告。
4.11 森本薫『女の一生』初演(渋谷東横劇場。主演杉村春子が評判)。

4.12 ローズベルト(戦時中はなぜかルーズベルトと言った:塾頭)米大統領死去(63)、後任にトルーマン副大統領昇格。
4.23 ソ連軍、ベルリンに突入。

4.25 連合国全体会議、サンフランシスコで開催(~6.26、50カ国が参加)。6.26 国連憲章調印(10.24 発効)。
4.28 ムッソリーニ、逮捕のすえ銃殺(61)。
4.30 ヒトラー、ベルリンの地下壕で自殺(56)。 5.7 独軍、連合国に無条件降伏。

5.8 トルーマン米大統領、日本に無条件降伏を勧告する声明。
5.14 最高戦争指導会議構成員、対ソ交渉方針を決定。7.13 近衛文麿派遣をソ連に申し入れ。 7.18 ソ連拒否。

高見順『敗戦日記』より

四月五日 (前略)敵の上陸地は九十九里と相模湾のどこかだろうという専らの噂だ。
 久米さんは、しかし、相模湾は絶対に入れないという説だった。琉球の次はどこへ敵がやっててくるか。四国辺という説と、すぐさま東京へ迫るという説の二つある。久米さんは支那へ出るだろうという説だった。

四月七日 小田のおばさん来る。世間話のなかで、スパイが火あぶりの刑に処せられたという。火あぶりなんて刑罰はないでしょうと妻が言うが、いいえ、火あぶりだそうですとおばさんは断乎としていう。東京には、そういった噂が流布しているらしい。(後略)

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2015年4月 1日 (水)

中国はどこまで脅威か

 歴史的にも地政学的にも、共同体またはそれに準ずる組織がないのは、中東と東アジアぐらいになった。そういつたことが世界から不安視されていることに、日中韓3国政府は、最近ようやく気付き始めてきたように見える。

 しかし、政府首脳、政治家、マスコミ、その他右翼論陣の排他主義的発言・発想には、何の変化も見られない。対立緩和より、むしろ激化をを指向する言論も依然として健在だ。安倍首相は世界中を駆け回っているが、それは、単に日本の仲間になってもらいたい、という趣旨のようで、それも具体的成果があったようには見えない。

 戦後70年。冷戦から平和共存、地域紛争からテロ、イスラム大混乱と世界は変動し続けている。そして、バスクアメリカーナと称されるアメリカ一極主義に対し、ロシアは多極主義を指向、それがウクライナ情勢に独・仏の仲介という形で微妙に反映した。

 その多極主義は、発展途上国の盟主といった形で中国も採用している。昨今の新聞によると、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の参加表明国が、50に迫る勢いで、これには、ドイツ、イギリス、フランス、イタリアなどヨーロッパのG7がすべて加わり、カナダも参加を検討しているとされる。

 主要国ではアメリカと日本だけが慎重で、アジアの中でもASEANや韓国が参加する中、日本は特異な存在になっている。もともと、こういった国際金融の仕組みは、国際通貨基金(IMF)や世銀、アジア開発銀行など、米欧主導で進められてきた。

 中国は、金融問題でも一極支配を打破したいという狙いがあったのだろう。この狙いは今のところ成功しそうである。むしろ、一極主義に固執しているのが、アメリカと日本だけという、孤立感を味わされる結果になっている。

 そのアメリカも、一極主義に限界のあることを知って修正を加えようとしたのがオバマの出現だった。しかし、バスクアメリカーナは、多民族国家アメリカをまとめる大きなたがの役割を果たしていたことを無視するわけにはいかない。次期大統領選を前に、すこしでも「弱腰」ととられることはしたくない。

 その一極主義をアメリカ以上に堅持・支持したいという、唯一の奇特な国が日本だ。安倍内閣の集団的自衛権促進で、抑止力という影武者になってほしいと願い出ている。これをむげに断りきれない事情がアメリカにもある。

 問題は、中国が安全保障上の脅威になるかどうかである。結論からいうと、日本が一極主義から脱却し、9条を持つ現憲法を維持するかぎり日本を攻撃してくるようなことはない、と塾頭は考える。

 中国の太平洋進出や南シナ海支配は、アメリカの覇権主義が台湾の独立や大陸反攻を助けるようなことにならないようけん制するということだろう。中国の多極主義のひとつに、日本ではあまり報じられないが上海協力機構(SCO) というのがある。

 中国とロシアのほか、旧ソ連圏のカザフスタン・キルギス・タジキスタン・ウズベキスタンの計6か国による多国間協力組織、もしくは国家連合である。「なんだ、旧共産圏のお仲間組織か」という人がいるかもしれないが、かつて中ソは、国境問題で戦火を交えたこともある隣国だ。

 また、インド・パキスタン・モンゴルなどがオブザーバー参加しており、共同軍事訓練などが計画されている。これに、一時アメリカがオブザーバー参加を打診したようだが、あっさり否決された。これほどアメリカに対しては信頼度がないとも言える。

 何を言おうとしていたかというと、中国は隣国とも多極主義で臨もうとしているということで、話し合いにより紛争や拡張主義を閉じ込めようとする方針をとっているということである。

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