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2015年3月29日 (日)

「あの戦争は正しかった」

 いただいた以下のコメントへのレスポンスが長くなりそうなので、本文に持ってきました。

 この言葉、サヨクの人が、自分たちと意見の合わない中道の人、右寄りの人、主に自民党の政治家などを「こんなこと言いやがって」と攻撃するときによく使っているのを目にするんですが、実際にこんなこと言ってる政治家とかっているんですか?
聞いたことがないんですが。

 自民党または次世代の党の誰が何時という答えはできません。しかし、あえて「大東亜戦争」という言葉に固執する人にとっては常識になっていませんか。彼らの信奉する渡部昇一上智大名誉教授は、自著『かくて昭和史は甦る』でこう述べています。

 東南アジアにおいて、日本はそこの人々に対して”侵略”したわけではなく、白人に支配されている状況から解放しようとした。その意味では、白人支配からの解放戦争でもあった。
 
 実際に、戦時中に独立まで達成できたのは、フィリピンとビルマだけであったが、その他の地域についても、民族自決の国家を作ろうとしたのは明確なことである。それは軍事力を用いた解放であったが、当時、東南アジアの植民地を解放しようと思えば、それ以外に方法はなかったのである。

 ところが実際には、日本が1943年(昭和18年)5月31日の御前会議で、マレー、スマトラ、ジャワ、ボルネオ、セレベスを帝国領土と決定してい.るのです。今のマレーシア、インドネシアのことです。シンガポールは「昭南島」と改名し、地図には日本と同じ赤色が塗ってあったのを覚えています。

 渡部教授のような、日本史でも外国からも認められていない言説を「歴史修正主義」といいます。最近、そういった説に固執する学者は少なくなってきましたが、一部雑誌の常連ジャーナリストなどではよく見かけます。

 偏狭なナショナリズムから抜け出すためには、耳に心地よい特定の言説だけではなく、さらに多角的な多くの歴史資料に触れる機会が必要になると思います。

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歴史」カテゴリの記事

コメント

私の父は三菱鉱業の駐在員として昭和18年マレーに赴任しました。
マレーでは日本軍に敗れて逃げ出したイギリス人が使っていた館を、会社の事務所兼住居として使っていたそうです。
その館には家具もそのまま残されており、イギリス人が使っていた下男下女も、そのまま引き継ぐ事になったそうです。

日本がイギリス人からマレーを開放してあげるためにイギリスと戦ったのだったら、
戦闘が終わった段階で、イギリス人の館はマレー人に返却していた筈なのではないでしょうか?

私は父の悪口を言いたいわけではありません。
父は国の方針に従った会社の指示のままに、行動していただけなのです。
そしてそれを当時の大部分の日本人は、当然の事と思っていたのではないでしょうか?

日本が西欧の植民地政策から、アジアの友邦を開放してあげるために、大東亜戦争を始めたのではなかった、
日本はイギリスと同じく、マレーを我が物にしようとして戦ったのだという事の、証になるかと思い、参考までに書かせていただきました。

投稿: 和久希世 | 2015年3月29日 (日) 11時47分

和久希世 さま
貴重なコメントありがとうございました。

スマトラは何と言っても石油。マレーもゴムやボーキサイトなど日本にない貴重な資源がありました。

帝国領土にしてしまったのは、現地人よりその方が大切だったのでしょうね。

投稿: ましま | 2015年3月29日 (日) 12時38分

結局、誰も言っていないんでしょう。
なぜそうやって、言ってもいないことを捏造して、または自分の都合のいいように想像して、気に入らない相手を攻撃するネタに使いますかね。

以前私と議論している時も、私が言ってもいないことを書いて攻撃していましたが、それと同じ手法ですね。

「あの戦争は正しかった」
この言葉は、サヨクの人が頻繁に使いますが、中道、ウヨクの人でこの言葉を使っている人を見たことも聞いたこともありません。

googleで検索してくださいよ。
出てくるのは、すべてサヨクの言葉でしょう。
唯一出てくるのは、「黄文雄」の本だけです。
少なくとも自民党の政治家はだれも言っていない。

私もしょっちゅう目にしますよ。
「あの戦争は正しかった」という言葉を。
ただし、いつもサヨクの人が書いているんですがね。

投稿: makoto | 2015年3月29日 (日) 14時57分

すみません。そんなことをいちいち調べる暇はないのです。

自民党から立候補して、今は党を出た田母神俊雄論文で言い尽くされています。A級戦犯を合祀している靖国神社にあえて参拝したいという政治家の真意を探ってください。

投稿: ましま | 2015年3月29日 (日) 16時33分

暇ならたっぷりあるんじゃないですか。

それに、googleで
あの戦争は正しかった
と検索するのには10秒もかからないと思いますが。
検索結果を見るのにも30秒もあれば十分でしょう。

田母神論文や、彼の本は何冊か読んだことがありますが、この言葉は一回も出てきていません。

また、靖国神社を参拝する政治家も一人も言っていません。

>真意を探ってください

想像するのは勝手ですが、それで相手を非難するのを止めましょうよ。

結局誰も言っていないということですね。

もう一度書きます。
「あの戦争は正しかった」
この言葉は、99%、サヨクから発せられます。
そして、それをネタに自分と意見を異にする相手を非難しています。

投稿: makoto | 2015年3月30日 (月) 02時23分

makoto さま

「あの戦争は正しかった」、この言葉、本塾では過去一度も使ったことがありません。あなたの書き込みが最初です。

だから「 」を付けているのです。議論の的から外れていますので、以後本稿へのあなたのコメントは停止します。

投稿: ましま | 2015年3月30日 (月) 08時22分

あの戦争は正しかったというのと同じ意味で「大東亜戦争肯定論」というのがありますね。
私も若い頃、この説を感心して読んだ事があります。
今戦犯を合祀した靖国神社に参拝している大臣達は、大東亜戦争を聖戦だったと、靖国神社参拝で代弁しようとしているのだと思います。
靖国神社参拝が政治的に賛否が分かれて議論を沸騰させるのも、その所為だと思います。

日本語は(も?)複雑ですから、
正しかったという言葉が使われていなくても、同等の意味で言うか又は行動した者が大勢ある事象を、正しかったと表現しても強ち間違いとは言えないと思います。
ですから、正しかったと表現したものを見た事がないと、
このブログ記事に書かれた「正しかった」という言葉に拘って、全く事実無根と非難するのは、狭量過ぎるのではないでしょうか?

処で私は別の話題にひきづられて、つい余計な事を書いてしまいましたが、実は昨日のコメントで、イギリス人が残した男女従業員の事を、下男下女と敢えて書きましたに理由に付いて、補足させて頂きたくて、コメントしようとしていたのでした。
でも、ほかの話題で長くなりましたので、
その件に付いては項を改めて書かせていただきます。

投稿: 和久希世 | 2015年3月30日 (月) 08時26分

「下男・下女」ですか。塾頭は基本的に「言葉狩り」が嫌いです。「看護婦」の言いかえなど、心をかきむしられたような気がしました。

その反面「性奴隷」や「テロリスト」など、新差別語が横行するのも解せません。

投稿: ましま | 2015年3月30日 (月) 09時26分

父がイギリス人の住んでいた館と下男下女をそのまま引き継いだと書きましたのは、
その当時の女性従業員の身分が、下女と言うのが妥当なような、驚くようなものだったからです。

父が赴任して間もない頃、
その館にいた男女従業員が、真剣な表情でやって来て懇願するような目で聞いたそうです。
自分たちは結婚したいと思っているが、許してもらえるだろうかと。
父は即座に、「勿論良い。結婚したら良い」と答えたそうです。

当時の現地の雇用習慣では、
その女性に雇用主がある場合、結婚したくても
雇用主が「これは自分の女にするんだから、結婚は許さない。」と言ったら、
その人たちは結婚を諦めねばならないようなものだったのだそうです。

だから結婚を許してもらった時の、その二人の喜び方は、一方ならぬものだったそうです。

という訳で当時の雇用習慣を込みで、イギリス人から引き継いだ男女従業員は、
将に「下男下女」だったので、私は敢えて下男下女と書いたのでした。

そしてその人権無視の習慣は、
支配者がイギリス人から日本人に変わっても、全然変わらなかったし、
マレー人も変わるという期待さえしていなかった、ということが分かるエピソードだと思うのです。
それもあって、私は父から聞いていた下男下女という言葉を、敢えて訂正せずに(前コメントで)書かせていただいたのでした。

投稿: 和久希世 | 2015年3月30日 (月) 11時04分

ましまさん
一つだけ言わせてください。

>「あの戦争は正しかった」、この言葉、本塾では過去一度も使ったことがありません。あなたの書き込みが最初です。

と書かれていますが、この言葉を最初に書いたのはあなたですよ。
以下のコメントで

>「あの戦争は正しかった」と70年前の反省をしないトップがいる国では大きなことを言えませんね。(≧∇≦)

投稿: makoto | 2015年3月30日 (月) 14時53分

makoto さま

たしかにその直前にコメントしてました。訂正させてください。

このスレッドの制限はしますが、侵略戦争ではない、またはその定義はないなど、「あの戦争は正しかった」と同義の発言は検索すると沢山でてきますね。どうしてそういう解釈になってしまったのか、ぜひ研究は続けてください。

投稿: ましま | 2015年3月30日 (月) 18時35分

和久希世 さま

日本の古代に奴隷制度があったかどうか、学界の結論は出てないようですが、少なくとも欧米などにあったような扱いはなかったようです。

山でも岩でも狼でも狐でも草木でも、すべてに神が住んでいると考える国柄ですから――。

9条が似合う国です。

投稿: ましま | 2015年3月30日 (月) 18時51分

引用されていたコメントにサヨクという言葉が使われていましたが、
このコメント主はましま様をも、左翼と言っているようですね。それで大分前に「現代版右翼と左翼」というのを書いた事を思い出しました。
古いもので恐縮ですがTBさせて頂きます。

投稿: 和久希世 | 2015年4月 3日 (金) 08時08分

和久希世 さま
TBありがとうございました。大変参考になりました。

塾頭は言葉自体に深入りしたことはありません。世の中、右と左しかなければ左で結構です。

しかし、当塾を右翼という人もおり、そういう左翼?の人からは見放されたこともあったようです。

いずれにしても、その一方に貼りついて離れられない不自由な人にはなりたくないと思っています。

投稿: ましま | 2015年4月 3日 (金) 17時46分

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だいぶ以前に原発の危険性に付いて書いた記事に、最近新たにコメントを頂いて、その記事へ以前に(別の人から)頂いていたコメントを読み返す機会をえた。 そのコメント主が右翼と左翼に付いての定義を、書いておられたのでした。 左翼というのは、資本主義態勢を崩壊させ、貨幣と搾取のない社会を作り上げようと夢見ている団体です。そこで彼らは、政府を信用せず、政府の政策の全てに反対運動をしかけてきます。...... [続きを読む]

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