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2015年3月 4日 (水)

二宮金次郎

♪柴刈り(芝刈りではない)
縄ない(稲束を手でよって紐にすること)
わらじを作り 親の手を助(す)け
弟を世話し 兄弟仲良く 孝行つくし
手本は 二宮金次郎

 Kinjirouzou11
 70年前の記憶で書いたので違っているかもれない。戦災で破壊された二宮金次郎の像を復旧したというニュースを見たので浮かんだ歌詞。

 燃料にするための柴(雑木の枝)の束を背負い、歩きながら本を読む姿の像は、日本全国の小学校の校庭にあった。

 それが、戦後には一斉に姿を消す。塾頭はすでに小学校(その頃は国民学校と改称)を卒業していたので、その理由を知らない。

 戦災もあっただろうし、銅像なら金属供出で応召したかも知れないし、石造でも戦後は「忠・孝の封建教育の象徴」として撤去されたのかも知れない。

 貧農の少年・金次郎は、後に幕府に召し出され農村改革に手腕を振るった。像の復旧は、アベノミクスの時流に乗ったものではなく反戦の記憶を留めるためだそうだが、いずれにしても結構なことだ。

 深夜に酒を飲んで仲間を虐殺したり、実の親を殺したりする子供に育てるより、どれほどましかわからない。

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