« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2015年3月

2015年3月31日 (火)

桜の観かた

 桜満開で日本各地は一様に喧騒の巷。

♪さくらさくら
 やよいの空に みわたす限り
 かすみか雲か 匂いぞ出ずる
 いざやいざや 見にゆかん
 
 しかし、こんな観かたがあってもいい。(クリック拡大で鑑賞してください。)

Dscf2298

Dscf2307

Dscf2295


Dscf2309_2




| | コメント (0) | トラックバック (2)

2015年3月30日 (月)

日本から消えるもの

Pickh20150215_a0001000100100004_l_2

菅義偉官房長官は29日夜、BS―TBSの番組に出演し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設をめぐり、翁長雄志知事が防衛省沖縄防衛局に作業停止を指示したことに関し、「中止指示は全く当たらない。法にのっとって淡々と進める」と述べ、作業を続ける方針を強調した。沖縄防衛局が知事指示の取り消しを求めた審査請求への対応は、林芳正農林水産相が30日に判断するとの見通しを示した。 (時事通信)
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6154713

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2015年3月29日 (日)

「あの戦争は正しかった」

 いただいた以下のコメントへのレスポンスが長くなりそうなので、本文に持ってきました。

 この言葉、サヨクの人が、自分たちと意見の合わない中道の人、右寄りの人、主に自民党の政治家などを「こんなこと言いやがって」と攻撃するときによく使っているのを目にするんですが、実際にこんなこと言ってる政治家とかっているんですか?
聞いたことがないんですが。

 自民党または次世代の党の誰が何時という答えはできません。しかし、あえて「大東亜戦争」という言葉に固執する人にとっては常識になっていませんか。彼らの信奉する渡部昇一上智大名誉教授は、自著『かくて昭和史は甦る』でこう述べています。

 東南アジアにおいて、日本はそこの人々に対して”侵略”したわけではなく、白人に支配されている状況から解放しようとした。その意味では、白人支配からの解放戦争でもあった。
 
 実際に、戦時中に独立まで達成できたのは、フィリピンとビルマだけであったが、その他の地域についても、民族自決の国家を作ろうとしたのは明確なことである。それは軍事力を用いた解放であったが、当時、東南アジアの植民地を解放しようと思えば、それ以外に方法はなかったのである。

 ところが実際には、日本が1943年(昭和18年)5月31日の御前会議で、マレー、スマトラ、ジャワ、ボルネオ、セレベスを帝国領土と決定してい.るのです。今のマレーシア、インドネシアのことです。シンガポールは「昭南島」と改名し、地図には日本と同じ赤色が塗ってあったのを覚えています。

 渡部教授のような、日本史でも外国からも認められていない言説を「歴史修正主義」といいます。最近、そういった説に固執する学者は少なくなってきましたが、一部雑誌の常連ジャーナリストなどではよく見かけます。

 偏狭なナショナリズムから抜け出すためには、耳に心地よい特定の言説だけではなく、さらに多角的な多くの歴史資料に触れる機会が必要になると思います。

| | コメント (14) | トラックバック (1)

2015年3月28日 (土)

イスラム世界大混乱

 チュニジアで日本人観光客テロで犠牲。ドイツ機、アルプス山脈に正面衝突。いずれも前代未聞の海外大ニュースだ。塾頭も驚くことには人後に落ちない。しかし、これで世界情勢が一変するというニュースではない。

 ウクライナの危機は遠のいた。塾頭の見るところ、当初予想した通りプーチンの勝ちである。ロシアの勢力圏を認めさせたことで、西欧側から見ると憎らしいほど落ち着きはらっている。プーチンに昔の国際共産主義やソ連崩壊まで続いた膨張主義の幻影を見るのは適当ではない。

 グルジアにしろ、ウクライナにしろ領土を広げてしまうとそれだけ諸費用がかかる。広い大地に労働力を投下して農林業生産力を高める時代ではなくなったのである。そういった点では、北方領土もそうだ。戦略的価値がなければ、返還で得られる利権の方に目を向けた方がいいという判断だ。

 今日のテーマ、イスラム世界大混乱はもっと深刻だ。サウジアラビアが他の湾岸王侯国などをさそって、イエメンに対して戦闘を開始したというニュースである。ホルムズ海峡に機雷が敷設されれば、国の存亡にかかわるなどといった、どこかの国の軽率なたとえ話ではない。

 ホルムズ海峡が封鎖されても、反対側の紅海にパイプラインが通っている。イエメン沖はもともと海賊が多いところだが、イランが戦闘に加わったりすればここも通れなくなる。すでにサウジの軍艦が出動している。国の存亡にかかわりはしないが、相当深刻なことになる。

 日頃饒舌の安倍官邸からは何も聞こえてこない。全くそういった危機感がないようだ。つまり、集団的自衛権容認のためのあり得ない架空の話であったことがこれでわかる。
 
 これまでの、背後にアメリカがついているとか、ソ連がついていると言った状況はない。中東、アフリカまたはイスラム圏全体に及ぶ戦国時代の到来で、第三次世界大戦の様相を見せるようにもなりかねない。

 サウジアラビアは、近代兵器を持つ大国だが、これまで1度も主体的に戦闘に参加したことはなかつた。イエメンという国はかつて南が共産圏、北が資本主義の共和国で両者の仲が悪く紛争も絶えなかったが、イスラム圏に大混乱をもたらすようなことはなかった。

 以前書いたように、アラビア半島はほとんどが砂漠で、海岸近くには国境があっても、内陸で接するサウジアラビアとの間に国境線がなかった。従って出るのも自由、入るのも自由だ。サウジはイラクに神経をとがらしても、無力なイエメンは、無視することができた。

 その一方、治安確保が手薄なことから、紅海の対岸ソマリアなどと同様、テロリストの本拠とか隠れ家となることが多かった。9・11の首謀者とされるウサマ・ビン・ラディンもサウジアラビア人だかイエメン出身である。

 サウジ参戦がただならぬ事態であるのは、相手が北部と首都サヌアを制覇し、大統領イディを国外に追い出したシーア派の軍事組織フーシだからだ。背後には当然シーア派国家イランの影が見え隠れする。

 イエメンには、その前から独特の勢力を保ち過激派の訓練基地とも言われるアラビア半島のアルカイダ(AQAP)がある。そもそもの本家はアフガニスタンにあり、イラク・シリアに発生したイスラム国(IS)とは一線を画していたが、最近は見境がつきにくくなっている。

 ことを複雑にしているのは、イラク・シリアにまたがるイスラム国(IS)の存在だ。去年発生したばかりだが、すでに台風の目となり、いつ巨大化してもおかしくない勢いだ。サウジと同じスンニ派ではあるが、その厳格な原理主義は王侯とか大統領と言った世俗的な権威・権力を否定しており、ヨルダンなどと共同して攻撃に乗り出した。

 一方、ISに追いまくられたイラク現政権はシーア派であり、イランと友好関係にあった。IS壊滅ではサウジと利害が一致し、それぞれ独自に戦っている。中東の混乱はパレスチナ問題に端を発したと思われていたのが、その解決を見ることなく、規模も性格も全く異なる段階に突入したようだ。

 ISには、依然として世界各地から戦闘員が加わっているようだ。それがなくても至る所に飛び火する危険が存在する。ロシアのチェンチェン、中国のウイグル自治区、パキスタン・タリバン運動、インドネシア、アフリカのボコハラムやチュニジアなど各地のほか、テロなら世界中どこでも起きる。
 
 この沈静化、解決に向けた仕事を誰がするのか。そもそもの原因を作った欧米はもとより、世界の警察官アメリカも火中の栗を拾う余力はない。国連は被害者である国の大統領が逃げてしまったらどう対処するのだろう。

 集団的自衛権など、あさっての議論をしていても、何の役にも立たない。日本政府は、せめてこの程度の国際認識のもと、本当の意味で「積極的平和主義」を持ってほしい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年3月25日 (水)

新興住宅街の変化

Dscf4452

  風は冷たいがよく晴れた1日だった。「日和下駄」というのは、永井荷風の散策日誌の題で、彼は坂のある路地を好んで歩いた。やや汗ばむ程度の坂道の歩行に、冷風は心地よく感ずる。

 桜にはまだ早く、住宅地を縫うように歩いた。40年前は「新興住宅街」と呼ばれた地域である。切妻屋根、木造軸組工法、モルタル吹付で狭いながらも庭付き、そんな家が10軒中8軒は建て変っていた。

 ほとんどが壁構造のプレハブで日本瓦はなく、軒は浅くて高窓が多い。一見アメリカ風だ。そんな中にわずかだが建て替えも手入れもない空き家が散在する。破風のペンキが剥げ、樋が波うち窓にまで雑草が這いつく。

 危険な存在だというので、社会問題になっている。家を解体すると固定資産税の減免がなくなるためだというが、無人のまま解体しないでおくと税額を高くした方がよさそうだ。

 塾頭宅は、耐震補強やりホームはしたが建て替えはしていない。写真の夕焼けの風景は変らないが、近所にあった八百屋、魚や、クリーニング店など後継ぎもなく次々と姿を消し、昔のコミュニティーではなくなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月24日 (火)

「積極的平和主義」

 朝日新聞デジタルによると、安倍首相は20日の参院予算委員会で、自衛隊を「我が軍」と言ってしまったようだが、衣の下から鎧が見えた図であろう。日中韓の間で外相会議など関係改善にむけた動きが活発になっている中でのフライングだ。

 戦後70年に向け、村山・河野談話をどう扱うか注目される。集団的自衛権容認で、衣の下からチラリどころか、片肌脱いだ形が現在だ。安倍首相の目標は改憲というもろ肌脱いだ姿にしたいらしい。

 日本が改憲して自衛軍を持つこと自体、中韓ともに戦闘経験のある正規軍を持っているのだから、それに対して文句は言えない。ずばり「歴史認識」なのだ。ドイツは軍隊があっても周辺各国や旧敵国から難詰されるようなことはない。

 問題なのは、やはり安倍首相のロジックなのだ。歴史認識と改憲が切り放せないものになっている。だから、塾頭はその一方が他の一方に結び付く戦前指向の地下水脈が存在する限り、自民の再軍備改憲案に猛反対する。

 安倍首相のいう「積極的平和主義」は、依然として正体不明だ。国会はその国民の不安を徹底的に追及しなくてはならない。首相は、国連とか、国際貢献、テロとの戦いなどを持ち出していいくるめるだろう。

 野党は、国連加盟国の多くから「アメリカの代弁者」とされている実例をあげ、日本外交不在の実態を明らかにしてほしい。そして、そのこと自体が世界平和にどう貢献したか、その結果について証明を求めるべきだ。

 平和を口にするのは簡単だ。ヒトラーでさえ、ドイツの敗色が濃くなった頃、総統府地下室で、日頃平和主義者であったとか、平和共存が可能であったがユダヤの謀略で戦争を招いたなどと、責任転嫁をしている。

 積極的平和主義の正体を安倍首相自身が明らかにできないようなら、さっさと引退すべきだ。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2015年3月23日 (月)

公明、憲法に新方針

 かねての公明党の公約である加憲論で環境権をひっこめ、9条を中心に第3項を加えて強化するという方針が出たというのが、今日の毎日新聞(東京)の1面トップだ。

  「エエッ、それなら塾頭の考えと同じだ!!」。ただし上述の方針の後半部分が電子版ではそっくり欠け落ちているので、その部分を新聞から書き写す。塾頭はこれを「意図的なカット」であると邪推する。このままでは、集団的自衛権容認反対、ということになるからだ。

【カットされている後半部分】
公明党は今後、加憲対象の柱として、地方自治の拡充や、衆院解散時に大規模災害化起きた場合の緊急事態条項の創設を訴える方針だ。

 9条は、1項(戦争放棄)と2項(戦力の不保持)を堅持した上で、「自衛隊の存在と国際貢献」を明記する3項を提唱し、海外での武力行使は認めない姿勢だ。同党幹部は「加憲は本来、9条を想定している。堂々と9条の議論をすればいい」と語った。

 ちなみに当塾の改憲案は以下の通り。

【現行9条の2項を改め、3項を追加する】
②前項の目的を達するため、外国の領土・領域における武力行使を目的とする軍隊は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

③自衛隊・海上保安隊・警察隊・消防隊その他名称の如何を問わず、公務員が外国の領土・領域内で平和維持その他の国際協力を行う場合の手続きならびに装備等は、法律によりこれを定める。
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-3c61.html

 本塾はかねがね自民党の改憲志向に対抗するには、ただ「改憲反対」と叫ぶだけではだめで、野党が別の改憲案を示し、「どっちがいい憲法か」を問わなければ選挙でも押し切られてしまう、と主張してきた。

 公明党案はまだ日の目を見ていない。毎日記事のような改憲案は、与党である限りおそらく闇に葬られるだろう。かりにそんなものがでてくれば、連立解消を条件に断然公明党を支持する。(……創価学会には入らないが)。野党第1党の民主党には、そうした腕力もない。゚゚(´O`)°

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2015年3月21日 (土)

安保法制、判る人の頭を疑う

 集団的自衛権容認などによる安保関連法の法整備について、自公が基本方針で一致したという記事が大きく報じられ、一斉に社説に取り上げられている。また街の声を拾っているところもあるが、「頭が痛くなる」「何がわからないのかすらもわらない」など、理解できている人は限りなくゼロに近いようだ。

 「反戦塾」だから、何か書かなくては、と思うが「マッしらけ」で書く気が起きない。これからの国会も、国の基本路線という的が示されないままだから「ああ言えばこう言う」の「的」はずれ応酬になるのに決まっている。

 公明党の北側さんも、そんなに目を細めてないで、せめて高村さん並みにかっと見開いて見てほしい。そう言わなければならないほど野党はあてにできない。公明党の注文で変えたところもあるようだ。

 それを最大限評価して善意に受け取りたくても、法文を解釈し利用するのは総理大臣だ。原発問題なんかもそう。それが安倍晋三だから信用できないのだ。当塾は今月に入って13本の記事を書いているが、そのうち8本に「安倍」という文字がでてくる。

 すくなくともわが日本国の総理。前にも書いたがもっと尊敬し、信用したいのはやまやま。読売・産経などの賛成意見の中味はこれしかない。しかしご本人の本意は国会答弁でなく、著書やお友達の女性議員・閣僚、NHK会長などの不用意発言で見え見えなのだ。

 塾頭の長い経験で、これが危険極まりないことの第一歩になることを察知している。その危険を感じず、または目をつむって、あのわかりにくい合意でよしとする人達は、よほど庶民を越えた超能力の頭脳の持ち主に違いない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年3月20日 (金)

フランスの勝手?

  外電はチュニジアのテロ事件に占領されている。結局「アラブの春」は束の間。民主主義成功例はゼロになった。むしろ情勢は悪化の一途をたどっている。大国の介入や武器援助、輸出がなければこんなことにならなかったのに。これもムハンマドに関連するが、朝日新聞デジタルにこんな記事が。 

 フランスの裁判所は18日、パリの連続テロの直後に、対テロの合言葉となった「私はシャルリー」と、スーパーでの立てこもり事件の容疑者の名前をもじって、「おれはシャルリー・クリバリのような気分だ」とフェイスブックに書き込んだ風刺芸人に懲役2カ月(執行猶予付き)の有罪判決を出した。テロ行為の礼賛にあたると認めた。AFP通信などが伝えた。風刺芸人が控訴するかどうかなどの対応は明らかになっていない。(パリ=青田秀樹)

 前回は、一覧性や見逃せない記事の発見などで「新聞」の優位性を書いたのだが、上の記事だけではさっぱり何のことかわからない。フランスでは、マスメディアがムハンマドの風刺画を描いたのは無罪で言論の自由を通したと称賛されるが、個人の風刺芸人のフェイスブックなら懲役2カ月の有罪判決……。

 それはないんじゃないの。言論の自由は個人にこそもたらされなければ。フランスってどうなっているの?――、という疑問がわき上がった。このことの方がニュースではないか。こういった場合に有難いのがネットだ。

 幸いにして、ニュースソースとされたAFPに日本語版がある。«ありました、ありました»。この方は、なんと塾頭が考えた疑問がたっぷり載っている。つまり、フランスの法制の発展過程や慣習法に関係があるということらしい。
http://www.afpbb.com/articles/-/3036945

 そして、イギリスやアメリカなど憲法や基本法の成立過程がそれぞれ全く違い、個性を持っていることなどもくわしく解説してある。――な~るほど。安倍首相などがいう「共通の価値観」などは、そもそも幻想だったのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年3月19日 (木)

戦争をしたい国へ

Dscf4451 新聞の購読部数が目に見えて減っているそうだ。今朝の毎日新聞を写真に撮った。ベタ記事と本の広告。こんな対比は、ネットやテレビでは楽しめない。いや、別に楽しくはない。
 
 このブログの副題「戦争をしたい国よりしない国と組もう」で、以前「戦争をしない国」として、いわゆるジェンダー諸国・アイルランドなどを、国連の大多数をまとめる平和国家として紹介した。上のベタ記事では今度はオーストリアが活躍する。

 Dscf4449日本はアメリカを気にして参加せず。広告が警告する方へまっしぐら。「戦争をしたい国」はさすがに最近減った。しかし、トップがしたくなくとも、右派野党の突き上げて強がり姿勢を強いられているイスラエル・アメリカ。国内の安定を誇示して、国際的地位を高めたいロシア。そして国内の不安を隠すためでもある中国・北朝鮮など。これらがステージ2の好戦国だ。

 「戦争をしない国」のトップにいるのは、憲法9条を持つ日本。それがそれが……(;△;)。「戦争をしたい国」ステージ2に媚を売る醜い姿を映すのも新聞だ。

行動は⇒http://abe-no.net/

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2015年3月17日 (火)

八紘一宇

 参院予算委員会の質問で 自民党の三原じゅん子参院議員は16日、参院予算委員会で「ご紹介したいのが、日本が建国以来、大切にしてきた価値観、八紘一宇(はっこういちう)であります」と発言したそうだ。

 若い頃ドラマ「金八先生」に出ていた俳優だそうだが、金八先生は教えなかったのか、教えても頭に入らなかった劣等生だったのか。まあ後者の方だろうね。彼女より若いと思われるツイッターの書き込みも「あきれた……」の洪水だ。

 安倍首相へのヨイショのつもりならわからぬわけではないが、場所と時間を間違えたね。口は災いのもと。取り消しは利かないほど自信たっぷりの発言だ。意味が一番よくわかる「愛国行進曲」の歌詞を後学のため載せておこう。

 この曲は、戦中アジアの占領地で宣撫工作に使われ、現地人の子供に教えたりしたので80前後の人で意味はともかく、知っている人が多い。

2番 
♪起て一系の大君(おおきみ=天皇)を
光と永久(とわ)にいただきて
臣民我等皆共に
御稜威(みいつ=威光)にそわん大使命
往け八紘(はっこう=世界)を宇(いえ)となし
四海の人を導きて
正しき平和打ち立てん
理想は花と咲き薫る

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2015年3月16日 (月)

続・巨人、大鵬、ウクライナ

 前回、「とりとめのない話を――」と書いたが、ウクライナ問題は、対立する双方の陣営からの情報だけではわからないことが多すぎる。例えば、マレーシア航空777機が撃墜された事件なども、物的証拠はたくさんあるのに、いまだに真相が見えてこない。

 鳩山元首相のクリミア視察がたとえロシア側を代弁するようなものであっても、現地で見聞きしてきたことの重要性は、マスコミの伝聞情報を上回る。日本からは、ロシア側でなく欧米側でもないという立場でこの紛争解決に貢献できるのだ。鳩山氏はそれを目指そうとしているに違いない。

 日本にいて分かりづらいことが2つある。ひとつは遠く離れたアメリカが、なぜロシアの経済制裁やウクライナライナ政府軍への武器供与に熱心なのかということと、あとのひとつはウクライナ国内で政府軍とロシアの援助を受けていると言われる親ロ派組織の対立が激しいのかということである。

  ウクライナにはウクライナ人が住み、ウクライナ語が使われる。前にも書いたように、ロシア帝国・ソ連、そしてソ連崩壊後の現ロシアと続く現代の大部分は独立国でなくロシア領であった。そのためロシア人の人口は17%ぐらいだが、ロシア語の方が幅を利かせていたらしい。

 ウクライナ人自身は、西欧の一員という、ロシアとは違う民族意識を持っていた。そのウクライナ人がロシア極東部の住民の半数を占め、大鵬の父のように日本へやって来た人もいるということを前回書いた。なぜそうなったのだろう。

 ウクライナ人の極東移住は、過去3回の波があった。最初が1860年、ロシアが清国からウスリー川の東側を清国に割譲させ、不凍港ウラジオストックの建設を始めるためウクライナの農民約6万人を送り込んだ。

 次は、ロシア革命の時である。その際、独立を指向して赤色共産革命に対抗、王党派を組織した人たちを、白系ロシア人と称した。それらの多くが追放され、シベリア送りになったものだ。この時、日本の関東軍は独立運動を支援するため秘密工作を行っている。

 そして3回目が第2次大戦時のドイツ侵攻だ。この時はなんとウクライナ人はヒトラーと組んでしまった。前掲のクリミア半島占領もこの時である。怒り狂ったスターリンは、またしてもウクライナ人のシベリア送りを断行した。

 もうひとつ視界に入れておくべきことは、この地にユダヤ人が多く住んでいたことである。彼らの優秀な頭脳はこの地の工業化に寄与し、宇宙開発やチェルノブイリ原発建設にも携わった。ソ連崩壊後100万人を超すユダヤ人がイスラエルに帰ったとされ、米国のユダヤ人100万人に匹敵する。

 以上、寺島実郎の前掲書を参考にしたが、続けてアメリカのウクライナへの思い入れを、「オバマ大統領のウクライナ政策にも出身地のシカゴを中心にした中西部や東海岸のユダヤ勢力が見え隠れする」と指摘している。

 単純には言えないが、イスラエル・ネタニヤフ首相を米議会に呼んで演説させるなど、共和党からの攻勢にも軍事的圧力優先指向がオバマ政策に反映していると見ていいだろう。また、ドイツのメルケル首相のウクライナ問題解決への努力など、ユダヤ問題が陰に陽に国際問題にかかわりを持っているという憶測は、どうしても捨てきれないのである。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月14日 (土)

巨人・大鵬・ウクライナ

 中味がとりとめもないので、題名もとりとめがない。「巨人」はオバマとプーチン。ウクライナでなく、「卵焼き」とあれば、かつては子どもが好む定番とされてきた。なぜここに大鵬がはいるかというと、彼の父親はウクライナ出身の人だからだ。もっと前には、スタルヒンという白系ロシア人のプロ野球選手もいた。

 鳩山由紀夫元首相が、クリミアに行ったからと言って騒ぎになっている。当塾は「行きなさい、行きなさい!」と言って励ました。現地からの動静が伝えられると、案の定「旅券を返納させろとか没収しろ」などというヒステリックな声が上がっている。

 「著しく、かつ、直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」でなければ、そんなことはできない。鳩山さんの行動が国益を利することになるかもしれないのに、この厳しい条件があてはまるわけがない。

 悲しいかな、日本は「卵焼き」クラスにも及ばない人たちで覆われている。、日本に近い極東部に住む約600万人の約半分がウクライナ出身で、大鵬の父のように国外に出ていく人もいる。日本から遠く離れた縁のない外国ではないのだ。ヨーロッパに疎く、歴史をないがしろにしがちでアメリカの方ばかり見ているからそうなる。

 次の問題の答えはどうだろう。
①ロシアはヨーロッパの国である。
②ロシアはアジアの国である。
③ロシアはヨーロッパでもアジアでもない。
④ロシアはヨーロッパからアジアにまたがる国である。

 塾頭は、この中に正解があるのかないのかわからない。もしかして正解のないのが正解ではないか。革命前の帝政ロシアの皇帝は、多分ヨーロッパ最大の帝国でその版図はアジアに及ぶと考えたであろう。またソビエト連邦は、ヨーロッパ、アジアそれを超えた存在であるとしただろう。

 今、ヨーロッパ諸国は、ウクライナまでがヨーロッパで、その先のロシアは違うと考えるし、ロシアは、バルト海沿岸から東に住むロシア人の数は多く、ヨーロッパに端を発しアジア東端に至るという考え方になりそうだ。

 だから、ヨーロッパ諸国はウクライナがEUに加盟するのは当然と考えるが、ロシアとしては、これまでは連邦国内の行政区画で、日本で言えば県境程度に考えていたところが、いきなり強大な共同体との境となり、ヨーロッパから縁を切られてしまう。それどころかアメリカまで加わった軍事同盟NATOに加盟してロシアに対抗すべし、という極右までいるので油断ができないと考える。

 鳩山氏が訪問したクリミアに話を移そう。クリミア戦争という名前は、ナイチンゲールの美談などもあつてよく知られている。この戦闘の主な当事国は英・仏・オスマン帝国対ロシアである。しかし、この戦争が日本に与えた影響については、あまり詳しく分析されていない。

 ペルーの来航を始め日露友好条約、イギリスオランダなど、日本の開国の動きが盛んになったとすれば、日本がアジアの中で近代化に先んずることができたのはそのお陰、ということになる。クリミア戦争は極東に飛び火し、英仏艦隊がインド洋から中国・日本列島を抜けて、カムチャッカ半島を砲撃するに至ったのだ。

 それで、ロシアを含む列強は日本の戦略的位置関係に無関心でいられなくなったというのだ。クリミア半島は黒海の要衝にあるためかつてギリシャやトルコが占領したことがあり、第2次大戦中はドイツの占領下にあったこともある。

 しかし、それ以外は一貫してロシア帝国かソ連領とされてきた(ロシア革命の頃、白系ロシア軍に占領されたことがあるがそれは続編にゆずる)。そしてロシアとウクライナの境を、ソ連時代は日本の県境のようなもの、と記したがフルシチョフの時代、この半島をロシアからウクライナに移管した。

 ここにはロシア黒海艦隊の基地があり、地中海に抜けることができる重要な拠点である。黒海沿岸には、ブルガリアやルーマニアなど東欧諸国が接しており、ドナウ川もここに流れ込む。ウクライナから租借という形で維持してきたセバストポリ軍港がNATOの海軍基地になるようなことがあれば、ロシアが内海のようにしてきた黒海から完全にシャットアウトされ、完全にヨーロッパではなくなることを意味する。

 クリミア半島がウクライナから分離し、ロシア編入を支持する住民投票が97%とという賛成票を得たのが1年前の3月16日、ロシアはすぐそれに反応して受け入れる国内法を整備した。ロシア人の人口が多く、親ロシア派のヤヌコビッチがデモとその後の混乱の中で退陣し、極右が参加する政権樹立によりロシア語が禁止されるなどの噂もあってこの結果を招いた。また、選挙には国際監視団も加わっており不正であったという証拠もない。

 鳩山由紀夫氏が、どこまでそれらを見てきたか。祖父一郎氏の影響もあってヨーロッパやロシア事情にくわしく、東アジア共同体の研究所を持つ彼の報告が待たれる。沖縄普天間基地の移転先を県民多数の意向を先見して「少なくても県外」とした発想が「宇宙人」でなく、集団的自衛権にしがみつく安倍首相周辺こそ「宇宙人」であることが、やがて証明されるであろう。

 以下の引用は、03年から07年まで経団連のウクライナ研究会委員長を務めた寺島実郎日本総合研究所理事長の、『世界』昨年5月号に掲載された論考「ウクライナ危機が炙り出した日本外交のジレンマ」からのものである。

 ウクライナ危機は、解釈改憲してでも米国との集団的自衛権行使に踏み込もうとする安倍政権の外交安保政策の矛盾を皮肉な形で露呈させ始めた。(中略)

 世界の「集団的自衛権」に関する潮流は真逆である。NATOなどは代表的な集団的自衛権の仕組みだが、加盟国は自国の利益を慎重に配慮し、独自の行動を思慮深く選択する時代を迎えつつある。(中略)

 「自主自立」の主体的判断が求められる時代に、「安保条約の双務性」にこだわり、「集団的自衛権の行使容認」に狂奔する日本の姿は哀しく滑稽でさえある。(以下略)

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2015年3月11日 (水)

辺野古の日常(`Д´)

 辺野古の新基地建設に反対する市民のゴムボートに突進、乗り上げる海上保安庁の特殊警備救難艇。10日名護市の大浦湾で。(11日付琉球新報所載)

 臨時制限区域に入っていたとしても、死傷者でも出れば過剰警備必至。

Img54ff8d16c38851

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2015年3月10日 (火)

戦後生まれの大誤解

 今日は有名な東京大空襲から70年目にあたる。3月5日付のエントリーで「70年前の《今》⑥」で、その総指揮をとった米軍ルメイ少将のことに触れたが、本日の毎日新聞「余禄」には、関連する次のような記録があるので、紹介しておこう。

 「語るに落ちる」は英語で「舌はいつも病んでいる歯に向かうという。やましいことはつい口に出るならば、これはどうか。「空襲の目的は都市の一般住民を無差別に爆撃することではなかった」▲1945年3月10日の東京大空襲を行った米軍の作戦任務報告書の前書きの一節である。傍点部はアンダーラインが引かれている。報告書の前書きが異例なら、アンダーラインも例がない。さぞ歯がいたんだのだろう(奥住義重他著「新版・東京を爆撃せよ」三省堂)▲いやもっと直接には、焼夷弾爆撃を指揮したルメイ米軍少将の「負けたら我々は戦争犯罪人だ」という発言も伝わっている。さらにその2年前、砂漠に作った日本の住宅地の模型で燃焼実験をし、東京の下町を焼夷弾攻撃に「最も適した地区」と判定していた米軍だ。(以下略)

 今や、戦後生まれは8割に達し、戦争を知る国会議員は1割を切っているだろう。東京裁判は勝者の裁く一方的なもので、検閲制度の下言論の自由は奪われ、国民は洗脳され、新憲法を押し付けられた。これらに対し抗議もせず、暴動も起きず、テロもおこさず、国民はひたすら屈辱を耐え忍んだ。

 これが、戦後レジームであり、安倍首相らが唱えるのはそこからの脱却である。アベノミクスだけが有名になったが、塾頭はその一連の動きをアベのミリタリルックと名付ける。戦後生まれの多くがそれに同調してないことは知っている。

 しかし、原爆投下を含め、どうして日本人はそれを追求し、抗議してこなかったのか。歴史認識と言っても、日本だけが責められるのは不公平ではないかという疑問は、戦後生まれの多くの人が抱くのではないか。

 コインの裏表のように、物事にはすべて2面がある。どちらかが正しくて他の一方は正しくないというのは、アベのミリタリルック流の決め込み方だ。ただし、ウソと本当だけははっきり見極めなくてはならない。

 まず、本当のことを言おう。8月15日の終戦の詔勅を聞いて、ホッとした人、ガックリした人、今流で言えば「頭が真っ白」になった人がほとんどで、悲憤慷慨して自殺した人など(失敗した人もいるが)、まあ、ごく少数派であろう。

 なお、終戦記念日は間違いで、「敗戦」というべきだという意見があるが正しくない。敗戦が成立したのは9月2日の米艦ミズリー号で交わされた降伏文書交換で、それまでは戦闘を一方的に停止宣言したというだけで警戒はまだ続いていた。

  GHQ(占領軍)は日本国民にどう映ったか。鬼畜米英のはずが丸腰でやってきて、子供にはチョコレート、大人には民主主義と基本的人権(男女同権・労働運動・占領政策に反しない言論の自由)を押し付け?た。

 憲法もその一環だが、もともと日本になかった考え方ではない。軍の掣肘を解き放してくれた存在だ。隠忍自重、悲憤慷慨の涙にくれた人などいない。もっとも、戦争協力者で戦後公職から追放された人の中にはいるかも知れないが。

 次は、原爆や無差別爆撃のことだ。そもそも、人道的云々を言いだしたのは、第一次世界大戦による一般市民の悲惨さを人類が味わってからだ。しかし戦争が始まってしまえば話は別。とにかく勝たなくてはならないのだ。

 勝てば、正義はすべて勝った方につく。勝った方の残虐行為は正義への道程として黙視される。負けた日本人が戦後抗議をしなかったのは、「戦争とはそういったものだ」ということを承知していたからだ。軍人と非戦闘員の区別などしていない。

 戦中、敗色が濃くなってきた頃、原爆(そういった新兵器)のようなものを開発する話を聞いたことがある。それが実現して、形風船爆弾で米本土に……などという夢想もあった。日本が先に発明すれば、躊躇なく実戦に使っただろう。化学生物兵器もそうだ。大量殺傷戦術に関心を持ったのは、お互い様なのだ。

 だから、負けておきながらそんなことは恥ずかしくて言えなかったのだ。広島の原爆碑に「過ちは繰り返しません……」とある。その主語がない、と問題にする人がいる。碑の作者の意向は知らぬが、日本人が被曝犠牲者に訴えているのだ。

 人類が再び原爆を使うような過ちは、日本人が先頭に立って阻止します、という願いと誓を書いたものというのが、塾頭の考えることで、それに尽きるのではないか。つまり、現憲法の存在こそ戦後70年の日本の平和を支え、これからの世界人類の平和を先導するかけがえのない礎になり得る財産だと読むのが至当で、アベのミリタリルックの考えが及ぶところではない。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2015年3月 8日 (日)

国連と日本

 前回の記事を追って「続・テンション民族」としようと思ったが、「自虐史観」になりかねないのでやめた。やはり、日本の国際感覚のズレの問題である。

 今は、留学・ホームステー・経験交流その他、観光を含め外国に行ったことのない若者は珍しいくらいだ。昭和30年代、塾頭の友人がフルブライト基金でアメリカ留学した際、羽田空港には大学教授をはじめ、親兄弟、親戚縁者、友人・同僚など100人近くも見送りに馳せ参じ、まさに水杯を交わさんばかりの騒ぎだった。

 それに比べれば、今はもっと国際感覚が高まっていてよさそうだが、政治・官僚組織などには村の論理がはびこり、外交・安保問題などでは、内弁慶・引きこもりだけが目立つ、むしろ逆な現象さえ見えてくるのだ。

 外交の中で重視されなくてはならないのが国連である。しかし、いつも聞かされるのは「常任理事国入りをめざす」という、決まり文句のお経ばかりで、何にかすぐにでも実現しそうな宣伝もされている。

 その候補にドイツも入っているが、国連憲章上は日本と共に敵国条項該当国で、その解除さえ実現できていない。ドイツは、メルケル首相がウクライナ停戦で不眠不休の外交努力を重ね、EU維持のためギリシアの財政危機緩和に貢献し、ネオナチなど国内の右傾化には厳しく対処する。

 一方の日本は、戦前回帰に意欲的で敗戦を認めようとせず、北東アジアで中国・韓国などと一触即発のような状況を解決できない安倍首相である。最近では、アメリカの知日派といわれる人からも警戒され出している。ロシアとの接近も遠のいたままだ。

 そんな日本が常任理事国入りを求めても、中国が常任理事国でいる限り、絶対に拒否権を行使する。せっかく5大国として日本に差をつけているのに、国連で対等扱いになることなど決して許しはしない。

 韓国出身の潘基文(パン・ギムン)事務総長も、「そういわずにどうぞ」とは言わないだろう。その他の候補国も結局アメリカ票をふやすだけになったり、中東をまとめられないエジプト、パキスタンとの抗争を解決できないインドなど、平和の旗印となるには問題山積の国々だ。

 本塾が今年から変更した副題「戦争したい国より戦争しない国と組もう」で、戦争をしない国として頭にえがいているのは、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、ニュージーランドなど。国連で非人道兵器廃止、核軍縮などで次々と100カ国以上の賛成で国際条約をつくり、現常任理事国に無形の圧迫を加えている、いわゆるアジェンダー諸国だ。

 門外漢・塾頭のたわごとだろうか?。次の引用文を見ていただきたい。

 国連改革をしようとする国々はたくさんあるが、日本は自らその平和理念を打ち出すリーダーになるくらいの気構えでいなければ、世界から尊敬などされはしない。日本の政治家の国連に対する認識で、致命的に欠落しているのがこのポイントなのである。

 これは、22年前の1993年に、国連事務総長室法務担当官・川村亨夫氏が自著『[国連発]ニッポン改造論』に書いたことで、日本が国連に広い視野からアプローチする用意ができていないことを訴えたものだ。 そして、巻末の「あとがき」に書かかれていることは、この22年間、立ち止まったままというより、明らかに日本は後退しているという実態を見ることになる。

 国連から、各国の外交を見ていてつくづく思うのであるが、外交上手と言われる国は、自国と対敵する国を無くす努力をしている。一見、争っている国でも、裏ではきちんと外交ルートと人脈があり、いざとなれば、両国政府の首脳同士が出すサインとシグナルが相手に伝わるようになっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 7日 (土)

テンション民族

 「テンション民族」、この言葉が今どれほど通用するのかわからない。「日本は天皇中心の神の国」といったのは、もと総理大臣森喜朗だが「天孫民族」という言葉が戦後まで確かにあった。熱しやすく冷めやすい。思い込むと「一億一心」見境なく一方に突っ込んでしまう。 そんなとこから、もじって天孫ならぬtension(緊張)民族としたのだ。

 鳩山由紀夫元首相に、ウクライナから住民投票を経てロシアに編入されたクリミア半島訪問の計画があるそうだ。これに対し、菅官房長官や外務省筋は、日本は編入に反対しているので(アメリカからにらまれるという意味だろう)、訪問に反対、と様々な圧力をかけている。

 ネット上ではすでに鳩山氏に、例の「反日」とか「売国奴」などの書き込みが殺到しだした。産経報道だが、枝野氏など民主党も苦い顔をしていると書いている。

 「行きなさい、行きなさい!」。自民でも民主でもない旅行の自由が憲法で保障されてる一国民だ。元首相はキャリアだ。帰ってから、現地の様子なり先方の首長や態勢その他、政府が敵地と思うなら、後からこっそりスパイとして話を聞いたらどうだ。

 アメリカならきっとそうする。外交に長けた国ならどこでもあたりまえなことだ。イスラム国人質事件のあつかいもそうだった。一旦方向を決めたら目くじらを立てて他の方向を見る余裕がない。その点、tension民族というよりstrain民族と言った方がよさそうだ。

 本当の国益とは何か。悲しいかなそこまで頭が回らない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 6日 (金)

虫愛ずる姫君

 今日は「啓蟄」。けいちつ=24節季のひとつで、虫が土中から出てきて活動しはじめる日とされています。新聞には「実際にはもっと遅い」と書いてあり、テレビの天気予報でも「今日は寒い」ということで、穴から出かかった蛙が頭をひっこめてしまったイラストが描いてありました。

 しかし、塾頭の茅屋では昨日、コメ粒の半分ほどのクモの赤ちゃんを発見。そこで思い出したのが「虫愛ずる姫君」です。『堤中納言物語』、『源氏物語』ほど有名ではありませんが、古文習い始めの頃、こっちの方が印象的でした。前後は忘れてしまったので、改めておさらいしなおしておきます。

 彼女は言います、「人々の、花、蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ。人は、、まことあり、本地(ほんぢ)たづねたるこそ、心ばへをかしけれ(=人々が、花や蝶をもてはやすのこそ、全くあさはかでばかばかしいことね。人には真実を知りたがるこころがある。物事の本質を追求するのこそ、すばらしい心遣いなのよ)」。

 その前段には、男の子が木から毛虫を払い落とすのを「白地の扇に黒々と漢字の手習いをしたのを差し出して」受けたことが書いてあるので、この姫君、すくなくとも幼児ではなさそうだ、と解説者が想像してます。(山口仲美『日本語の古典』岩波新書より)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 5日 (木)

70年前の《今》⑥

「小倉庫次侍従日記」――昭和20年(「文芸春秋」平成19年4月号)より

二月七日(水)内大臣の計ひにて、重臣が各個に天機奉伺の機会に拝謁を御願ひすることとし、本日、平沼男[爵]、第一回ありたり。現官にある者を除き、首相を為したるものおよび牧野伸顕伯[爵]、特に今回は加はれり。

<注>二月につぎつぎに行われた重臣たちの拝謁は、天皇が強く要望し木戸内大臣が渋々賛成したものであった。侍立するのは木戸ではなく、藤田侍従長である。参内の目的は、天皇が戦局の見通しとその対策を質す、という建て前になっていたが、各重臣たちには、戦争終結をどう考えるか、終戦のよい方策ありや、それを中心に話すようあらかじめ示唆されていた。結果として、だれにも戦争終結の具体案などあるはずもなかった。たとえば平沼の場合は「さながら漢書の抗議を聞く思いであった」と藤田は回想録に記している。

二月九日(略)
二月十一日(日)紀元節。聖上、拝賀の為め御自動車にて出御ありしも、警報の為め御途中より御引返しあらされる。(以下略)
二月十四日(水)近衛文麿(一〇・二〇―一一・二〇)侍従長病中に付、木戸内大臣侍立。重臣[拝謁]のつづき也)。

<注>重臣拝謁の近衛の日である。この時近衛は「勝利の見込みのない戦争を、これ以上継続することは、全く共産主義の手に乗るものというべきでありましょう」といい、軍部のなかの”かの一味”を一掃することが緊要である、と天皇もア然となることを奏上する。そして「上奏文」を奉呈した。その中にこの戦争は一貫した陸軍の計画に基づく侵略戦争であり、日本を共産革命化する”五〇年戦争計画”によって進められている、などと驚くべきことが書かれていた。

二月十七日(土)本日午前、約五百機、関東、静岡各地に来襲。其後、機動部隊何れか退去したるらし。
二月二十日(火)B29、宮城内落下部品、天覧。
二月二十二日(木)本日、天、大いに雪降る。十九日朝来、硫黄島に敵上陸し来る。

二月二十五日(日)B29百数十機、帝都来襲。宮城内も局約半部、主馬寮厩仕合宿所等焼失す(焼夷弾に依る)。大宮御所、秩父宮御殿等に爆弾落下す。
三月二日(略)
三月六日(火)皇后宮御誕辰[誕生日]なるも、時局柄、何の御催しもあらせられず。御夕餐後、謠カルタにても遊ばさるる様申上げたるも、それさへ遊ばされざりき。

三月九日(金)[十日]〇・一五―二・四〇、B29百二十機帝都来襲、中心部爆撃す。被害甚大なり。

<注>深川・本所・向島など東京下町が夜間の低空による焼夷弾攻撃という新戦法で、一夜にして壊滅とした日である。死者八万九千。総指揮をとったルメイ少将は「日本の家屋は木と紙だ。焼夷弾で十分効果がある」と、それまでの昼間の高高度からの爆撃攻撃作戦を変更した。B29の大編隊による日本本土焼尽夜間攻撃が、この日から始まった。戦後、そのルメイに日本政府は最高の勲章を与えている。

三月十六日(略)
三月十八日(日)戦災地御巡幸(八・五五―一〇・〇七)。
今回の行幸は極秘にて、遽かに仰出されたるものなり。従つて御警護など常侍に依らざりき。

<注>藤田侍従長の『回想』にある。深川から本所へ、さらに浅草から上野へと一巡した。焼跡に立つ都民は驚きと敬虔のまざった複雑な気持ちで、金色の菊の御紋章のついたあずき色の車を迎えた。天皇はいった。
「大正十二年の関東大震災の後にも、馬で市内をまわったが、今度の方がはるかに無惨だ。(略)これで東京も焦土となったね」
 その後は一言もなく、一時間ほどの巡幸を終えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 4日 (水)

二宮金次郎

♪柴刈り(芝刈りではない)
縄ない(稲束を手でよって紐にすること)
わらじを作り 親の手を助(す)け
弟を世話し 兄弟仲良く 孝行つくし
手本は 二宮金次郎

 Kinjirouzou11
 70年前の記憶で書いたので違っているかもれない。戦災で破壊された二宮金次郎の像を復旧したというニュースを見たので浮かんだ歌詞。

 燃料にするための柴(雑木の枝)の束を背負い、歩きながら本を読む姿の像は、日本全国の小学校の校庭にあった。

 それが、戦後には一斉に姿を消す。塾頭はすでに小学校(その頃は国民学校と改称)を卒業していたので、その理由を知らない。

 戦災もあっただろうし、銅像なら金属供出で応召したかも知れないし、石造でも戦後は「忠・孝の封建教育の象徴」として撤去されたのかも知れない。

 貧農の少年・金次郎は、後に幕府に召し出され農村改革に手腕を振るった。像の復旧は、アベノミクスの時流に乗ったものではなく反戦の記憶を留めるためだそうだが、いずれにしても結構なことだ。

 深夜に酒を飲んで仲間を虐殺したり、実の親を殺したりする子供に育てるより、どれほどましかわからない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 3日 (火)

「生まれてない」は国会へ

 前回の記事、「生まれてないからわからない?防衛相」による中谷防衛相発言は、早速本日午前の衆院予算委員会質疑で取り上げられた。最初が民主党の枝野幹事長。

 「まさかこんな発言をしていませんよね」と、皮肉たっぷり。まじめな防衛相はそれには直接答えず、法解釈を繰り返すにとどまった。

 あとを引きついだのが、辻本清美委員の関連質問である。首相の隣席にいる中谷防衛相、石破特命相ともに長い議員生活の中で防衛・安保問題を議論しあってきた、いわば手の内を知り尽くした間柄である。

 辻本氏は、その中で防衛大や自衛官の経歴を持つ中谷氏から、文民統制の重要性を熱心に聞かされていたことを披露した。そして、中谷氏の「生まれたあと」である佐藤首相や竹下首相などが、自衛隊における背広組が制服組に優先する文官統制もその線から妥当のものだとする発言をとりあげた。

 また、当塾でも問題にした後方支援、機雷除去、船舶臨検、出動の地理的概念などについても、集団的自衛権解釈変更閣議決定以降、どうしてこのように変わってきたのか逐一説明を求めた。これらに対し、いずれも「事情の変化」とか「環境の変化」と答えるしかなかった。

 辻本議員は、「北朝鮮による危機的状況なども前からあり、ここにきて大きな変化とはいえない」と指摘したが、「本当は、安倍さんが首相になってその閣僚に選ばれたことが、事情の変化でしょう」と言ってもらいたかった。

 しかし、塾頭が中谷氏は、「事情は知っているはず」と書いたように、辻本氏も武士の情けで追及の手をあえてゆるめたか、安倍首相にも、電通など数社から補助金受領会社から政治献金を受け取っていることが発覚したようだし、とどめを刺す時期と内容を選んだとすれば、分からないわけでもない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 1日 (日)

生まれてないからわからない?防衛相

 下は毎日新聞の報道だが、中谷元防衛相が、防衛省の「文官統制」の法律ができた頃まだ生まれていなかったのでその趣旨がわからないという趣旨の発言があったことを伝えた。他紙の扱いは簡単で、その最後の部分は見当たらない。

中谷元防衛相は27日の記者会見で、防衛官僚(背広組)が自衛官(制服組)を監視する「文官統制」の根拠とされてきた防衛省設置法12条の規定が、軍部が暴走した戦前の反省を踏まえて盛り込まれたかどうかを質問され、「そういうふうに思わない」と語った。規定が盛り込まれた経緯を問われると「これ(同法)ができたのは1954年。私はその後、生まれたわけで、当時どういう趣旨があったかは分からない」とも述べた。

 中谷氏は自衛隊出身だが、他の自衛隊出身議員と違って、慎重で見識もあり、上のようなやや投げやり発言をする人とは思わなかった。あるいは、事情は知っているがそういったことを無視して法改正をせく現安倍政権に、業を煮やした上での皮肉発言か?。

 そういった逃げ口上が通じるようでは、日本もいよいよ危ないということになる。歴史認識としてというより、世界に通ずる常識として反戦塾は教材を提供しておかなければならない。日露戦争に参加し、のち海軍大佐に昇進した水野広徳(1875・5・24 -1945・10・18)は、軍国主義はなやかな時代、すでにこんなことを書き残している。

軍人というものは、戦争という国際大競技会に出場する選手のようなものだ。出場する以上は観衆によい勝ちっぷりを誇示したくなるのが人情である。相手を破って勝利の優越感に浸りたくなるのも自然の勢いかもしれない。強大な軍隊と精鋭な兵器を手にした軍人は、空砲を打つだけでは満足できなくなり、敵を求めて実弾を撃ってみたくなる。(中略)軍人が政治の実権を握る国は常に戦争の危険がある。(木村久邇典『帝国軍人の反戦』朝日文庫、所載)

 そのほか、関東軍の陰謀で満鉄の線路を爆破し、敵兵の仕業として中央の方針にそわず満州事変のきっかけとして戦線拡大したこと、中国の盧溝橋で偶発的な銃撃戦が起き、政府の事態収拾方針に反して戦線拡大をした軍部など、下剋上といわれる軍部が勝手にやったことでも罰せられることはなく、その後の勝利などでかえって昇進の道が開かれるなどの事実は枚挙にいとまない。

 それらは多くの歴史書、参考文献がすでにあり、一部の歴史修正主義者が奇をてらった論文などもあるか、多くを勉強し総合的な判断をすれば分かることだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »