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2015年2月 8日 (日)

魑魅魍魎

 ちみもうりょう=山の怪物や川の怪物。さまざまなばけもの。これを漢字で書けといわれても絶対に書けない。読めるけど書けないという字の代表だが、その正体もわかっているようでわからない。なんでこんな題を持ち出したかというと、「ネトウヨ・サヨ論」を書きたかったからだ。

 塾頭のブログ歴は今年で10年になるが、当初は「反戦老年委員会」というタイトルをつけていた。もちろん、ベトナム戦争の頃の「反戦青年委員会」をもじったもので、「懐かしい」という書き込みもあった。名前を変えたのは、第1次安倍内閣が突然崩壊し「やれやれ」と思ったこともある。

 このブログも題名から見て左翼と見なされ、しかも団体が運営という誤解もあってか、ウヨの書き込みで炎上状態になったこともある。また、相当丹念に読んでいただいて、「文章も中身もたいしたことはないが、やはりサヨである」という評価を頂いたことがある。

 有難いことだ。サヨだけがくる自己陶酔の場で、ウヨこ門戸を閉ざすようでは塾を開く意味がない。そのせいでアクセスが減るようなら、別の工夫が必要だということになる。

 塾頭は、いわゆる「全共闘」より上の世代で、過激な運動を批判的に見ていた口である。今でも当時の極左に対する指導者的存在であった進歩的文化人の論調を見ると滑稽に思えてくるものが多い。だがネットの世界ではウヨかサヨに分類しないと気が済まない、という風潮があるようだ。

 さて、本題に入るが、ブログ開設前から、掲示板と称するコーナーに品のない罵倒を繰り返す「ウヨ」の存在は知っていた。まるで昔の公衆便所の落書き(このたとえも今じゃ通用しない)と同じな、と感じていた。

 しかし問題は、民主党崩壊前後から特に顕著になった日本の右傾化と、安倍内閣を支える2度の総選挙にネトウヨが影響しているのかどうかである。統計も調査もないく、つかみどころもないので、真相は杳としてわからない。仮に影響があるとすれば、昔、戦争の火付け役となった「大陸浪人」や青年将校とどう違うのかを突き止めなくてはならない。

 昔と違うのは、現憲法のおかげで議会政治が機能していることである。選挙で軍国指向の安倍首相の失脚を実現するしかない。かつては、労働組合による集団投票などというものがあった。今は、自衛隊が――ということもなかろう。

 つまり、ネトウヨ、サヨというのは魑魅魍魎の世界で、正体はつかめない。時の流れや世相次第で右へも左へもゆれ動くもの、塾頭にはだんだんそう思えるようになった。ネトウヨが安倍首相を作ったわけでなく、一時的に安倍首相に乗ってみただけということだ。

 中田安彦『ネット世論が日本を滅ぼす』ベスト新書、という本がある。実は書評を見て別の本を買いに行ったのだが、隣にあったこの本を立ち読みしたら、プロローグに「ネトウヨ第一世代だった私」とあり現在までその傾向や内容を分析し続けた中味にひかれ、この本を買ってしまった。

 著者は、1976年生まれで塾頭の息子より若いがネトウヨを始めたのは、パソコンというものを大学生が何とか1台持ち始めたころ、だという。その動機を次のように述懐する。

 政治的な議論はもっぱら、BBS(掲示板)というシステムを使って行われました。ここに小林よしのり氏の「戦争論」(幻冬舎)とか産経新聞の『正論』や文芸春秋の『諸君!』を大学の図書館で読んで、”開眼”した若者が集まって、「朝日新聞」や「岩波書店」の悪口と、「正しい歴史認識」についてちょっと前に知ったにわか知識の自分の意見を開陳するわけです。産経新聞が始めたキャンペーンのおかげで、朝日新聞の歴史認識はいわゆる自虐史観で、産経は自由主義史観という正しい認識を提示しているということになっていました。

 その後、「新しい歴史教科書をつくる会」や「日本会議」にも参加したところ、韓国系新興宗教「統一教会」が絡んでいたり、保守政治家の選挙を応援している構図を知り、疑問を感じるようになる。そして一時新聞記者などを経験して、副島国家戦略研究所の研究員として系統的に客観資料に触れ、ネット言論を批評するようになる。

 そういった経過で、ネトウヨの「極論」卒業し、アメリカの知日派といわれブッシュ大統領の後ろ盾となったジャパン・ハンドラーズなど動きを調査するようになる。同書を通読してみて、共感できる点できない点いいずれもあるが、ネットウヨもサヨも、ネット上でしばしばオウン・ゴールが見られるという点は、同感だ。

 ネットではないが、慰安婦問題で強制的な;連行があったとする陰謀論的証言に飛びついて、誤報を謝罪する破目に陥った朝日新聞のようなことは、ネトサヨの主張にありがちな傾向である。また、一時盛んだった、憲法などがGHQに押し付けられたというウヨによる「戦後レジーム」論も、個別の資料が発掘されるに従い勢いを失った。

 つまり、決定打を狙って自縄自縛となり、思ったような影響力を持つようにはならないということである。前掲書の筆者のように、研究や知識を深めるにつれ、今ではネトサヨになってしまったという告白もある。

 戦後レジームといえば、安倍首相が戦後70年で新談話をどのような文面で出すか注目されている。村山・河野談話の否定はないにしても「戦後レジーム脱却」は封印した方がいいという忠告を受けているという。

 それを言ったのは、麗沢大学教授・八木 秀次氏で、もと高崎経済大学にいた人である。もうお断りすることもないがつくる会会長なども歴任した安倍首相ブレーンで、天皇後継者には神武天皇のY染色体がなくてはならないなどの奇説を立て、失笑を買った学者である。

 野党やマスコミから意見されると色をなして反撃するが、八木教授の意見ならばそれに従うというのでは、ネットウヨのレベル以下といわざるを得ない。

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コメント

客観性を無視する論者は、簡単に論理の行き詰まりを生じます。そうなると別の論点へとすり替えて、はちゃめちゃな観念論を連発して相手が呆れると、鼻を膨らませて自己の論理を鼓舞し、「雄叫び」をあげて自画自賛する。それはそれで欲求不満の解消に役立てばいいじゃないですか。右だろうが左だろうがです。

ただ、欲求不満の解消のために表現の自由が侵害されるのは迷惑というものです。いつの世になっても自由というのは侵害されながら受け継がれていく運命にあるのは確かです。

投稿: ていわ | 2015年2月 8日 (日) 21時14分

(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ
自虐史観・・・
なんて言い方、流行ってますが、
自虐史観の反対語はなんでしょうね。

強いて悪い観方をしている、という意味合いの自虐史観ですが、屁理屈というものでしょう。
日本の戦争政策が皆正しかった、という屁理屈。

投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2015年2月 8日 (日) 22時06分

ていわ さま
「板垣死すとも自由は死せず」。

133年も前の事なんですね。どこの国の事かと思います。

投稿: ましま | 2015年2月 9日 (月) 07時21分

根保孝栄・石塚邦男 さま

自虐史観の反対――。「自慰史観」でしょうか(笑)。

私が知っている自虐史観は、GHQに新憲法や言論の自由を押し付けられ軍隊も取り上げられた。それでも日本人はジーッと我慢し、文句の一つも言えなかったとする「戦後レジーム」史観です。

投稿: ましま | 2015年2月 9日 (月) 07時39分

本来は憲法擁護、法律遵守や平和の擁護は保守の一番大事な仕事です。それなら反戦熟ですが、間違いなく保守ですね。
現在有る社会や、良き良き伝統や権威を守り保つから保守なのです。
ところが、平和な現在を否定して、戦争に次ぐ戦争を行った挙句に70年前に滅び去った大日本帝国を天まで持ち上げる姿勢は、保守とは到底呼べない。
永遠どころか、大日本帝国はたった77年しか続かなかった。平和外交の江戸幕府は260年であり、こちらの方が間違い無く正しい日本の伝統。
少し前にB29の乗員殺害の話が出ていたが、基本的に一般の日本人は捕虜に対しては寛大であり親切であったことは200年前のロシア人将校ゴローニンの記録にも残っている。
対照的なのが大日本帝国で残虐さではイスラム国も真っ青。
関東大震災では朝鮮人の大虐殺も行っているが、普通の一般市民では無くて、殺害の主役は自警団なのです。B29乗員に対する殺害などもこの自警団とか憲兵隊です。

投稿: 宗純 | 2015年2月10日 (火) 10時33分

宗純 さま

コメントありがとうございました。

 町内会長というのは、たいてい地元で有力な年配の方がやっていてこわい存在ではなかった。

自警団は、退役軍人とか青年団幹部とか教員上がりなど、町内会副会長などを兼務しており、物資の配給とか防火訓練などに口出ししたり指導したりする。

同時に、民間の不穏言動にもタッチしていたようで、「壁に耳あり」というのは、スパイ向けではなくこういった、自称戦争指導者でした。

投稿: ましま | 2015年2月10日 (火) 11時09分

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