イスラム国に幕
人質・後藤健二さんが殺害された。それをネット上に公開した犯人側の宣言はこうだ。
日本政府よ。
邪悪な有志連合を構成する愚かな同盟諸国のように、お前たちはまだ、我々がアラーの加護により、権威と力を持ったカリフ国家であることを理解していない。軍すべてがお前たちの血に飢えている。
安倍(首相)よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう。
ここからいくつかのことがわかる。その最大の物は、これまでも非常に綿密に計算され、効果を上げてきたような宣伝作戦が、ついに人質というカードを失い何も得ることなく終幕を迎えようとしていることだ。
文面から見てみよう。
「(日本政府が)我々がアラーの加護により、権威と力を持ったカリフ国家であることを理解していない」
つまり、過去に栄えたウンマ(宗教共同体)ではなく、世俗的な国家に仲間入りしたいという一面をはっきり見せたことである。日本政府は、たしかにヨルダンの陰に隠れ「国」であることを認めようとしなかった。
2段目は、「戦争に参加」と、有志連合を相手に国際法上の「戦争」をしているという認識だ。アメリカなどが主張したいテロリスト摘発の警察行為という解釈は、真っ向から否定する。すなわち「聖戦」なのである。
イスラム国側は、自爆テロに失敗した女性は戦士と見るが、宗教指導者(カリフ)・バグダッディを含め、日本を含めた同志国側は「容疑者」として扱う。航空母艦や戦闘機・戦車が活躍し、軍隊が派遣されて「戦争ではない」というのは、たしかに現代進行中の歴史的欺瞞だ。
その戦争を含め、日本は70年間一人の外国人も戦争で殺さなかった。しかし、イスラム国は一挙に2人の日本人を虐殺した。安倍首相の中東訪問で気に入らない発言があったにしろ、許しがたい暴挙である。
宣言は、日本国民と安倍政権を巧みに区分しているという説がある。また、殺戮行為を「軍」に転嫁しているようなところも見える。そして、宣言がほとんど正確に実行に移されていることもわかった。しかしそんなことは、今や何の意味もなさない。
ヨルダン軍のパイロットもすでに殺されている可能性が高い。もうこれまで機能していたような人質カードは切れなくなるだろう。ヨルダンを揺さぶることができたのは日本と後藤さんの存在があってこそなのだ。
また、日本をテロで脅すにしても、安倍発言より後藤さん虐殺のショックの方が大きく、日本に恨みを持つ一匹オオカミのテロリストがでてこない限り実現不可能だろう。
それをいいことに安倍暴走が始まれば、今度こそ何が起きても不思議がない。幕引きに当たりそのことを銘記すべきだ。
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コメント
宗純 さま
USI……。アメリカとの対抗上ユナイテッド ステーツ オブ イスラミーが一番いいのではないですか。
投稿: ましま | 2015年2月 3日 (火) 17時46分
ていわ さまのご意見に賛成します。
アメリカが中東から手を引くのが一番です。ウクライナにしろ中東にしろ今や直接利害がないところに手を突っ込むことはないでしょう。
地域紛争は地域の中で、イスラムはイスラム同士解決すればいいのです。イスラムがクリスチャンと同じ価値観になることなどあり得ない。
前に「さわらぬ神にたたりなし」は日本の公序良俗だ、と書いたことがあります。これは無責任な日和見ではなく、「目には目を」ではない多神教の教義ともいえる誇るべき文化だと思います。
投稿: ましま | 2015年2月 3日 (火) 17時35分
ISISの主張する最高権威としてカリフが支配するムハンマドの時代の政教一致の神聖国家ですが、
これ、昔の教科書ではサラセン帝国といっていたが、
今ではイスラム帝国に名称が変わっている。
それなら、ISISの英語訳が変で、主権が有る国家の意味のステーツでは無くて、正しくはエンパイア(帝国)ですね。
ただ、それだと今の教科書のイスラム帝国と同じ名称になるので、ISISが避けたのでしょうか。
この『イスラム国』の表記ですが、考えると結構面白い。
投稿: 宗純 | 2015年2月 3日 (火) 13時54分
イスラム国に対する塾頭の評価でしょうか。人間の命を尊ぶ限りその命を軽視するイスラム国を直視することはできない。というのであれば理解できます。クルアーンも神の思召しに反することを奨励してはいませんので、極悪非道で野蛮な行為は決して許されないということになります。
イスラームはそもそも各々の共同体を基盤とし、全世界のイスラーム共同体の規範を明文化したものであって、ウルトラ殺人集団(あくまでも仮説の表現)の共同体が生まれた場合でも、イスラームの中で解決していく必然を持っているのです。イスラム国への評価は、イスラームに委ねるしかないということです。
異教徒は深入りせずに、正当な交易をすることで共存共栄をはかればよいということです。欧米の軍事介入は論外で、日本は善きビジネスで共存共栄を目指すことです。
サウジアラビアや湾岸諸国、エジプトやパレスチナ、イスラエルまで経済界のトップを従えてビジネス外交まっしぐらの安倍さんですから、次はアフガニスタン、パキスタン、ついでにイスラム国を相手にビジネス展開してみたらいいのではないでしょうか。
投稿: ていわ | 2015年2月 3日 (火) 10時07分
塾頭も切にそれを期待してました。
しかし、後藤さんがキリスト教徒だったことがちょっと引っかかるのです。
うちは仏教ですが、イスラムでは異教徒にあたり、言葉は悪いが猿か犬の扱いです。害を与えない限り彼らは殺したりしません。
キリスト教徒とユダヤ教徒は、同じ神を信ずる啓典の民扱いで、税金(身代金?)さえ納めれば信仰はそのまま許されムスリムとの結婚も許されます。
ところが、ムスリムを排除しようとする動きがあればどんな手を使ってでも抹殺するまで戦います。近親憎悪のようなものでしょうか?。
だから安倍首相の「罪は必ず償わせる」という発言は、欧米にならったのでしょうか、いかにもキリスト教的表現で、危険を感じます。
以上、塾頭珍説。
投稿: ましま | 2015年2月 3日 (火) 07時25分
投稿は『アイシル(ISIL)』の連中の一方的な発表ですので、まだ生きていることを期待したいです。
投稿: 玉井人ひろた | 2015年2月 2日 (月) 21時19分
「イスラム国」と聞いて最初になにか違和感をを感じたことを書いています。略称なら中国や韓国がありますが、正式には民国・共和国と続くわけです。
つまり、聖なるムハンマドには遠い俗物的なにおいがするということです。
投稿: ましま | 2015年2月 2日 (月) 17時19分
去年6月に建国宣言をして、マスコミ各社が一斉に『イスラム国』と呼び出したのですが、何か違和感がある。
他に、この○○国と呼ぶ例が、無いのですね。
我が日本国が造った、13年間しか存在しなかった『満州国』程度ですよ。
まあ、『日本国』と呼ぶ例は有るが、普通は『国』をつけずに日本だけ。
ロシア国とか、インド国など、何とも不自然であり、語呂が気持ち悪い。
『国』付きのイスラム国ですが、もしも日本のマスコミが『満州国と同じだ』との意味をこめていたとしたら、政治的な判断が立派、見上げたものなのですが、
どうもそこまでは考えていないようです。
投稿: 宗純 | 2015年2月 2日 (月) 14時26分