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2015年2月

2015年2月28日 (土)

米、イスラエル関係悪化

Dscf4447 写真は昨日付毎日新聞紙面である。他の記事を優先させたため一日遅れになってしまったが、イスラエルとアメリカの関係、これまでも報道の端々に現れていたが、こんな大見出しで扱われるようになったことは意外であった。

 イスラエルのネタニヤフ首相が来月3日、訪米して議会で演説することになった。これは共和党のベイナー下院議長がホワイトハウスや国務省の頭越しに招待して決まったものだ。共和党内にはイスラエルの持論であるイランへの制裁強化などの強硬論が根強く、交渉優先のオバマ政権と厳しく対立している。

 記事内容は、ライス米大統領補佐官やケリー国務長官がこれを非難する中で、「両国関係を破壊する」という激しい言葉を使い、あともどりできないほどの関係悪化を伝えている。

 記事中の図解は、イランの核問題を交渉で解決に持ち込みたいオバマとそれに反対する共和党、イラン敵視を続けたい右派出身のネタニヤフ首相とそれを支持している共和党、そしてイスラム国攻撃でアメリカと歩調が合ってきたイランの4者を対比して見せたものだ。

 「昨日の敵は今日の友」、こういった複雑な中東の情勢に手を突っ込んでしまったアメリカ。こういった泥沼状態がブッシュのイラク進攻に端を発しているという思いがオバマには強いのだろう。そこから一日も早く抜け出したいというのが本音だと思う。

 下半分の記事は、時事通信電で、イスラエルの対外情報機関モサドが「イランは核兵器製造に必要な活動を現段階で行っていない」と分析した報告書を作成していたことが明らかになったという、アルジャジージーラによる報告書入手の報道だ。

 これも、ニセ情報で動くネタニヤフ政権への不信をつのらせる原因となるだろう。安倍首相が中東訪問でネタニヤフとの親密さを演出し、不用意な援助発言をしたことが人質問題に影響したという見方があるが、それをもってアメリカに同調したと考えるようでは、外交に落第点しかつかない。

 ウクライナ問題を含め、アメリカ以外の世界各国は二枚腰三枚越しの外交戦略をとっている。安倍首相の「積極的平和主義」や「地球規模の視点」が、こういった激変する世界の現況をふまえたものだとは到底思えない。

 なお、アメリカではユダヤ人支持、右派強硬派=共和党と考えがちだが、必ずしもそうではない。その逆で民主党に強い影響力を持つこともあるのだ。ただ、政界ロビーが強力で、選挙に少なからず影響をもたらすということだけは確かのようだ。共和党は、決して安倍首相のお友達ではない。

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2015年2月27日 (金)

改憲のしたじづくり

 政府が進めている安全保障法制整備は、いよいよ「戦争」に手がとどく範囲に迫ってきた。ひとつが「船舶検査」である。これまでも、周辺事態法のの関連法で船舶検査関連法による朝鮮半島有事や台湾海峡有事の際、国連安保理の決議か「旗国」の同意を前提に、我が国領海や我が国周辺の公海で、積荷などの検査ができた。

 軍隊が行う戦時の強制的な船舶検査(臨検)は、国際法上武力行使と見なされる。したがってこれですら自衛隊の行為として憲法違反すれすれの線だと思えるが、今回は、日本周辺の有事という活動範囲を無くしようとしているのだ。

 自民党では「任意検査だけでは実効性が担保されない、船長の承諾のない強制検査も認めるべきだ」としいてる。塾頭が現役の時代、商品の「舷側渡し」というルールがあり、岸壁から一歩その船に踏み込めば、そこは旗国の主権の範囲であると教えられていた。

 臨検などして、本格的な軍事的反撃を受けたらどうするんだろう。やはり、機雷除去同様逃げてくるのだろうか。

 次が邦人救出である。日清戦争に始まって満州、北支その他「邦人救出」を口実に何回出兵し、何人の人命が奪われたことか。中には上海事件のように、関東軍の陰謀で日本山妙法寺系の行者を襲わせ、軍事行動発動のきっかけにしたこともある。

 昨年7月の安保法制に関する閣議決定で「領域国の受入れ同意がある場合は、武器を使用して邦人救出に対応できるようにする必要がある」としていることである。公明党は、武器使用が武力の行使に当たらない担保として「受入れ同意が安定的に維持されている」ことを重視する、といっている。

 そこにある国が、自力で解決できず他国軍の介入を許すということは、すでにそこに一帯を支配する軍事勢力存在するということである。政府軍であろうとなかろうと、どうみてもそこでは戦争になる。公明党の話は気休めにもならない。

 たとえば、ウクライナに当てはめてみよう。ウクライナ政府がそれを認めても、親ロ派軍の支配地区の邦人を救出に行けるかどうかを考えればいい。政府の考える前提などは、ありえない架空の論議ではないか。

 一般の人には「邦人を救出するのは当然だが、なんだかよくわからない」というのが正直な印象だろう。こうやって、憲法改正の下地を作っておこうというのである。

 反戦塾がこんなことを言っても始まらない。野党やマスコミが詳細を掘り下げ、戦争に向けた法制化を阻止しててほしいのだ。

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2015年2月26日 (木)

終末高高度防衛ミサイル

 韓国と中国の間がぎくしゃくしているようだ。昨年以来アメリカが開発した終末高高度防衛ミサイル(THAAD)の韓国配備計画に、中国が神経をとがらしている。今月になって訪韓した中国の国防相が詰め寄った。米国が韓国に配備しようとしているミサイル迎撃システムは中国を狙った兵器であり、配備を認めるなら中韓関係は大きく損なわれる――。

 朴槿恵大統領は、中韓の緊密な関係を内政外交の切り札として使ってきただけに、その事実関係をはぐらかしているようだ。中国による内政干渉の批判も出てくる中、苦悩に満ちた決断を迫られることになる。

 聞きなれないミサイルだが、敵の弾道ミサイルを、飛行の最終段階に差し掛かり大気圏に再突入するタイミングで撃ち落とすために開発された。射程の短いパトリオット(PAC3)よりも高高度で迎撃することができる。韓国に配備されると、北京周辺も高性能レーダーの探知圏内に入る。

 攻撃用でなく専守防衛用迎撃ミサイルである。北朝鮮や中国が数百発も配備しているといわれる中距離弾道弾を、効果的に防ぐにはこれしかない。憲法に制約をうけながら国土を守っていくわが国の究極の自衛措置なら、あてにならない「抑止力」よりこっちの方に金をかけた方が利口だ。

  ロシアもアメリカに対し、似たような抗議をしている。しかしこれは、戦略核兵器削減条約で、お互いの攻撃用兵器の本数を目標を立てて削減しようとしている中で、一方が迎撃システムを配備すればバランスを欠き、制限本数の意味がなくなるではないかということである。一応それなりの理屈はある。

 ところが、中国のはせっかく作ったものを撃ち落とされたら損するではないか、という程度だ。抗議をするくらいならそんなものを作ったり配備したりしなければいい。守る方も何も高いカネ使ってMDシステムなど用意する必要がない。

 中国にとっては、アメリカが韓国内に核兵器を隠し持っているだろうということだろう。中国はかねがね核の先制攻撃はしない、と称している。そうすれば、韓国からアメリカが先制攻撃をするとでもいうのだろうか。核戦争をするなら、何も韓国を介在させることはない。

 ヨーロッパではすでに戦術核の撤去が進んでおり、アメリカはアジアを含め軍艦載の核ミサイルを一方的に撤去している。アメリカが韓国から核攻撃をはじめても、アメリカに危険が及ぶだけで、何も利する所がない。

 日本では同システムの電波関連施設を先行設備するようだが、中国が居丈高でいる限り、また北朝鮮のことも考え必要なシステムなのかなあ、と反戦塾頭でもそう考えてしまう。

 行きつくさきは、高高高度、つまり宇宙戦争と人留守の破滅だ。「お互いに無駄なこと止めましょうよ」と言えるのは、平和憲法を持つ日本ならではのことではないか。

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2015年2月23日 (月)

歴代天皇と戦争

 大御心、「おおみこころ」と読む。戦後なくなった死語のひとつだ。戦争が終わるまで、天皇の肉声を国民が聞くことはできなかった。終戦の詔勅は国民が生の声を聞く珍しい機会だったが、「よく聞き取れなかった」という回想は、録音技術だけではなく、口語には縁のない「勅語」で、その後のアナウンサーの解説があってやっと理解できたというのが偽りのないところ。

 大御心は、もっぱら下賜品に対する感謝や、御製(和歌)など、天皇の国民に対する思いやりをおしはかるための用語であった。昭和天皇に関しては、寺崎英成『昭和天皇独白録』をはじめ、側近による証言がいろいろあり、昨年には「昭和天皇実録」の公刊もあった。

 昭和天皇の戦争責任は免れ得ない。ただ、開戦に関連する御前会議の最後によみあげられた

よもの海 みなはらからの 思ふ世に
       など波風のちたちさわぐらむ

が有名であり、天皇の平和願望のあかしとされている。これに対し、詩人・松村正直氏は、平山周吉著『昭和天皇「よもの海」の謎』を引いて、明治天皇がやはり同時期によまれた

こらは皆 軍のにはにいではてゝ
      翁やひとり山田まもるらむ

ちはやぶる 神の心にかなふらむ
      わが国民のつくすまことは

をあげ、平和愛好を意味したはずの歌が軍部によって「戦争容認」と読み替えられてしまったという推測を紹介している。(2/27毎日新聞・東京、「歌壇月評」)

 今上(きんじょう=これも死語か?)天皇は、塾頭よりわずかに若いが、終戦時学童疎開のようなかたちで那須に疎開中であった。少年とはいえ、開戦から敗戦に至る経緯はつぶさに見てきている。昭和天皇の退廃位、天皇制の行方や自身の身の上にどのような災難が降りかかってくるか、見当もつかなかっただろう。

 新憲法でようやく「象徴天皇」という、天皇の居場所が定められる。それでも、昭和天皇は自らのあるべき姿を模索し続けた。天皇制存続を保障するのは2600年の万世一系の皇統ではなく、国民の総意をうたう新憲法と平和を希求し祈る役割だった。それを共通体験の中から目の当たりにした今上天皇の献身的な日常は、国民すべての知るところだ。

 Dscf4446
 そして、昨22日は皇太子の55回目の誕生日。戦後70年の感想について皇太子の感想全文(下記)を伝えたのは、読売新聞(電子版)であった。安倍首相の「戦後レジームの脱却」とはま反対。まるで首相の70周年談話をけん制するような内容である。

 ネット右翼諸君は何というだろうか。天皇一族はダサヨで反日か。他社は要約なのに貴重な紙面を割いた読売新聞もそうか。オットドッコイ残念でした。渡邉恒雄読売会長は元一兵卒の反戦主義者で首相の靖国参拝大反対の旗頭だ。安倍君の孤立は覆うべくもないのだ。

先の大戦において日本を含む世界の各国で多くの尊い人命が失われ、多くの方々が苦しい、また、大変悲しい思いをされたことを大変痛ましく思います。広島や長崎での原爆投下、東京を始め各都市での爆撃、沖縄における地上戦などで多くの方々が亡くなりました。亡くなられた方々のことを決して忘れず、多くの犠牲の上に今日の日本が築かれてきたことを心に刻み、戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう過去の歴史に対する認識を深め、平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います。そしてより良い日本をつくる努力を続け、それを次の世代に引き継いでいくことが重要であると感じています。

 両陛下には、これまで様々な機会に、戦争によって亡くなられた人々を慰霊し、平和を祈念されており、今年は、戦後70年に当たり、4月にパラオ国を御訪問になります。戦後60年にはサイパン島を御訪問になりましたが、お心を込めて慰霊されるお姿に心を打たれました。また、両陛下には、今年戦後70年を迎えることから、昨年には広島、長崎、沖縄で戦没者を慰霊なさいました。私は、子供の頃から、沖縄慰霊の日、広島や長崎への原爆投下の日、そして、終戦記念日には両陛下と御一緒に黙とうをしており、その折に、原爆や戦争の痛ましさについてのお話を伺ってきました。また、毎年、沖縄の豆記者や本土から沖縄に派遣される豆記者の人たちと会う際に、沖縄の文化と共に、沖縄での地上戦の激しさについても伺ったことを記憶しています。

 私自身もこれまで広島、長崎、沖縄を訪れ、多くの方々の苦難を心に刻んでまいりました。また、平成19年にモンゴルを訪問した際に、モンゴルで抑留中に亡くなられた方々の慰霊碑にお参りをし、シベリア抑留の辛苦に思いをはせました。

 私自身、戦後生まれであり、戦争を体験しておりませんが、戦争の記憶が薄れようとしている今日、謙虚に過去を振り返るとともに、戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に、悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切であると考えています。両陛下からは、愛子も先の大戦について直接お話を聞かせていただいておりますし、私も両陛下から伺ったことや自分自身が知っていることについて愛子に話をしております。

 我が国は、戦争の惨禍を経て、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、平和と繁栄を享受しています。戦後70年を迎える本年が、日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し、平和の尊さを心に刻み、平和への思いを新たにする機会になればと思っています。

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2015年2月22日 (日)

安倍サーカス

 集団的自衛権容認の閣議決定を受けて、安全保障法整備の与党協議が進められる。改憲路線をひたはしる安倍首相の顔には、最近あせりも見え始めている。そこでのキーワードは「後方支援」と「地理的概念」だ。

 難しい話になるので、「おやじ談義」風に書いてみよう。まず「後方支援」である。
 「後方支援は、戦闘地域ではない場所で行う物資や兵員の輸送などを指すのだから、戦争や軍事行動に当たらない」などといっている。

 そこには、敵から見れば、という視点が全く抜けている。日中戦争を含め、これまでの戦争の常識から見るとナンセンスだ。敵地奥深くまで攻め込んだ攻撃兵も、連日戦い続けるわけにいかない。食糧や弾薬も補給がなくなれば守備側の方が有利になる。

 そこで、長く伸びた補給線を急襲し混乱させる。それが少ない兵力で可能な、効果的戦法だからだ。戦闘地域でないなどの理屈は、全く敵には通用しない。「戦闘になったら逃げてくる?」とんでもないことだ。逃げるという行為は、最大の犠牲を覚悟しなければできない話だ。

 朝鮮戦争を例にとってみよう。北朝鮮軍は破竹の勢いで半島を南下してきた。米軍の反撃は当然予期されたものだ。その出撃基地は日本国内にあり、物資も日本国内で調達して送られる。これが「後方支援」で、遠いアメリカからの補給ではない。

 現に北九州への攻撃をおそれ、警戒警報まで発令された事実がある。上陸地点の機雷除去に参加した海上保安庁の船が触雷・沈没して犠牲者を1人を出した。北朝鮮から見れば日本は敵国であり、アメリカと38度線で停戦するがいまだに戦争状態が続いているのだ。拉致は知っていても、韓国のように国交回復50周年などとは言えない関係にあることを知らない人がほとんどだ。

 次が地理的概念だ。安倍首相の祖父・岸総理の時代にできた安保条約をあらためて読んでいただきたい。地理的概念は「極東における国際の平和及び安全」が3回でてくる。これは在日米軍の任務の範囲と読める。

 もうひとつは第5条である。「各締結国は、日本の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和および安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する」とある。

 5条はまさに「集団的自衛権」そのもので、前文にしっかりその精神をうたったいる。ただ、その地理的条件を日本の領土・領海・領空に限っており、アメリカの安全は、在日米軍を含む日本に滞在するアメリカ人およびその財産と見なされる。

 それを、恒久法で全部外し、地球全体まで広げようというのだから暴挙だ。たとえ、軍事行動にでなくても、前段でいったように戦争ができる国の軍隊と共同作戦の最中に、途中で「やーめた」といって日本だけ帰って来るというのは至難の技である。戦争とはそんな生易しいものではない。

 この法制化は、憲法に違反するだけではなく、日米安保条約を改定しなければできない性格のものだ。裁判による司法のチェックもあるし、アメリカでも当然議論が起きる。自公でごちゃごちゃやってはみるが、どだい無理な話しなのだ。安倍一派はそれを承知の上で綱渡りをしている。

 そんなに無理ならば、憲法の方を変えましょ、さあ、国民の意見を聞きましょ、というのが彼らの究極の作戦に違いない。本当は、あっさりこの法律を通してしまった方が安倍一派は困るのではないか。国民はそんな下手なサーカスを見たくはない気持ちだ。

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2015年2月21日 (土)

転進?小林よしのり氏

Dscf4443 小林よしのり氏の『新戦争論』という名の全5段広告が大新聞に掲載された。驚いたのはその中身である。写真の字が読めない方は、ぜひ写真をクリックして拡大してみてほしい。項目だけ見ると塾頭が日頃言いたいことのほとんどを網羅している。

Dscf4442
 氏は、ここ10数年の顕著な右傾化・ネトウヨ蔓延に、かねがねその教祖のような言われ方をしてきた。当塾で検索してみると過去4回氏の名前が出てくる。いずれも中身という程の物はないが、その影響についてネトウヨ第一世代と自称する中田康彦氏の述懐を、ついこの前の2月8日に載せていたので再録する。

政治的な議論はもっぱら、BBS(掲示板)というシステムを使って行われました。ここに小林よしのり氏の「戦争論」(幻冬舎)とか産経新聞の『正論』や文芸春秋の『諸君!』を大学の図書館で読んで、”開眼”した若者が集まって、「朝日新聞」や「岩波書店」の悪口と、「正しい歴史認識」についてちょっと前に知ったにわか知識の自分の意見を開陳するわけです。産経新聞が始めたキャンペーンのおかげで、朝日新聞の歴史認識はいわゆる自虐史観で、産経は自由主義史観という正しい認識を提示しているということになっていました。(中田安彦『ネット世論が日本を滅ぼす』)

 この新著が世間にどんな影響力をもたらすのか、マンガ世代ではない塾頭には見当がつかない。前の『戦争論』は図書館で手に取ってみたが、多分歴史修正学者などの主張と同じと見たのだろう、何も覚えていない。

 「新」の方はその項目からすると、安倍首相のアキレス腱に触れるようなものばかりだが、出版元の幻冬舎の見城徹社長は首相のブレーンと称され、テレビ朝日の番組審議会委員長をつとめていることから、その線に沿ってワイドショーなどに少なからぬ影響を与えているという。

 そのあたりも、小林よしのりゴーマニズムはどう判断するのか、ここらも聞いてみたいものだ。

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2015年2月19日 (木)

記事代用川柳(塾頭撰)

おともだち 指名されれば 「有識者」

番組も 政府意向の 模様替え

日本より 韓国ニュースで 売る雑誌

辺野古沖 いらぬサンゴは 盗(と)りたいな

人質は 秘密がいいのか 悪いのか 

忘れたい 5年も含む 70年

ウクライナ すぐ終わりには ナラナイナ

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2015年2月18日 (水)

反戦塾乗15/2/18

 ■関東では珍しくここ3,4日洗濯物を屋外で乾かせるような日照がない。拙宅では乾燥機などというしゃれたものはないので、エアコン下が満艦飾となる。昔はこたつのやぐらの上というのもあった。

 欧米、そして都心の超高層高級マンションにも満艦飾風景はない。そういった家では、澄み切った青空を物干しざおを通して見上げる幸福感は味わえないだろうな。

 ■ほんの少し前まで、尖閣沖での緊張、小笠原近海のサンゴ密漁集団などで、反日・媚中などというウヨのあおりもあって、日中関係は一触即発のように見えた。ところが今は先方の春節。日本の観光地、商店街は中国人の観光客であふれんばかり、TV取材も友好ムードが満載。

 考えてみれば、戦後70年だけを見ても、対中国観はその時々でめまぐるしく変化していたのだ。

 ■「国民的議論の上に立って……」などという言葉がはやっている。、「責任は一切負いません」と言っているのと同じ。

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2015年2月17日 (火)

少年兵訓練

 テレビを見ていたらイスラム国の少年に軍事訓練をしている画像が写っていた。銃の扱いや爆弾の作り方、テコンドーのような格闘技などだ。テロや殺人の予行演習、目を背けたくなる蛮行の練習?。

 実は塾頭も子供の頃、似たようなことをやっていたのに気がついた。中学に入ると柔道と剣道が正課になる。1年生の時の柔道は受身、剣道は木刀の素振りが主。教練には、銃剣術・匍匐前進、投擲などがあった。

 銃剣術は、小銃の先に短剣をつけたと同じ寸法の木製銃、先端には布製のクッションが着いたものを使う。敵を突き殺すためだが、腕の力だけでは貫通しない。「やあ!」と飛び上がって勢いをつけ体重を利用する。これを号令一下一斉に繰り返すのだ。

 匍匐前進は、その銃を両手で捧げるように持ち、伏せの恰好で両膝と足を使って蛙のように地面を這う。10mと続かない重労働だった。投擲は爆薬を抜いた手りゅう弾で、安全ピンを抜く動作から始める。

 別に「異教徒を殺すため」とか「支那兵をやっつけるため」などの目的意識はなく、「鬼畜米英」というモットーはあったが、近代戦でそんなものが役に立つわけがない。教官も竹槍クラスと見ており、もっぱら体力づくりだと思っていたようだ。

 それだけですんでよかった(苦笑)。

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2015年2月15日 (日)

安倍チャン、困ったな?

Dscf4434 15日、日曜日の毎日新聞1面トップを飾る見出し2題。

 塾頭は大歓迎なのだが、内心困ったことだなと思っている人が確かにいる。まずウクライナの方だが、15日停戦期限の日本時間午前7時を過ぎて間もなく、「これは実現しませんよ」というようなことを開陳する評論家が早速出た(サンデーモーニングで田中秀征氏)。

 お疲れのメルケル独首相をはじめ、アメリカが入らない仏、露、ウクライナ、同政府軍、親ロ派軍が加わった16時間にも及ぶ停戦協議が失敗することを望んでいるような発言だ。

 プーチンの対応次第では、追加制裁、重火器のウクライナ宛供与などをまくし立てるアメリカ政府、そして、プーチン来日を反古にしても冷戦時の旧G7の一員として反ロの立場に立った安倍政権。

 停戦から3時間以上たった現在、AFPなどは「以後砲声は止まっている」としているが、停戦破綻のニュースはまだ見えてこない。さあ、ボクチャン困ったなあ……。

 もう一つが、アメリカの原発廃炉である。

 日本と違って州ごとに電力規制が違うが、自由化が進んだ州では、原発では採算が取れないとして廃炉が進んでいるという記事だ。新設ゼロではないが、コスト割れの原因のひとつにシェールガス普及を挙げている。

 10年前にシェールガス採取技術の発展を予想した人はいなかった。日本は、風力を含む海洋エネルギー、メタンハイドレード開発、水素利用の燃料電池など将来有望な新エネルギーが山ほどある。

 この記事の結論部分だけ下に採録する。
http://mainichi.jp/select/news/20150215k0000m020065000c.html

今後も新増設が続くかは「補助金など政府がどの程度の推進策を新たに出すか次第」(日系原子炉メーカー幹部)。原発の“うまみ”が減る中、新増設の方は事業者の期待ほど進まないとの見方が根強い。

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2015年2月13日 (金)

「立憲デモクラシー」

 ちょっと旧聞に属しますが、去年の4月18日、法学者・政治学者など約50人により「立憲デモクラシーの会」が結成されました。ただそれだけでは、なにを主張する会なのかよくわからないと思います。

 その発表の場で、中野晃一・上智大学教授は設立趣旨を次のように語っています。

 『壊憲』の動きが進みつつある中で、今私たちが目指すのは『護憲デモクラシーの会』ではない。護憲・改憲の立場を越えて、立憲主義の立場で連帯することだ。

 また、石川健治・東京大学教授は、デモクラシーを「絶対主義的」と「立憲主義的」の二つに分け、「絶対主義的デモクラシーとは、多数者の専制のことだ」として退けました(以上『週刊金曜日』14/4/25、5/2より)。

 「立憲主義」とは、そのほとんどが王政だったヨーロッパで、王様の勝手な振る舞いで政治をしてはならない。こういう方針でこれを守らなくてはならないという、民衆が為政者に制限を加えた契約が「憲法」であるという考えです。

 したがって、「国民はこれこれをしてはならない」という麻薬取締法のような一般の法律とは全く違うわけで、立憲主義憲法は先進国のほとんどで採用されています。しかし、自民党の改憲案には「国民の義務」的な表現がちりばめられており、この点から問題視されています。

 どうして、こんな古い話を持ち出したかというと、立憲主義に関係はないのですが、過日、ある裁判員裁判(一般市民が指名により参加する裁判)で、容疑者に死刑判決をくだしたところ、最高裁で無期懲役に変更されるという事件がありました。

 これに対して、「一人しか殺していない容疑者を死刑にはしないという判例を根拠に、最高裁が判決を覆すのはおかしい。司法改革を後退させる愚挙だ」と、おおいに立腹する投書が新聞に載っていました。そうしてこういった考えが一般的になったのかな、と感じたからです。

 裁判官は、法令に従って判決に参加します。法令のない場合は判例を法律同様に尊重して判断を下します。法令や判例は時代とともに変るもので絶対とはいえません。しかし、そういった規範を無視して一時の感情で判決がなされたらとんでもないことになります。

 政治についても同じことがいえます。気に食わなければ、政治家になって法律を変えればいい、多数さえ得られれば、大阪都構想も官公労規制も思いのまま、憲法の解釈を変えれば、議会の過半数で法律を作り、事実上の軍隊も持てる――それが民主主義だとする、つまり上記の「絶対主義的デモクラシー」に当たると思います。

 私見ですが、王制の歴史がなかったアメリカには、ややこれに似た発想があるように思えます。町の掟、民衆裁判、州法など、自由と民主主義は尊重されるが、伝統というものは根付いていません。

 小泉時代に進展したいわゆる「規制緩和」や○○改革では、こういったアメリカ流民主主義によるものが多く、明治時代に独法や英法を基礎とする日本の法律と、やや齟齬をきたしているのではないかと思えるのです。

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2015年2月11日 (水)

やればできる自・公

 クラスター爆弾禁止条約(オスロ条約)に基づき、我が国で所有していた同爆弾1万4011発をノルウェーとドイツの処理施設に運び処分を進めていが、このほど完了したことを各紙が伝えている。

 この条約加盟を決めたいきさつを、8/6/20付の当塾記事で書いているが、自衛隊の海外派遣をいつでも実行できるような「恒久法」を作るという作業が進んでいたことなど、今とそっくりだ。

 それが、第一次安倍内閣から福田内閣に代わり、公明党の慎重姿勢や憲法上の問題もあるのでお蔵入りになった。復活した安倍首相は、今度は前轍をまないよう、新規巻き戻しで集団的自衛権解釈を変えることから始めたのだ。

 クラスター爆弾廃棄を決意した時もそうだ。公明党の浜四津代表代行などが肝心な時点で公邸を訪れ、首相の背中を押した。小泉首相時代から石破防衛庁長官なども、米軍との共同作戦上支障を生じるなどの理由で防衛族は、不可能とまで言って大反対だったのだ。

 この条約は100カ国以上が署名し、現在89カ国が批准している。ただし、大量に保有している米露中やイスラエルは加盟しておらず、内戦が続くシリアでも使われたとされる。

  年頭から変えた当塾の副題、「戦争したい国よりしない国と組もう」の「したい国」は、非加盟国の米露中イスラエルにそのまま当てはまる。

 日本は「しない国」の先頭に立って「したい国」をけん制孤立させる。「普通の国」にならなければ日本は孤立するというのは逆ではないか。

  「積極的平和主義」とはこれをいうのだ。我国には不思議なことに、「したい国」と調子を合わせることだと思っている人が依然として多いのは何故だろう。 このところ、逆立ちの世相が闊歩する。

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2015年2月10日 (火)

「軍部に似て」

 このところ気になっているのだが、記事を書いているとそのテーマが政治であろうとそうでなかろうと、最後が安倍首相をくさす文になってしまう。書き込みで、首相を「安倍」と呼び捨てにすると叱られたこともある。選挙で選ばれた一国の総理なのだから、なにかほめたたえるようなことがあってほしいと常々思うのだが……。

 その心境を、例により今日の毎日新聞(10日・東京朝刊)から拾って見た。ひとつは17面にある連載もの、野坂昭如の「七転び八起」、もうひとつは、29面社会面最下段に載ったベタ記事である。

 なお、野坂のエッセイは終戦前後の体験記の最終部分で、彼と同年代の塾頭は、神戸ではないが兵庫県の大阪寄りで少年時代を過ごしていたことを付記しておく。また、後段の古賀茂明宅の警察警備の申し入れは、爆弾を仕掛けたという予告でもあったのならともかく、その筋の脅迫と思われても仕方がないのではないか。

●第197回/ 対テロ策 首相の言葉 軍部に似て

今は、あらゆる情報にあふれ、それを自由に扱える世の中、だが報道管制は行われている。また、マスコミは各自、自主規制している。「テロには屈しない」と繰り返しアメリカのいう、「テロとの戦い」を正当化。70年戦争をしてこなかった国の首相が、宣戦布告のごとき言い回しを好む。今のお上のもの言いは、かつて横暴を極めた軍部そっくり。日本は一足飛びに戦争に突き進んでいる。

●「政権批判など自粛せず書く」 作家らが声明

 イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)による人質事件以降、政権批判を「自粛」する空気が強まっているとして、ジャーナリストや作家らが9日東京都内で記者会見し、「今後も臆さずに書き、話し、描くことを宣言する」との声明を発表した。

 賛同人の一人として会見した元経済産業省官僚の古賀茂明さんは、報道番組で人質事件への政府の対応を批判したところ、インターネット上で批判が相次ぎ、警察から自宅の警備強化の申し入れがあったことを明かした。(以下略)

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2015年2月 8日 (日)

魑魅魍魎

 ちみもうりょう=山の怪物や川の怪物。さまざまなばけもの。これを漢字で書けといわれても絶対に書けない。読めるけど書けないという字の代表だが、その正体もわかっているようでわからない。なんでこんな題を持ち出したかというと、「ネトウヨ・サヨ論」を書きたかったからだ。

 塾頭のブログ歴は今年で10年になるが、当初は「反戦老年委員会」というタイトルをつけていた。もちろん、ベトナム戦争の頃の「反戦青年委員会」をもじったもので、「懐かしい」という書き込みもあった。名前を変えたのは、第1次安倍内閣が突然崩壊し「やれやれ」と思ったこともある。

 このブログも題名から見て左翼と見なされ、しかも団体が運営という誤解もあってか、ウヨの書き込みで炎上状態になったこともある。また、相当丹念に読んでいただいて、「文章も中身もたいしたことはないが、やはりサヨである」という評価を頂いたことがある。

 有難いことだ。サヨだけがくる自己陶酔の場で、ウヨこ門戸を閉ざすようでは塾を開く意味がない。そのせいでアクセスが減るようなら、別の工夫が必要だということになる。

 塾頭は、いわゆる「全共闘」より上の世代で、過激な運動を批判的に見ていた口である。今でも当時の極左に対する指導者的存在であった進歩的文化人の論調を見ると滑稽に思えてくるものが多い。だがネットの世界ではウヨかサヨに分類しないと気が済まない、という風潮があるようだ。

 さて、本題に入るが、ブログ開設前から、掲示板と称するコーナーに品のない罵倒を繰り返す「ウヨ」の存在は知っていた。まるで昔の公衆便所の落書き(このたとえも今じゃ通用しない)と同じな、と感じていた。

 しかし問題は、民主党崩壊前後から特に顕著になった日本の右傾化と、安倍内閣を支える2度の総選挙にネトウヨが影響しているのかどうかである。統計も調査もないく、つかみどころもないので、真相は杳としてわからない。仮に影響があるとすれば、昔、戦争の火付け役となった「大陸浪人」や青年将校とどう違うのかを突き止めなくてはならない。

 昔と違うのは、現憲法のおかげで議会政治が機能していることである。選挙で軍国指向の安倍首相の失脚を実現するしかない。かつては、労働組合による集団投票などというものがあった。今は、自衛隊が――ということもなかろう。

 つまり、ネトウヨ、サヨというのは魑魅魍魎の世界で、正体はつかめない。時の流れや世相次第で右へも左へもゆれ動くもの、塾頭にはだんだんそう思えるようになった。ネトウヨが安倍首相を作ったわけでなく、一時的に安倍首相に乗ってみただけということだ。

 中田安彦『ネット世論が日本を滅ぼす』ベスト新書、という本がある。実は書評を見て別の本を買いに行ったのだが、隣にあったこの本を立ち読みしたら、プロローグに「ネトウヨ第一世代だった私」とあり現在までその傾向や内容を分析し続けた中味にひかれ、この本を買ってしまった。

 著者は、1976年生まれで塾頭の息子より若いがネトウヨを始めたのは、パソコンというものを大学生が何とか1台持ち始めたころ、だという。その動機を次のように述懐する。

 政治的な議論はもっぱら、BBS(掲示板)というシステムを使って行われました。ここに小林よしのり氏の「戦争論」(幻冬舎)とか産経新聞の『正論』や文芸春秋の『諸君!』を大学の図書館で読んで、”開眼”した若者が集まって、「朝日新聞」や「岩波書店」の悪口と、「正しい歴史認識」についてちょっと前に知ったにわか知識の自分の意見を開陳するわけです。産経新聞が始めたキャンペーンのおかげで、朝日新聞の歴史認識はいわゆる自虐史観で、産経は自由主義史観という正しい認識を提示しているということになっていました。

 その後、「新しい歴史教科書をつくる会」や「日本会議」にも参加したところ、韓国系新興宗教「統一教会」が絡んでいたり、保守政治家の選挙を応援している構図を知り、疑問を感じるようになる。そして一時新聞記者などを経験して、副島国家戦略研究所の研究員として系統的に客観資料に触れ、ネット言論を批評するようになる。

 そういった経過で、ネトウヨの「極論」卒業し、アメリカの知日派といわれブッシュ大統領の後ろ盾となったジャパン・ハンドラーズなど動きを調査するようになる。同書を通読してみて、共感できる点できない点いいずれもあるが、ネットウヨもサヨも、ネット上でしばしばオウン・ゴールが見られるという点は、同感だ。

 ネットではないが、慰安婦問題で強制的な;連行があったとする陰謀論的証言に飛びついて、誤報を謝罪する破目に陥った朝日新聞のようなことは、ネトサヨの主張にありがちな傾向である。また、一時盛んだった、憲法などがGHQに押し付けられたというウヨによる「戦後レジーム」論も、個別の資料が発掘されるに従い勢いを失った。

 つまり、決定打を狙って自縄自縛となり、思ったような影響力を持つようにはならないということである。前掲書の筆者のように、研究や知識を深めるにつれ、今ではネトサヨになってしまったという告白もある。

 戦後レジームといえば、安倍首相が戦後70年で新談話をどのような文面で出すか注目されている。村山・河野談話の否定はないにしても「戦後レジーム脱却」は封印した方がいいという忠告を受けているという。

 それを言ったのは、麗沢大学教授・八木 秀次氏で、もと高崎経済大学にいた人である。もうお断りすることもないがつくる会会長なども歴任した安倍首相ブレーンで、天皇後継者には神武天皇のY染色体がなくてはならないなどの奇説を立て、失笑を買った学者である。

 野党やマスコミから意見されると色をなして反撃するが、八木教授の意見ならばそれに従うというのでは、ネットウヨのレベル以下といわざるを得ない。

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2015年2月 6日 (金)

旧・イラク国歌

♪バース党の戦士よ 堅固なるすみかのライオンよ
 輝かしき勝利のために前進せよ
 我らが大地に
 カリフ=ハルン・アル・ラシッドの御世を復し給え……

 もうそろそろイスラム国ネタを抜けたいと思っていたが、古い本をあさっていたら見つかったのが上の歌だ。湾岸戦争ぼっ発直後の1991年に書かれたj松井茂『イラク・知られざる大国』と題する中公文庫にあった。

 一読したあとの結論は、独裁者フセインの時代がイラク国にとって、アメリカ侵攻前よりずっと幸せだったのではないかということである。もうひとつは、当時支配していたバース党讃歌ではなく、カリフの時代を目標としていることである。

 まさか、今のイスラム国がそれだ、とは思っていないだろう。産経紙によると、国会で首相の言動を疑問視する発言などにに対し、「彼はイスラム国の支持者」などというレッテル貼りが始まっているというから、用心が肝要だ。

 塾頭は、イラクに出向していたプラントメーカーの社員と交際があったので、フセイン時代の国情などを聞く機会があったが、独裁者・サッダーム・フセインの圧政に国民が苦しんでいるなどの話はなかった。

 大統領は、隣国クウェートを不法侵略した独裁者で、極悪非道の政治家というイメージが定着したのは湾岸戦争後のプロパガンダのせいであろう。シリアのサダト大統領と同じバース党による社会主義政体であった。

 また、国内人口からすると少数派のスンニ派出身であるため、多数派のシーア派やクルド族への配慮も、民主的にシーア派から多数で選ばれた現マリキ政権よりコントロールされていたようだ。すくなくとも今のような露骨な国内対立はなく、独裁的だから可能だったのではないか。

 以前にも触れているが、目標としたカリフの時代を前掲書から引用しておこう。

イラクの抱えるメソポタミア(二つの河の間の土地という意味)は、世界の四大文明の発祥の地の一つであり、世界最古の文明都市が開花した。古代バビロン帝国は周辺諸国を制圧し、地域のセンターとなった。さらに、後のアッバース朝の時代には、バグダードはイスラム世界の中心となり、中でもカリフ(教主)のハルン・アル・ラシッドの時代は栄華を極めた。

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2015年2月 4日 (水)

70年前の《今》⑤

 本題シリーズは、今年の1月1日付の④から1月あまり経過した。今後も間を置きながら今年いっぱい続けたい。

 その前に、前回の「イスラム国に幕」まで、後藤さんなどの人質事件をめぐり、連続して10件ほどその関連記事にしてしまった。

 ところが、今朝起きてみると、後藤さんとの人質交換の条件としていたヨルダンのパイロットが先月3日、すでに火あぶりにされて殺されていたことが分かった。まあ、よくも世界中をだましたものだ。

 「戦争が起これば最初の犠牲者は真実である」というのは、第一次世界大戦にアメリカから参戦したハイムラ・ジョンソン上院議員の有名な言葉だが、これを地で行くような話しである。
 
 

 今手元に資料がないのでいつ、どこでかが特定できないが、70年前の今ごろはすでに本土への空襲がはじまっていた。米艦載機や偵察機なども日常的に各地へ飛来していた。そういった飛行機が墜落することも珍しくない。パイロットが生きていた場合、地元の住民はどうするか。

 前年からの「鬼畜米英」のスローガンは末端まで行き届いている。「憎っくき米兵」とばかり取り囲んで竹槍などを使い惨殺したはずだ。仮に「生かしておけ」などという人がいれば「国賊」呼ばわりされたに違いない。

 オバマ大統領は、後藤さんの殺害について「野蛮な行為を糾弾する」などの声明を発した。安倍首相もそれをなぞって「報復する」という意味の発言をくりかえす。

 アメリカでは、去年末、米上院情報特別委員会が公表した衝撃的な報告書で、「テロとの戦い」で拘束された容疑者に対し、CIAがこれまで認めていたよりも「はるかに残虐な」手法での尋問を行っていたことが判明した。

 原爆投下、無差別爆撃、南京虐殺……。場所、国、方法を問わず、今の「戦争」とはそういうものなのだ。

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/13 愛知県・三河大地震。死者1961人。家屋倒壊1万2142戸 
1/18 最高戦争指導会議、「今後採るべき戦争指導大綱」決定(本土決戦即応態勢の強化など)
1/27 ソ連軍、アウシュビッツ収容所に到着。7000人を救出。

2/4 ローズベルト・チャーチル・スターリン、ヤルタ会談(11日まで)。ソ連対日参戦を約束。
2/16 米機動部隊硫黄島上陸作戦開始。3/17占領、日本軍守備隊2万6000人玉砕。
2月 戦局の悪化を反映して、敗北的なデマが増加。東京で1月以来40件余りが検事局に送致される。

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2015年2月 1日 (日)

イスラム国に幕

 人質・後藤健二さんが殺害された。それをネット上に公開した犯人側の宣言はこうだ。

日本政府よ。

 邪悪な有志連合を構成する愚かな同盟諸国のように、お前たちはまだ、我々がアラーの加護により、権威と力を持ったカリフ国家であることを理解していない。軍すべてがお前たちの血に飢えている。

 安倍(首相)よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう。

 ここからいくつかのことがわかる。その最大の物は、これまでも非常に綿密に計算され、効果を上げてきたような宣伝作戦が、ついに人質というカードを失い何も得ることなく終幕を迎えようとしていることだ。

 文面から見てみよう。

「(日本政府が)我々がアラーの加護により、権威と力を持ったカリフ国家であることを理解していない」

 つまり、過去に栄えたウンマ(宗教共同体)ではなく、世俗的な国家に仲間入りしたいという一面をはっきり見せたことである。日本政府は、たしかにヨルダンの陰に隠れ「国」であることを認めようとしなかった。

 2段目は、「戦争に参加」と、有志連合を相手に国際法上の「戦争」をしているという認識だ。アメリカなどが主張したいテロリスト摘発の警察行為という解釈は、真っ向から否定する。すなわち「聖戦」なのである。

 イスラム国側は、自爆テロに失敗した女性は戦士と見るが、宗教指導者(カリフ)・バグダッディを含め、日本を含めた同志国側は「容疑者」として扱う。航空母艦や戦闘機・戦車が活躍し、軍隊が派遣されて「戦争ではない」というのは、たしかに現代進行中の歴史的欺瞞だ。

 その戦争を含め、日本は70年間一人の外国人も戦争で殺さなかった。しかし、イスラム国は一挙に2人の日本人を虐殺した。安倍首相の中東訪問で気に入らない発言があったにしろ、許しがたい暴挙である。

 宣言は、日本国民と安倍政権を巧みに区分しているという説がある。また、殺戮行為を「軍」に転嫁しているようなところも見える。そして、宣言がほとんど正確に実行に移されていることもわかった。しかしそんなことは、今や何の意味もなさない。

 ヨルダン軍のパイロットもすでに殺されている可能性が高い。もうこれまで機能していたような人質カードは切れなくなるだろう。ヨルダンを揺さぶることができたのは日本と後藤さんの存在があってこそなのだ。

 また、日本をテロで脅すにしても、安倍発言より後藤さん虐殺のショックの方が大きく、日本に恨みを持つ一匹オオカミのテロリストがでてこない限り実現不可能だろう。

 それをいいことに安倍暴走が始まれば、今度こそ何が起きても不思議がない。幕引きに当たりそのことを銘記すべきだ。

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