« イスラム国に幕 | トップページ | 旧・イラク国歌 »

2015年2月 4日 (水)

70年前の《今》⑤

 本題シリーズは、今年の1月1日付の④から1月あまり経過した。今後も間を置きながら今年いっぱい続けたい。

 その前に、前回の「イスラム国に幕」まで、後藤さんなどの人質事件をめぐり、連続して10件ほどその関連記事にしてしまった。

 ところが、今朝起きてみると、後藤さんとの人質交換の条件としていたヨルダンのパイロットが先月3日、すでに火あぶりにされて殺されていたことが分かった。まあ、よくも世界中をだましたものだ。

 「戦争が起これば最初の犠牲者は真実である」というのは、第一次世界大戦にアメリカから参戦したハイムラ・ジョンソン上院議員の有名な言葉だが、これを地で行くような話しである。
 
 

 今手元に資料がないのでいつ、どこでかが特定できないが、70年前の今ごろはすでに本土への空襲がはじまっていた。米艦載機や偵察機なども日常的に各地へ飛来していた。そういった飛行機が墜落することも珍しくない。パイロットが生きていた場合、地元の住民はどうするか。

 前年からの「鬼畜米英」のスローガンは末端まで行き届いている。「憎っくき米兵」とばかり取り囲んで竹槍などを使い惨殺したはずだ。仮に「生かしておけ」などという人がいれば「国賊」呼ばわりされたに違いない。

 オバマ大統領は、後藤さんの殺害について「野蛮な行為を糾弾する」などの声明を発した。安倍首相もそれをなぞって「報復する」という意味の発言をくりかえす。

 アメリカでは、去年末、米上院情報特別委員会が公表した衝撃的な報告書で、「テロとの戦い」で拘束された容疑者に対し、CIAがこれまで認めていたよりも「はるかに残虐な」手法での尋問を行っていたことが判明した。

 原爆投下、無差別爆撃、南京虐殺……。場所、国、方法を問わず、今の「戦争」とはそういうものなのだ。

-----------------------------
1
/13 愛知県・三河大地震。死者1961人。家屋倒壊1万2142戸 
1/18 最高戦争指導会議、「今後採るべき戦争指導大綱」決定(本土決戦即応態勢の強化など)
1/27 ソ連軍、アウシュビッツ収容所に到着。7000人を救出。

2/4 ローズベルト・チャーチル・スターリン、ヤルタ会談(11日まで)。ソ連対日参戦を約束。
2/16 米機動部隊硫黄島上陸作戦開始。3/17占領、日本軍守備隊2万6000人玉砕。
2月 戦局の悪化を反映して、敗北的なデマが増加。東京で1月以来40件余りが検事局に送致される。

|

« イスラム国に幕 | トップページ | 旧・イラク国歌 »

戦中・戦後」カテゴリの記事

コメント

B29の乗員を生体解剖した九州大学の話も有るので誤解する人が大勢なのですが、実体は如何も逆らしいのです。
第二次世界大戦中に、大阪大空襲に参加したB29が昭和20年6月1日奈良県天川村上多古川上流の阿古滝付近に墜落。
最近そのエンジンを村おこしで沢から掘り起こされ村立資料館で展示しているのですが、
このB29乗員のうち飛行に無関係な3人がパラシュートで脱出して助かっているのです。
村人は果物などを与えて米兵から親切のお礼に軍用コンパスなども貰っている。
憲兵隊に引きわたされ、その後病気の一人は毒殺で他の2名は処刑されてているが、終戦後には逆に日本側がBC級戦犯として処刑される。
B29の墜落前に村にゼロ戦が墜落していたのですが、余りの彼我の違いに愕然としたとの記録も残っているが、この大峰山の頂上付近のB29の残骸は宝の山状態で、担いで下ろせるものは全部村に持ち帰ったと記録されています。時ならぬゴールドラッシュですね。

投稿: 宗純 | 2015年2月 4日 (水) 17時09分

こういった資料は、市町村史に多いような気がしますが、中には墜落時に死亡ということにして闇に葬り、口述の証言だけというものもあるでしょう。

その史料が思い出せませんが、十分あり得たと思います。

投稿: ましま | 2015年2月 4日 (水) 17時39分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/58810119

この記事へのトラックバック一覧です: 70年前の《今》⑤:

« イスラム国に幕 | トップページ | 旧・イラク国歌 »