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2015年1月14日 (水)

「憲法」触れるべからず

 毎日新聞に「勝間和代のクロストーク」というシリーズのコラムがある。今回(1/14)は、憲法議論が難しい日本というテーマで、”「尊いもの」思い込み解放を”という題がつけてあった。全体の論旨に異論はないのだが、戦後の世相で「これはちょっと違うな」と思う点があるので、記録しておきたい。

 まず、ネット上のやりとりと思える部分を引用する。

 ベストアンサーには、Takashi Hashiguchiさんの現行憲法は当時の国民の総意によって制定された尊いものだという思い込みから解放されることが必要、という意見を選びます。

 Hashiguchiさんは、敗戦を10歳で迎えていて、当時の終戦の混乱の中、食べるものもなくて憲法どころでなかった大人たちの混乱を肌身で知っている世代です。それなのに国民が過度に「尊いもの」としている憲法の役割をもっと冷静に見直すべきだと指摘しました。同様のことは田中一樹さん、山中俊臣さんが指摘しています。

 戦中・戦後のことは、このブログでもカテゴリを設けて数多く書いてきた。引用をした意見は敗戦当時10歳の方だとすると小学3年。来年は予科練など少年兵を志願するか、一兵卒として赤紙の来るのを待つかを考え、数年先以降の人生が想像できなかった当時中2の塾頭とでは、戦後の世相や憲法などへの関心が違うはずだ。

 敗戦で死ななくてもよくなったのだ。もちろんすでに始まっていた食糧難は田舎にいても同然で、自転車やゴム長を米と交換するようなこともやった。しかし、そのこともひっくるめ、自分たちの将来に何が待ち構えているのか関心のない人はいない。

 占領軍がやってくると矢継ぎ早に人権擁護、民主主義、自由尊重、経済開放などの政策を指示指令してきた。しかしそういった考えが日本になかったわけではない。明治初頭の自由民権、大正デモクラシーの伝統はあったのだ。

 「軍部」という言葉は戦前戦中から流通していた言葉である。しかし、それは、強権・横暴・理不尽の代名詞でもあった。もちろんそんなことを言えないよう「特高」の目が光っている。敗戦はそのくびきから解き放したのだ。

 反対に監視を受ける身分になった人もいる。戦犯として裁判にかけられる人はもとより、官僚や財界の戦争協力者、民間の戦争指導者などである。後者も公職追放の対象となった。その人たちにとっては解放であるはずがなく屈辱である。塾頭の学校の校長や判任官クラスの先生も追放になった。

 そういった人たちや縁者なとが「戦後レジーム」から脱却したいのはわかるが、なかったことにしようというのは乱暴な話しである。新憲法については、GHQの押しつけであるとか必ずしもそうではないという議論が進んでおり、検証も進んでいる。

 憲法が国会の議論に載せられた頃には国民の間でも盛んに議論された。ラジオは街に進出してその議論を収録する「街頭録音」があった。塾頭の住む田舎の町にもやってきて、北支派遣軍から復員したばかりの若い叔父も「言ってきたよ」とやや興奮気味だった。

 敗戦間もない時期に軍復活などあり得ないわけで9条はあまり議論にならず、第2章天皇の「象徴」などが話題になった、また、講和後まもなく朝鮮戦争がはじまり、軍復活が俎上に上がるのは遠くないと感じた。決して不磨の大典などとは思っていなかったのだ。

 そのため、塾頭らは争議中の東京証券取引所へ行ってピケを張っている組合員に「徴兵制度反対」の署名を求めたことを覚えている。最後に新憲法施行の翌月から朝日新聞に連載された小説「青い山脈」は映画化され、その主題歌を仲間の高校生と歌いまくった。

 まさに新憲法に対する解放感にあふれている。塾頭の気分はまさにこれだった。以下は歌詞のつまみ食い。

 ①雪崩は消える 花も咲く
  空のはて今日もわれらの
  夢を呼ぶ

 ②古い上衣よ さようなら
  さみしい夢よ さようなら

 ③雨にぬれてる 焼けあとの
  名も無い花も ふり仰ぐ

 ④父も夢見た 母も見た
  旅路のはての その涯の

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コメント

今の憲法がくそアメリカの押しつけかどうかは、ここでは言いませんが、
憲法って国の指針でしょ?
時代と共に修正していくべきでしょう。
なんで、何十年も一語一句変えないでいいなんてことが言えるんですかね。
そんは変な国、世界で日本だけでしょう。
百田氏いわく、一語一句変えていない世界最古の憲法だそうですね。

だいたい前文の
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、」
だけ見ても、いかにおめでたいか、わかると思いますが。
憲法改正反対の人って、中国や北朝鮮などの核兵器を持っている国は平和を愛する諸国民だから、信頼できる。
でも、日本は一度過ちを犯したから、軍備を増強すると、また戦争を起こす。
って、思ってるんでしょう。

投稿: makoto | 2015年1月15日 (木) 01時56分

makoto さま

1.変えないから「悪い憲法」、変えたからいい憲法としう論理は成り立ちません。

2.変える目的とその効果、変えない目的とその効果をしっかり分析、議論すべきです。

3.帝国憲法には、統帥権その他の不備矛盾をそのままにしておいたから、戦争に突入したということは言えます。

4.戦争は相手がなければ起きないということも考えましょう。

投稿: ましま | 2015年1月15日 (木) 08時47分

安倍総理、改憲に意欲的であることが新聞に載っていましたね。

自民党や改憲派が言っている「憲法改正」が問題視になっているのは、一部なら「修正」という意味でいいでしょうが、自民案などでは今の憲法を「100%」変えてしまうという考え方です。
これが問題だと思います。

投稿: 玉井人ひろた | 2015年1月15日 (木) 17時06分

ましまさん

1.変えないから悪い、変えたからいい?
そんな理論、誰が言いました?
いつもそうですが、人が言ってもいないことで非難しないでください。

2.憲法は時代に合わせて変えていくべきでしょう。
70年前の常識は今の常識ではないのです。
あなたが好きなスイスだって、憲法を変えていますよ。

3.ほら、不備をそのままにしておくべきではありませんよね。

4.もちろんです。戦争は相手がいないとできません。
しかし、戦争反対、戦争はしない、と言っていても、侵略はされるのです。
「殺人反対」と言っていても、殺される人もいるのです。
そう言えば、どなたかが
「憲法に『平和』と書いて平和になるのなら、憲法に『台風は日本に来るな』と書けばいい」とおっしゃっていましたね。

投稿: makoto | 2015年1月15日 (木) 17時36分

玉井人ひろた さま

今の自民党改憲案は、たしか現都知事の桝添さんが責任者で起案したものかと思います。

やはり、あまりひどいのでまた作り直すようです。そうすると3回目ですね。

しかし、野党・公明党の具体案はありません。民主は枝野さんの私案があるが他党も「よりよい」という案を持たないと、自民案に対抗できないと思います。

投稿: ましま | 2015年1月15日 (木) 18時09分

makoto さま

1.は誰も非難なんかしていません。コメントは「そのとおり」とか「それは違う」というところから始めてください。

なお、これまでスイスが好きとか嫌いなどと言ったことは一度もありません。また、台風云々の話も全く知らないことなのでかみ合わないですね。

投稿: ましま | 2015年1月15日 (木) 18時17分

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