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2015年1月19日 (月)

文書ト共ニ死セバ遺憾ナシ

 日本最後の内乱は明治10年、西郷隆盛率いる薩摩藩と政府軍の間でたたかわれた西南戦争である。戊申戦争の前線に立ち、明治維新を引き寄せた下級武士にとって、その報酬が身分の取り上げ、というのでは割に合わない。隆盛を担ぎ上げて鹿児島から東上した西軍は、田原坂の決戦で敗れ、別途海路より政府軍が本拠に迫っていた。

 5月3日のことである。戦場と化すおそれのあった岩崎六ヶ所御蔵には、島津家文書が保管されている。消失を恐れた島津家家令東郷重持は、転送を政府軍に申し入れた。すでに御蔵へ向かう門は政府軍が確保しており、開聞を申し入れたが番兵は頑として拒否。

 「帰らなければ、軍法に従ってお前を切る」とまでいって恫喝した。
東郷は、「切るなら切れ。自分は、命を惜しんではいない。島津家の文書を惜しんでいるのだ」といって門前に座り込んだ。

 以下、「島津家日記」『鹿児島県史料 西南戦争』第3巻に残された回想文である。(山本博文『日本史の一級史料』所載)

余ハ前陳ノ如ク島津家ノ命ヲ奉ジテ、堂々タル官軍門下ニ伏シテ当家至重ノ文書系譜ヲ全フセンコトヲ情請スル者ナリ。然ルニ許サズ。啻(ただ)ニ許サレザルノミナラズ、却テ軍律ニ照ラシ余ヲ斬ラント示サル。斬ルベケレバ斬ラレヨ。余ハ決シテ身命ヲ惜シム者ニアラス、島津家ノ文書ヲ惜シム者ナリ。故ニ主命ヲ奉ジ之ヲ全フセス、空シク帰リテ何ノ面目アリテ再ビ渡命(復命?)センヤ。余ハ島津家ノ文書ト共ニ死セバ遺憾ナシ。文書ヲ全フセズシテ身ヲ全フスルハ、不忠ノ名千歳ノ遺憾ナリ。余ハ妨ナガラ此ヲ去ラズ。去ラザレバ官軍殺スカ私兵殺スカ二ツニアルベシ。是余ガ本望ナリ。

 門番は遂に隊長にこれを取り次ぎ、東郷らは陣中に入って無事島津家文書の搬出に成功した。70年前の終戦時、占領軍到着前に大量の公文書を焼却した。近くは、秘密保護法。官僚の判断で公開前に文書を廃棄し闇に葬る方法もあるという。

 今から138年前、日本人にはこういう血が流れていたのだ。

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