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2015年1月 3日 (土)

変身し続ける核武装

 以前書いた”核武装という「マナ」”の続編である。国が「原爆というマナ」を持つとパワーがまし、他国との差を誇示するようになるが、あまりマナを増やし過ぎたので実際には使いようがなく、効果に疑問符がつくようになった、と書いた。

 核兵器とは、起爆装置を持った核弾頭とそれを目標まで運搬手段の組み合わせを指す。広島、長崎の場合の運搬手段は爆撃機で、アメリカが制空権を確保していたため、爆弾にしてただ落とすだけでよかった。

 これでは、事実上戦争が終わっているような敵にしか使えない。米ソなどは長距離を飛ぶ弾道ミサイルに核弾頭をつけた「戦略核兵器」の数を争うようになった。北朝鮮が地下核実験に成功しただけでは核武装にはならない。ミサイルとの組み合わせがどうしても必要だ。

 戦略核兵器には、大陸間弾道ミサイル(ICBM)が使われる。宇宙に、人工衛星打ち上げと同じ技術・設備が必要だ。これに対してより小型な中・小距離ミサイルがある。これを潜水艦など艦船やステルス機などに摘んで、より接近したところから攻撃するという手もある。

 マナが無効となる過程で米ソはどう考えたか。まずアメリカである。ICBMと弾頭はお互いの競争ですでに限界に達した。米ソは競争をやめよう、むしろ削減していこうということで一致した。だけどなくなるわけできない。そこでミサイルが発射されたら途中で撃墜する「迎撃ミサイル」の研究に切り替えたのだ。

 発射を衛星などで感知すると、専用の地対空のミサイルなどで撃墜する方法だ。初期的なものはイスラエルを攻撃するイラクのミサイルに対し実戦で使われた。テレビでもパトリオットミサイルの迎撃が放映されたので、ご覧の方もあると思う。しかし、攻撃用も迎撃用もその精度は決して高くない。空中爆発力でそれをカバーしているようなものだ。

 ICBMは、宇宙を超音速で飛んでくる。それ捉えるいわゆるMDシステム研究には、それこそ天文学的費用が掛かる。最初カナダに共同研究をもちかけて断られ、日本にお鉢が回ってきた。専守防衛のシステム研究だから、憲法に反しない、というのは素人考え。中国は衛星撃墜を研究している。つまり、宇宙戦争への第一歩だ。

 ロシアとしては、せっかくアメリカと削減目標を決めたのに、その数を減らされるのと同じになるくなるから、と猛反対だ。実はそれより前の早い時期、冷戦終結後の1991年にアメリカは一方的に地上発射式及び艦船搭載の戦術核兵器の撤去宣言を行い、翌1992年に撤去完了を宣言していた。ロシアも1992年に艦隊配備の戦術核兵器を撤去している。

 これは、ソ連崩壊で各地に散らばった核の管理がずさんになることおそれたことや、万一核の使用が察知されれはICBMで対応できると踏んだからであろう。アメリカの本音はよくわからないが、この頃からマナの数争いから質(利用技術)の向上に転換したように見える。

 マナの効果は否定したものの、それをきれいさっぱり捨てるのではなく、他の追随を許さないという優位性だけは何としても持ち続けるというプライオリティーに固執している。それを露骨に表明しているのが包括的核実験禁止条約(CTBT)を米上院の否決で批准できなかったこと、そして、2004年のブッシュ大統領の核先制攻撃許容宣言である。

 先ず、包括的核実験禁止条約をとりあげよう。国連での提案は1954年に始まっている。核実験はすべて廃止しようというものである。その提案が40年もたって1966年にようやく採択された。その途中経過として、1963年に「地下ならばいいよ」という部分的核実験禁止条約(CTBT)が結ばれたことは既に述べた。

 研究用を含め、原子炉を持つ国のうちCTBTの条約外にいる国は、中国、北朝鮮、エジプト、インド、インドネシア、イラン、イスラエル、パキスタン、それにアメリカである。中でも、条約に調印しながら議会の反対で批准しないという点で、アメリカとイスラエルが似ていることに注目したい。

 クリントンのCTBT推進から2001年にブッシュ政権に代わって、新型核兵器の開発を可能にするという180度の転換があったのだ。もっともアメリカ上院が批准否決をしたのは1999年10月にさかのぼる。つまり民意を反映しているのである。

 2001年9月同時多発テロがアメリカ本土を遅い、翌2002年9月にブッシュ大統領は国家安全保障戦略の中で「ならず者国家」への先制攻撃の権利を公然と掲げた。そして2003年3月、今度はイラクを「悪の枢軸」と呼び先制攻撃をしている。

 北朝鮮は核開発疑惑だが、イラクはそれでなく化学兵器隠匿(今日、それがニセ情報によるものだったことが公然化している)疑惑であるである、核、生物、化学兵器をひっくるめて大量破壊兵器とし、非核兵器国に核保有国は核攻撃をしないというNPTの基本原則は宙に浮いてしまったのだ。

 NPTといえばイランや北朝鮮に対しては核先制も辞さないとするアメリカが、今や核保有国疑う余地のないイスラエルを全く不問に付し、最近もパレスチナ占領地域からの撤退を求める決議をイギリスと共に否決に回ったことなど、どうも「世界の警察官」にしてはやや勝手すぎるところが目立つ。

 キューバとの国交回復に筋道をつけたオバマだ。最後の踏ん張りどころは、核廃絶宣言でノーベル平和賞を受けた彼が、賞の権威を台なしにしないよう全力を尽くすこと、そして兄弟国イスラエルが中東に迎えられるためには、どうすればいいかを考えることだ。

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