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2015年1月17日 (土)

米国のトロイの木馬

 アメリカの文書公開を追いかけるように、外務省が15日、外交文書41冊を公開した。その中で注目を浴びているのは、佐藤栄作元首相の沖縄返還前の沖縄訪問(1969年8月)で、演説内容にアメリカが干渉、一部を変更したことが明らかになったことだ。

 これらは、核持ち込み密約や地位協定の協議事項に抜け道をつくるなど、すでに明らかにされた事案から見て、「さもありなん」とたいして驚くほどではなかった。ところが、想像はしていたものの、日本の外交がここまで外国に軽んじられているようでは、もうおしまいだ。

 戦争放棄で軍隊を持たない日本の軍縮外交が海外でどう見られているか、アメリカのいいなりだったにしても、もうすこし敬意と期待の目で見られていると思っていた。国内の評価も危なっかしい安倍首相の積極的平和主義など遠い話だ。これで他国の理解や成果を求めるのは到底無理だと言えよう。

 首相は16日に、エジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナの4か国・地域を歴訪するが、集団的自衛権や改憲志向を背負ったままの思い付きばらまき外交で、冷笑を浴びないよう祈るばかりだ。(以下引用は1/16毎日新聞)

 政府が1976年の国連総会で通常兵器の国際移転規制を目指す決議案の採択を主張した際、インドやアルジェリアなど非同盟諸国が、核軍縮が進んでいない現状から世界の目をそらすために仕組まれた「米国のトロイの木馬」と反発、廃案に追い込まれていった舞台裏が明らかになった。

 日本政府は60年代後半以降、武器輸出三原則を掲げ、紛争地域などへの武器輸出規制によって平和軍縮外交をアピールしたい考えだったが、親米路線が足かせとなった格好だ。76年12月6日付の安倍勲国連大使の公電などによると、日本は非同盟諸国の批判を避けようと「(賛成派の)コアメンバーの会議に米国を入れないよう配慮」。各国の説得工作も進め、約60カ国から賛同を得て採択のめどを付けた。

 これに対し、反対国は採決延期を求める動議を提出し、「日本案を葬る作戦」を決行。日本とのせめぎ合いの結果、道義が成立し、決議案は採決に至らなかった。

【参考エントリー】
2014年12月 9日 (火)「名誉ある地位」今がチャンス
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-4aac.html
2014年12月29日 (月)核武装という「マナ」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-3f38.html
2015年1月 3日 (土)変身し続ける核武装
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-b59a.html
2015年1月 4日 (日)核廃絶⇒正念場
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-0730.html

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