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2015年1月

2015年1月31日 (土)

安倍さんはISILがいい?

 エジプト当局が各国マスコミに、「あれをイスラム国と呼ばないでくれ。あれは”国”ではない」と要望したという。

 これは昨日(30日)、当塾”後藤さんの「皮肉」の意味”で書いたばかりの書き出しである。その呼び方が、昨日の衆院予算委員会でとりあげられていた。以下は朝日新聞デジタル。

 「まるで国として存在しているかの印象を与える。国として国際社会から認められている、あるいはイスラムの代表であるかの印象を与え、イスラムの人々にとっては極めて不快な話になっている」

 安倍晋三首相は30日の衆院予算委員会で、政府が「イスラム国」を使わず、英語表記の「ISIL(アイシル)」で統一している理由をこう説明した。維新の党の柿沢未途議員の質問に答えた。

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 まるで答えになっていない。国会質疑における首相独特の「こんにゃく問答」だ。くわしくは前回拙記事を参考にしていただくとして、「ISIL」はイラクの外にシリア・レバノン・イスラエル・パレスチナ自治区・イスラエル・ヨルダン場合によればギリシア・トルコ・エジプトまで含む広大な地域を指すレバントという言葉を使っているのだ。

 塾頭なら、この方がはるかに不快に感じる。しかも、最初のISはイスラムに英語の「State」の頭文字を配したものだ。「イスラム国」が悪くて「ISIL」ならいいと言う理屈は全く通らない。イスラム国が言いだした英文略称をそのまま使っているという答弁ならまだいい。「ただし国家としては認めていない」といえばそれでよかったのだ。

 右の切り抜きは毎日新聞のものだが、写真説明に曰く「秘書官が差し入れた紙を読む安倍晋三首相」とある。どうやら中東問題は得意でないらしい。紙を見ての答弁でも塾頭にとっては不安満載なのだ。

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2015年1月30日 (金)

後藤さんの「皮肉」の意味

 エジプト当局が各国マスコミに、「あれをイスラム国と呼ばないでくれ。あれは”国”ではない」と要望したという。これはアメリカも同様である。ブッシュが「テロとの戦い」と定義してから、国が相手ではなくテロリストが相手という建前からである。これに応じたのかどうか、国内各紙の表現は至って多彩である。

過激派組織「イスラム国」=朝日
イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」=産経
イスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)=毎日
イスラム過激派組織「イスラム国」=読売
中東の過激派「イスラム国」=日経

 したがって、身柄を確保した兵は国際法上の敵国戦時捕虜でなく、刑事犯だから自白強要も当然という理屈が通る。テロリストの要求に屈するなというのもその線からだ。まあ、分からなでもないが、イスラム国の方では、あえて「国」といいたい理由がある。

 一定規模の領土を確保し、税金をとり、社会機構を整備したエリアに他の介入を許さないということだ。そこへ、はじめて国として交渉相手にしてくれる国が現れた。日本は接触を避けているが、捕虜交換に応じようというヨルダンである。

 しかし、塾頭はイスラム国の名を最初に聞いた時、彼らがこれを”国”というのは違うんじゃないか、と思った。イスラム原理主義は、同じ神の子と異教徒の間には違いがあるが、国境とか国王とか大統領といった国単位の権威は認めないというのではなかったか。最大権威のコーランで解釈の仕方が違えば、選ばれた宗教指導者(アラブ国の場合はかつて存在した権威カリフを復活)がそれを判断する。

 部族長、国王、政治家などはそれに従わなくてはならない。イスラム国は、シリア・イラク・レバノン・ヨルダン・イスラエル・パレスチナという地中海に面した、いわゆる「レバント」と称する広いエリアを念頭に置いているようだし、リビアとかパキスタンなど飛び地にそのエリアを広げるという発想も、古き良き時代再現するならそういうことになる。

 
 それは「ウンマ」という宗教共同体で、近代国家ではない。アラブの春でエジプトの独裁者・ムバーラク大統領が退陣し、民主的な選挙をしたら穏健な原理主義組織・ムスリム同胞団が勝ってしまった。

 危機感を抱いた軍部がこれをひっくり返し、同胞団をテロリスト集団にしてしまった。同胞団は以前からパレスチナなどにも教育や医療の奉仕団を送っており、現在もレバノンなどでシリア難民を援助するなど下層階級の支持が高い。

 過激派の残虐性とは相反するが、底流には厳格な戒律など一脈通ずるものがある。エジプトが国と呼ばさせない、サウジやヨルダンなど同じスンニ派であってもこれに危機感や敵意を示し、アメリカなど同志連合に加わって空爆に参加すようになったのは、ここ1,2年の大きな変化だ。

 中東問題は、パレスチナ人を追い出してイスラエル国を築いたことで始まった。アメリカがこれに関わるようになったのは、石油利権保護であるとされていた。今は原油暴落などもあって、以前とすっかり様相が変わっている。

 塾頭は、以前からアメリカはイスラエルを説得して、パレスチナ問題にけりをつけ、中東から手を引かないと大変なことになると言ってきたが、今や時すでに遅しの感がする。そこへ、わざわざ遅まきながら手を突っ込ませてくれ、と言わんばかりにしゃしゃり出て行ったのが安倍首相だ。

 世界の識者は「なんと阿呆な――」と思っているはずだ。「我々の政府の代表が皮肉にもヨルダンにいる」と世界に発信したのは、イスラム国に捕らわれた後藤:健二さんの悲痛な叫びだ。その「皮肉にも」の意味を政府はどれだけ認識しているだろうか。

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2015年1月29日 (木)

原発事故、再発警告

 以下は1/29日付毎日新聞東京29面にある記事だが、電子版にはない。非常に大事な情報だと思うのに、なぜ電子版から外すのだろう。ネット検索でも他社の記事は見当たらなかった。

 国の原子力委員会(岡芳明委員長)は28日、原子力利用の課題を示す「基本的考え方」策定に向け、東京電力福島第1原発事故で政府の事故調査委員会の委員長を務めた畑村洋太郎東京大名誉教授と意見交換した。畑村氏は「原子力を扱う限り、事故は今後も必ず起きると認識すべきだ」と訴えた。

 畑村氏は「努力しても人が考えつかない領域や、原発事故が起きる可能性は残ると宣言すべきだ」と強調。(以下略)

 博士はこのあと、知見の国内での共有と海外への発信を事故当事国の課題とすべきだとも述べており、原発輸出へ前のめりの現政権を暗に批判している。

 原子力委員会は「基本的考え方」を約1年かけて策定し、関係省庁に具体的な施策を盛り込むことになるが、畑村博士の意見は一顧だにされず無視されることになるのだろう。

 岡芳明委員長は、04年日本原子力学会社会環境部会長に就任、原子力推進の広報活動に取り組んでおり、1年前から安倍内閣により、原子力委員会委員長に指名された。

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2015年1月27日 (火)

テロリストと交渉禁止令

 「テロリストとは交渉しない」。これは言わずと知れたブッシュ以来のアメリカの方針である。そのテロリストというのは、アメリカが決める。9・11の首謀者は、証明されていないがウサマビンラディンであったかもしれない。

 個人、またはこの周辺の集団で特定される犯人がいれば、たしかに「テロリスト」である。これを逮捕したり裁判にかけたり処刑するのは警察の仕事である。アメリカは世界の警察官を自認しているせいか、各国に指示できると思っているらしい。

 さらにアメリカは、最新兵器でそのテロリストを軍が空爆していいる。外から見ると銃規制のない民間や警察、さらに軍隊との区別がつけにくい国のような気がするわけだ。テロリストとは交渉するな、この鉄則は日本政府・ヨルダン政府に重くのしかかっているので両国とも自由が利かない。朝日新聞デジタルにこんな記事が載った。

 
過激派組織「イスラム国」による人質事件で、日本政府は24日深夜にインターネット上に公開された拘束中のフリージャーナリスト後藤健二さん(47)の画像について、公開されるよりもかなり早い段階で把握し、音声の内容もつかんでいたことが政府関係者への取材でわかった。

 政府はこれまで、24日午後11時過ぎにネット上に公開された画像を把握したとしていた。画像の後藤さんは手に写真を持っており、写真の中には千葉市出身の会社経営者湯川遥菜(はるな)さん(42)が殺害されたとみられる様子が写っていた。また画像には音声があり、後藤さんを名乗る男性の声で、「イスラム国」の要求が身代金からヨルダンで収監されているサジダ・リシャウィ死刑囚の釈放に変わったことを告げていた。

 政府関係者によると、政府は画像を分析し、信憑(しんぴょう)性が高いと判断。安倍晋三首相はこの画像の情報を踏まえ、24日午後5時半すぎ、ヨルダンのアブドラ国王との電話協議の際に、「イスラム国」の要求が女性死刑囚の釈放に変更されたことを国王に伝えたという。この電話協議について、日本政府は約20分間という協議時間と同席者の名前以外は一切公表していない。

 2人がイスラム国に拘束されていることは、首相の中東歴訪の前から日本政府が知っていたということが、各所で報じられている。政府はイスラム国との交渉ルートはなく、あらゆる方策を通じて人命第一を念頭に救出すると何度も表明していた。

 朝日記事の内容からすれば、「風のうわさ」などではない。相当確かな直接ルートを把握していると見ていい。素人目で見ても明らかににウソをついているとしか思えない。日本はもとより、ヨルダンもテロリスト釈放は、アメリカと同盟関係を考えると(マスコミの街頭取材によると人質交換なら自国民の方が先といっているが)、ふんぎりがつかないのだろう。

 ところがNATO加盟国でアメリカと軍事同盟のあるトルコは、フランス人なども含め多人数の人質釈放に実績がある。日本は何故かそのトルコに重点を置いていない。その他の加盟国は、軍隊を持っていてもアメリカへの協力姿勢はばらばらだ。要は、アメリカに物が言える外交力の差が暴露されたということなのだろう。

 イスラム国がそこを突き、中国が重大な関心をもって成り行きを注目しているのも、この点だろう。民主党はこれからの国会でもこの問題を国益上議論せず封印する方針だというが、水面下で各国に働きかけることぐらいできないはずはない。

 手をこまぬいているとすれば、安倍自民党と同罪だ。公明党や共産党に期待するしかない。

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2015年1月25日 (日)

「アベが殺した」

 「イスラム国」で拘束されたとみられる2人のうち、後藤健二さんの新たな映像が前夜、インターネット上に公開された。新たな映像では湯川遥菜さんが殺されたことを告げ、自らの新たな釈放条件が示されたことを告げた。

 この内容は、政府もほぼ事実と判断しているようだ。日曜ということもあり、テレビ各局はこれにかかりっきりの感があった。後藤さんの英語のメッセージは和訳され、全文が発表された。その中で、塾頭の見落としであれば謝るが、NHKニュースだけは、「アベが殺した」とか「アベに殺されないよう」というような言葉が2,3回でてくるが触れられていない。

 イスラム国のプロパガンダであることは論を待たないが、彼らが犯行に及んだ背景に何があるかを見極める上でどうしても欠かせない部分である。まさか政府の言論統制ではないと思うが、最近目立っているNHKの自主規制でなければいいのだが……。

【追記】NHK午後7時のニュースで、全文の公開はなかったものの、安倍首相の責任を指摘する内容があったことを報道していました。

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2015年1月24日 (土)

イスラム国&『風俗』

 この題をとりあげたのは、ブログ「悲しき世の面影」の最新記事を見たからである。

 それによると、フジテレビ系のニュースワイドショー「めざましテレビ」の画面に、イスラム国の人質殺害予告の指定時間までのカウントダウンを字幕で入れていたということだ。 また、ネット上に例のイスラム国が流した人質脅迫画面を戯画化した画像がツイッターなどに流れているという。

 ひどいものだ。塾頭は、1月8日付で「イスラム敵視の恐怖」を書いたが、そのコメント欄に、フランスの週刊紙・シャルリー・エブドの諷刺画に対して、日本では、「言っていいことと悪いことがある」 「さわらぬ神にたたりなし」といって、いずれも、日本の公序良俗です。――と書いた。

 もう一つ、付け足しておこう。「人の生き死ににかかわることは言ってはならない」。これも醇風美俗である。ところが驚くことなかれ。塾頭のパソコンが安物のせいか「公序良俗」、「醇風美俗」の両方とも漢字転換してもでてこないのだ。

 日本の風俗はここまで変わってしまったのだろうか、視聴者に受けそうなことは何でもする。つまり、文化の新自由主義だ。ようやく探し当てたブリタニカ国際大百科事典から次の文を引用を引用しておこう。

醇風美俗
じゅんぷうびぞく
人情に厚く美しい生活態度,風俗習慣をいう。特に家制度を前提とする日本の社会生活において,人々の守るべき規範,慣習の理念型として長く持続されてきたもので,明治以後の近代国家の指導者は,この観念を国民教育の指導理念の一つとして政治支配体系にまで導入していた。

 醇(風)美(俗)。つまり、風俗なのだ。ところが最近では、風俗というと「風俗嬢」とか「風俗産業」など、いい意味では使われない。塾頭の記憶からすると、かつてはむしろいい意味で使われることが多かった。

 それを変えた犯人は、きっと不粋な法務官僚であろう。講和後まもなくだと思う。「風俗営業取締法」として、「風俗」を取締りの対象にしてしまったのだ。バーやパチンコがどうして「風俗」なのか、そういった連中が「特定秘密法案」を作るのでは、空恐ろしい。

 さらに付け加えるならば、「美しい日本」は、明治憲法でも集団的自衛権でもないのだ。わかってるのかな?――安倍くん。

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2015年1月23日 (金)

梅の開花宣言

何故か桜ほど騒がれない。

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2015年1月22日 (木)

イスラムとは

 フランスでイスラム教の預言者ムハンマドの風刺絵を描いた新聞社襲撃事件は、同国をはじめヨーロッパで空前のデモ騒ぎを起こしました。

 そして、日本ではイスラム国による日本人2人の人質殺害予告が、連日マスコミをにぎわしています。「イスラムって何?」「どんな宗教?」。このブログでは、イスラムについて比較的多くの記事を書いてきました。

 しかし本当はよくわからないのです。イスラム教の大本は、「コーラン」です。お経というより歌のようなものです。戒律で定められた礼拝の時間がくると大声で流されるので、お聞きになった方もいるでしょう。

 これは、インドネシアでもアフリカでも、アラビア語以外の言葉で唱えられることはありません。他国語に訳されると本当の意味が伝わらない恐れがあるからです。コーランの内容はこまごました具体的なことを定めたものではないようです。

 しかし、イスラム教徒はアラビア語を知り、アラビア語の感覚でそれを受け取らないと本当の信者とはいえないのです。TVで専門家といわれる人がでてきて、いろいろ解説しますが、日本語で説明する限り、「それが本当だ」とは言えないわけです。

 コーランをどう解釈して実践に移すかは、権威ある指導者が単独・または複数でこれに当たります。イスラム国では、それをカリフという歴史的な地位・名称をつけて定めています。イランにはイランの宗教指導者がいるように、国により宗派により一様ではありません。

 そこで、最大公約数のような解釈をしても「それは神の教えではない」ということになり、つまり「わからない」というのが正解になってしまうのです。イスラム教徒は、ムハンマドが神から遣わされた最後の預言者だということだけは固く信じています。

 だから、それより前のキリスト教徒やユダヤ教徒が作った価値観を強制されることは自己否定につながり、戦いをもってこれを排除するということになるのでしょう。そういった違いを認め合えば、決して話し合いのできない宗教ではないと塾頭は考えるのですが――。

 参考になるかどうかは別として、過去の記事3つほどをあげておきます。

■2014年10月27日 (月)
中東用語メモ(前承)
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-a21e.html
■2014年12月17日 (水)
新・千夜一夜①
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-128a.html
■2014年12月18日 (木)
新・千夜一夜②
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-827e.html

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2015年1月21日 (水)

人質殺害予告

 「身代金を払わなければ72時間以内に殺害する」――。刃物を手にした男の脇でひざまずく千葉市出身の湯川遥菜さん(42)とジャーナリストの後藤健二さん(47)とみられる2人。

  1月17日に日本外交の甘さを書いた「米国のトロイの木馬」の危惧は、やはり安倍首相の中東歴訪のタイミングをとらえたイスラム国で表面化した。

 同時に思い出したのが、7年前の08年8月28日に書いた「美しい誤解に安住するな」である。そこで塾頭はこう書いた。

これは、アフガニスタンで武装解除日本政府特別代表を務めた、伊勢崎賢治氏の発言である。私はこれにも「美しい誤解」があると思う。アフガン人は善意の第三者なら誰でも喜んで受け容れると考える「美しい誤解」である。

 現地をよく知る伊勢崎氏だからこそ言える言葉であって、人道支援とか貧困解消、あるいは国際貢献といった美名のもとでおこなう活動なら必ず誠意が通ずる、というある種の“お人好し”信念とは意味が違うということである。

 まして、アフガン以上に徹底した原理主義をベースにしているイスラム国だ。イスラム教は平和の宗教であると共に、厳しい戦争の宗教であることが余り知られていない。イスラムには幾多の異教徒を戦いの中できり従えてきた歴史がある。

 現地に潜入した2人の目的が取材であろうが人道目的であろうが、中立ということはあれえない。身内でなければ敵なのだ。日本人は特別などと思う方がどうかしている。ユダヤ教徒やキリスト教徒は同じ唯一神を仰ぐ「啓典の民」で条件次第では許されるが、そうでなければ「異教徒」としてジハード(聖戦)の対象である。

 
 70年間戦争のなかった日本人は、首相をはじめあまりにも戦争を知らな過ぎる。後方支援なら戦争でないとと思っている。お金に色はついていない、戦争の相手国に渡れば名目のいかんによらず敵国になるのだ。仮に人道支援に使われても、それで浮いた金は軍事に回る。

 アメリカやフランスは抜けられなくなったが、戦場に手を突っ込むということは、それだけに危険なのだ。

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2015年1月20日 (火)

ロウバイ

大寒は ロウバイの色 空に合う

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2015年1月19日 (月)

文書ト共ニ死セバ遺憾ナシ

 日本最後の内乱は明治10年、西郷隆盛率いる薩摩藩と政府軍の間でたたかわれた西南戦争である。戊申戦争の前線に立ち、明治維新を引き寄せた下級武士にとって、その報酬が身分の取り上げ、というのでは割に合わない。隆盛を担ぎ上げて鹿児島から東上した西軍は、田原坂の決戦で敗れ、別途海路より政府軍が本拠に迫っていた。

 5月3日のことである。戦場と化すおそれのあった岩崎六ヶ所御蔵には、島津家文書が保管されている。消失を恐れた島津家家令東郷重持は、転送を政府軍に申し入れた。すでに御蔵へ向かう門は政府軍が確保しており、開聞を申し入れたが番兵は頑として拒否。

 「帰らなければ、軍法に従ってお前を切る」とまでいって恫喝した。
東郷は、「切るなら切れ。自分は、命を惜しんではいない。島津家の文書を惜しんでいるのだ」といって門前に座り込んだ。

 以下、「島津家日記」『鹿児島県史料 西南戦争』第3巻に残された回想文である。(山本博文『日本史の一級史料』所載)

余ハ前陳ノ如ク島津家ノ命ヲ奉ジテ、堂々タル官軍門下ニ伏シテ当家至重ノ文書系譜ヲ全フセンコトヲ情請スル者ナリ。然ルニ許サズ。啻(ただ)ニ許サレザルノミナラズ、却テ軍律ニ照ラシ余ヲ斬ラント示サル。斬ルベケレバ斬ラレヨ。余ハ決シテ身命ヲ惜シム者ニアラス、島津家ノ文書ヲ惜シム者ナリ。故ニ主命ヲ奉ジ之ヲ全フセス、空シク帰リテ何ノ面目アリテ再ビ渡命(復命?)センヤ。余ハ島津家ノ文書ト共ニ死セバ遺憾ナシ。文書ヲ全フセズシテ身ヲ全フスルハ、不忠ノ名千歳ノ遺憾ナリ。余ハ妨ナガラ此ヲ去ラズ。去ラザレバ官軍殺スカ私兵殺スカ二ツニアルベシ。是余ガ本望ナリ。

 門番は遂に隊長にこれを取り次ぎ、東郷らは陣中に入って無事島津家文書の搬出に成功した。70年前の終戦時、占領軍到着前に大量の公文書を焼却した。近くは、秘密保護法。官僚の判断で公開前に文書を廃棄し闇に葬る方法もあるという。

 今から138年前、日本人にはこういう血が流れていたのだ。

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2015年1月17日 (土)

米国のトロイの木馬

 アメリカの文書公開を追いかけるように、外務省が15日、外交文書41冊を公開した。その中で注目を浴びているのは、佐藤栄作元首相の沖縄返還前の沖縄訪問(1969年8月)で、演説内容にアメリカが干渉、一部を変更したことが明らかになったことだ。

 これらは、核持ち込み密約や地位協定の協議事項に抜け道をつくるなど、すでに明らかにされた事案から見て、「さもありなん」とたいして驚くほどではなかった。ところが、想像はしていたものの、日本の外交がここまで外国に軽んじられているようでは、もうおしまいだ。

 戦争放棄で軍隊を持たない日本の軍縮外交が海外でどう見られているか、アメリカのいいなりだったにしても、もうすこし敬意と期待の目で見られていると思っていた。国内の評価も危なっかしい安倍首相の積極的平和主義など遠い話だ。これで他国の理解や成果を求めるのは到底無理だと言えよう。

 首相は16日に、エジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナの4か国・地域を歴訪するが、集団的自衛権や改憲志向を背負ったままの思い付きばらまき外交で、冷笑を浴びないよう祈るばかりだ。(以下引用は1/16毎日新聞)

 政府が1976年の国連総会で通常兵器の国際移転規制を目指す決議案の採択を主張した際、インドやアルジェリアなど非同盟諸国が、核軍縮が進んでいない現状から世界の目をそらすために仕組まれた「米国のトロイの木馬」と反発、廃案に追い込まれていった舞台裏が明らかになった。

 日本政府は60年代後半以降、武器輸出三原則を掲げ、紛争地域などへの武器輸出規制によって平和軍縮外交をアピールしたい考えだったが、親米路線が足かせとなった格好だ。76年12月6日付の安倍勲国連大使の公電などによると、日本は非同盟諸国の批判を避けようと「(賛成派の)コアメンバーの会議に米国を入れないよう配慮」。各国の説得工作も進め、約60カ国から賛同を得て採択のめどを付けた。

 これに対し、反対国は採決延期を求める動議を提出し、「日本案を葬る作戦」を決行。日本とのせめぎ合いの結果、道義が成立し、決議案は採決に至らなかった。

【参考エントリー】
2014年12月 9日 (火)「名誉ある地位」今がチャンス
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-4aac.html
2014年12月29日 (月)核武装という「マナ」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-3f38.html
2015年1月 3日 (土)変身し続ける核武装
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-b59a.html
2015年1月 4日 (日)核廃絶⇒正念場
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-0730.html

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2015年1月16日 (金)

巨大古墳新発見か

Dscf4416_4 久々に古代史関連の発掘ニュースが飛び込んできた。もう解明しつくされていると思われた奈良県明日香村の中心部に、一辺50m以上を石で張りつめた濠跡と見られる遺跡を発見したことだ。

 舒明天皇陵か蘇我蝦夷の墓か、という解説がついているが、拙著のひとつ『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』の主人公になっている阿倍比羅夫が活躍する前、つまり少壮期に当たるので興味津々だ。

 大唐(中国)と正式国交の糸口をつけた聖徳太子、推古帝の次の代が舒明帝だ。前代に引き続き周辺国との外交は活発で三韓(百済・高麗・新羅)、唐それに当時は独立国扱いだった掖玖(やく・屋久島)などの使節が踵を接して首都・飛鳥にやってくる。

 その次の代が、舒明の皇后であった皇極で、推古から1代置いた女帝となる。当時唯一の公式文献である『日本書紀』にヒントはないか?。今度の発見には、墳丘が見当たらないという。

 蘇我一族の権勢は、入鹿の時代になっても衰えを見せず、乙巳の変で皇子・中大兄らの逆・クーデターを受けて滅亡する皇極4年6月まで続く。その蘇我専横の象徴として、今回の発見地に近い石舞台古墳があり、観光ポイントにもなっている。

 蘇我2代目の馬子の墓に擬せられているこの墓は、墳丘が消滅し巨大な石室がむき出しになっている。墳丘が見当たらないというのは共通するが、塾頭の第一感は新発見遺跡が舒明天皇用であったと推測する。

 その根拠となる『日本書紀』の記録はこうだ。
 
 皇極元年12月22日に、滑谷岡(なめはさまのおか)に葬る、とある。ところが、同2年9月条にも、葬儀のあと押坂陵に葬る、と重複記載される。どうやら後者は舒明天皇の第一皇子など、本来なら皇位につく筈の死者も合葬したらしい。

 拙著にも書いているが、皇極天皇は、巫女の伝統を忠実に受け継いでいることが、『日本書紀』からもうかがえる。前述の記事の前後は、なにか現在と全く同じで、例年にない暖冬、猛烈な雨・霰と雷、虫の異常発生、地震の連続などに悩まされるのだ。

 それだけではない。弔問に訪れる外国使節との間で神経をすり減らす外交も、天文で占ったりする。こんな中で、祈祷を重んずる彼女は、縁起をかついで陵の方向を選び、再葬したのではないか。滑谷岡を完成前に中止し、以後、押坂を陵墓と決める。

 そのせいか『書紀』は前者はただ「葬る」と書くのに対し、後者は「陵に葬る」と明記、現在も比定された古墳が桜井市に存在する。また、蘇我蝦夷の方も、その前年末に本拠地の近く葛城に、祖廟を立てるという記事が載っている。

 いずれにしても、「倭」の姿「周辺国」の姿がだんだん定まっていく貴重な時期、揺籃期にあたるといってもいいだろう。真相は、続く考古学の発見に待つしかない。

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2015年1月14日 (水)

「憲法」触れるべからず

 毎日新聞に「勝間和代のクロストーク」というシリーズのコラムがある。今回(1/14)は、憲法議論が難しい日本というテーマで、”「尊いもの」思い込み解放を”という題がつけてあった。全体の論旨に異論はないのだが、戦後の世相で「これはちょっと違うな」と思う点があるので、記録しておきたい。

 まず、ネット上のやりとりと思える部分を引用する。

 ベストアンサーには、Takashi Hashiguchiさんの現行憲法は当時の国民の総意によって制定された尊いものだという思い込みから解放されることが必要、という意見を選びます。

 Hashiguchiさんは、敗戦を10歳で迎えていて、当時の終戦の混乱の中、食べるものもなくて憲法どころでなかった大人たちの混乱を肌身で知っている世代です。それなのに国民が過度に「尊いもの」としている憲法の役割をもっと冷静に見直すべきだと指摘しました。同様のことは田中一樹さん、山中俊臣さんが指摘しています。

 戦中・戦後のことは、このブログでもカテゴリを設けて数多く書いてきた。引用をした意見は敗戦当時10歳の方だとすると小学3年。来年は予科練など少年兵を志願するか、一兵卒として赤紙の来るのを待つかを考え、数年先以降の人生が想像できなかった当時中2の塾頭とでは、戦後の世相や憲法などへの関心が違うはずだ。

 敗戦で死ななくてもよくなったのだ。もちろんすでに始まっていた食糧難は田舎にいても同然で、自転車やゴム長を米と交換するようなこともやった。しかし、そのこともひっくるめ、自分たちの将来に何が待ち構えているのか関心のない人はいない。

 占領軍がやってくると矢継ぎ早に人権擁護、民主主義、自由尊重、経済開放などの政策を指示指令してきた。しかしそういった考えが日本になかったわけではない。明治初頭の自由民権、大正デモクラシーの伝統はあったのだ。

 「軍部」という言葉は戦前戦中から流通していた言葉である。しかし、それは、強権・横暴・理不尽の代名詞でもあった。もちろんそんなことを言えないよう「特高」の目が光っている。敗戦はそのくびきから解き放したのだ。

 反対に監視を受ける身分になった人もいる。戦犯として裁判にかけられる人はもとより、官僚や財界の戦争協力者、民間の戦争指導者などである。後者も公職追放の対象となった。その人たちにとっては解放であるはずがなく屈辱である。塾頭の学校の校長や判任官クラスの先生も追放になった。

 そういった人たちや縁者なとが「戦後レジーム」から脱却したいのはわかるが、なかったことにしようというのは乱暴な話しである。新憲法については、GHQの押しつけであるとか必ずしもそうではないという議論が進んでおり、検証も進んでいる。

 憲法が国会の議論に載せられた頃には国民の間でも盛んに議論された。ラジオは街に進出してその議論を収録する「街頭録音」があった。塾頭の住む田舎の町にもやってきて、北支派遣軍から復員したばかりの若い叔父も「言ってきたよ」とやや興奮気味だった。

 敗戦間もない時期に軍復活などあり得ないわけで9条はあまり議論にならず、第2章天皇の「象徴」などが話題になった、また、講和後まもなく朝鮮戦争がはじまり、軍復活が俎上に上がるのは遠くないと感じた。決して不磨の大典などとは思っていなかったのだ。

 そのため、塾頭らは争議中の東京証券取引所へ行ってピケを張っている組合員に「徴兵制度反対」の署名を求めたことを覚えている。最後に新憲法施行の翌月から朝日新聞に連載された小説「青い山脈」は映画化され、その主題歌を仲間の高校生と歌いまくった。

 まさに新憲法に対する解放感にあふれている。塾頭の気分はまさにこれだった。以下は歌詞のつまみ食い。

 ①雪崩は消える 花も咲く
  空のはて今日もわれらの
  夢を呼ぶ

 ②古い上衣よ さようなら
  さみしい夢よ さようなら

 ③雨にぬれてる 焼けあとの
  名も無い花も ふり仰ぐ

 ④父も夢見た 母も見た
  旅路のはての その涯の

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二大政党はまぼろし

 確証のないニセ情報でイラクに侵攻し、日本にショウ・ザ・フラッグと参戦を迫ったブッシュ政権。そのイラクから撤兵を実現し、核兵器廃絶に向けた演説をしてノーベル平和賞を受け、宿敵キューバと和解を目指すオバマ。

 前者が共和党の代表で、後者は「リベラル」を称する民主党である。日本でも民主党が代表選挙のさ中にあり、長妻候補が「リベラル色を鮮明にする」と主張している。

 アメリカでは、銃規制に反対し続けることなども相まって、共和党は好戦的タカ派であるかのように見える。すると、弊・反戦塾は文句なしに民主党支持ということになるが、なかなかそうはいかない。

 冷泉彰彦『民主党のアメリカ共和党のアメリカ』(日経プレミアム)では次のように指摘する。

「奴隷解放を唱えたリンカーンは共和党だった」
「リンカーンに対抗して、奴隷制の維持を主張して合衆国を離脱したのは共和党だ」
「二度の世界大戦に踏み切ったのは民主党で、どちらの時も共和党は反戦だった」
「朝鮮戦争とベトナム戦争についても、介入を決定したのは民主党政権で、停戦の判断をしたのは共和党だった」

 奴隷制を支持した民主党も、今では黒人やヒスパニックなどの支持で共和党に対抗している。また、最近のウクライナ問題やシリア、イスラム国爆撃政策を見てもオバマ・民主党が平和主義者だとはとても言い切れない。

 この不整合について、前述書は「両党はどちらも深いところでは一種のアイデンティティーを保っている」と言いながら、その政治行動は「アメリカに独特の政治風土からきている」としているとしている。

 この政治風土というのは建国以来の精神構造に由来するもので、二大政党といってもイギリスの保守党・労働党のあり方とは全く違い、ましてやアメリカの政権交代が、日本の自民党・民主党間のモデルになるとは考えにくい。

 自社両党による55年体制崩壊後、それに代わるべき日本の政治体制がまだできていない。今回の民主党代表選でどう将来を展望するのか。それも聞こえてこないのは極めて残念、としか言いようがない。

 当塾では以前、ヨーロッパにあるように、中道右派・中道左派・極右政党・共産党・宗教基盤の5政党が競い合うような形はどうかと言ったことがあるが、二大政党は束の間の幻だったのか。

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2015年1月12日 (月)

日中接近の道??

★国を安定させ、経済格差をなくするためには党独裁ではなく、地方の選挙を通じて示された民意を重視、尊重しなくてはならない。【2007年中国共産党第17回党大会】

●地方で選ばれた気に入らない首長が上京しても会う必要がない。民意は無視し、既定方針を強行する。【2014年末安倍内閣】

★「国務院情報公開条例」を定め、情報請求権を明記。非開示の決定に対しては、行政不服申し立て訴訟の道を開いた。【2007年中国国務院】

●「特定秘密法案」を成立させて、漏えい者の罰則を強化、公開前に記録廃棄という逃げ道も設けた。【2014年日本政権与党】

■もちろん、日本の方が進んでいます。しかし向かっている方が逆ですね。すこしずつだが中国の方が前向き、日本の方が後ろ向き。そのうちどっかで意見が合いますよ

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2015年1月10日 (土)

あるがまま

Dscf4414 落葉樹、照葉樹。鳥か獣が落とした種がそのまま育ったのか。下は落ち葉の厚い層。「あるがまま」の自然林崖地である。和歌山で、伊豆大島で、広島で土砂と一緒に流れ下った植林杉丸太など一本もない。

 「あるがまま」、それが災害に強そうだ。

Dscf4410

 辺野古以外の選択肢はない……岡田克也。原点には もどらない?。
 解党的出直し……細野豪志。解党して他党と再編?。
 自称・リベラル……長妻昭。中味不明のスローガン。

Dscf4412_2 「あるがまま」、期待する方が無理なのか。

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2015年1月 8日 (木)

イスラム敵視の恐怖

 「サ・ケ・カ・ナ・シ・」……何のことか?。「人類が愚かな戦争を繰り返すのは何故か」、7年前この塾で考えた原因5カ条であるが、権威はない。(サ)差別。(ケ)は経済格差・経済制裁の(ケ)。(カ)は拡張主義の(カ)であり介入の(カ)でもある。(ナ)は偏狭なナショナリズム。最後の(シ)は宗教である。

 この下手なものはづけを持ち出したのは何故か。今日報道されたフランスで起きた週刊紙襲撃事件である。

(CNN) パリ市内の風刺週刊紙「シャルリエブド」のオフィスに7日、銃で武装した覆面の男らが押し入り、12人を殺害した。そのほか11人が負傷し、うち4人が重傷だという。(中略)フランスのオランド大統領は同日夜、「(犯人の)逮捕に全力をあげる」と述べた。

 すべて確認はできていないが、他のマスコミではオランド大統領の「野蛮なテロ行為だ」とする非難発言、オバマ大統領の共闘宣言、国連事務総長の批判発言などがあるようだ。イスラム教徒に対し総攻撃をかけている感じである。

 フランス国内には、以前からきわもの優先のシャルリエブド紙に対する批判が存在したようだが、アメリカの金正恩ヤユ映画への批判同様、一切がかき消された。つまり無形の圧力が逆に言論の自由を奪ったのだ。今回の事件の標的は、無抵抗の子供や婦人でなく一般市民でもない。

 これが全ムスリムを敵にした終わりのない戦争に発展することを、塾頭は恐れている。頭記の戦争原因ものはづけでいうと(シ)が中心になるが、移民流入に反対する(サ)や(ナ)も入っており、タリバンやアルカイダを標的にしたテロとの戦いなどとは意味の違う、宗教への侮辱が動機になっている。

 過激派に距離を置くシーア派のイランはもとより、トルコもインドネシアもバングラディシュもみんなイスラムを中心に置く国連加盟国だ。国連事務総長はどこを見ているのか。これが、宗教戦争をあおり、シリア・イランに生まれた「イスラム国」が肥大する最大の原因を作ることになりそうだ。

 安倍首相の付和雷同が目に見えるだけに、そら恐ろしいことにならなければいいのだが……。

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2015年1月 7日 (水)

民主党の顔

 今日、民主党代表選の公示日。候補は岡田、細野、長妻の3氏になるようだ。先の総選挙では塾頭が見限った同党だが、自民にとって代わるとなれば同党しか見当たらない。

 かつてのように、自民党内の派閥争いの中で首相が変るといった構図も考えられるが、その派閥も実質安倍派になってしまった旧森派独裁の色彩が濃くなった。民主党首が誰になるかは、やはり大きな関心事だ。

 争点は、岡田・長妻の党再建重視か、細野やそのバックにいる前原グループなど維新との再編重視かといわれてきたが゜、選挙では国会議員以外の党員・党友票が大勢を決するとあって、地方では競合する他党との連携は封印することにしたようだ。

 そうなると、政策の違いで争うことになる。はっきりしているのは、長妻のリベラル路線強調だが、長妻が党内でリベラルを唱え、仲間を糾合しようとしたなど聞いたことがない。安全保障に関心があるとはいうものの、憲法や集団的自衛権などの一貫性にも疑いがある。

 本塾で何度も指摘してきたが、民主党には政権を失ったことの反省・総括が必要だが、論争はそれから始めなくてはならない。それが3人にできるかどうか。次にそれにともない、奥歯にものの挟まったようなマニフェストを捨て、自民党との対立点を明確にすることだ。

 選挙の予想がそろそろ出始め、岡田・細野・長妻の順だという。いずれにしても、最初の投票で過半数を取る候補はなく、1位2位の決戦投票になるだろう。そして公開討論が行われ、そこで解党的出直しの議論を戦わせ、民主党の顔に国民の耳目を集める。

 そうなくては、民主党の再生はあり得ない。安倍自民が大手を振って独裁の道を突き進むことに手を貸すだけだ。

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2015年1月 4日 (日)

核廃絶⇒正念場

 日本では、原発再開や輸出に固執する勢力がある。これは、アメリカの核武装堅持を意図するタカ派への無条件追随か、世界の動向に無知なためと思われる。

 塾頭自身、復習の意味を含め、”核武装という「マナ」”、”核武装の変身”と書きすすめ、最後は、核廃絶に向けてアメリカなどを追い詰めている「新アジェンダ連合*」や、国連で発言力を増している各国NGOにスポットを当てたいと思った。 (*ブラジル、エジプト、アイルランド、メキシコ、ニュージーランド、南アフリカ、スウェーデン)

 その前に、今日の毎日新聞記事にご注目、である。

 原爆投下から70年となる2015年夏、広島、長崎の両市が米国の首都ワシントンで「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」を共催する見通しになった。ワシントンでの開催は1995年以来。会場は20年前と同じ私立大の予定で、遺品・資料の展示や被爆者の証言を検討している。関係者は「被爆の実相を節目の年に首都で伝えることに意義がある」と強調する。

   両市は95年以降、核兵器廃絶の国際的な機運を盛り上げるため、海外で原爆展を積極的に開催。核保有国の米国、ロシア、英国、フランス、インドの他、核廃絶に熱心に取り組んでいる国を中心に毎年1〜2都市で開き、15カ国43都市で実現した。

 広島市などによると、20年ぶりとなるワシントン展は6〜8月を予定し、会場はアメリカン大を軸に調整。被爆者が渡米して証言する他、志賀賢治・広島原爆資料館長らの派遣も検討している。

 95年は当初、米スミソニアン航空宇宙博物館(ワシントン)で企画された「原爆展」に被爆資料を貸し出す予定だったが、米国の退役軍人団体が強く反発。事実上の中止に追い込まれた。

 今夏は両市の原爆展と同時に、丸木美術館(埼玉県東松山市)とアメリカン大の共催で、画家の故丸木位里(いり)・俊(とし)夫妻が爆心直下の惨状を中心に50年から32年間かけて描いた「原爆の図」を展示することも内定。シリーズ15作のうち「米兵捕虜の死」や朝鮮人被爆者への差別が主題の「からす」など6作品が出品される。

 丸木美術館の小寺隆幸理事長は「国際社会で核兵器の非人道性が注目を集めており、原爆投下による惨状を伝えることは重要だ」と話している。【高橋咲子】

 この記事は、先月13日のエントリー”世界に牙をむけるアメリカ”で書いた時事電のアメリカの顔とまるっきり反対なのだ。

 【ワシントン時事】12日に米議会を通過した国防権限法案に、米国が第2次世界大戦中に進めた原爆開発計画「マンハッタン計画」の関連施設を国立公園に指定する条項が盛り込まれた。近くオバマ大統領が署名して成立し、戦後70年の来年中に「マンハッタン計画国立歴史公園」が誕生する。

 マンハッタン計画は1942年、当時のフランクリン・ルーズベルト大統領の承認を得て始まった極秘プロジェクト。45年7月に世界初の核実験が行われ、翌8月に広島、長崎に原爆が投下された。  法案は「将来の世代のために重要な歴史資源を保存・保護する」と明記。開発の中心地となったニューメキシコ州ロスアラモス、ウラン濃縮が行われたテネシー州オークリッジ、プルトニウムが製造されたワシントン州ハンフォードの関連施設について、1年以内に国立公園に指定すると定めている。

 国立公園化の動きは2003年に本格化したが、被爆地を中心に「核廃絶の願いに背く」(広島市)との懸念が強く、法整備がずれ込んできた経緯がある。法案の議会通過が迫った9日、長崎市は「決して核兵器を賛美せず、恐ろしさを伝える」施設とするよう、ケネディ駐日米大使に要請した。

 民間と国の違いはあるが、どちらもアメリカの顔である。一国主義と多国主義、アメリカの歴史は気づかぬままこの繰り返しである。ブッシュの時代一国主義は最高潮に達した。それを他国主義に振り向けるためには、政治の高度な指導力が必要である。

 新アジェンダ連合などが中心となって、国連総会には核軍縮など多くの決議案が上程される。川崎哲『核拡散』によると、2002年の主な関連決議10件のうち、エジプトとモンゴルの非核地帯設定の全会一致2件を除いて、アメリカは8件にすべて反対、日本は棄権5件、賛成3件だった。

 最近では、日本、NATOなど同盟国でもアメリカと異なる意思表示がされるようにもなった(過去記事”「名誉ある地位」今がチャンス”参照)。戦後70年は、人類の核被爆70年でもある。オバマが来日した際、広島をおとずれるかどうか。世界の潮流に従うか背を向けるかの分水嶺になるかもしれない。

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2015年1月 3日 (土)

変身し続ける核武装

 以前書いた”核武装という「マナ」”の続編である。国が「原爆というマナ」を持つとパワーがまし、他国との差を誇示するようになるが、あまりマナを増やし過ぎたので実際には使いようがなく、効果に疑問符がつくようになった、と書いた。

 核兵器とは、起爆装置を持った核弾頭とそれを目標まで運搬手段の組み合わせを指す。広島、長崎の場合の運搬手段は爆撃機で、アメリカが制空権を確保していたため、爆弾にしてただ落とすだけでよかった。

 これでは、事実上戦争が終わっているような敵にしか使えない。米ソなどは長距離を飛ぶ弾道ミサイルに核弾頭をつけた「戦略核兵器」の数を争うようになった。北朝鮮が地下核実験に成功しただけでは核武装にはならない。ミサイルとの組み合わせがどうしても必要だ。

 戦略核兵器には、大陸間弾道ミサイル(ICBM)が使われる。宇宙に、人工衛星打ち上げと同じ技術・設備が必要だ。これに対してより小型な中・小距離ミサイルがある。これを潜水艦など艦船やステルス機などに摘んで、より接近したところから攻撃するという手もある。

 マナが無効となる過程で米ソはどう考えたか。まずアメリカである。ICBMと弾頭はお互いの競争ですでに限界に達した。米ソは競争をやめよう、むしろ削減していこうということで一致した。だけどなくなるわけできない。そこでミサイルが発射されたら途中で撃墜する「迎撃ミサイル」の研究に切り替えたのだ。

 発射を衛星などで感知すると、専用の地対空のミサイルなどで撃墜する方法だ。初期的なものはイスラエルを攻撃するイラクのミサイルに対し実戦で使われた。テレビでもパトリオットミサイルの迎撃が放映されたので、ご覧の方もあると思う。しかし、攻撃用も迎撃用もその精度は決して高くない。空中爆発力でそれをカバーしているようなものだ。

 ICBMは、宇宙を超音速で飛んでくる。それ捉えるいわゆるMDシステム研究には、それこそ天文学的費用が掛かる。最初カナダに共同研究をもちかけて断られ、日本にお鉢が回ってきた。専守防衛のシステム研究だから、憲法に反しない、というのは素人考え。中国は衛星撃墜を研究している。つまり、宇宙戦争への第一歩だ。

 ロシアとしては、せっかくアメリカと削減目標を決めたのに、その数を減らされるのと同じになるくなるから、と猛反対だ。実はそれより前の早い時期、冷戦終結後の1991年にアメリカは一方的に地上発射式及び艦船搭載の戦術核兵器の撤去宣言を行い、翌1992年に撤去完了を宣言していた。ロシアも1992年に艦隊配備の戦術核兵器を撤去している。

 これは、ソ連崩壊で各地に散らばった核の管理がずさんになることおそれたことや、万一核の使用が察知されれはICBMで対応できると踏んだからであろう。アメリカの本音はよくわからないが、この頃からマナの数争いから質(利用技術)の向上に転換したように見える。

 マナの効果は否定したものの、それをきれいさっぱり捨てるのではなく、他の追随を許さないという優位性だけは何としても持ち続けるというプライオリティーに固執している。それを露骨に表明しているのが包括的核実験禁止条約(CTBT)を米上院の否決で批准できなかったこと、そして、2004年のブッシュ大統領の核先制攻撃許容宣言である。

 先ず、包括的核実験禁止条約をとりあげよう。国連での提案は1954年に始まっている。核実験はすべて廃止しようというものである。その提案が40年もたって1966年にようやく採択された。その途中経過として、1963年に「地下ならばいいよ」という部分的核実験禁止条約(CTBT)が結ばれたことは既に述べた。

 研究用を含め、原子炉を持つ国のうちCTBTの条約外にいる国は、中国、北朝鮮、エジプト、インド、インドネシア、イラン、イスラエル、パキスタン、それにアメリカである。中でも、条約に調印しながら議会の反対で批准しないという点で、アメリカとイスラエルが似ていることに注目したい。

 クリントンのCTBT推進から2001年にブッシュ政権に代わって、新型核兵器の開発を可能にするという180度の転換があったのだ。もっともアメリカ上院が批准否決をしたのは1999年10月にさかのぼる。つまり民意を反映しているのである。

 2001年9月同時多発テロがアメリカ本土を遅い、翌2002年9月にブッシュ大統領は国家安全保障戦略の中で「ならず者国家」への先制攻撃の権利を公然と掲げた。そして2003年3月、今度はイラクを「悪の枢軸」と呼び先制攻撃をしている。

 北朝鮮は核開発疑惑だが、イラクはそれでなく化学兵器隠匿(今日、それがニセ情報によるものだったことが公然化している)疑惑であるである、核、生物、化学兵器をひっくるめて大量破壊兵器とし、非核兵器国に核保有国は核攻撃をしないというNPTの基本原則は宙に浮いてしまったのだ。

 NPTといえばイランや北朝鮮に対しては核先制も辞さないとするアメリカが、今や核保有国疑う余地のないイスラエルを全く不問に付し、最近もパレスチナ占領地域からの撤退を求める決議をイギリスと共に否決に回ったことなど、どうも「世界の警察官」にしてはやや勝手すぎるところが目立つ。

 キューバとの国交回復に筋道をつけたオバマだ。最後の踏ん張りどころは、核廃絶宣言でノーベル平和賞を受けた彼が、賞の権威を台なしにしないよう全力を尽くすこと、そして兄弟国イスラエルが中東に迎えられるためには、どうすればいいかを考えることだ。

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2015年1月 1日 (木)

70年前の《今》④

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一月一日
 遅い朝食(雑煮)をとっていると、平野徹君(平野謙君令弟)来訪。海軍少尉の服装なり。

 やがてまた海軍少尉来る、河出書房にいた飯山君である。聞けば同期の予備学生である。吉川誠一君来る、海軍報道部勤務、海軍ばやりである。

 三君とも夜までいる。平野君ひとり朝まで残る。しきりに死を口にする。フィリピンに赴任するのである。冗談半分で死のことを言っているのかと思っているのかとおもったら、ほんとうに悩んでいるらしい。

 以上、高見順による昭和20年元旦の日記は、文芸春秋社の『敗戦日記』に収録されている。そのもとは、雑誌「文芸春秋」に昭和33年7月号・8月号に掲載されたものである。

 原題は「暗黒時代の鎌倉文士」と「敗戦日記・日本0(ゼロ)年」であった。その分かれ目がこのさき、8月15日にやってくる。

【追記】塾頭がブログを始めてから今年は10年目に当たります。これを機に、当塾副題を「戦争をしたい国よりしない国と組もう! 」に変更します。

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