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2014年12月 5日 (金)

国連とアメリカ

 下記は最上敏樹著『国連とアメリカ』岩波新書からの抜粋である。やや長文の引用となるが、これを12/1付当塾エントリー「モンロー主義」の締めくくりとして読んでいただければありがたい。

 ここでいう「多国間主義」は、国連優先主義とも言いかえられる。モンロー主義は、本来多国間の干渉の外にあることを望んだものだ。しかし、2度の大戦により、超大国となったアメリカは、理想的な平和主義構築を主導するというジレンマを背負うことになった。

 アメリカは、「世界の警察官としてアメリカの価値観を普及させる」というフロンティア精神と、自由と民主主義を旗印とする星条旗のもとに団結し、孤高をつらぬくという二つの理想どう調和させるのか。多様性を理由に引きこもり、という選択肢は許されないお国柄だ。

 二一世紀初頭のいま、われわれは単独行動主義のアメリカを目撃している。国連という枠組みから半ば離脱したかのような、つまり多国籍間主義を意に介さぬようなアメリカである。

 だが、反多国籍主義的なアメリカが唯一のアメリカなのでもない。この国にも多国間主義の理想に燃えていた時代、あるいは多国籍間主義を活用しようとした時代はあった。いや、今後もまたあるかも知れない。アメリカと国連の関係を考えるときにまず理解しておくべきは、そもそもアメリカと多国間主義の関係にはかなりの振幅があるということである。極度の親和の時代もあれば、極度の敵意の時代もあった。

 ただそれは、時代によって一方から他方へと振れ、時代が変わればまた元に戻るしいう、単純な振り子運動の関係でもない。むしろ、一定の振り子運動はあれ、長期的な趨勢で見るなら、おおむね多国間主義から反多国間主義へとゆつくり動いてきたのだと言えるだろう。また、多国間主義に帰依したかに見える場合でも、そこに見られる多国間主義はやはり格別の大国のそれであり、例えば国連における北欧諸国やカナダといった「国連中心主義の」中級国家のそれとは質的に異なるように思われる。

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