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2014年12月18日 (木)

新・千夜一夜②

 (承前)------------
 前回、ベトウィンは「砂漠のベットは最高だ」と言っていることを話ました。日本の国旗・日の丸を見て不思議そうな顔をします。なぜなら、真っ赤な遮るもののなくじりじり照りつける太陽は、砂漠では死を意味するからだといいます。

 砂漠が多い国は、サウジは違いますが国旗に星とか三日月を使うところが多いようです。そういえば、イスラムを国教とする国は、キリストを意味する「赤十字社」ではなく、「半月社」でしたね。飲み水の少ないサウジの地下に、神は石油を与え給うた、と固く信じているようです。

 税金がなく、金利もなく、持てる者は持たざる者に惜しみなく分け与えなければならないという国です。国内にムハマンドの聖地、メツカ・メジナがあるサウジは、コーランに最も忠実でなければならない、それを守る権威と義務がサウド王家にある、しいうのがサウジアラビアの国情のようです。

 さて、次の訪問国はオマーンです。ペルシャ湾の一番奥は、ティグリス・ユーフラテス川の河口付近のイラクでわずかに接しているだけです。海に向かって左岸がイラン、右側にクエート、飛び石状にバーレーン・カタール・アラブ首長国連合、そして湾の出口インド洋に面してオマーンがあり、サウジを含め湾岸諸国と言います。

 それらは、今は言葉がなくなって首長国というようですがかつての土候国です。イスラム圏の部族の代表者のような立場だったのです。したがって、その境界がどこかなどについては曖昧だったようで、農耕や牧畜ではなく、海路を利用した商業が得意だったようです。

 オマーンと、日本では引っ張りますが、現地では「オマン」と聞こえます。目的のひとつは、原油を掘り当てたので、その積出し施設建設の起工式セレモニーを取材することでした。演説などどこでも同じような式次第があるのですが、チョットカメラを回せないような場面がありました。

 オマンの男性は、サウジ王族のような白いガウン状のものでなく、腰を帯でくくって、f 字型の刀をみんな身につけており勇ましい感じがしました。男は強くなくてはならないお国柄と聞いていたのですが、その刀は、儀式の生贄にするヒツジの首を切り落とすためのものだったのです。

 それは、手際よく鮮やかなものですが、そのままでは映倫で通るかどうか。農耕民族には目をそむけたくなるような残酷な光景です。(塾頭⇒最近のイスラム国の斬首テロは生贄?)。しかし、サウジもそうですが人々の心は温かく、友好と平和を望む人たちであることには違いありません。

 東南アジアに来て、インドネシアやマレーシアにもムスリムは大勢います。日本の仏教のお経はすべて漢訳されたものが使われていますが、コーランはアラビア語以外で唱えることができません。だから勝手な解釈は厳禁なのです。

 「こんにちは」の挨拶は、どこ国へ行っても「アッサムアレイコン」。その一言でお互いの親しみを通じ合えるので、取材で苦労したことはありません。

Dscf4404 (塾頭⇒オマルさんからこれらの話を聞いているので、イスラム国の過激派や、パキスタン・タリバン運動の一部が女子教育を嫌って攻撃したり、民間人を殺傷してもいいなど、コーランのどこにもないと理解しているし、「文明の衝突」などといって両極端な発想をすべきでないと信じている)

【写真】角度を変えてみると光景も違って見える=2階からドウダンつつじ

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