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2014年11月28日 (金)

戦争できる国にしたい皆さんへ

 前々回、24日付の「アベノミックス」でいただいたコメントのなかに、こういった表現がありました。

国と国との関係はぎりぎり最後の最後は軍事力がモノをいうのですよ。

 これで、まず思い出したのがクラウゼヴィッツの『戦争論』です。

戦争とは政治的行為の連続体であり、この政治との関係によって戦争はその大きさや激しさが左右される

 軍人教育に使われたり、戦争について論ずる場合必ず引用されると言っていいほど有名な言葉で、「政治の行きつく先は戦争により解決」といったとらえられ方もされます。しかしこれは、1830年、ナポレオンの頃の戦争の話で、今はそれを額面通り受け取る人はいません。

 しかし、その思想は長く引き継がれ、100年前の第一次世界大戦まで帝国主義戦争の中で生きてきました。

 その次に思い出した言葉は「パワーポリテスク」です。塾頭はこれを、軍事力の強さで相手国、または勢力を屈服または譲歩させようとする政策だと解釈しています。これは比較的新しい言葉で、冷戦下の核開発競争やパワーバランスにより平和が保たれるという考えに通じます。

 しかしここ10年ほどのうちに、これもすたれてきたように思います。だからといってなくなったとも言えません。米ソの超大国意識が捨てきれない一部の人が、アメリカにもロシアにもいます。国では北朝鮮や中国が依然としてこのロジックに取りつかれているといえましょう。

 米、ロ、中国は国連の常任理事国で責任があります。加盟国増加の中で国際世論を気にせず、強ければ、または核兵器を持っていれば勝てる戦争はなくなったのです。これは、ネットによる情報網の発達が寄与しているかも知れません。冷戦の解消やイラク戦争の結末は、国連の立場を強くした一面がありそうです。

 最後に世界で最も貴重な文献のひとつ、日本国憲法第九条第一項をあげておきましょう。

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 はっきり、戦争を国の権利であるという考えを否定しています。これを、GHQから押し付けられたものと誤解している人が結構多いと思いますが、第一次世界大戦後の1928年(昭和3年)にパリで締結した「不戦条約」に基づいています。リードしたアメリカをはじめ、日、英、仏などが調印し、その後ソ連など多くの国が参加しました。

 それにもかかわらず第2次大戦が起こってしまいました。不戦条約を補強する形でできたのが、現在の国連憲章であり、その機関が国連となりました。その国連さえ平和に十分寄与できなかったことはご承知の通りです。

 さて、現在「日本を戦争ができる国に」などと思っているみなさん、九条第一項の文言は、自民党案でも表現を和らげただけで変わっていないのをご存知ですか。今年は第一次大戦開始から100年目です。世界は「戦争ができる国」より、「戦争が起こさないようにする国」として日本に貢献してもらいたいはずです。

 塾頭は、自衛力が高くなることは賛成です。日米同盟があり、集団的自衛権を表面に立てれば世界一の強い国になれると思っているみなさん。アメリカの本音は違います。アメリカの軍事予算を一部肩代わりしてもらい、アメリカ軍人にかわって血を流す人が増えれば、なにも断ることはない、というものでしょう。しかし、それを表立っては言えませんよねえ。

 安倍さんはどう思っているのでしょうか。「積極的平和主義」がこれと違うものだということは分かりますが、マニフェストにはありません。平和主義詐欺ではないようにしてもらいたいものです。

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コメント

塾頭の論には所々賛同する部分もあります。
「アメリカの軍事予算を一部肩代わりしてもらい、アメリカ軍人にかわって血を流す人が増えれば、なにも断ることはない」
そのとおりです。米国から見れば在日米軍基地は米国の世界戦略のコマとして使っているだけで、コストを日本が負担してくれる分には文句はない。というかむしろオマエらの安全保障に寄与しているんだからもっと出せ、と思っているのです。
米国のパシリと扱われているのは悔しい限りですが、モノは考えようで軍備強化に注力すれば将来の軍事的自立につなげることが可能です。
米国の国防予算は長期的に減額していくのは確実で日本からの撤退すら絶無といえない状況。そのときになって慌てても遅いのでいまから準備しておこうというのが安倍政権の考え。
安倍首相が日米同盟至上主義者と捉えるのは大間違いで、彼の本質は国防の自立=軍事上の主権奪還です。
サンフランシスコ講和条約で主権を回復したといっても、軍事上の主権はずっと米国に握られていたので、日本の外交はギリギリのところでは常に米国の手の平で動いていたのです。
「戦争が起こさないようにする国」として日本が貢献するためにも国軍の整備と強力な抑止力が求められるのです。

投稿: ミスター珍 | 2014年11月29日 (土) 23時24分

ましま様
私は「戦争をできる国にしたい皆さん」にあてはまりませんが、コメントをお許しください。

ミスター珍様
前回の主張がコロッと変わっていますね。長々と言葉を浪費されていますが、一言で言い得ることができます。
「詭弁」。

投稿: 元谷駅前 | 2014年11月30日 (日) 00時13分

「適塾」気取りの塾頭です(拝)。

投稿: ましま | 2014年11月30日 (日) 13時03分

憲法9条が、GHQからの押しつけでないことは私も承知しております。

しかしわたしの認識では基になったのは昭和3年の‘パリ不戦条約ではなく「幣原喜重郎内閣」の発案でだとしています。

ただ、それをGHQが英文にしたときに参考にしたのが‘不戦条約’の文章だっただけと思っております。

投稿: 玉井人ひろた | 2014年11月30日 (日) 16時58分

玉井人 ひろた さま

 誰の発案か今もって議論の分かれるところですが、わたしの認識では条約締結の前年まで幣原さんが外務大臣をやっており、この条約締結に深くかかわっていたと思われます。誰の発案であろうと、それなりにこの条約が根っこにあったはずです。

投稿: ましま | 2014年11月30日 (日) 17時21分

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