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2014年10月 3日 (金)

歴史精査が「朝日」の課題

 朝日新聞の従軍慰安婦や福島原発の事故対応に関する誤報騒ぎがあって、ほぼ3週間たつ。「週刊文春」や「週刊新潮」などは、世間に行き過ぎという声があるのをよそに、毎号あきもせず朝日バッシング見出しを広告の中心に据えている。

 多分それが最大の販売促進策なのだろう。それで気分がよくなる人がいるとすれば、昔の「カストリ雑誌」、今でいえば「脱法ハーブ雑誌」ということになる。天下の文春、新潮など名門は、そのような記事を連綿と続けることはなかった。

 言論の自由だから、それに文句を言う筋合いはない。買って読むのも自由だが、元朝日新聞の勤め先の学校を脅迫したりする自由はない。当塾が、朝日新聞の「病弊」を書いたのは9年も前の05年7月、それからまったく改善されておらず、先月12日に「朝日再建の道」を書いた。

 塾頭は朝日新聞をとっていないのでわからないが、その後抜本的な体質改善策が示された様子はない。そこで、余計なお世話だが、昔の権威復活をひたすら願う塾頭から、ひとつの提案をさせていただく。それは同紙自身が行う「歴史の洗い直し」だ。

 今、中国からも韓国からも「歴史認識」が云々されている。たしかに、安倍首相や右翼を中心に歴史を国粋主義的な観点から見直そうという動きがある。かといって、その両国の主張が100%正しいとはとても言えない。「尖閣」や「姓奴隷」などには、偏見に満ちたずさんなもの、といってもいい内容が多く含まれている。

 一方、朝日新聞はどうだったか。従軍慰安婦を例にとってみよう。この記事が出た頃は、同社役員や幹部は、塾頭と同じ世代か少なくとも戦後生まれではなかったはずだ。まず、強制連行だが、塾頭小学生の頃には在日の友達もたくさんいた。

 大人の間には隠れた差別意識があったことは否定できないが、小学校教育は「同じ天皇陛下の赤子、仲良くしよう」だった。一種の皇民化かも知れないが、創氏改名にもそんな意図があったかも知れない。強制された、というが、張くんも金くんも李くんも名前はそのままだった。

 かつては台湾人同様、朝鮮人にも兵役務がなかったが、終戦間際になると労働力不足で国内の女子学生まで工場に動員する有様、「人的資源」だけが頼りの政府は、どうしても日本人と同様、一億一心になってもらう必要があった。

 そんなわけで、塾頭は、朝鮮人の反感をかう「強制連行」などするはずがない、という印象を持っていた。戦後生まれの一線記者がニセ情報に引っかかったとしても、幹部はなぜ疑問を持たなかったのだろう。「ちょっと変だ。調べ直せ」とならなかったのだろうか。

 「女子挺身隊」の名称は、日本国内でも一般的に使われた。もちろん慰安婦なんかではない。塾頭らは「常識」と思っていたのに朝日の幹部は知らなかったのだろうか。もしそうなら、直近の「歴史」を全く勉強していなかったか、無関心だったということにほかならない。

 「性奴隷」についても言える。日本の公娼制度が、あたかも「性奴隷制度」であるかのような印象が国外だけでなく国内にもある。キリスト教の禁忌をうけない日本の売春の歴史は長い。その間に、公娼制度が発展をとげ、太夫の地位もあこがれの的になるほど洗練されたものになった。

 明治になって法制化されたが、それには「性奴隷」化しないよう種々の規制・配慮がちりばめられている。また、奴隷どころか、絵画、文学、演劇、音楽のなどの分野で芸術的精神文化として扱われることも少なくなかった。

 公娼制度が全廃されたのは昭和33年(1958)で、そんなに昔のことではない。しかし、現在の若者には全く理解できない存在だろう。だから、「姓奴隷」を全否定しろとは言わない。韓国の元慰安婦が「私の存在そのものが証拠だ」と言うのを、「それはウソだ」という資格が誰にあるだろうか。

 何度も書いているが、たとえ証拠はなくとも、前線の軍管理下では何が起きても不思議のない狂気の世界だ。東京裁判でもとりあげられた戦争による人道上の罪に相当する。それを消去しようとする試みは、歴史に対する反逆行為だ。

 朝日新聞は、河野談話の背景や外交措置としての適否も含め、以上のような歴史の検証を徹底的にしなければならない。またそれを忠実に世界に発信していくことを直ちに始めなくてはならない。

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コメント

「強制連行があったかなかったか」というレベルの話でしたら、最新の専門研究も簡単に手に入るのは御承知と存じます。例えば外村大氏の著作(岩波新書で出ています)はお読みになったでしょうか?
ハナから胡散臭かった吉田証言のごとき「奴隷狩り」のイメージが誇張だとしても、広義の意味で「強制」と言わざるを得ない動員が少なからずあり、それによって被害を蒙った現地の人が存在したこと自体は否定のしようもないと思います。塾頭様の御経験談はナマの貴重な証言として尊重すべきでしょうが、ことに戦時の外地における現地住民への扱いなどには、一般の日本社会では知り得ないことも多かったのではないでしょうか(なおちなみに塾頭様の同級生だった朝鮮人児童は、戦時動員ではなくそれ以前からの日本定住者の子弟だと存じます)。
「差別否定の教育」は、朝鮮半島での「一視同仁」の皇民化政策同様に、総動員体制下で民族同化の必要に迫られてのものと私は理解しています。かりにそれをもって日本の支配政策がソフトなものであった、などと主張すれば、先方の人々の感情を逆撫でするのは当たり前でしょうね。

投稿: ちどり | 2014年10月 4日 (土) 00時39分

ちどり さま
コメントありがとうございました。

ご指摘の新書、読んでませんが機会があれば見たいです。いずれにしても、強制であるかどうかは定義しにくく、今となっては立証も困難でしょう。

在日の同級生は、家族として来ているのでやはりご指摘の通りでしょう。また、現地での官憲の中には現地人も多数いて、実績競争で成績を高めた形跡があるようです。

その点で、河野談話の短い内容は苦心の作と言えるでしょうね。

投稿: ましま | 2014年10月 4日 (土) 07時47分

『朝日新聞の誤報』で産経とか読売が社を上げて『売国』だとか『非国民』だとかの大々的なキャンペーンを展開して朝日から自社への購読切り替えを目指しているのですが、
これが、成功していないのです。
誤報だと朝日を叩く産経とや読売ですが、当たり前ですが自分たちも今まで大量の誤報を行っているのですね。
国を上げての朝日バッシングの結果、朝日の購読数が劇的に減っているらしいのですが、
そのぶん産経や読売の購読数が増えたかと言うと、逆に減っている。
今の誤報キャンペーンですが、朝日の信用が落ちた以上に、マスコミ全体の信用度が劇的に低下しているようです。

投稿: 宗純 | 2014年10月 4日 (土) 14時04分

ブログをやっていながら、世の中から印刷物が消え、文章が消え、物事がすべてデジタル化するようで怖いです。

多くの目で校閲され1字の間違いでも訂正を怠らない。新聞は信用のシンボルでありジャーナリズムの先端だったはずなのに……。

残念です。

投稿: ましま | 2014年10月 4日 (土) 16時51分

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