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2014年9月25日 (木)

スポーツとナショナリズム

 21日の韓国とのバドミントン男子団体準々決勝に敗れた際、シングルスの田児賢一(NTT東日本)が格下に逆転負けした一戦で、エアコンによる不利な逆風が吹いたと日本側が指摘、問題になっていた件である。

 今日の「毎日」では、投書欄に、以前の報道を受けてのことだろう、その原因を運営委員会が「空調機不具合のため」としたことに、国際競技の会場設定をする資格なし、とする韓国向けの厳しい声を載せていた。

 その一方で、スポーツ欄では、電力節約のための中断運転ならやむを得ない、と原因を変え、抗議をしないことになったというニュースを載せている。同じ日、紙面によって違う原因では、読者を混乱させるばかりだ。

 同紙の記者によって意見が違うという大雑把さは、それなりに評価もできるが、どうかするとナショナリズムに飛び火しかねないような問題では、事実関係だけはつめておいてほしい。

 韓国マターがないと成り立たないような産経新聞は、なぜか読売・毎日などにくらべ、この問題にはあまり大きく触れていないように見えた。朝日攻撃への批判もあって、手控えたか。

 もうひとつが大相撲。大関・稀勢の里と新入幕・逸ノ城の対戦だ。塾頭はテレビ中継を見ていたが、モンゴルから来た、まだまげも結えない新米力士を大関が「まだ早い」とばかり一蹴してくれることを期待していた。

 ところが、低く飛び出した大関をたたいて土俵に這いつくばらせたのは逸ノ城。大関は、仕切りで2回「まった」をした。マスコミにより、「まった」でなく逸ノ城の「つっかけ」と表現するものもある。

 塾頭は、大関の悪い癖、仕切り前の迷いで、そんな時は必ず負けているのを見ている。NHKの解説者は「戦う前に負けている」と評したが、塾頭も同じ印象を持った。

 ところが、これが新聞によって大きく評価が分かれるのである。「お客は、双方の力相撲を望んでいたのに、逸ノ城がそれを避けたのは卑怯だ」とするものだ。それは、横綱・大関の使う戦法なら言えることで、地位に天と地ほども差のある下位の知恵ならば褒められてもいいくらいだ。

 3横綱、新入幕強豪ともにモンゴルが占める大相撲。いずれ、ナショナリズムが入り込んでくる日が、そう遠くないような感じがした。

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コメント

小錦が台頭してきたときのことを思い出しました。

歴史は繰り返す、ということでしょうか?

投稿: AMADEUS | 2014年9月26日 (金) 08時54分

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