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2014年9月23日 (火)

イスラム国に将来があるか

 イスラム国が独立宣言をしたのは3か月前の6月29日、それから、当塾では7月26日の「第一次大戦と中東」で古代イスラムに存在した人頭税復活を記事にし、イラクでの勢力拡大が顕著になる中で、「米、イスラム国打倒へ」、さらに今月16日に「イスラム国空爆は失敗必至」へと続けた。

 その中で、欧米を中心に外国人志願兵が1000人の単位で参加していることなどを書いたが、日本を含む世界の世論は、同国を人道に背く極悪非道の存在とする大合唱に包まれている。現地に近いところの報道では、双方ともに恣意的な宣伝合戦の応酬になっているという。

 しかし、個人の処刑などの存在を否定できるような材料はなく、そういった行動が現世で許されるはずはない。イスラムで戦闘や殺人が許されるとすれば、コーランでいうジハード(聖戦)しかないが、信仰と武芸に誇りをもつ戦士の姿からは程遠く、その根底に潜む平和主義とも合致しない。

 そういったイスラム原理主義(過激派)を異端視し、排除するだけで問題解決向かうだろうか。塾頭は、排除は不可能だと思う。また、「イスラム国」のこれからは全く未知数だが、変貌していく可能性ゼロだろうか。最近の断片的な報道で、変貌はあり得ると思うようになってきた。

 雑多な要因を整理せずに書いてみるが、志願兵の供給源としてオーストラリアやインドネシア等西欧ではない東方の国が加わってきたことである。単に地域紛争への加担というより、ムスリムの理想郷をそこに求めているのではないかという傾向である。殺人もそのための神の意志としてしまうのだろう。

 知られてないが、インドネシアは国民の88.2%、約2億3百万人のイスラム教徒を擁する世界最大のイスラム教国である。これまで過激派は政治的に制圧されているが、火種が消えたわけではない。

 方向を変えて、かつてアフリカで暴君・カダフィーの存在で力を発揮していたリビアの近況である。この国もムスリムの人口比率が96.6%と高い。以下、毎日新聞 2014年09月21日東京朝刊を引用する。

 【カイロ秋山信一】カダフィ独裁政権が内戦の末に崩壊してから3年が経過したリビアで、新たな内戦突入への懸念が高まっている。7月以降、首都トリポリや東部ベンガジでは、かつて「反カダフィ派」として共闘した複数の民兵組織同士の戦闘が激化し、400人以上が死亡した。こうした民兵組織は主に世俗派勢力と、イスラム教勢力の二つに分かれる。それぞれが互いに統治の正統性を主張するなど政府が二つできたかのような異常事態となっている。(中略)

イスラム武装勢力は8月までに政府庁舎など首都中枢を制圧。イスラム政党はトリポリを拠点に独自の首相を指名した。世俗派はトリポリから追われ、東部トブルクを拠点にし、今月1日には元国防相のサニ氏に首相就任を要請した。国際社会では世俗派が支持する暫定議会が正統だとする見方が支配的だが、トルコなどはイスラム政党を擁護する姿勢を見せている。

 隣の大国エジプトも現在、穏健派原理主義イスラム同胞団が軍事クーデターで軍主導の世俗派政権になっているが、人口の94.6%占めるイスラム教徒の中では依然としてイスラム同胞団の人気は高い。同じ「アラブの春」で政権交代のあった国だ。リビアの動向が気にかかる。

 そのほか、マリを中心とする過激派集団、ソマリアのアルシャバブなど旧アルカイダ系と称する暴力集団があるが、イスラム国との関係で塾頭は、今のところ双方の相性はよくないと見ている。次に最近の変化が激しいシーア派の動きを見る。今日23日付の毎日新聞である。

 【カイロ秋山信一】イスラム教シーア派の武装組織フシによる反政府運動が激化するイエメンで21日、1カ月以内に新内閣を組織することなどを条件に政府とフシの和解が成立した。フシは和解直前に首相府や国防省など首都中枢を占拠し、武力によって政府側に譲歩させた。イエメンでは2011年、民主化要求運動「アラブの春」で、サレハ独裁政権が崩壊。ハディ大統領は民主化を進めてきたが、フシの圧力に屈したことで求心力低下は避けられず、混乱が続きそうだ。

 シーア派宗主国イランは、イスラム国攻撃への協力をアメリカから求められたが、卑劣な方法としてこれを拒否している。イスラム国は、まぎれもなくスンニ派で、イラクで戦闘行為を開始したのは、シーア派のマリキ政権のスンニ派冷遇が原因とされていた。

 アラブの石油で潤ったサウジアラビアやUAEなどスンニ派王国は、アメリカに同調して空爆賛成だが、仲が悪いはずのイランが協調しない。かつては考えられなかったねじれ現象だ。さらにイラクやシリアにいるシーア派の民兵組織も空爆反対を表明、反イスラエルでレバノンに根拠を置く親アサドの有力組織・ヒズボラも空爆反対を表明した。

 シーア派・スンニ派対立の構図は、すでに立ち消えになってしまったのであろうか。これが、イスラム教の新たな底流となっているとすれば、イスラム国を単なるテロ集団として空爆で屈服させることにアメリカ、フランスなどはどこまで成算があるのだろうか。

 イスラム国では、コーランを習熟させるための学校教育が始まったという。前にも書いたが、かつてフセイン政権を支えたエリート官僚や軍人が新しい国づくりに参画しているという。これまでの過激派軍事組織とは明らかに違う。コーランのジハードとイスラム平和主義は裏腹の関係にある。

 世界の対応次第では、和解の道が全く閉ざされているということにはならないのではないか。塾頭の希望を込めた楽観論である。

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