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2014年9月

2014年9月29日 (月)

文学に見る"噴火目撃"

井上靖『日本の文学71』中央公論社「小磐梯」より

 私はその時台地の上に坊主頭が一つ二つ立ち上がって来るのを見ました。そして全部の頭が私の眼にはいつて来た時、私は一人の子供が大きな声で唱うように叫ぶのを耳にしました。

 ――ブン抜ゲンダラ、ブン抜ゲロ
 すると何人かの子供がまるで体から振りしぼられるような声でそれに和しました。
 ――ブン抜ゲンダラ、ブン抜ゲロ
 私ははっきりと何人かの子供たちが磐梯山に向かい立っているのを見ました。そして私の耳は彼らがありったけの声を張り上げて叫ぶのを聞きました。

 ――ブン抜ゲンダラ、ブン抜ゲロ
 そうです。その歌とも叫びとも判らぬ絶叫の合唱が終わるか終らぬうちに、轟然たる大音響が大地をつんざきました。私は自分の体が一間ほど右手へ吹き飛ばされ大地へ叩きつけられるのを感じました。大音響は次々に起こり、大地は揺れに揺れています。いつ私の眼が磐梯山を捉えたのか、そのことはあとで考えても判りませんが、とにかくその時、磐梯山の山頂から火と煙が真っ直ぐに天に向かって噴き上がり、その地獄の柱は一瞬にして磐梯自身の高さの二倍に達していたのであります。磐梯はまさしくぶん抜け、この時小磐梯は永遠にその姿を消してしまったのでした。もちろんこうしたことは私があとで知ったことであります。

 明治21年7月のこの噴火のタイミングは、気象庁・噴火予知連絡会より、坊主頭の子供の方がはるかに正確に言い当てたようです。

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2014年9月28日 (日)

科学万能幻想を抜け出せ

 高校時代、物理班の班長だった塾頭は、生活の都合もあり大学は文系に進んだ。でも、根は理系人間と言っていいだろう。戦後の5年間は中学から高校生だったため、その影響を大きく受けている。だから、それをなかったことにしようという安倍イズムは、人格を否定されたようで耐え難い嫌悪を覚える。

 「国破れて山河あり」の中、希望の星は、水泳の世界記録を次々と更新した古橋広之進であり、日本人初のノーベル物理学賞に輝いた湯川秀樹であった。そして、それをバネに高度成長、東京オリンピックへと続く。

 アイドルは、「科学の子」10万馬力の鉄腕アトムだった。放射能を克服した原子力の平和利用も夢のひとつだった。科学の進歩・進展こそ日本再建のかけがえのない大黒柱であると信じた。しかし、福島の原発事故は、「科学的」ではない原子力村の存在を暴露してしまった。

 地震、津波、風水害、火山、自然災害の多い日本は、そういった面で最も進んだ「科学」を持っているはずだった。突然起きたとされる御嶽山爆発の被害は、まだこれから増えていきそうだ。そして広島市の土石流災害、そのいずれも「予見しきれなかった」とは言い切れないようだ。

 科学者は、確率だけを押し付けてよしとするだけでなく、「転ばぬ先の杖」をどう用意するか。学術論文に採用されなくても、補助金に縁がなくとも、そういった仕組みを用意することにもっと貢献すべきだ。

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2014年9月26日 (金)

神・仏と正義を考える

 イスラム国攻撃ニュースが飛び交う中で、上のような標題が浮かんだ。そしてなんとなく次の軍歌に行き着いた。

♪敵は幾万ありとても
すべて烏合(うごう)の勢なるぞ
烏合の勢にあらずとも
味方に正しき道理あり
邪はそれ正に勝ちがたく
直は曲にぞ勝栗の
堅き心の一徹は
石に矢の立つためしあり
石に立つ矢のためしあり
などて恐るる事やある
などてたゆとう事やある

 日露戦争の頃の歌かと思っていたら、それより20年近く前の1886年・明治19年にはできていたらしい。徴兵制度ができ、藩主のために命を捨てる武士でなく、戦争をするための軍隊の揺籃期と言っていい頃だ。

 軍人勅諭も発令され、天皇に忠節であることが「正義」の中心に据えられた。ここで、イスラム国戦争に話は飛ぶ。空爆を含め、イラク国を攻撃するのはアメリカを中心とする同志国だ。そして、正義は一元的に「我にあり」とし、日本もこれに同調する。

 一方、イスラム国の正義は「神」だ。アメリカなどには「自由と民主主義」を正義とする考えがあるが、そんなのは神の声であるコーランの上位に置くことができない。ここで不思議なのは、一神教なるが故に、キリスト教もユダヤ教も、すべて同じ神を信仰していることだ。

 イスラム教には、神の声を伝える使途としてキリストより後にそれを伝道したモハメッドが最も正しいという信念がある。イスラム国攻撃には、サウジアラビアなど王や首長が権力をにぎるイスラム国家が含まれるが、イスラム原理主義は、世俗主義に傾きがちなこういった存在に否定的なので、国の存立にかかわるという危機感を持っている。

 戦争をする時、片一方にだけ正義がありもう一方にはない、といったケースはまずほとんどないだろう。また、あつたとしても正義はいくらでも後付けできる。しかし、「正義」にもっとも強く作用するのは、前掲の歌詞ではないが「神通力」なのだ。

 大東亜戦争でも、当然「正義」が強調され、それを担保する「神」を必要とした。それは、天皇にとって迷惑だったかもしれないが「現人神」とする神格化だった。その悪性遺伝子を残しているのが森元総理の「日本は天皇中心の神の国」発言であり、それを受けつぐ安倍首相である。

 日本では万物にカミが存在する多神教国である。決して正義を代表するものではなく悪神もいれば死神もいる。イスラム教ではコーランに忠実であることが、神に最も近づける道であるが、神そのものにはなれない。

 日本では、だれでも死ねば「ほとけ」になれ、死体のことを「ほとけ」といったりする。ところが、日本政府は世界で例を見ない、「神」になれる装置を発明したのだ。それが、政府指定戦死者限定の靖国神社である。

 この、伝統にはない神社を権威づけるには、天皇や総理大臣などが定期的に参拝する施設でなくてはならない。ネットウヨばりの閣僚や議員が何人参拝しても無意味なのだ。またそのことに気がついていないこともガッカリ要因だ。

 首相の靖国神社参拝問題は、習近平さんや朴槿恵さんが言うことではなく、日本人自身のことであることを、この際もう一度考えてみる必要がありそうだ。

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2014年9月25日 (木)

スポーツとナショナリズム

 21日の韓国とのバドミントン男子団体準々決勝に敗れた際、シングルスの田児賢一(NTT東日本)が格下に逆転負けした一戦で、エアコンによる不利な逆風が吹いたと日本側が指摘、問題になっていた件である。

 今日の「毎日」では、投書欄に、以前の報道を受けてのことだろう、その原因を運営委員会が「空調機不具合のため」としたことに、国際競技の会場設定をする資格なし、とする韓国向けの厳しい声を載せていた。

 その一方で、スポーツ欄では、電力節約のための中断運転ならやむを得ない、と原因を変え、抗議をしないことになったというニュースを載せている。同じ日、紙面によって違う原因では、読者を混乱させるばかりだ。

 同紙の記者によって意見が違うという大雑把さは、それなりに評価もできるが、どうかするとナショナリズムに飛び火しかねないような問題では、事実関係だけはつめておいてほしい。

 韓国マターがないと成り立たないような産経新聞は、なぜか読売・毎日などにくらべ、この問題にはあまり大きく触れていないように見えた。朝日攻撃への批判もあって、手控えたか。

 もうひとつが大相撲。大関・稀勢の里と新入幕・逸ノ城の対戦だ。塾頭はテレビ中継を見ていたが、モンゴルから来た、まだまげも結えない新米力士を大関が「まだ早い」とばかり一蹴してくれることを期待していた。

 ところが、低く飛び出した大関をたたいて土俵に這いつくばらせたのは逸ノ城。大関は、仕切りで2回「まった」をした。マスコミにより、「まった」でなく逸ノ城の「つっかけ」と表現するものもある。

 塾頭は、大関の悪い癖、仕切り前の迷いで、そんな時は必ず負けているのを見ている。NHKの解説者は「戦う前に負けている」と評したが、塾頭も同じ印象を持った。

 ところが、これが新聞によって大きく評価が分かれるのである。「お客は、双方の力相撲を望んでいたのに、逸ノ城がそれを避けたのは卑怯だ」とするものだ。それは、横綱・大関の使う戦法なら言えることで、地位に天と地ほども差のある下位の知恵ならば褒められてもいいくらいだ。

 3横綱、新入幕強豪ともにモンゴルが占める大相撲。いずれ、ナショナリズムが入り込んでくる日が、そう遠くないような感じがした。

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2014年9月23日 (火)

イスラム国に将来があるか

 イスラム国が独立宣言をしたのは3か月前の6月29日、それから、当塾では7月26日の「第一次大戦と中東」で古代イスラムに存在した人頭税復活を記事にし、イラクでの勢力拡大が顕著になる中で、「米、イスラム国打倒へ」、さらに今月16日に「イスラム国空爆は失敗必至」へと続けた。

 その中で、欧米を中心に外国人志願兵が1000人の単位で参加していることなどを書いたが、日本を含む世界の世論は、同国を人道に背く極悪非道の存在とする大合唱に包まれている。現地に近いところの報道では、双方ともに恣意的な宣伝合戦の応酬になっているという。

 しかし、個人の処刑などの存在を否定できるような材料はなく、そういった行動が現世で許されるはずはない。イスラムで戦闘や殺人が許されるとすれば、コーランでいうジハード(聖戦)しかないが、信仰と武芸に誇りをもつ戦士の姿からは程遠く、その根底に潜む平和主義とも合致しない。

 そういったイスラム原理主義(過激派)を異端視し、排除するだけで問題解決向かうだろうか。塾頭は、排除は不可能だと思う。また、「イスラム国」のこれからは全く未知数だが、変貌していく可能性ゼロだろうか。最近の断片的な報道で、変貌はあり得ると思うようになってきた。

 雑多な要因を整理せずに書いてみるが、志願兵の供給源としてオーストラリアやインドネシア等西欧ではない東方の国が加わってきたことである。単に地域紛争への加担というより、ムスリムの理想郷をそこに求めているのではないかという傾向である。殺人もそのための神の意志としてしまうのだろう。

 知られてないが、インドネシアは国民の88.2%、約2億3百万人のイスラム教徒を擁する世界最大のイスラム教国である。これまで過激派は政治的に制圧されているが、火種が消えたわけではない。

 方向を変えて、かつてアフリカで暴君・カダフィーの存在で力を発揮していたリビアの近況である。この国もムスリムの人口比率が96.6%と高い。以下、毎日新聞 2014年09月21日東京朝刊を引用する。

 【カイロ秋山信一】カダフィ独裁政権が内戦の末に崩壊してから3年が経過したリビアで、新たな内戦突入への懸念が高まっている。7月以降、首都トリポリや東部ベンガジでは、かつて「反カダフィ派」として共闘した複数の民兵組織同士の戦闘が激化し、400人以上が死亡した。こうした民兵組織は主に世俗派勢力と、イスラム教勢力の二つに分かれる。それぞれが互いに統治の正統性を主張するなど政府が二つできたかのような異常事態となっている。(中略)

イスラム武装勢力は8月までに政府庁舎など首都中枢を制圧。イスラム政党はトリポリを拠点に独自の首相を指名した。世俗派はトリポリから追われ、東部トブルクを拠点にし、今月1日には元国防相のサニ氏に首相就任を要請した。国際社会では世俗派が支持する暫定議会が正統だとする見方が支配的だが、トルコなどはイスラム政党を擁護する姿勢を見せている。

 隣の大国エジプトも現在、穏健派原理主義イスラム同胞団が軍事クーデターで軍主導の世俗派政権になっているが、人口の94.6%占めるイスラム教徒の中では依然としてイスラム同胞団の人気は高い。同じ「アラブの春」で政権交代のあった国だ。リビアの動向が気にかかる。

 そのほか、マリを中心とする過激派集団、ソマリアのアルシャバブなど旧アルカイダ系と称する暴力集団があるが、イスラム国との関係で塾頭は、今のところ双方の相性はよくないと見ている。次に最近の変化が激しいシーア派の動きを見る。今日23日付の毎日新聞である。

 【カイロ秋山信一】イスラム教シーア派の武装組織フシによる反政府運動が激化するイエメンで21日、1カ月以内に新内閣を組織することなどを条件に政府とフシの和解が成立した。フシは和解直前に首相府や国防省など首都中枢を占拠し、武力によって政府側に譲歩させた。イエメンでは2011年、民主化要求運動「アラブの春」で、サレハ独裁政権が崩壊。ハディ大統領は民主化を進めてきたが、フシの圧力に屈したことで求心力低下は避けられず、混乱が続きそうだ。

 シーア派宗主国イランは、イスラム国攻撃への協力をアメリカから求められたが、卑劣な方法としてこれを拒否している。イスラム国は、まぎれもなくスンニ派で、イラクで戦闘行為を開始したのは、シーア派のマリキ政権のスンニ派冷遇が原因とされていた。

 アラブの石油で潤ったサウジアラビアやUAEなどスンニ派王国は、アメリカに同調して空爆賛成だが、仲が悪いはずのイランが協調しない。かつては考えられなかったねじれ現象だ。さらにイラクやシリアにいるシーア派の民兵組織も空爆反対を表明、反イスラエルでレバノンに根拠を置く親アサドの有力組織・ヒズボラも空爆反対を表明した。

 シーア派・スンニ派対立の構図は、すでに立ち消えになってしまったのであろうか。これが、イスラム教の新たな底流となっているとすれば、イスラム国を単なるテロ集団として空爆で屈服させることにアメリカ、フランスなどはどこまで成算があるのだろうか。

 イスラム国では、コーランを習熟させるための学校教育が始まったという。前にも書いたが、かつてフセイン政権を支えたエリート官僚や軍人が新しい国づくりに参画しているという。これまでの過激派軍事組織とは明らかに違う。コーランのジハードとイスラム平和主義は裏腹の関係にある。

 世界の対応次第では、和解の道が全く閉ざされているということにはならないのではないか。塾頭の希望を込めた楽観論である。

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2014年9月21日 (日)

お彼岸の花

お彼岸に 墓もかくれる 花盛り

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2014年9月20日 (土)

置いてけぼり保守

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 「置いてけぼり」は、本来置き去りにすることを言うが、「――を食らう」の意で自民党を指す。

 前回、イギリスのスコットランド独立投票と沖縄、そして知事選に出る下地候補者の政策発表で出た沖縄独立発言を記事にした。イギリスの住民投票が世界そして日本に影響するのではないかという気持ちから書いたものだが、早速、菅官房長官の会見で話題になった。まず、朝日の記事を引用する。

菅義偉官房長官は19日午後の記者会見で、英国・スコットランドで行われた独立を問う住民投票で独立反対が過半数を占めたことについて、「政府としてコメントすることは差し控えたい。大きな混乱がなくてよかった」と述べた。

 菅氏は、沖縄県でも独立や自治権拡大を求める声があることについて問われると、「日本では英国のように帰属を決めるというところまで歴史的にはなじんでいない」と、否定的な見解を示した。

 11月の沖縄県知事選への立候補を表明している下地幹郎・元郵政民営化担当相が、沖縄独立を問う県民投票の実施も視野に入れていることについては「いろんな方が出て、いろんなことを言えるのが、民主国家としての日本の選挙制度なんだろう」と話した。

 他の欧米各国や中国などの反応にくらべ、全くよそ事。冷淡なのか、無関心なのか、無知なのか、平静を装っているのか、沖縄を軽視しているのか、おそらくその全部であろう。また、沖縄の反対運動は上空からヘリでの視察で、反対は「一部サヨク」とたかをくくっているのだろう。

 知事候補は下地氏や反対派の那覇市長などすべて保守で、地元名護の市長、市議会もサヨクではない人が「辺野古移転反対」で当選している。どうせ、仲井間知事のように民意を裏切るのが「保守」、と算段しているのだろうか。県民もなめられたものだ。

 朝日、毎日にはでているが、読売、産経電子版では「沖縄独立」で検索しても、過去を含めなにもでてこない。写真は毎日の紙面だが、両紙とも社説にイギリスの結果を論じており、朝日はその文末に『日本も決して無縁ではない。北海道や沖縄はじめ、地方分権を求める声は少なくない。日本と英国とで、何が共通し、何が異なるのか。』としめくくった。

 毎日はもう一本を「辺野古掘削調査 知事選まで作業中断を」とし、文末で政府が世界標準から外れていることを次のように指摘している。

米国のジョセフ・ナイ元国防次官補は先月、米ニュースサイト「ハフィントン・ポスト」に寄稿した論文で、沖縄の米軍基地が中国の弾道ミサイル技術の進展で「脆弱(ぜいじゃく)」になっていることや、沖縄の人々の基地負担に対する怒りを指摘して、在日米軍の配備のあり方など日米同盟の構造を再考するよう求めた。

 外交・安全保障の専門家までがこう提言する中で、政府が辺野古移設を「唯一の解決策」とするのはなぜか。政府は沖縄の人々に十分な説明をする責任がある。掘削調査は、知事選が終わるまで中断すべきだ。

 火花が出るようなつばぜり合いのない、歓迎ムードだけの世界何カ国を漫遊しても、国費の無駄遣いになるだけ。それよりも、国際的流れに考えが及ばないような総理は、沖縄知事選を前に一刻も早く消えてほしい。

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2014年9月19日 (金)

スコットランド独立反対派勝利と沖縄

  まだ、結果は出てない。NHK電子版速報では、『日本時間の19日午前9時半現在、32の自治体のうち、1つで開票作業が終了し独立賛成が1万6350票で得票率にして46.20%、独立反対が1万9036票で、得票率にして53.80%となっており、独立反対がリードしています』。となっている。

 開票結果が出るのが遅くなる大都市部の方が反対票が多そうなので、塾頭の予測通り「独立しない」になるだろう。しかし、結果はどうあろうと世界に与える影響が大きいということは、この問題を最初に取り上げた時から言っている。

 沖縄にはどう影響しているだろうか。県知事選への出馬を表明している下地幹郎氏は、「私は独立論者じゃないが、県民には(独立の)選択肢がある」という発言を、政策発表会で表明した(琉球新報9/19)。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-231789-storytopic-122.html

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2014年9月17日 (水)

スコットランド独立投票

 前回は「イスラム国空爆は失敗必至」を書いた。イスラム国を書いたのは8月23日の「米、イスラム国打倒へ」に次いで2回目である。塾頭がこの「国」に対して異常な関心を持つのは、自称「国」であつて、世界中だれも「国」として認めていないことである。

 もちろん、国連に入りたくともアメリカをはじめ反対国が多いため実現はしない。皮肉なことだが、アメリカが戦争の相手国として空爆したり、国連決議をしたりかれば、事実上立派な「国」になってしまうのだ。

 憲法に「国の交戦権はこれを認めない」と書いてある。つまり、戦争は国と国が行うもので、国がなければ戦争もない――ということになる。ブッシュが「テロとの戦い」と言ったが、テロリストの検挙は本来警察権行使に当たるのだ。

 そんなことからパレスチナは、国連の「準加盟国」という中途半端な扱いでお茶をにごされているし、リビアから独立したアブハジア(参照↓)も、ロシアなど数カ国以外に承認がないため国連加盟が実現していない。
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-1023.html

 さてさて、本題のスコットランド独立投票――、いよいよ明日に迫った。本塾がこれを最初に取り上げたのは半月半以上前の9月4日、「イギリスが大変」である。またその頃は新聞記事はすくなくTVもほとんど報道や解説をしていなかった。

 それが、世論調査の度に賛成意見が増え、直前の今もつばぜり合い状態になっている。塾頭は僅差で否決になると予想するが、その結果如何にかかわらず、世界に与える影響は、は・て・し・な・く大きいと思う。

 かりに「Yes」が1票でも多ければ、戦争どころか一発の銃弾も飛ぶことなく合法的に独立することになる。国連加入申請も手順さえふめば反対する根拠がないし、EUにしても同じことだ。これがそう簡単に世界標準になるとは思わないが、イギリスの投票がその結果如何にかかわらず、「国」あるいは「国家」のありよう考える上で、一石を投じたことになるのは間違いない。

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2014年9月16日 (火)

イスラム国空爆は失敗必至

 これまで全く実態のつかみようがなかった「イスラム国」の輪郭が徐々に見え始めてきた。
 
 スンニ派原理主義→シリアの反アサド・アルカイダ系過激派→イラクに手を広げてシリア・レバント・イラク・イスラム国→アルカイダから破門→イスラム国宣言→カリフ指名→旧フセイン時代のエリートである軍事・行政のプロが参画→集団指導→一見イランや旧アフガンのアルカイダ政権と似た組織に→戦闘員は外国人が千の単位、総勢で万の単位。

 これまでとの違いはネットを使って一部の兵士だけでなく世界のムスリム全体に呼びかけている点である。シーア派のイランはもとより、同じスンニ派でも盟主国を任じるサウジなど閉鎖的な王国から敵対視され、欧米各国をはじめ、世界中から悪魔扱いされている。

 それでも地元イラクや、欧米からの若者の参加が後を絶たないというのは、彼ら彼女らにとって神に従うものこそ正義で、それに叛くのが悪魔ということであろう。ムスリムに害を加えようとする異教徒などと命を懸けて戦うのがジハードであり神に近づく最短の道である――という固い信念だ。

 米英国人処刑の映像公開は、イスラム国強化に向けた究極かつ高度な広報戦術で、欧米向けというより同志をつのろうとするムスリム向けという感じがする。

パスクアメリカーナという過去の幻影にすがろうとするアメリカ保守層(安倍首相もそうだが)は、慎重なオバマにイスラム国空爆を急ぎ立て、英仏などもこれに同調する構えだ。アメリカのイラク侵入も空爆から始まった。

 塾頭は、ベトナムの例から見ても空爆では解決できず泥沼に足を突っ込むことになるぞ、と思ったが、長い目で見てそれがいまだに続いており、「イスラム国」というとらえがたい「国」を相手にしてしまったため、戦争はこれから果てしなく続くのではないかと憂慮している。

 それならば、どうすればいいのか。アメリカは持てる力のすべてをかけて、パレスチナ問題に決着をつける。そのあと中東はできるだけ国連に任せ、一切の介入はしない。アメリカのあとを狙って中東覇権を試みようなどというおバカな国はでてこないだろう。ロシア・中国だって国内にムスリムを抱えている限り、あえて火中の栗は拾わない。

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2014年9月14日 (日)

平均寿命23.9歳

 明日は敬老の日――だそうだ。わざわざ特定の日を設け敬うことにどれだけ意義があるのかと思う。この題を取り上げたのは、それに全く関係ない。たまたま本棚を整理していたら『図で見る生活白書/昭和43年版』というのが出てきた。

 捨てそこなったか――と思いながらばらばらとめくっていたら、人口関係/平均寿命の表が目に飛び込んだ。そこで大変な数字を知ったのである。

【平均寿命】
年  総人口  平均寿命(男)   同(女)
―――――――――――――――――――――
10  68662(千人)   46.9才   49.6才
20  72200        23.9    37.5
21  75800        42.6    51.1
22  78101        50.1    54.0
23  80010        55.6    59.4
    ―― (以下略) ――

 終戦の年は、なんと男子が23.9才、戦争が続けばさらにそれは減ったであろう。塾頭が生き延びてもあと数年か、と感じていたことが数字で示されたわけである。

 ひるがえって、最近の厚労省の発表である。
・9月12日
 100歳以上の高齢者→5万8820人昨年比4423人増
・7月26日
 2013年の簡易生命表概況平均余命
 男→80.21歳 女→86.61歳

 また同省による累年の平均寿命表を検索すると、最初が昭和22年でそれ以前をカットしている。故意に資料隠匿?(怒!)。

 怒りついでにもうすこし調べてみた。
敬老の日が制定されたのが昭和23年であった。この年の平均寿命が男子55.6、女子59.4。
定年が55歳で、童謡の歌詞は、

♪村の渡しの船頭さんは
 今年60のおじいさん
 歳はとってもお船をこぐときは
 力いっぱい櫓がしなう

とあり、敬老の日もそれなりの整合性があったのである。

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2014年9月12日 (金)

朝日再建の道

 昔は、「ちょう・まい・よみ・にっけい・さんけい(朝毎読日経産経)」を5大紙と称した。多分一時期の発行部数の順であろう。また、朝日はインテリが読み読売はスポーツに強く庶民向きといった評価もあった。産経は関西の経済紙で東京では弱く、安いからといってとる人がわずかにいた程度だった。

 そういった点で、朝日の優越性は抜きんじており、入社試験でも記者志望の優秀な学生はまず朝日を目指したそうだ。それは幾人かの記者から聞いたことがある。今日の各紙紙面は、昨夕行われた朝日新聞の木村伊量(ただかず)社長ほか幹部の謝罪会見で覆われた。

 朝日は、すでに部数で読売の後塵を拝し、社長の退陣も日程に上がるなどこの一件でさらに凋落は免れないだろう。しかしなくなっては困る。権力チェック機能が疑問視される読売・産経に対抗する一方の雄として存在感を増してもらわなくてはならない。

 これまでの誤報や失策の連続のなかに、過去の栄光のおごりが災いしてないか、記者に「無冠の帝王」といわれるような自意識過剰がなかったかどうか、徹底的に病根をえぐり出してほしい。さらに、誤報記事の火の粉を払うのではなく、その火元に飛び込んで新たな権威あるスクープをものすることである。

 以下は、関係のある当ブログ9年前の過去記事である。朝日は過去にも誤報記事の反省を社説で述べているが、一向に改まっていなかってことを示している。当時は「反戦老年委員会」を名乗っており、復刻版を月別ファイルにしてしまったのでリンクしづらく、コピペにした。

DATE: 07/15/2005
仮想定例委員会(議題:従軍慰安婦。出席者:硬・乙・平。権威:ゼロ)

平「朝日新聞とNHKの紛争も元はこの問題だというが」

硬「要は強制連行があったかどうかにあるのだろ。それに差別・人権問題もからんでいる」

乙「戦地に女郎屋ができた。それに朝鮮人の女性が多かったということさ」

平「何ですか?女郎屋というのは」

乙「公娼制度といって一定の資格要件を満たせば、公認の売春宿を経営できたということだ。俺も行きたかったが金のない貧乏学生には無理だったな」

硬「女郎屋の娼婦の人権は一般的に守られていたの?」

乙「江戸吉原のおいらん程じゃあないにしても、そりゃあプライドを持っていたよ。永井荷風の『墨東奇談』などを読んでみなよ。明治32年には名古屋の遊郭で目覚めた娼婦がストライキを起こし、流行歌になったほどだ」

平「どうして公認の制度ができたんだろう」

乙「強姦などなくして、良家の子女を守るというのが口実のひとつ、利用する方にとっては淋病・梅毒、今で言えばエイズだろう、定期検診を受けているので伝染の心配がない。それから鎌倉時代にはじまって江戸時代に全盛をきわめ、日本の芸術文化の一角をなしていたということもあるよな。それが戦後なくなり、売春そのものが禁止された。

硬「では、慰安所はその戦地版か」

乙「目的がやや違うが、戦時体制下国内の風俗営業がやりにくくなったので、業者や娼婦が進出したということはあるだろうな」

平「日本人慰安婦もいたんだ。じゃあ朝鮮人慰安婦は強制連行されたのか?」

乙「徴用や応召と違い政府の行為ではない。民間人がやったにしても、日本の施政下にあったんだから、だましたり強引に拉致すれば刑法にふれる。目にふれないところで不法行為があった可能性まで否定できないが、あくまでも例外的なものだろう」

硬「すると、国の責任を追求するとか謝罪を求めるというのは、筋違いか」

乙「基本的にはそのとおり。ただ日本は戦争を起こし拡大させ、朝鮮人に協力させて被害を与えた、という責任がある。朝鮮人には朝鮮人の見かた感じ方があり、日本人的感覚を強制することはできない」

平「ではどうすればいいのだ」

乙「これは友人に聞いた話だ。終戦当時ボルネオ島で戦線から離れた日本兵数人と朝鮮人慰安婦二、三人が連合軍に追われ、乏しい食糧を分け合いながらジャングルを彷徨し、手をつなぎ負傷者を背負って濁流をわたった。自殺も考えたが、助け合い励まし合って生還できた時は、互いに手をとりあって泣いたという。憎しみあう心さえとければ簡単なことだと思うがなあ」

DATE: 08/31/2005

病弊
 タイトルの「病弊」は、朝日新聞自身が今日付の社説で使っていることばである。社説の題は「虚偽報道 朝日新聞が問われている」で、最近長野総局の記者がかかわった田中康夫知事の動静に関する虚報発覚事件についての反省と誓いをのべている。

 しかし全文を読んで、なにか他人事のような印象を受けるのは私だけだろうか。たとえば「記者をそんな心理にさせたものは何だったのか。取材をチェックする仕組みをどうつくるか。問われているのは、そうしたことを含めた朝日新聞の組織や体質だと思う」というくだり。報道記事では「思う」などのことばは、使えないのではないか。まして自社のことである。

 ここで、JR西日本の事故当時を思い出す。まず、事件の重大さをどこまで認識しているかである。国民にとって、新聞記事が信用できなくなるということは、死者の数や刑事事件云々で比較できない程の損害をもたらしていることである。JR西日本の幹部が他人事のような態度をとったとして、Y紙の記者が暴言を招き非難を集めた。弁明の仕方もまた似ている。運転士が、記者が、組織がではないのである。通り一ぺんの反省や「地道な努力」ではもはや追いつかない。

 社説は論説委員が書く。論説委員は偉い。「下のやつらがとんだへまをやらかしやがって」という、気持ちはないか。社説の一連の反省の中には「傲慢さ」というのがない。「無冠の帝王」などといわれて得意になっているようなところはないか、世間常識から見て不遜なところはないか、を本気で考えてほしい。

 <絶えず朝日を「目の敵」のように批判し、それを売り物にするかのような一部メディアと一線を画してきた>毎日新聞も、今日の社説で「犯罪的行為」とまでいって批判している。よほどのことと思わなければならない。この際これまで批判され続けてきた他の件も含め、記者会見に応じ、一切を公開して「解紙的でなおし」をはかる以外に発展の途はないのではないか。

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2014年9月11日 (木)

天皇実録の使い方

 昭和天皇実録が完成・公表された。「実録」という書名は、なんとなく軽い感じがするが、昔の格付けからすれば「正史(青史)」であり、中国でいえば『史記』や『唐書』、日本では『日本書紀』『日本続記』など官製の歴史書で、それ以外のものは「稗史(はいし)」ということになる。

 津田左右吉氏のせいではないが、この「正史」というのは、王朝の正当性を主張するのが目的で 、虚飾、改作、作為にみちたもの、という色眼鏡で見るのが、これまでの学者、研究者の通弊であった。

 今回の実録も、例えば靖国神社合祀について「富田メモ」について日経新聞が報じたと書いてあっても、その内容に触れていない、とか、具体性に欠け歴史検証するうえでものたりないといった批判が寄せられている。

 そして「驚くような新事実はない」と各紙で報道されていることも、前回の「隔靴掻痒」で書いた。しかし、社史・団体史などいくつかの歴史を執筆・編集した経験のある塾頭は、「だからこそ正史なのだ」、と「実録」を擁護する。

 司馬遼太郎のペンネームは、宮刑(去勢される罰)という屈辱を受けながら、公正な目で世界的な『史記』を完成させた司馬遷にあやかりたいという動機でつけたという。また、日本書紀は最近の研究で2名の中国出身者が執筆に加わっていることが分かった。

 したがって、中国の正史編纂の手法が採用されていると見るべきである。書紀を見ると分かるように、多くの史資料を参考にし、それに忠実であろうとしている筆法が目につく。執筆者には、当然権力者から様々な圧力を受けることはあるだろう。

 だからといって、中身を面白くしたりするため史資料にないこと、証拠がないことをねつ造したり、また、余計なことを付け加えたりすることを、執筆者なら決してしない。なぜならば、歴史、特に正史は執筆者の名とともに未来永劫に残る。後にそれが批判されるような記述は、「筆が走る」といって避けるようにするものだ。

 小説やノンフィクションとの違いはここにある。津田博士のいうように「官人のさかしらしさ(『粛慎考』)」から、歴史が書けとるいうのは、あり得ない虚構なのだ。したがって、正史であればこそ物足りなさもあり、中途半端なところもある。

 それを補うような形で日本書紀には「うた」が盛んに使われる。その「うた」を日本語で忠実に再現させるため、中国人執筆者は母国の音に近い漢字を用いて表現する。それにより、両名は「音博士」の称号・地位を賜っている。万葉仮名のはしりである。

 「実録」も「うた」昔の言葉でいえば御製を多用している。要は、この実録を糧にしながら学者や研究者が補強や肉付けをし、他国に容喙されないような国史、つまり「歴史認識」を確立させていくことが肝要なのではないか。

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2014年9月 9日 (火)

隔靴掻痒4題

 「隔靴掻痒(かっかそうよう)」という4文字熟語がある。最近はあまり使われなくなったが、文字通り「痒いところを靴の上から掻く」、一口で言えば「もどかしい」という意味だ。使われないのは、蚤や蚊など、殺虫剤でその数が減ったせいか。

 蚊といえば、神宮外苑で始まったデング熱伝染の犯人・ヒトスジシマ蚊。どこまで広がるかが気になる隔靴掻痒だ。

 その意味で、テニス全米OP、、有力地上波局各社はTV実況放送ができず、試合中通常番組の左肩に得点の数字だけをはめ込んですますしかなかった。これが典型的な隔靴掻痒。

 今日、東京新聞を含む中央紙各紙が揃って社説に取り上げたのが「「昭和天皇実録」の内容公表」だった。

 各紙に共通していたのは「現代史を覆すような目新しい新事実」はない(東京、毎日、読売、日経)という点で、新事実として触れた事柄は、終戦直前に戦勝祈願の勅使を宇佐神宮に派遣したという読売と日経にとどまった。

 また、すでに知られていることであるが、政治の表に出てこれない制約のもとで、天皇の平和志向、憲法尊重などが裏付けられる点に、各紙とも目を向けている。その中で、産経だけがソ連参戦がご聖断のきっかけとなったと、新事実であるかのように書いているのが目を引いた。  

これまで諸説あった終戦の「ご聖断」の経緯が明らかになった。昭和天皇が最終的にポツダム宣言受諾を決意したのはソ連軍が満州に侵攻したとの情報を得た直後で、ソ連参戦が「ご聖断」の直接原因だったとみられる。

 これは、また歴史を断片的にしか見ない偏頗な見方だ。東条角逐の頃から終戦工作があり、陛下は高松宮などを通じて知らないわけがない。また後継内閣が終戦に導くための準備であったこと、春先の東京大空襲の惨状を視察されていることなどから、ソ連参戦前から終戦の既定路線があったが、軍の一部が本土決戦に固執したというのが塾頭らの常識である。

 産経の見方では、昭和天皇が浅慮即断のそそっかしい人になってしまう。右派の発想によくそういった独断史観があることだけは、留意しておこう。ただし庶民は、来年春以降順次公刊されるまで「実録」を目にすることができないので、これもまた「隔靴掻痒」な話ではあるが。

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2014年9月 7日 (日)

スコットランドと名護市議選

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 前々回、「イギリスが大変 」でスコットランドの独立賛成が42%、反対53%というユーゴブ調査を載せたが、今朝の毎日にその続報グラフが載っていた。それによると賛成47%、反対53%で差は6ポイントまでちぢまった。

 日本の支持率と違って、グラフには凸凹がなく定規で引いたように一直線である。このまま行くと、18日の投票日には逆転するが、大丈夫かな??。

 ひるがえって日本の名護市議選は、今日行われた。辺野古が市内にあるが普天間基地移転について、共同通信電子版の速報では、反対派19人中11人当確、容認派は16人中8人当確としているが過半数は14人だ。

 テニス全米オープンではないが、勝敗の行方は明日朝までおあずけ。反対派市長稲嶺氏の与党が過半数を占めれば、11月に行われも知事選の前哨戦を制したことになり、その成果は不動の重みを持つ。

 自民が起案し民主が継承した筋道ではあるが、刻々と変化する民意を投票でくみ上げる必要がある。それがUnited Kingdom でなくとも民主主義国の王道だ。それなのになぜか日本のマスコミは、この選挙の重大性に依然として関心が低いように見えるのが残念だ。

 日本の将来にとって、塾頭の気がかりとする点のひとつである。

 日付が変わって8日早朝。配られた新聞によれば、スコットランドの前述調査が2~5日には賛成57%、反対49%と、ついに逆転、金融市場の混乱がすでに始まっているという。

 一方、沖縄・名護市議選は、辺野古移転反対が市長・与党の外公明2名を加え16名、容認派11名で過半数を制した。配られた新聞にはまだ掲載がない。  

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2014年9月 5日 (金)

「あき」2題

あきの空 異常気象に 見えてくる

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あき家でも なぜか山吹 ひとつ咲く

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2014年9月 4日 (木)

イギリスが大変

 安倍改造内閣の顔ぶれに新味がなく、なにか書いてみようという気もおきない。そこで、「イギリスが大変」――なことになりそうだ、ということを書く。

 今月18日のイギリス・スコットランド地方の住民投票で、日本にしてみれば東北地方全体が独立を決定するかもしれないという騒ぎになっている。仮にそうなれば、独立した方はポンド圏を抜けEUに加盟してユーロー圏に入る、残った方はEU脱退……などという可能性がある。ヨーロッパは、ロシアを相手にウクライナなどにかまけていられなくなる。

 クリミアの独立でであれほど大騒ぎしたのに、イギリスとなると日本のマスコミはなぜか落ちつきはらっている。そんなことにはならない、と高をくくっているのだろうか。もし、スコットランド独立が実現すれば、世界中にあやかりたいと思うところがわんさとでてくる。影響は無視できない。

 中東はクルド族、中国のチベットなど自治区。日本だって、辺野古の新基地に反対する知事が当選し、民意が確定してなお政府がそれを無視し続けるような態度を続ければ、「独立派」が前面に出てこないとは限らない。

 イギリスは、同盟国であったり敵国であったりしたことはあるが、明治以来日本にとって手本とすべきなじみ深い国であった。しかし同国の正式名称を知っている人はどれくらいいるだろうか。正式には「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」で、イギリスという言葉はどこにも出てこない。

 グレートブリテンとは、イングランド、スコットランド、ウェールズからなるグレートブリテン島を指し、それにアイルランド島北部6州で同国に帰属する部分を指す。「イギリス」は多分イングランドからきたものであろう。

 スコットランドが抜ければ、国土の約3分の一がなくなり、国名も変えなくてはならないという大事になる。ちなみに、独立国だったスコットランドがイギリスに編入されたのは307年前、アイルランドが国民投票にかけて独立国家に転換したのが1938年で、イギリスの歴史にはこのような離合集散の歴史があるのだ。

 スコットランドのイギリス編入は307年前だったが、沖縄はまだ135年しかたっていない。新入閣の山口俊一沖縄・北方、科学技術大臣や、石破茂地方創生、国家戦略特区担当大臣など他の閣僚も含め、そこまで考えているとはとても思えない。

 スコットランドは、伝統的な古い文化を持っており、宗教はカソリックが多いとされる。政治的には金融資本の集まるロンドンの新自由主義的政策より、鉱工業発展に重きを置く労働党の勢力が有力だ。所得格差があるといっても、それらが国を分けるほどの問題なのだろうか。

 選挙見通しについては、以下のロイター電を転載する。

[エジンバラ/ロンドン 2日 ロイター] - スコットランド独立の是非を問う住民投票が2週間後の18日に迫る中、世論調査で独立賛成派が初めて40%を超えたことが分かった。調査会社ユーゴブ(YouGov)が明らかにした。
 
反対派のリードは1カ月前の22ポイントから6ポイントまで縮小した。
 
世論調査は8月28日―9月1日に実施された。回答者は1063人。
 
これによると、42%が独立に賛成、48%が反対、8%が態度を決めかねているとし、2%は投票に行かないと回答した。ユーゴブの調査で独立賛成派が40%を超え、反対派が50%を下回ったのは初めて。
 
態度保留などを除くと、賛成派は47%、反対派は53%となった。
 
ユーゴブのプレジデント、ピーター・ケルナー氏は「今や賛成派の勝利は現実に起こり得るところまで来た」との見方を表明。住民投票は接戦になると予想した。

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2014年9月 2日 (火)

インド合意の評価、各紙に差

 まず、産経(9/2)記事を引用しよう。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140902/plc14090200150001-n1.htm

安倍晋三首相は1日、東京・元赤坂の迎賓館でインドのモディ首相と会談した。安全保障面では両国の外務・防衛閣僚協議(2プラス2)の設置検討で合意、海上交通路(シーレーン)の安全確保に向けた海上自衛隊とインド海軍の共同訓練の定期化でも一致した。経済分野では日印投資促進パートナーシップを立ち上げ、対印の直接投資額と日本企業数を5年間で倍増させる目標を決定。共同声明には両国関係について「特別」との表現を盛り込み、連携強化を印象づけた。

 この言い回しでは、「中国を牽制する目的で、インドとの2+2設置に合意した、大成功!」としか読めない。同紙であることを承知して読めばいいが、他紙との差を見るとほとんど世論誘導に近い。

 読売は、唯一社説を掲げたが、2+2には直接触れず、「高次元の戦略的関係を築こう」と題して、2+2の合意に至らなかったことを暗に認め、次の課題としたい意向のように見えた。

 日経記事には「対中国では微妙な温度差」という標題があるように、2+2隠しはしていない。また朝日は、「日本側が望んでいた外務・防衛閣僚会合(2プラス2)の開催は合意に至らなかった」という点を強調している。

 毎日は、1面で記事のサブタイトルに「2プラス2は先送り」と書き、3面の3分の2を使って「中国警戒に温度差」という大活字のタイトルをつけた。当塾は、軍事優先で覇権主義的な中国に反発を覚えると同時に、「反中、嫌韓は戦争のもと」とも考えている。

 各社の差は、今後日本の将来に深くかかわることとして、注意深く監視していかなければならない。最後に、今こそ味わうべきではないかと考え、明治元勲・伊藤博文の言葉を、歴史の一ページとして付け加えておく。

「満州は決して我が国の属地ではない。純然たる清国領土の一部である。属地でもない場所に、わが主権の行わるる道理はないし……満州行政の責任は宜しく清国に負担せしめねばならぬ」(『外務省の百年』上巻、大杉一雄『日中戦争への道』所載)

 
 この発言は、日露戦争直後の1906年に行われた。彼が、満州のハルビン駅頭で朝鮮人重安根に暗殺されのは日韓併合の前年1909年である。歴史に「仮」は許されないが、彼がその後も長生きをしていたら、今の日中関係・日韓関係もずいぶん変わったものになっていただろう。

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