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2014年8月21日 (木)

歴史の教訓は役に立つか

 アーネスト・メイ、進藤栄一[訳]『歴史の教訓 アメリカ外交はどう作られたか』という書が岩波文庫にある。このもとは、中央公論社刊の『歴史の教訓――戦後アメリカ外交分析』で、1977年までさかのぼる。

 複雑な外交政策、それもアメリカ内部での判断・思考の推移を追うという、かなり難解な書物である。塾頭は、その本文ではなく、頭書の末尾にある訳者解題の一文に関心を持った。

 アメリカでは、ベトナム戦争の作られた動機、封じ込め、代理戦争、空爆の効果、そして泥沼と化した戦線、そして敗北など多くの教訓を残した。それが、ブッシュ・ジュニアの代に教訓としてどう活かされ反映されたか。

 また、日本では中国・韓国から、一旦解決したかに見えた「歴史認識問題」を執拗に追及され、安倍政権はその標的になっている。その安倍首相は、戦前から戦中・戦後を通じて歴史の中核を知悉する祖父の岸信介からどのような知識・教訓を得て、今の集団的自衛権容認などの政策判断に至ったのか。

 それを直接言っているわけではないが、過去を知らない人より知っている人の方が過ちを繰り返しやすい、という分析を克明に記している。塾頭は、安倍首相の「無知」に焦点を合わせることが多かったが、この記述に慄然とするものを改めて感じた。以下、やや長いがその引用である。

 本書で著者が提示した命題は、外交政策形成者は現在の問題を処理する時にしばしば”身近な過去”から類推を行い、未来を予測する時に過去との歴史的対比の中でよく政策をつくるという点にある。しかも通常彼らは、その過去、すなわち歴史の類推を誤用しがちだというのである。なぜなのだろうか。

 著者は、哲学者サンタヤナの警句――「過去を知らない人は過去を繰り返すことをもって非難される」――を逆転させ、その逆にこそ真理があると説いて、歴史家シュレジンジャーの言葉を引用する。「過去を繰り返すことをもって非難されるのは過去を記憶できる人である場合が、あまりにも多い。」

 人は不安に襲われた時、それも限られた選択肢の中で緊急の決断を下さなければならない時――すなわち危機に直面した時――に、なじみの過去に類推例を求めて不安を除去しようとする。国家も同じように危機状況下にあって、過去に類推例を求めてそこから”教訓”を得ようとする。そしてその教訓から得た言説によって”脅威”をつくり、自らを一連の行動へと駆り立てて行く――

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コメント

「過去を繰り返すことをもって非難されるのは過去を記憶できる人である場合が、あまりにも多い。」
の意味ですが、
そもそも、安倍晋三など日本の右翼は日本の過去の失敗を言うのは、『自虐史観だ』『反日だ』と頭から否定するという物凄い極端な発想なのですよ。
ですからこの『過去』とは日本の敗戦などの失敗のことでは無くて、その逆の成功体験に限られているのです。
日本が勝った日清日露などの過去の幸運な成功体験を、『もう一度』と能天気に考えているのですから、これでは必ず失敗します。

投稿: 宗純 | 2014年8月21日 (木) 09時55分

宗純さま

安倍首相が知っていることは、おじい様はいい人だ・満州経営で実績をあげ認められた・だから満州事変は正しい。

そして東条内閣で開戦当時商工大臣だった・だから大東亜戦争は、東亜を解放得するいい戦争だった。

戦後おじい様はA級戦犯で巣鴨に拘置された・だから東京裁判は不正で、仲間も祀られた靖国神社にお参りするのは当然だ。

”アンポ反対!”を押し切って条約に調印した偉い偉いおじいさま。

これが彼の知る”身近な過去”ではないでしょうか。

投稿: ましま | 2014年8月21日 (木) 11時12分

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