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2014年8月29日 (金)

自虐史観と自賛史観

 日清戦争・日露戦争を「侵略戦争」とする概念が、日中韓にそれぞれ存在する。「侵略戦争」は、もっとあとでできた言葉で、結果的にはそうであっても、イギリス、ロシア、アメリカのそれは正しくて、日本のは不正というのもおかしい。

 日本がかかわった両戦争は、維新を経たばかりの日本にとって自衛戦争の色あいが強く、「帝国主義的侵略戦争」というレッテルをはるのは、「自虐史観」だと思う。かといって、大東亜戦争はアジア解放の「義戦」などとは、爪の垢ほども思わない。

 日清・日露の中間1899年、新渡戸稲造は、欧米人が疑問を持った「日本の道徳が宗教に依存するものではない」などに答えるため、『武士道』を英文で顕した。下記はそのほんの一部。これは明治時代最後の「自賛史観」である。(矢内原忠雄・訳、岩波文庫版)

第六章 礼
 作法の慇懃鄭重は日本人の著しき特性として、外人観光客の注意を惹くところである。もし単に良き趣味を害(そこな)うことを怖れてなされるに過ぎざる時は、礼儀は貧弱なる徳である。真の礼はこれに反し、他人の感情に対する同情的思いやりの外にあらわれたるものである。それはまた正統なる事物に対する正当なる尊敬、したがって社会的地位に対する正当な尊敬を意味する。何となれば社会的地位は何ら金権的差別を表すものではなく、本来はじっさいの価値に基づく差別であっからである。

 礼の最高の形態は、ほとんど愛に接近する。吾人は敬虔なる心をもって、「礼は寛容にして慈愛あり、礼は妬(ねた)まず、礼は誇らず、驕(たかぶ)らず、非礼を行わず、己の利を求めず、憤(いきどお)らず、人の悪を思わず」と言いうるであろう。(以下略)

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コメント

以前御指摘したことを蒸し返すつもりはありませんが、「侵略戦争」か「祖国防衛戦争」か、の白黒二項対立で切り分ける発想自体、ある種のレッテル貼りですね。特に両方の要素があったことを、冷静に認めるべきだと思います(言うまでも無く、日清より日露の方が、前者の性格が色濃いと思いますが)。

投稿: ちどり | 2014年9月 2日 (火) 09時41分

ちどり さま
しばらくです。

 おっしゃる通りです。国連で一度定義をしようとしたがアメリカなど主要国の批准が得られず効力を発揮していません。

 素人考えでいいんですよ。海に囲まれて日本ははっきりできます。利権保護であろうが邦人保護てあろうが軍隊がでてゆき、住民から「侵略」と言われればそれが侵略なのです。

 元寇は海外で戦わなかったから「自衛」、秀吉の朝鮮派兵は「侵略」。

 だけど災害救助とかPKOだとか、戦争目的でない国際貢献はした方がいい。その際、侵略と解釈されないため、現憲法のもとでの国内ルールを決めておけばいい。

 なお、日清戦争前は、イギリスが巨文島を占領、要塞にしたり、ロシアが南下に熱心だったりするのに、李王朝は内部抗争の連続、清国も約束を守らなかったりで、ほっておくと日本も危ない。朝鮮を助けるのは「義侠心」から、という理由でした。

 日露戦争は、日本に3国干渉しておきながら、遼東や満州利権あさりをやめず、李王朝を乗っ取ったり、朝鮮半島は日露それぞれ利権を半分わけにしよう、などと持ちかけるなど、国際的にも油断ならない国でした。いずれは戦争という機運になり、勝てたのは奇蹟でした。

 

投稿: ましま | 2014年9月 2日 (火) 13時35分

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