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2014年8月14日 (木)

新型!稲目の古墳

 奈良県明日香村の都塚(みやこづか)古墳(6世紀後半ごろの小型方墳か円墳)の存在は、前から知られていた。これが今回、基部までの発掘調査で一辺41m×42mの大方墳で、しかも、石を階段状に5段以上積みかさね上げたピラミッド状のものであることがわかった。

 同様なものは、北朝鮮と中国東北部をまたぐ旧高句麗時代の古墳にある。権勢を誇った蘇我馬子とされる巨大な石舞台古墳に近く、一帯が蘇我氏の勢力範囲であることから、先代・蘇我稲目の墓ではないかとされている。

 大和朝廷の勢力範囲を示すと言われる前方後円墳も、この頃より畿内から姿を消す。天皇陵を示す八角形型などもあるが定型とはならず、やがて古墳時代も終わりを告げる。蘇我氏といえば、馬子、蝦夷、入鹿と天皇をしのぐ権力を誇り、乙巳の変で、中大兄や中臣鎌足から皇極女帝の面前で入鹿が殺され、大化の改新につながることで有名だ。

 先祖は神功皇后に仕えた大臣・武内宿祢とされているが、めちゃくちゃな長寿であることなどから、伝説上の人物であろう。蘇我氏は、そういった応神王朝時代の最後に、突如として現れる。そして、朝廷を支えた物部、中臣氏などの反対を押し切り、朝鮮伝来の仏教導入を図る。

 経済、貿易実務に明るく、陶芸・織物・武具製造など工業、土木・建設技術、軍事などを韓人(からひと)で固め支配していることからも、先祖は朝鮮からの渡来人という説が強かった。しかし最近の説はそれに否定的だという。

 塾頭は詳しく知らず、批評できないが、最近の右翼用語では「在日」がどうかで、大問題にするだろう。もともと、日本に自然発生した日本人などはなく、アフリカからユーラシア大陸を経て何万年か前に住み着いたのだ。どちらでもいいではないか。

 日韓間の従軍慰安婦問題も含め、目前のことでぎくしゃくすることではなく、古今の両国間歴史研究が着実な発展を遂げればいいな、というのが塾頭の古墳発掘をきっかけに考えたことである。

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コメント

このニュースを読んだとき未だ全容がハッキリしない「高句麗」と言う国家の影響があったことにわたしは目がとまりました。

高句麗の首都は、北朝鮮と韓国の間で「自分のところに有った」と論争を繰り広げているようですが、共同で研究すればいいのにと思います。

投稿: 玉井人ひろた | 2014年8月15日 (金) 09時00分

こんにちわ!

高句麗の広開土王碑というのが現中国側にありますね。

一時、日本陸軍の改ざんしたものとか、いろいろ議論があったが、とられていた拓本は本物、という学界の結論になったようです。

日本史の「謎の4世紀」解明にもつながる重要史跡です。共同研究の成果の一例だと思うんですが。

投稿: ましま | 2014年8月15日 (金) 11時26分

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