« 徴兵検査 | トップページ | 第一次世界大戦年表① »

2014年7月12日 (土)

潮目の第一次大戦

 歴史の流れが変わる、世の中ががらっと変る、それを革命というか維新というか、言いかたはどうあろうと、明治維新、戦争そして敗戦、これが日本の近現代史において大きな画期であることを疑う者はいない。

 今年は第一次世界大戦勃発から100年目にあたる。ヨーロッパではこれを大きな節目として扱っているようだが、日本やアメリカではこれにスポットを当てているような動きはあまりない。ことに日本が参戦国であるにもかかわらず、日清・日露戦争以上に扱われることはまずない。今放映中の朝ドラ「花子とアン」でも触れずじまいのようだ。

 中国や韓国がいう「歴史認識」の歴史はいつからのことを指すのであろうか。中国は東シナ海や南シナ海に清や明といった国民国家成立以前の話を持ち出して自国だけに通用するルールを押し付けようとしている。

 国際関係をそれで律しようというのは、どこの国から相手にされない空論だと思われても仕方がないだろう。これがイスラエルやパレスチナの話になれば、全く解決のつけようのないものになってしまい世界は大混乱におちいる。力だけがそれを解決する手立てだと考えるのは、残念ながら為政者だけでなく、それぞれの国民もそれを支える力になっている。

 中国のことだけではない。安倍首相のいう抑止力も、中国の圧力も本質は同じで、超大国をはじめテロリストにまである。そこで、どこかで折り合いをつけなければならなくなり、それが歴史認識の共有という作業につながる。

 前置きが長くなったが、歴史認識は国際紛争の原因となった直近のことを当事国双方で深化させなくてはならないということで、遠い昔にまでさかのぼってあら探しをすることではない。そして、A国がB国に対してということでもない。

 自国だけを「美しい国」とするナショナリズムも、戦後レジュームの脱却などという逃げもそういった作業の邪魔をし、人類の永遠の平和に水を差すものでしかない。もちろん、戦争責任を雲散霧消させようなどという、歴史修正主義があってはならない。

 塾頭は、この歴史認識について、第一次世界大戦後を対象にすべきだと思っている。これは、当塾で下記に示すようにたびたび触れてきたが断片的でまとまりを欠き、またそういった論文をものする能力もないので、第一次世界大戦年表を計画してみた。

 その前に、このような区切りをつけることの、理由とその意義を述べておきたい。それは、世界的には帝国主義的植民地主義が抑制される方向がはっきりしてきたのに、第一次世界大戦以降、出遅れた日本がその逆の方向をたどったことである。

 日本は、大日本帝国憲法が発布された時、またそれをさかのぼる征韓論や、砲艦外交で韓国の開国を迫った日韓修好条規をもって、帝国主義的植民地拡大時代に入ったとするのがこれまでの定説で、塾頭もかつてはそう思っていたし、本塾への懇切なご指摘もいただいた。

 しかし、いくつかの日韓関係史や個人の伝記、日記、外交史などを断片的にあたると、日本は幕末、アヘン戦争の結末に驚き、欧米列強やロシアからの攻撃や侵略をいかにかわすかに腐心していたことが想像される。

 そのための最大課題が「富国強兵」であり、「文明開化」、「自由民権」の確立、「国際法」遵守を国策とし、植民地化は防がなければならないもの、東亜をそこから守る必要があると感じても、列強の尻馬に乗るということは考えていなかったと思う。

 もちろんこれに反した国粋主義は、すでに吉田松陰の頃からあり、明治期にも福沢諭吉の脱亜論など、「東亜の盟主たらん」とする言論の存在は否定できない。しかし他国と戦って勝つ自信はまだなく、冒険主義への加担はすくなかった。

 もうひとつの理由は既に述べたとおり、いたずらに歴史を過去にさかのぼらせ、最近見られるように元寇や倭寇の頃まで議論しだすことなど、自由研究ならともかく、不毛の民族対抗意識を増幅させるだけで何の益もない愚行と言わざるを得ない。

 以後、次回の「第一次大戦年表」に移行する。

【関連する過去記事】
2014年1月 2日 (木)
「戦争責任」はいつから①
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-c3d2.html
2014年1月 5日 (日)
「戦争責任」はいつから②
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-551a.html
2013年12月30日 (月)
日清戦争と日韓併合
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-2bec.html
2013年10月29日 (火)
「日本外交は野暮で間抜け?」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-2ac7.html
2014年2月 3日 (月)
明治から大正へ
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-ff3f.html

|

« 徴兵検査 | トップページ | 第一次世界大戦年表① »

データ・年表」カテゴリの記事

戦争責任」カテゴリの記事

コメント

学校では日本史と世界史が別々なのですが、これを一緒にして『歴史』とするべきでしょう。
大化の改新(乙巳の変)も深層では朝鮮半島の情勢と関連していた可能性が高いのです。
自給自足が原則の封建時代、特に徳川の鎖国政策では外国との関連が薄れるが、それでも密接に関連していたのですがら、日本と世界を別にするよりも、『世界の中の日本』との視点から歴史を見れば、全く違った景色が見えてきます。
『日本の潮目』との観点なら、江華島事件が一番大きいでしょう。
アメリカの東インド艦隊の砲艦外交による露骨な武力の威嚇に怯えた日本ですが、何と同じことを行った。
僅かな時間でペリー提督による武力威嚇以上の露骨過ぎる武力行使を自分より弱いあいて(朝鮮)に行ったのですから、日本の帝国主義の出発点と言うかメモリアルな話なのですが、何故か日本国内での扱いが小さい。

投稿: 宗純 | 2014年7月12日 (土) 15時01分

コメントありがとうございました。

<学校では日本史と世界史が別々なのですが、これを一緒にして『歴史』とするべきでしょう。

全く同感、大賛成です。
「キリストが十字架に……、その頃日本では……」などと考えることが歴史に興味を覚える最短の道です。

第一次世界大戦だけでなく、同じ時代の民本主義やシベリア出兵もほとんど教えない。大正は、関東大震災、それで終わりですね。

実は、きわめて今日的な教訓がふんだんに盛り込まれている時代なのに残念です。大正に育った人もほとんどいなくなりました。

大正は遠くなりけり、どころか、最近は昭和は遠くなりけり、の様相すら呈しています。

投稿: ましま | 2014年7月12日 (土) 20時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/56768400

この記事へのトラックバック一覧です: 潮目の第一次大戦:

» 「詰んだ」あとに残る笑えない「お笑い」 [岩下俊三のブログ]
熊本弁で特に菊池大津界隈で使う「ひゅかす」「ひょうかす」という意味はまさに安倍君のようなもののことを言う。 軽佻浮薄、うらなり、薄らバカというニュアンスで僕の少年時代 ... [続きを読む]

受信: 2014年7月12日 (土) 15時51分

« 徴兵検査 | トップページ | 第一次世界大戦年表① »