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2014年7月

2014年7月30日 (水)

平和の申し子たちへ!

  泣きながら抵抗を始めよう
         
            なかにし 礼

二〇一四年七月一日火曜日
集団的自衛権が閣議決定された
この日 日本の誇るべき
たった一つの宝物
平和憲法は粉砕された
つまり君たち若者もまた
圧殺されたのである
こんな憲法違反にたいして
最高裁はなんの文句も言わない
かくして君たちの日本は
その長い歴史の中の
どんな時代よりも禍々(まがまが)しい
暗黒時代へともどっていく
そしてまたあの
醜悪と愚劣 残酷と恐怖の
戦争が始まるだろう
ああ、若き友たちよ!
巨大な歯車がひとたびぐらっと
回り始めたら最後
君もその中に巻き込まれる
いやがおうでも巻き込まれる
しかし君に戦う理由などあるのか
国のため? 大義のため?
そんなもののために
君は銃で人を狙えるのか
君は銃剣で人を刺せるのか
君は人々の上に爆弾を落とせるのか
若き友たちよ!
君は戦場に行ってはならない
なぜなら君は戦争にむいていないからだ
世界史上類例のない
六十九年間も平和がつづいた
理想の国に生まれたんだもの
平和しか知らないんだ
平和の申し子なんだ
平和こそが君の故郷であり
生活であり存在理由なんだ
平和ぼけ? なんとでも言わしておけ
戦争など真っ平ごめんだ
人殺しどころか喧嘩もしたくない
たとえ国家といえども
俺の人生にかまわないでくれ
俺は臆病なんだ
俺は弱虫なんだ
卑怯者? そうかも知れない
しかし俺は平和が好きなんだ
それのどこが悪い?
弱くあることも
勇気のいることなんだぜ
そう言って胸をはれば
なにか清々(すがすが)しい風が吹くじゃないか
怖れるものはなにもない
愛する平和の申し子たちよ
この世に生まれた時
君は命の歓喜の産声を上げた
君の命より大切なものはない
生き抜かなければならない
死んではならない
が 殺してもいけない
だから今こそ!
もっともか弱きものとして
産声をあげる赤児のように
泣きながら抵抗を始めよう
泣きながら抵抗をしつづけるのだ
泣くことを一生やめてはならない
平和のために!

この詩
日本だけでなく世界でも大反響だという。
「自由に使い、多くの人に届けてください」というのがなかにしさんの意向。
早速、反戦塾も乗せさせていただく。

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2014年7月29日 (火)

慰安婦問題は解決できる

 その前提は、朴槿恵大統領と安倍首相が引退することである。両者とも支持率がこのところ下降気味であるが、朴大統領は、客船沈没事故以降の不人気を支える上で、舛添都知事に示したように一歩も引く構えはなさそうだ。

 安倍首相は、靖国神社からA級戦犯を分祀するなどの方向転換をするのは、A級戦犯で処刑をまぬかれた祖父・岸信介のてまえと、多くの排外主義の有権者や議員の支持がたよりの彼にとって、考えの及ばないところだろう。

 この問題に対する塾頭の考えは、以前述べたことがあるが、あまり触れたくないという気持ちだ。その理由は、まず、真実を知らないことが第一である。また、それが存在した時代を知っており、今の世間常識ではまったく理解されない、というのが第2である。

 さらに、それぞれの状況において判断しなくてはならないのに感情だけを先行させ、単一の問題として白か黒かの一方に決めつけ、真の姿をねじ曲げてしまう傾向についていけないことだ。具体的に見て行こう。

 まず、強制連行があったかどうかである。2番目にその施設のあった場所である。そして最後は河野談話の評価である。これとは別に、中世にはすでに存在した日本や朝鮮における売春や公娼制度を社会的にどう位置づけ、人権を守り、文化にまで昇華させたかということについては、世界に通用せず、現代人感覚からかけ離れるので省略する。

 強制連行であるが、場所は朝鮮半島である。人集めは民間業者が行う。もちろん、軍人を含め教員、警官、公務員など、日本出身者が各地にいた。しかし、人集めなどは言葉の不自由な日本人があたったとは思えない。

 当時は、それまでなかった兵役の義務を朝鮮にまで及ぼし、日本の労働力不足を補うため徴用令も適用された。これは皇民化政策の一環でもあった。それもあって、教員・公務員などは差別扱いを厳しく禁じられた。

 そのような状況下、嫌がる若い女性をむりやり連行することは、国内法にも触れ犯罪になる。親の同意もなくてはならず、朝鮮人がだまって見過ごすとは考えられない。ただし、甘言によって、あるいは騙されてひそかに、ということはあり得るだろう。

 日本人女性の場合、希望して前線に出て行ったケースもあるようだが、河野談話の「総じて本人の意思に反して」という表現は、韓国側とのつきあわせの結果とはいえ、当たらずといえども遠からずかも知れない。

 次に慰安施設のあった場所である。台湾、満州、北京、上海など、軍隊のほかに日本の官僚の出先があるような場所は、それぞれの施設を所管する出先が業者を管理監督し、軍の管轄外で、娼婦自身の廃業の自由もあったはずだ。

 問題は、軍と行動を共にし、前線に出て行った施設だ。移動から一切の行動を管理運営する機関は軍しかなく、死生をわけるような環境にさらされていたことは想像できる。兵士に自由がないのと同然、慰安婦の人権もないに等しくなっただろう。

 性奴隷といわれても仕方ない状況下にあり、女性の強制的現地調達があったことも明らかにされている。そういった犯罪行為で軍事裁判を受け、処刑された軍人もいる。つまり、国際法上の戦争犯罪だ。しかし、そのすべてを「強姦施設」などと呼ぶのは不当であろう。

 塾頭は、戦火の危険をのがれ、助け合ったとかいつくしみ合ったという話は聞くが、逆の話は聞いたことがないのである。冒頭に書いたが、塾頭はそれを見たわけでもなく知っているわけでもない。最後に、韓国でも感情より実態・史実を尊重する議論が出始めているようなので、それを紹介しておこう。

 http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/07/09/2014070904084.html
2014年 07月 9日

【ソウル聯合ニュース】韓国で出版された「帝国の慰安婦-植民地支配と記憶の闘争」が旧日本軍の慰安婦被害者を「売春婦」「日本軍協力者」と侮辱したとして、被害者らが同書籍の販売差し止めを求めた仮処分申請の初審理が9日、ソウル東部地裁であった。出廷した慰安婦被害者5人は著者の朴裕河(パク・ユハ)世宗大教授が被害者の名誉を毀損(きそん)し、精神的な苦痛を与えていると訴えた。

 慰安婦被害者らは6月、同書籍が慰安婦について、「基本的に日本の軍人と同志的関係を結んでいた」などと記述したことに反発し、朴氏を名誉毀損で告訴した。

 慰安婦被害者の一人、イ・オクソンさんは審理で、「強制的に連れ去られた私たちを慰安婦というのはあまりにも悔しい。言うことを聞かなければ撃ち殺し、刺し殺す慰安所は人を殺す屠殺場と変わらなかった」と証言した。

 朴氏は答弁書で、「慰安婦被害者を『売春婦』や『日本軍協力者』と記述したのは歴史的な事実に基づくもの」と主張。「『何も知らない純粋な少女が軍人に強制的に連れ去られた』というのが一般的な認識だが、慰安婦制度は基本的に賃金労働だった」と述べた。その上で、「朝鮮人の慰安婦を『協力者』と記述したのは、植民地だった朝鮮の現況を正確に見るためだった」と説明し、「その協力に『心』が存在したかどうかは関係がなく、慰安婦被害者を罵倒したものではない」とした。

 慰安婦被害者らは審理後に記者会見を開き、「歴史の生き証人がここにいる。(朴氏が)親日派でないのならば、売春婦という言葉を口にすることはできないはずだ」と批判。「日本の妄言を防ぐどころか、日本と同じ論理の本を出して金を稼ぐ人間が学生を教える教授なのか」と嘆いた。

 次の審理は9月17日に行われる。

【産経MSN】

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140729/kor14072908250002-n2.htm
問題となった同書について、韓国の主要紙、朝鮮日報(電子版、7月12日)が韓国のKAIST大教授の書評を掲載している。「慰安婦問題では朝鮮人も責任を避けられない、という指摘は認めざるを得ない。娘や妹を安値で売り渡した父や兄、貧しく純真な女性をだまして遠い異国の戦線に連れて行った業者、業者の違法行為をそそのかした区町村長、そして何よりも、無気力で無能な男性の責任は、いつか必ず問われるべきだ」と朴氏の主張に一部、同調している。また「本書を細かく読んでみると、韓日間の和解に向けた朴裕河教授の本心に疑う余地はない。元慰安婦を見下したり、冒涜(ぼうとく)したりする意図がなかったことも明白だ」と擁護している。

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2014年7月28日 (月)

第一次世界大戦開戦、今日が100年目

  当塾では、7月12日の「潮目の第一次大戦」から「第一次世界大戦年表①~⑥」を経て前回の「第一次大戦と中東」まで8回、ほぼ連続して掲載してきた。そのしめくくりに恰好な社説を、毎日新聞が「歴史の教訓に学びたい」という題で掲げている。以下、その前半部分をお借りする。

100年前のきょう7月28日、第一次世界大戦が始まった。当時のオーストリア・ハンガリー帝国が隣国セルビアに宣戦布告したのがこの日だ。1週間後にはオーストリア、ドイツの同盟国側と、ロシア、フランス、英国の連合国側との間で全欧州を巻き込む大戦に発展した。英国の戦史家リデル・ハートは、大著「第一次世界大戦」の冒頭で「欧州を爆発寸前の状態にもってくるのには50年を要したが、いざ爆発させるには5日で十分だった」と書いている。

 引き金は1カ月前の6月28日、セルビア人青年がオーストリア皇太子夫妻を射殺した「サラエボ事件」だった。それが大戦に拡大したのは、台頭するドイツと、これを警戒する英国やフランス、ロシアなどの対立が複雑に絡み合い、欧州が「爆発寸前の状態」にあったからだ。しかも各国が自国の安全保障のために結んでいた同盟関係が、逆に連鎖的な戦争拡大を招く結果になった。

 人類はこの100年に大戦の時代、冷戦時代、そして今、内戦の時代を経験している。北朝鮮の最近の弾道ミサイル発射は、韓国をにらむけん制であり、リビアでも各国大使館が退避するなど内戦再来の様相を深めている。

 大国は、武器輸出を競いあい、武器近代化などの軍拡に狂奔し、過去の経験はうとんじられている。「霊長類」が聞いてあきれる。第一次世界大戦後に巻き起こったウイルソン体制、大量殺傷根絶のため自衛戦争すら否定しようとした発想、そういった経験をどう生かしていけるかどうか。それによって、これから100年の世界の姿は随分違ってくるだろう。

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2014年7月26日 (土)

第一次大戦と中東

 今月12日の記事「潮目の第一次大戦」を皮切りに、今年開戦100年目を迎える第一次世界大戦の今日的意義をさぐるため、7回シリーズで「第一次世界大戦年表」を書いた。その後気がついたのだが、現在ますます混乱を深めている中東情勢に、第一次世界大戦の戦後処理が大きな禍根を残していることである。

 このところ、イラク、ブッシュ、小泉政権、自衛隊派遣など遠い昔の話になってしまった。激しい戦場であったシリアから、過激派が国境を越えイラク北部へ進出、一帯を占拠してシリアの一部とあわせ「イスラム国」設立を宣言した。かつてアルカイダの流れだと言われていたが、今は違うらしい。

 また、イスラエルとガザ地区の攻防がすさまじく、特にガザ地区では市民の死傷者激増が目を覆うばかりだ。この現状が第一次世界大戦に関係があることに世界はほとんど目を向けていない。アメリカの介入、西欧の思惑にもかかわらず状況は以前より悪化している。

 西欧流自由と民主主義の輸出は失敗だったということである。「イスラム国」が今後どうなるか見当がつかないが、ユダヤ教・キリスト教徒には人頭税を課すという宣言が、「信教の自由を奪う」とか「人道に反する暴挙」という非難を浴びている。

 実は、この「人頭税」、第一次世界大戦でイスラムを国境とするオスマン帝国が、英・仏・露などに敗れるまで広大な領土で実施していたものだ。そこで厳格なイスラム教義に基ずく服従を強いたのかというと、むしろ逆であった。

 帝国が大きくなり過ぎ、多民族国家になってしまった帝国は、その中でユダヤ教・キリスト教が同じ一神教の神をいただく「啓典の民」とし、税金を納めることにより優遇され、宗教による差別をまぬがれることができた。つまり優遇策だったのだ。

 砂漠の遊牧民でイスラム教徒の多い中東は、宗派や部族で激しく争うことはあっても、国境の概念はなかった。それが変わってしまったのがオスマン帝国の敗退である。英・仏・露は密約「サイクス・ピコ協定」を結び、勝手に国境線を引き領土を分割した。これとは別に、英国はユダヤ人やアラブ人に領土を保障するなど2枚舌、3枚舌と呼ばれるような外交で戦争を有利にしようとした。

 そこに生まれたのが、サウジなどの王国を除き、アメリカやソ連から武器を供給されたイラクやシリアなどの世俗国家である。近代的軍隊を持つ、つまり戦争のできる国になったのだ。これとは違うイスラムの原点回帰を主張するのが、エジプトなどに拠点を置くイスラム同胞団であり、その流れをくむガザのハマスである。

 「イスラム国」がこれらとどういう関係になるのか、中東も目の離せない転機にさしかかっているように見える。一方、欧米も「テロとの戦い」の発想から転換を迫られる時期が、いずれやってくる兆候かも知れない。

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2014年7月23日 (水)

おかしいと思うこと2題

 「これって、何かおかしくない?」と思うことが日頃いくつかある。しかしそれは往々にして世間の常識ではない。変人と思われたくないのでなんとなく言いづらく、あたりさわりのないように「自己規制」してしまう。最近上げたテーマでは、マレーシア機撃墜事件がある。

 欧米の政府やマスコミだけでなく、日本でも当然のように「親ロシア派の行動にロシアは責任がある」とか「ロシア派影響力を行使せよ」などというという主張が言論を支配している。塾頭は、クリミア半島独立には、「民族自決」の立場から、ロシアの行動の肩を持った。

 からといって、決してロシアびいきではない。いつかプーチンが言ったようだが「ロシアは、親ロシアであろうがそうでなかろうが、ウクライナ国民に命令することはできない」、至極まっとうな話しである。人種から見てロシア人であり、ロシアに親近感を持ち、ロシア国民になりたい人が多数いたとしても、ロシアの方から手出しするのは筋違いである。

西側陣営は、本来ならばロシアに対し「影響力を行使しないでほしい」とか「それは内政干渉だ」というべきだし、クリミアの場合はそんな声もあったように記憶する。明らかなダブルスタンダードだが、誰もそれを言わない。

 日本はかつて大陸に影響力を行使し、軍隊を派遣して我意を通そうとした。こういつた言い方、発想は、大国特有の力を信奉する人びとの発想ではないか。日本にもそういった人が大勢いるということである。

 もうひとつは「自衛隊員の命」である。集団的自衛権論争の中で盛んに出てきた。「そのようなことをすれば、自衛隊員の命が危険にさらされる危険が増える」という論争だ。これもおかしいと思う。命の危険をおかしてまでも任務遂行に当たらなければならないのは、警察官でも消防隊でも、海上保安庁職員でも皆同じだ。

 この主張は共産党をはじめ左からの主張に多いが、逆に右の方で「国民の安全と幸せを守るため尊い命を的に捧げる」人のため、憲法に「軍隊」を明記し、靖国神社に参詣しなければならない、と思う人が多い。

 まさか自衛隊は、警察官などの殉職と区別すべきだと考えているわけでもないと思うが、警察官も、消防隊員も憲法上記載はない。したがって、自衛隊(軍隊)も入れなくていいと思うが、入れるのなら全部平等にすべきなのではないか。

 変人・塾頭のたわごとである。

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2014年7月22日 (火)

「やっぱりね」…… 

 マレーシア機撃墜事件で:、墜落現場に対する調査に親露派の協力を要求する安保理決議案にロシアも同意し、同地域の紛争解決に燭光が見えてきた。ロシア国内の強硬派をおさえ、あえてロシア派武装勢力に引導を渡すようなことにならないか、という当塾の期待は、前回書いたばかりだ。

 今日の「毎日」朝刊は、それをは裏付けるような次の記事を載せた。

◇核心触れず−−露大統領演説

 プーチン露大統領は21日、緊急テレビ演説を行い、「戦闘が再開されなければ、このような悲劇は起きなかった」と述べた。ポロシェンコ大統領が親露派との一時停戦を延長しなかったことに事件発生の責任があるとの主張だ。

 だが、「ロシアからウクライナ東部の親露派に渡った地対空ミサイル『ブク』でマレーシア航空機が撃墜された」との疑惑については一切触れなかった。この日、改めてこの疑惑を否定したロシア国防省とは一線を画した。

 また、プーチン氏は、「撃墜はウクライナ軍によるもの」とする親露派の主張にも同調しなかった。今後の国際的な調査で、「親露派による撃墜」が確認された場合を想定し、親露派と距離を置こうとする姿勢がうかがえる。

 プーチン氏は、戦闘停止と和平交渉の開始に向け、「ロシアにできる限りのことを行う」と述べた。大統領は20日夜から21日未明にかけて、キャメロン英首相、アボット首相、ルッテ・オランダ首相、オランド仏大統領と相次いで電話協議。原因究明への「熱意」を示すことで国際社会の批判をかわす狙いがあるとみられる。

 ◇EU外相会議は新たな制裁せず

 一方、欧州連合(EU)外相会議は22日に採択される宣言で、撃墜事件を非難せず、新たな対露制裁も行わない見通しだ。エネルギー依存などからロシアに配慮する国があるためだ。ロシアが安保理決議案を受け入れたのも、こうした足並みの乱れをしたたかにみている側面もある。「悲劇を利己的な政治目的を達成するために利用すべきではない」と、プーチン氏は訴えた。 
http://mainichi.jp/shimen/news/20140722ddm003030029000c.html

 これとは全く反対の記事を乗せたのは産経新聞で、電子版のタイトルはこうなっている。ただし、単なる観測記事で、「毎日」のような国際環境を含めた多角的分析からきたものではない。

 プーチン政権にジレンマ、親露派と「決別」困難 態度硬化も、プロパガンダで世論「結束」

 ヨーロッパは、プーチンの動きを評価し、追加制裁などを再び封印する構えだが、アメリカは振り上げた拳をどうするのだろう。ヨーロッパ各国は地続きの隣組だが、アメリカには、全く利害関係がないように見えるのだが……。

 ▼もうひとつ。これも毎日新聞から。

公明党の山口那津男代表は21日、熊本市で開かれた党会合で講演し、集団的自衛権の行使を容認した1日の閣議決定に対する世論の批判を念頭に「(与党協議は)ちょっとスピードが速すぎたかもしれない。『もっと国民に分かるようにやれ』という意見は当然あった。(政府が示した)事例も理解しにくいものもあった」と、反省の弁を述べた。 

 (中略)与党協議を巡っては「公明党が連立離脱を封印し、政府・自民党に足元を見られた」と指摘された。これについて、山口氏は講演で「公明党が離脱すれば政治が不安定になる。それは国民への裏切りだ」と反論。「安倍(晋三首相)さんが石原慎太郎さんと仲良くなって、国民の期待しない安全保障政策を取っていたら、(離脱した)公明党は別の意味で批判されただろう。そこまで考えて我々は行動した」と正当性を訴えた。
http://mainichi.jp/shimen/news/20140722ddm002010030000c.html

>「安倍(晋三首相)さんが石原慎太郎さんと仲良くなって、国民の期待しない安全保障政策を取っていたら、(離脱した)公明党は別の意味で批判されただろう――

 これは、やや古いが当塾の6月28日付エントリ「公明党・憲法・創価学会」で指摘した判断が存在したことを、そのまま告白している。「やっぱりね」……。
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-ee9c.html

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2014年7月20日 (日)

マレーシア機撃墜犯人

 機体は早々と発見されているが、撃墜犯人の追及は、同航空の行方不明機同様迷宮入りになるのではないか、と思ったのが塾頭の最初の印象だった。まず、発射地。可能性のあるのは、ウクライナ・ロシア国内、それに墜落場所に最も近いロシア派武装勢力占拠地である。

 それから、地対空ミサイル(旧ソ連が開発した高性能誘導弾Bukとされる)の所有者も、ウクライナ・ロシアそして、その両国から譲渡・貸与または奪取したロシア派武装勢力の3者ということなるが、発射場所と同様、この場合はあまり大きな意味を持たない。

 問題は、発射ボタンを押したのは誰かである。このミサイル発射には高度な知識・技量が必要で、習得するまで半年程度の訓練が必要と言われる。そうすると、ロシア人かウクライナ人ということになり、決起したばかりのロシア派軍事組織などではない、ということになる。

 ただ、その地域にはロシア人やウクライナが以前から住んでおり、紛争の当事者の一方を支持しようとするエキスパートが潜入している可能性は強い。それが両国の意図を反映して行動したか、といえばノーであろう。
 
 というのは、両国の空域管制体制は、マレーシアの民間機が上空通過を当然把握しているはずだし、それを無視してミサイル発射ボタンを押させるだれけのメリットがあるかといえばまずない。撃墜に激昂した世界は、ロシアにその責任を着せ、武装勢力一掃のためウクライナの強硬手段をに手を貸すことになるだろう。

 諜報機関出身の大統領がいるロシアである。こんな最悪の結果を招く軽率な行動にでるとは考えられない。一方、ウクライナ大統領になったばかりのペトロ・ポロシェンコも、強硬手段に出る口実ができるという点で、自作自演の陰謀を使うメリットが考えられなくもない。

 しかし、同国右翼がねらうような、ロシア人やロシア経済依存一掃は、大統領の願うところではない。それより、かつては日本もアメリカも使った手だが、陰謀が暴露された場合のリアクションは、計り知れないものがある。国が安定しないうちにこのような冒険はしないだろう。

 そうすると、ウクライナ東部の軍事組織にもぐりこんだロシアかウクライナのミサイル取扱いのベテランの手による、ということになる。しかし、ロシア派にとっても民間機撃墜に何のメリットもない。

 ウクライナ各地・モスクワ・ワシントン、欧州各地からの報道を総合すると、どうやらロシア派武装組織の「しまった!」という誤射の可能性が高いようだ。ウクライナでは、対立する両派の内部組織に統制力がなく、やることなすことばらばら、という現象も報じられている。

 ロシアは、ロシア派武装組織を応援する国内の強硬派勢力を抑え込み、ロシアにとって不利であっても、ポロシェンコ大統領の国内安定化に協力せざるを得なくなるだろう。そうすればアメリカに乗じられることもなくなる。プーチンならそれができると信じたい。

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2014年7月18日 (金)

第一次世界大戦年表⑥

▼前回の講和条約締結記事で、年表の記載は終わった。しかし、大戦を総括するうえで大切な、第2次世界大戦前の「戦後レジーム」について触れておく。

1922年(大正11)2/6 ワシントン会議
 日中両国が主要な海軍国の戦艦の総トン数を規制、米英日の主力艦保有率を5対5対3とする海軍軍備制限条約、中国の独立・領土保全および関税自主権拡大に関する9か国条約調印。(日中は2/4に、膠州湾租借地返還・日本軍撤退などを「山東懸案解決に関する条約」として合意、調印していた)。

1924年(大正13)7/16
 ロンドン賠償会議で、ドイツが賠償を支払い可能な額に減額するドーズ(委員長をつとめたアメリカの銀行家)案が決定・成立した。

1928年(昭和3)8/27
 パリでケロッグ=ブリアン条約(パリ不戦条約)、米英仏日など15か国が調印。のち63か国に。

【戦争放棄に関する条約】
第一条
 締約国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言スル

第二条
 締約国ハ相互間ニ起コルコトアルベキ一切ノ紛争又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ平和的手段ニ依ルノ外之ガ処理又ハ解決ヲ求メザルコトヲ約ス

第三条
1 本条約ハ前文ニ掲ゲラルル締約国ニ依リ各自ノ憲法上ノ用件ニ従ヒ批准セラルベク且各国ノ批准書ガ総テ「ワシントン」ニ於テ寄託セラレタル後直ニ締約国間ニ実施セラルベシ
2 本条約ハ前項ニ定ムル所ニ依リ実施セラルトキハ世界ノ他ノ一切ノ国ノ加入ノ為必要ナル間開キ置カルベシ一国ノ加入ヲ証スル各文書ハ「ワシントン」ニ於テ寄託セラルベク本条約ハ右寄託ノ時ヨリ直ニ該加入国ト本条約ノ他ノ当事国トノ間ニ実施セラルベシ
3 亜米利加合衆国政府ハ前文ニ掲ゲラルル各国政府及ビ爾後本条約ニ加入スル各国政府ニ対シ本条約及一切ノ批准書又ハ加入書ノ認証謄本ヲ交付スルノ義務ヲ有ス亜米利加合衆国政府ハ各批准書又ハ加入書ガ同国政府ニ寄託アリタルトキハ直ニ右諸国政府ニ電報ヲ以テ通告スルノ義務ヲ有ス

 ▼第一次世界大戦の壊滅的被害を反省し、再発をさけるための最後の手立てとして終戦後10年目に成立した。日本では、議会から第一条の「各自ノ人民ノ名ニ於テ」の文言が、日本の主権者は天皇であるという理由で、その部分を除いて批准した。

 この条約は、「19世紀の国際法によれば至高の存在者である主権国家は相互に対等であるので戦争は一種の『決闘』であり国家は戦争に訴える権利や自由を有すると考えられていたが、不戦条約はこの国際法の世界観否定(Wikipedia)」したものと考えられている。

 しかし、協議の途中、「自衛のための戦争はのぞく」とか「既存の権利(植民地を含む)は域内」「侵略戦争」の定義ができなかった(「定義がない」の安倍首相発言はこの受け売り)など、各国は自国の利益優先にこだわり、批准にあたっても、日本のように条件をつけるところがあった。

 また、比較的被害の少なかった日米では、内部(国民)に力の信奉や戦争犠牲者への追悼などナショナリズムが高まる傾向もあった。そのひとつに帝国主義的植民地競争に出遅れていたという原因があるかもしれない。

 日本は調印後3年目に、「戦争」という言葉を使わない「満州事変」を起こして国際連盟を脱退。続けて「上海事変」「支那事変」を引き起こした。いずれも権益や邦人保護などが理由である。そして11年後に、第二次世界大戦が勃発した。日本は開戦の理由を「自存自衛を全うするため(開戦決定の御前会議)」とした。

  このように、戦争放棄の条約は役に立たなかったことをふまえ、アメリカは、ウイルソンの構想を生かした国際連盟に変る新しい機構の検討をはじめた。この構想は、ドイツが第2次世界大戦で無条件降伏する直前に召集されたサンフランシスコ連合国全体会議で検討され、日本敗戦後の10/24に国連憲章が発効した。

 新憲章では、「戦争」でなく「事変」ならいいなどという余地を全くなくし、「軍事行動」という言葉に統一した。また、当初の案には「自衛」という文言もなかった。ただ、常任理事国5大国に拒否権を与えたため、中南米諸国などが旧宗主国から攻撃された場合など、拒否権で自国防衛が困難な場合、集団で自衛措置がとれるようにという意見がだされた。当時成立したばかりの米州機構の盟主アメリカの賛成を得て「集団的自衛」の文言が追加され、同時に個別の自衛も条文に加わった。

 前にも書いたことがあるが、現在、集団的自衛権論議で、賛成・反対を問わずあたかもそれが権利として行使するのが当たり前、といったとらえ方がある。しかし、憲章の書き方は、行使しない方がいいが、国連の手続きが間に合わない場合などは、その権利行使を害するものではない、という表現になっている。

 また、現行憲法9条2項には、「国の交戦権はこれを認めない」という言葉があるが、これを占領軍の押しつけだとか、日本の骨抜きのためなどと自虐的に考える向きがある。すでに述べてきたように、これが第一次世界大戦後、国際連盟や不戦条約で確立した国際法の新概念である。

 たしかに、現在普通の国でないように見える。それは、アメリカなど、国連を生んできたアメリカなど、常任理事国5大国が巨大軍事国になり、国連憲章を軽視したり勝手に解釈したりして、大戦後の理想的平和至上主義をゆがめてしまうことが”普通”になったからである。

 日本国憲法は、国連憲章発効のわずか100日あまりあとにGHQ案が提示された。その平和主義・理想主義がそのまま盛られていると言っていい。今、地雷禁止など平和構築に貢献しているのは、ノルウェー・ニュージーランドなど中堅国が主である。

 日本は、唯一の原爆被爆国であり、理想的な平和憲法を守り続け70年近く戦争で一人の人命を奪っておらず、また民間の平和活動は水面下で高い評価を得ている。つまり、第一次世界大戦の反省を世界に定着させる指導的役割を担う資格が現存するのだ。

 ウクライナで旅客機が墜落し、パレスチナでイスラエルが地上戦をはじめ、イラク・シリアの火種も拡大の方向だ。アメリカも世界の警察官を買って出る環境にない。日本人が世界に雄飛する将来の夢は、解釈改憲の集団的自衛権などではないはずだ。

 戦争や平和の歴史に無頓着で、世界の中小国を歴訪さえすれば孤立から免れると信じている安倍首相の一刻も早い退陣が先決である。
 

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2014年7月17日 (木)

第一次世界大戦年表⑤

1919(大正8)年
  1/18 パリ講和会議開催(~6/18)。
  1/25 パリ講和会議、国際連盟設立を決定。
  4/30 パリ講和会議、山東省の日本権益を承認。
  5/7  パリ講和会議、赤道以北独領南洋諸島の
             日本委任統治を決定。
▼ロシア革命が起き、ウイルソンが民族自決などの講和原則をかかげたたことにより、中国・朝鮮民衆は対日国際非難への期待を高めた。
3/1、3・1運動(万歳事件)で朝鮮独立運動が全国規模に広がる。4/6、ガンディー、第一次非暴力抵抗運動開始。
4/10、上海で民族主義者・李承晩による大韓民国臨時政府樹立。5/4、北京の学生による抗議運動(5・4運動開始)。
11/16、福州で排日学生示威運動、日本商民と衝突。
 
 ウイルソンの和平構想は、国際連盟設立が決まるなど、平和構築の総論では共感を呼んだが、各論になると本国で連盟加入が議会から否決され、民族自決も北欧等に限定されるなど、後退を余儀なくされた。参照↓
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-2ac7.html 

 6/28 独と連合国、ベルサイユ講和条約調印。中国は
           山東問題を理由に不調印。
 11/7 日本、ベルサイユ講和条約批准。

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2014年7月16日 (水)

第一次世界大戦年表④

1917(大正6)年

 1/11 英、日本軍艦の地中海派遣要請、4月から連合
     国の輸送船団護衛。(6/11 駆逐艦「榊」独潜水
     艦と交戦、59人戦死)。
 2/1 独、無制限潜水艦作戦を宣言。
 2/3 米、独と国交断絶(4/6 宣戦布告)
    ▼昨年末、疲れの見えてきたドイツの講和指向
     に、「勝利なき講和」を唱えつづけたウイルソン
     大統領は、同年、共和党の超タカ派で力の信
     奉者セオドア・ローズヴェルトと大統領選で戦
     ったこともあり、年が明けてもその方針を変え
     なかった。
      しかし、その努力をさかなでするようなドイツ
     の潜水艦攻撃続行宣言や、メキシコに対米開
     戦をそそのかした秘密電報がばくろされ、平和
     主義のウイルソンを窮地に立たせた。
      結局、
米軍は大戦の最終局面の約半年間に
     実戦参加
し、勝利を確実にした。米軍の被害は
     戦病死者11万人に対しロシアが約200万仏が
     150万、英100万、それに民間人多数が加わっ
     たのは、「
国家総力戦」の様相をていしたからで
     ある。

 2/12 日本、中国に対し独、オーストリアとの国交断絶
     を勧告。(3/14 断絶。8/14 宣戦布告)。▼袁
     死後、弱体化した中国政府は日本の援助のも
     と、日本に協力する軍隊を作って共同行動にで
     る。 
 9/10 孫文、広州に軍政府樹立、南北両政府時代始
     まる。
 11/7 ペトログラードでボリシェビキが武装蜂起、ソビ
     エト政権樹立(10月革命)。 ▼以後翌年にか
     けてリトアニア等東欧で独立宣言相次ぐ

 
1918(大正7)年
 1/8 ウイルソン米大統領、14カ条平和再建構想発
    表。
    ▼講和原則14カ条
     秘密外交の排斥・海洋の自由・貿易自由化の
     促進・軍備縮小・植民地住民の利益を考慮し
     た植民地問題の解決・諸国家の独立と保全を      
     保障する国際機構の設立など。
 3/3 ブレスト=リトフスク講和条約調印。▼敗戦間近
    と思われていた独・オーストリア軍がロシア革命
    でロシア(ソ連)に勝ったことになる。この年、第
    一次世界大戦は終結に向け、混とんとした様相
    を見せる

 6/29 ソ連混乱の中、チェコスロバギア軍団が孤立、
     ウラジオストクを占拠。▼米がチェコ軍援助の
     ため、日米共同派兵を提議、日本はこれに乗
     る。しかし、米撤兵後も目的を変更し20年8月
    末まで残留し、多くの犠牲をだして引き上げ完
    全な失敗となる。(シベリア出兵
 11/9 ベルリンで労働者武装蜂起、皇帝退位し共和
     国樹立。
 11/11 独、連合国と休戦協定調印。第一次世界大
      戦終結。

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2014年7月15日 (火)

第一次世界大戦年表③

Plc14071422580023n1q陸上自衛隊が14日、フランス革命記念日の軍事パレードに参加し、自衛官3人が日の丸を掲げてパリ中心部のシャンゼリゼ通りを行進した。今年は第一次大戦開戦から100年に当たり、当時、参戦した国などが招待された。自衛隊が単独で外国の軍事パレードに参加するのは初めて(記事・写真=産経msnより)。

1916(大正5)年
 3月 参謀本部、粛親王の宗社党を援助し満蒙独立
          運動を画策。
 4~5月 英・仏・露、中東・トルコ分割秘密協定取り
           決め。
 5/1 ベルリンで大規模な休戦要求デモ。
 6/6 袁世凱、没。
 7/1 ソンム(フランス北部)の戦い。11/19まで続く。
         英軍始めて戦車使用。会戦による死傷者、英軍
    40万・仏軍20万・独軍45万。
 7/3 第4回日露旧約調印。▼大戦は国家の総力をあ
    げた死闘となり、経済的、政治的苦境なたったロ
    シアの援助を連合国側から求められた。これに
    応じて攻守同盟を結ぶとともに、秘密協定でこれ
    まで日本の勢力範囲を満蒙としていたのを中国
    全土とすることを認めさせた

 8/13 中国奉天省の鄭家屯で日中両軍衝突、日本
     軍戦死者11人。
 9月 露軍の攻勢独オーストリア軍に阻まれる。死傷
    者100万人を数え軍隊の士気低下。
 12/12 独、対連合国和平交渉の意思を米へ伝達。
 12/13 独の講和提議により東京株式市場大暴落。
 12/18 ウイルソン米大統領、交戦国に和平条件提示
      を要請。
     ▼ウイルソンは1915年前半に腹心をヨーロッパ
     に派遣し軍縮や公海の自由、自由貿易などの
     実現を条件として和平を斡旋したが実らなかっ
     た。新興大国扱いされるアメリカの発言力には
     限界があったのだ。
      一方、1915年6月に発足したタフト前大統領ら
     が主導して「平和強制連盟(League to Enforce
     Peace )」が大戦の講和を機に戦争を予防する
     国際機関の設立を提唱していた。ウイルソンは
     これに支持を表明した。
      これがのちの「14カ条」提案や国際連盟提案
     にむすびついていったのは明らかであった。

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第一次世界大戦年表②

1915(大正4)
1/18 中国に対華21カ条要求提出。旅順・大連の租借
     期限および満鉄経営の99年延長、山東半島の
     独権益継承などを要求。▼前段はロシアの利
     権で期限切れまであと6年残っていたものを日
     露戦争勝利で横取り。後段が第一次世界大戦
     で独を追い出した。本来は中国に返還するの
     が筋だが、なにか中国が戦争の相手だったよ
     うな仕打ちで、「侵略」丸出し。日本国内ですら
     火事場泥棒的という声あり。
      中国は、この戦争に局外中立を宣言してい
     た。しか
し、後半は一転、日本と同じ連合国側
     について参戦。
(21カ条要求内容は文末)
 2/11 東京の中国人留学生が21カ条要求反対抗議大
     会開催。
 3月  上海・漢口・広東で日貨排斥運動。
 4/22 独軍が初めて毒ガスを使用。
 5/7  独潜水艦、英客船を撃沈、米国人139人を含む
      1000余人死亡。
 5/9  中国の外交当局、日本の最後通牒に受入れ回
      答。のち、この日を国恥記念日に。
 11/3 山下汽船「靖国丸」、独軍艦により撃沈。以後2
     隻が攻撃を受け沈没。
 12/4 東京株式市場大暴騰。大戦景気始まる。

対華21カ条要求(Wikipediaによる)
第1号 山東省について ドイツが山東省に持っていた権
益を日本が継承すること
・山東省内やその沿岸島嶼を他国に譲与・貸与しないこ

・芝罘または竜口と膠州湾から済南に至る鉄道(膠済鉄
道)を連絡する鉄道の敷設権を日本に許すこと
・山東省の主要都市を外国人の居住・貿易のために自
ら進んで開放すること

第2号 南満州及び東部内蒙古について 旅順・大連(関
東州)の租借期限、満鉄・安奉鉄道の権益期限を99年
に延長すること(旅順・大連は1997年まで、満鉄・安奉
鉄道は2004年まで)
・日本人に対し、各種商工業上の建物の建設、耕作に
必要な土地の貸借・所有権を与えること
・日本人が南満州・東部内蒙古において自由に居住・往
来したり、各種商工業などの業務に従事することを許す
こと
・日本人に対し、指定する鉱山の採掘権を与えること
・他国人に鉄道敷設権を与えるとき、鉄道敷設のために
他国から資金援助を受けるとき、また諸税を担保として
借款を受けるときは日本政府の同意を得ること
・政治・財政・軍事に関する顧問教官を必要とする場合
は日本政府に協議すること
・吉長鉄道の管理・経営を99年間日本に委任すること

第3号 漢冶萍公司(かんやひょうこんす:中華民国最大
の製鉄会社)について 漢冶萍公司を日中合弁化するこ
と。また、中国政府は日本政府の同意なく同公司の権
利・財産などを処分しないようにすること
・漢冶萍公司に属する諸鉱山付近の鉱山について、同
公司の承諾なくして他者に採掘を許可しないこと。ま
た同公司に直接的・間接的に影響が及ぶおそれのあ
る措置を執る場合は、まず同公司の同意を得ること

第4号 中国の領土保全について 沿岸の港湾・島嶼を
外国に譲与貸与しないこと

第5号 中国政府の顧問として日本人を雇用すること、
その他 中国政府に政治経済軍事顧問として有力な
日本人を雇用すること
・中国内地の日本の病院・寺院・学校に対して、その
土地所有権を認めること
・これまでは日中間で警察事故が発生することが多く、
不快な論争を醸したことも少なくなかったため、必要
性のある地方の警察を日中合同とするか、またはそ
の地方の中国警察に多数の日本人を雇用することと
し、中国警察機関の刷新確立を図ること
・一定の数量(中国政府所有の半数)以上の兵器の
供給を日本より行い、あるいは中国国内に日中合弁
の兵器廠を設立し、日本より技師・材料の供給を仰
ぐこと
・武昌と九江を連絡する鉄道、および南昌・杭州間、
南昌・潮州間の鉄道敷設権を日本に与えること
・福建省における鉄道・鉱山・港湾の設備(造船所を
含む)に関して、外国資本を必要とする場合はまず
日本に協議すること
・中国において日本人の布教権を認めること

 (第5号は最後通牒よりのぞく)  

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2014年7月14日 (月)

おめでとう!

Dscf4241 ドイツ、W杯優勝おめでとう。
したがって戦争で負けた「第一次世界大戦年表」、今日はお休み。

 滋賀県知事選、自公敗れる。集団的自衛権影響。三日月さんおめでとう!。いずれは満月になるよ。

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2014年7月13日 (日)

第一次世界大戦年表①

、補足または塾頭注)
1914(大正3)
 1/23 シーメンス事件。(独シーメンス社員の密告
     をきっかけに日本海軍における複数の収賄
     が発覚)
 2/10 日比谷公園で内閣弾劾国民大会開催。
     群衆が国会を包囲、軍隊出動。
 6/28 オーストリア皇太子夫妻、セルビア・サラエ
    ボで暗殺される。
 7/28 オーストリア、セルビアに宣戦布告(第一次
    世界大戦開始)。▼露帝国直ちに介入決定、
    英に中立要請、英拒否。独、露の動員令撤回
    要求、応じぬまま独宣戦布告。仏には中立要
    求、仏拒否。以後8月にかけて独、ルクセン
    ブルク、ベルギーに侵入、仏に宣戦布告。英、
    独に撤退を求めて宣戦布告。こうして
     オーストリア、独×帝政ロシア、セルビア
     独、オーストリア×英、仏
    の全面戦争に拡大。後にイタリア、トルコも
    英・仏連合軍に加わる。

 8/23 日本、独に宣戦布告。▼8/7、英から商船保護
    の要請を受け、日英同盟の存在を根拠に対独参
    戦。元老の井上馨は、「今回の欧州の大禍乱は、
    日本国運の発展に対する大正時代の天佑」と述
         べ
た。しかし、英は、日本の大陸侵攻の意図を
    知り、参戦依頼を取り消してきたが後の祭りであ
    った。

 8/30 独飛行機、パリに爆弾投下。世界初の空襲。
 9/2  日本軍、山東半島上陸、11/7 青島占領。
10/14  日本海軍、赤道以北の独領南洋群島占領。

この年、日本はさしたる抵抗もなく、するするッと大戦
にひきこまれていった。井上馨が「大正の天佑」と言った
のは、日本の各界を覆う閉そく感が、これで解決すると
期待したからであろう。

 政治は、相次ぐ政争で大正改元以来3年の間に総理
が3回も変った。海軍はひっ迫する財政で予算が取れ
ず、それにシーメンス事件が追い打ちをかけ窮地に陥
った。
 陸軍も、前年おきた中国の孫文革命を清王朝のお墨
付を得て横取りした袁世凱が暴政をほしいままにし、中
支派遣軍などへの暴行事件が繰り返されたため、政府
に対処を求めていた。

 政府は、西欧列強と歩調を合わせ袁政権を援助して
いたため、辛亥革命を支持していた右翼からの突き上
げもこれに加わった。

 日露戦争終結からすでに10年がたった。国民はかつ
てない激戦で、多くの肉親を大陸の戦線で失った。勝
利は得たものの、ロシアから得たものは南樺太と満州
に持っていた鉄道利権などで、賠償金はなかった。

 そのため、戦費負担は、ひきつづき国民の生活を強
く圧迫し、米騒動が起きたのもこの時期である。戦死者
を多く出した心の傷跡も残っていたが、ヨーロッパの戦
争のおつきあい、日清、日露と違って最初から勝ちが
見える戦争。日露では得られなかった利益を、今度は
勝ち取ろう、という意識もあったのだろう。

 当時アメリカにあった「戦争を無くするための戦争」と
した発想はなかったかも知れないが、ヨーロッパの生
産低迷で輸出ブームが起き、後に好況にわいたのは、
後に参戦したアメリカと日本だけだった。

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2014年7月12日 (土)

潮目の第一次大戦

 歴史の流れが変わる、世の中ががらっと変る、それを革命というか維新というか、言いかたはどうあろうと、明治維新、戦争そして敗戦、これが日本の近現代史において大きな画期であることを疑う者はいない。

 今年は第一次世界大戦勃発から100年目にあたる。ヨーロッパではこれを大きな節目として扱っているようだが、日本やアメリカではこれにスポットを当てているような動きはあまりない。ことに日本が参戦国であるにもかかわらず、日清・日露戦争以上に扱われることはまずない。今放映中の朝ドラ「花子とアン」でも触れずじまいのようだ。

 中国や韓国がいう「歴史認識」の歴史はいつからのことを指すのであろうか。中国は東シナ海や南シナ海に清や明といった国民国家成立以前の話を持ち出して自国だけに通用するルールを押し付けようとしている。

 国際関係をそれで律しようというのは、どこの国から相手にされない空論だと思われても仕方がないだろう。これがイスラエルやパレスチナの話になれば、全く解決のつけようのないものになってしまい世界は大混乱におちいる。力だけがそれを解決する手立てだと考えるのは、残念ながら為政者だけでなく、それぞれの国民もそれを支える力になっている。

 中国のことだけではない。安倍首相のいう抑止力も、中国の圧力も本質は同じで、超大国をはじめテロリストにまである。そこで、どこかで折り合いをつけなければならなくなり、それが歴史認識の共有という作業につながる。

 前置きが長くなったが、歴史認識は国際紛争の原因となった直近のことを当事国双方で深化させなくてはならないということで、遠い昔にまでさかのぼってあら探しをすることではない。そして、A国がB国に対してということでもない。

 自国だけを「美しい国」とするナショナリズムも、戦後レジュームの脱却などという逃げもそういった作業の邪魔をし、人類の永遠の平和に水を差すものでしかない。もちろん、戦争責任を雲散霧消させようなどという、歴史修正主義があってはならない。

 塾頭は、この歴史認識について、第一次世界大戦後を対象にすべきだと思っている。これは、当塾で下記に示すようにたびたび触れてきたが断片的でまとまりを欠き、またそういった論文をものする能力もないので、第一次世界大戦年表を計画してみた。

 その前に、このような区切りをつけることの、理由とその意義を述べておきたい。それは、世界的には帝国主義的植民地主義が抑制される方向がはっきりしてきたのに、第一次世界大戦以降、出遅れた日本がその逆の方向をたどったことである。

 日本は、大日本帝国憲法が発布された時、またそれをさかのぼる征韓論や、砲艦外交で韓国の開国を迫った日韓修好条規をもって、帝国主義的植民地拡大時代に入ったとするのがこれまでの定説で、塾頭もかつてはそう思っていたし、本塾への懇切なご指摘もいただいた。

 しかし、いくつかの日韓関係史や個人の伝記、日記、外交史などを断片的にあたると、日本は幕末、アヘン戦争の結末に驚き、欧米列強やロシアからの攻撃や侵略をいかにかわすかに腐心していたことが想像される。

 そのための最大課題が「富国強兵」であり、「文明開化」、「自由民権」の確立、「国際法」遵守を国策とし、植民地化は防がなければならないもの、東亜をそこから守る必要があると感じても、列強の尻馬に乗るということは考えていなかったと思う。

 もちろんこれに反した国粋主義は、すでに吉田松陰の頃からあり、明治期にも福沢諭吉の脱亜論など、「東亜の盟主たらん」とする言論の存在は否定できない。しかし他国と戦って勝つ自信はまだなく、冒険主義への加担はすくなかった。

 もうひとつの理由は既に述べたとおり、いたずらに歴史を過去にさかのぼらせ、最近見られるように元寇や倭寇の頃まで議論しだすことなど、自由研究ならともかく、不毛の民族対抗意識を増幅させるだけで何の益もない愚行と言わざるを得ない。

 以後、次回の「第一次大戦年表」に移行する。

【関連する過去記事】
2014年1月 2日 (木)
「戦争責任」はいつから①
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-c3d2.html
2014年1月 5日 (日)
「戦争責任」はいつから②
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-551a.html
2013年12月30日 (月)
日清戦争と日韓併合
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-2bec.html
2013年10月29日 (火)
「日本外交は野暮で間抜け?」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-2ac7.html
2014年2月 3日 (月)
明治から大正へ
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-ff3f.html

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2014年7月11日 (金)

徴兵検査

 八年の歳月は、小さな少年をみあげるばかりのたくましさに育てている。
「そう、検査だったの。もうね。」
 涙のしぜんとにじみでだす目に五人の姿はぼやけた。いつまでもそうしておられぬと気づくと、きゅうに昔の先生ぶりにもどり、
「さ、いってらっしゃい。そのうち、みんなで一度、先生とこへきてくれない。」
 
 それで、いかにも男の子らしくあっさりとはなれてゆくうしろ姿を、さまざまの思いで見おくりながら、久しぶにじぶんの口で「先生」といったのが、なんとなく新鮮な感じで、うれしかった。

(中略)年よりもまた若者たちを見おくりながら、小さい声で、
「えらいこっちゃ。ああやってにこにこしよる若いもんを、わざわざ鉄砲の玉の的にするんじゃものなあ。」
「ほんとに。」

「こんなこと、大きい声じゃいうこともできん。いうたらこれじゃ。」
 ランドセルをもったまま両手をうしろにまわし、さらに小声で、
「ほれ、治安維持法じゃ、ぶちこまれる。」

【壺井栄『二十四の瞳』新潮文庫】

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2014年7月 8日 (火)

菅古鳥

 菅直人オフィシャルブログから引かせてもらう。
http://ameblo.jp/n-kan-blog/

 昨年の参院選の時も、原発立地県に原発ゼロの遊説に出かけようとすると、いくつかの県の民主党から「地元で反発があるから遠慮してくれ」という声が上がった。原子力ムラは原発ゼロキャンペーンを沈黙させるために、経済界、労働界を通して影響力を行使する。

 40代、50代の政治家は、60代以上の政治家よりも将来のことを考え、経済界や労働界に睨まれることを避けようとする傾向が強い。集団的自衛権についても60代以上の政治家の方が若い世代の政治家より反対の姿勢が明確だ。

 かつては若い世代がラジカルで反体制的であったが、今は若い世代の方が一般的に体制的だ。

 数年前、団塊世代を中心とした「団塊党構想」を進めたがとん挫した。もっと幅広く、「孫の世代を心配するオーバーシックステイの会」、略称オバシーの会でも考えるか。

 半畳を入れる気はさらさらないが、一国の総理大臣を経験し、海千山千の政治家経験が長い大物議員だろ。それだけの菅録があるのに、「オバシー」ではちょっと情けないのでは。先輩として後輩の間違いは正し、全国民の負託にこたえるよう訓戒し、ハッパをかけるようでなければ……。

 ――オーバエーの会員より――

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2014年7月 7日 (月)

国民世論は、「難しい」 だ

 集団的自衛権行使の閣議決定について、各新聞社等が世論調査をしているが、朝日、毎日対読売、産経など社論の違いにより自社に都合がよくなるような設問をしているので結果が一様でない。

 また、TVでは市民の声を聴くとして賛否の両方から収録しているが、はっきり「反対」を明言する人以外は、「環境が変化しているから」とか「ある程度は」という消極的賛成か、「難しくて分からない」「関心がない」というのが多い。

 公明党との応酬では、以前、公明党は実を与えても、名(集団的自衛権行使の)をとられないようにすべきだ。実も名も与えてしまいそうだと書いた。どうやらその通りになりかねない。自民側の作戦勝ちだ。難しくして国民から見えないようにするのがねらいだったのだ。

 ただ、TBSのニュースショーである論者が、こうして議論が深まるにつれ、反対論は次第に増えて内閣支持率下降につながるのではないか、とコメントしていた。塾頭も、その風潮に間違いのないとの感触をもっている。産経紙など反対論昂揚に焦りが見え始めているからだ。

 安倍首相が急がさせたのもそのせいだ。追及の手を緩めることなく国会審議につなげることができれば、政府に少なからぬ打撃をあたえることにはなる。しかし安倍首相の狙いは憲法改正だ。集団的自衛権などの歯止めは、中国の脅威が高まるほど乗り越えやすくなる。閣議決定で第一のハードルを越したつもりでいるので、そんなに気にしていないかもしれない。

 反対陣営の失敗は、「自衛隊を海外に派遣するのかしないのか、そこで戦争に加担するのかしないのか」をまっさきに取り上げるべきだった。それを集団的自衛権の解釈論争に振ってしまったから一般国民はわからない。

 「集団的自衛権」は、日米安保条約の前文に明記されており、日本国憲法の範囲内で行使できるのだ。反対陣営は、集団的自衛権を悪者扱いするように、それもはっきりさせなかった。枝葉末節から始めて、最初に問うべきことをしなかった。

 塾頭は以前から、自民党の改憲志向を阻止するためには、野党もそれに対抗する改憲案を持たなければ戦えないと主張してきた。何度目かになるが素人案を再三提示する。

現行9条の2項を改め、3項を追加する。
②前項の目的を達するため、外国の領土・領域における武力行使を目的とする軍隊は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

③自衛隊・海上保安隊・警察隊・消防隊その他名称の如何を問わず、公務員が外国の領土・領域内で平和維持その他の国際協力を行う場合の手続きならびに装備等は、法律によりこれを定める。

 社民党、共産党は改憲そのものに反対で口をふさいでいる。公明党は加憲といっても環境権をいうだけ。民主党は枝野私案が同党の矛盾や混乱を告白しているようなもの。レベル以下の案だが、党としての案を持っているのは自民党だけである。

 どこかの党で、塾頭私案のようなものが公表され、自民党案とどっちがいいですか、という選択肢があれば国民はわかりやすく力になったはずだ。また、集団的自衛権論争などで迷路に踏み込むこともなく、安倍改憲への一里塚とする謀略は成り立たなかっただろう。順序が違っていたのだ。

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2014年7月 5日 (土)

NHK特番&靖国

 昼食前(7/5)、たまたまテレビをONにした。特攻隊員とその母、そして遺族などの証言をもとに、戦争の悲しみやあほらしさを、古い映像など交えて余すとこなく伝えている。集団的自衛権とも関連するのかな、どこの局の特番だろうなと思ったらNHKだった。

 新聞ラテ欄で見ると、「目撃!日本列島選 遺書を破った特攻隊員母と子葛藤の軌跡」とある。すぐ、あの安倍首相ご指名のとんでも会長のもとで、よく放映できたなと感心した。右翼の突き上げなどで番組担当者に圧力がかがったりしないかな、と心配にもなった。

 すぐ、こういった戦時歌謡を思い出した。

 上野の駅から  九段まで
 かってしらない  じれったさ
 杖をとよりに  一日がかり
 せがれきたぞや  会いにきた

 空をつくよな  大鳥居
 こんな立派な  おやしろに
 神とまつられ  もったいなさよ
 母は泣けます  うれしさに

 ほかに、靖国を歌詞にいれた戦時歌謡はこちら↓(「サブカル雑食手帳」さん)
http://yakenn2002.seesaa.net/article/92386389.html?1281877329

 塾頭は以前、夫をフィリピン戦線で亡くした叔母が上京した際、靖国に案内したことを書いた。そして、叔父の戦死公報があったとき、近所のひとが「天皇陛下がお参りする靖国神社に祭られるのだから」といって慰めたことも。

 しかし、叔母は上の歌詞のように「うれしさ」を求めて靖国に行こうと思ったわけではない。「遺骨が戻ってきたわけでない。死んだ現場を誰も見てない」と言って仏壇も墓も設けなかった。そして、ひたすら「いつ帰って来るのだろう」と待ち続けた。

 「靖国神社へ行けば会えるかねえ」と言ったきりで、それからは2度と参拝することはなかった。塾頭は、昭和天皇が靖国参拝をやめたのは、「軍人ではないA級戦犯までまつられている」ということが理由ではないと信じている。

 古代からおおみたから(黎民)の安全・幸福を祈ってきた歴代天皇の末裔てして、靖国が国民を戦争に駆り立て、命を的にする道具として機能していたことに深い反省があったからだと思う。A級戦犯合祀はあくまでも口実だ。

 安倍首相は、どこまでそういうことをわかっているのだろう。多分上の歌詞のとおりだと思っているのだろう。ただし、それを中国人からは言われたくない。あくまでも日本人の心の問題で、日本が解決すべきことがらだ。同時に日本人の生命を危険にさらそうとしているのは誰かについて、しっかり考えておかなければならない。

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2014年7月 4日 (金)

95の手習い

 写真の右の図書『ポーランド――ある革命の始まり――』が、昨日郵送されてきた。かつて知遇を戴いたことのある著者、小屋修一氏からである。左の2冊(『欧州連合論』、『人民民主主義の歴史』)も、以前ご恵与にあずかったものである。本塾のヨーロッパ関連記Dscf4234_2事は、この2冊に多くを依存している。

 本塾の検索には、「EU年表」とか「EUとNATOの違い」などという項目がいつもベストファイブに入ってくるが、提供できるのは同書のおかげである。また、このところ、ウクライナ関係でいくつかの記事を書いた。これも、同書が下地にあったことはいうまでもない。

 小屋氏は、西日本新聞・欧州総局長、論説委員長、東海大学教授、福岡市教育委員長などを歴任された方で、この度3冊目を書き上げられた。なんと、今年は95歳になられる。そのご努力・ご賢慮には、ただただ頭がさがるばかりである。塾頭、もって範としたい。

 非売品ではあるが、この機会に紹介させていただく。

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2014年7月 3日 (木)

萌えと崩え

 このところ、塾頭の頭は朝から晩、いや夜中まで「集団的自衛権」で占められているが、それも健康上よくないので、ちょっと骨休み。

 「萌え」という言葉は使うことはないが、塾頭でも知っている。だが、ほかの言葉で言いかえると……と言われるとなんだかわからない。本棚にある『広辞苑』は、1990年代発行なので「もえ」は「燃え」だけしか載っていない。

 ちなみにWikipediaで見ると、

萌え(もえ)とは本来の日本語では、草木の芽が出る(伸びる)様を言う(→#本来の「萌え」にて解説)。
一方でおたく文化におけるスラングとしては、主にアニメ・漫画・ゲームソフトなどにおける、登場キャラクターなどへのある種の強い好意などの感情を表す言葉として使用されている。また、そこから転じた若者言葉では、同様の意味がより広い対象に対して用いられる。

 とある。最近は中国でも通用するそうだが、漢字の感じが似ていて間違えそうなのが「崩え(くえ)」である。

 「エエー?、そんな日本語あるの」と言われそうだ。それが新語どころか、なんと日本最古の古典『古事記』の出雲神話に神様の名(久延毘古)としてちゃんとでてくる。また『万葉集』にも「崩ゆ」の連用名詞形としての用例がある。意味は「萌え」とはま反対、崩れるとか崩れそうなみすぼらしいさま、でよさそうだ。

 
 その神は、「山田の中の一本足のかかし」のように歩けず孤独である。だが、大変な知恵もので世界中のことは何でも知っており、海を渡ってきた少名毘古那神の素性あかしたという。「萌え」ほどでなくても、「崩え」をもう少しはやらせてもいいのではないか(笑)。

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2014年7月 1日 (火)

閣議決定の世界史的欺瞞

 安倍内閣による、憲法解釈変更の閣議決定が、世論の反対を押し切って遂に行われた。1日17時20分ころの速報である。まさに歴史に残る汚点がここにしるされた。 塾頭は当日付の新聞各紙の社説を当たってみた。悉皆調査ではないが、下記は、いずれも世論に大きな影響力を持つ有力な新聞である。

 中央紙の朝日、毎日、さらにブロック紙、有力県紙に目を通すと北海道、秋田魁、新潟日報、河北新報(26)、信濃毎日、東京(28)、中日、京都(28)、中国(28)、高知、西日本(26)、南日本(26)、琉球新報(28)、沖縄タイムス(28)など軒並みに反対だった(カッコの数字は6月の日付、その他は当日付)。

 ほかに日経は、先月25日以降の社説に見当たらず、賛成は読売、産経の2紙だけ。特に産経は大賛成だった。以前書いたが読売1000万部の影響は大きい。しかし賛成意見はもはや、少数意見となりつつあることを知るべきだ。

 これで、関連法案は与党の賛成だけで通せてしまうのだ。国民が抵抗すべき術は選挙しか残されていない。野党、マスコミそして国民の強い意志・意向を通し続ければ、最後は最高裁がある。国民はそれを信じるしかない。

 閣議決定案の中味は、外務省が主体になって立案したものだろうが、素人から見ても非常に甘い。こんなことで、自公が議論した、それ自体生煮えの未完成解釈であると断ぜざるを得ない。ここに、その一部分を掲げておこう。

自衛隊と米軍が連携して切れ目のない対応をできるよう、自衛隊法第95条による武器等防護のための「武器の使用」の考え方を参考にしつつ、自衛隊と連携してわが国の防衛に資する活動(共同訓練を含む)に現に従事している米軍部隊の武器等であれば、米国の要請または同意があることを前提に、自衛隊法第95条によるものと同様の極めて受動的かつ限定的な必要最小限の「武器の使用」を行うことができるよう法整備をすることとする。(時事)

 こんなケースを考えていただきたい。  日米が東シナ海で共同軍事演習をする。これを中国戦闘機が監視のため自衛隊機に近づいてきた。ミサイルを積んでいる。自衛隊乗務員は非常に危険を感じた。米国からは防護の要請は来ているが、「極めて受動的かつ限定的な必要最小限の『武器の使用』を行うことができる」ケースとは判断できない。

 それなのに、中国機は誤操作か現場の先走りかで発射ボタンを押してしまった。米軍は「集団的自衛権を行使は口先だけと日本に不信をつのらせ、自衛隊員は「政府方針に従ったまで」というだろう。また、もし自衛隊機が中国機を攻撃したら、まちがいなく戦争突入だ。

 戦争には「必要最小限」などという言葉は通用しない。殺さなければ殺される。必要以上のこと、つまり先制攻撃も辞さないしいうのが戦争である。今、内閣は世界に例のないごまかし決定をしたのだ。

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